――子どもと食生活(35)――
豊かな食体験で良い食習慣を
――大切なインプリンティング(刷り込み)――
武蔵丘短期大学学長
実践女子大学名誉教授
藤沢良知
一、子どもにとって食とは
食べるという行動は、私達人間に共通する生命維持の基本的営みであり、また、健康な体づくり、健全な食習慣づくりのためにも、子どもの情緒を育て、心を育てるためにも、極めて重要な意味をもつものである。
ところで、私達の食生活は景気低迷の時代とはいえ、飽食時代とか、グルメ志向といった言葉が一般化するほどに豊かになってきている。
そして、伝統的な在来の食形態を残しつつも、諸外国の食文化を取り入れて多様化しているが、調理済み食品、冷凍食品、レトルト食品等の加工食品の大量生産、世界的規模での食品の流通拡大と輸入食品の増加、外食産業の増大は、家事労働の軽減をもたらし、台所での食事づくりの時間を短縮させている。
一方では、家庭における食事のもつ意義がだんだん希薄なものとなり、子どもの孤食とか食事リズムの乱れによる欠食、夜食といった食行動の乱れが目につくようになってきた。
また、核家族化も手伝って伝統的な調理の伝承もできなくなっている。飢えを知らない、いわゆる飽食の世代人口が人口構成の過半数を超える時代となり、食事についての意識も多様化してきている。
生活習慣病の時代といわれる今日、食の意義と役割は極めて大きいことを理解し、よい食環境を整え、二一世紀を担う子ども達の体や心をいかに健全に育てていくかは、私達大人に課せられた大きな課題である。
二、飽食時代の食生活のひずみ
私達の食生活は、ひと言でいうと、貧しさから豊かさへ、和風から洋風へ、家庭料理から加工食品へと実に大きな変化をみせている。そして色とりどりの加工食品が並び、大型スーパーではその数一万種類にも達し、また、市場に流通する加工食品は二万種以上にも達すると聞くと、現代がいかに加工食品全盛時代であるかがわかる。
このような現象を食生活の合理化、食文化の向上といって手ばなしで受けとれるであろうか。最近は平均的には、子どもの食生活は改善されているように思われるが、一部には栄養や食物に対する関心がうすれ、嗜好本位の加工食品偏重の食生活に陥り、そのため子どもの健康にまで影響を与えている事例が増えてきている。
たとえば肥満児、体力のない子どもの増加、子どもの生活習慣病の話題、また、よくかめない子どもなど、いわば飽食の中の食生活のひずみ現象が目につくようになった。
また、欠食、孤食といった食事のとり方の乱れも目立ち、これでは子どもの望ましい、食習慣は育たないばかりか、子どもの心も育つはずがないように思われる。飽食の時代であればこそ、子どもの食はいかにあるべきか、子どもの健康づくり、健全育成の視点から子どもの“食”のあり方を原点にたって考え直してみたいものである。
最近のように物質文明に慣らされてくると、使い捨てがはやったり、残飯を惜し気もなく捨てる、ご馳走を食べても感激性がない、食べものを作ってくれる人への感謝の気持がないなどの問題点がみられる。
このように物の豊かな時代を生きる現代の子どもは果して幸せかというと、いろいろと疑問も多く、真の豊かさとは何かを問い直してみたいものである。
三、食習慣も学習で決まる
食習慣とは食に関する習慣や慣習を総括したことばであり、通常用いられている食習慣は個人を中心として習慣づけられた食事行動を指すものといってよい。
そして、食習慣はさまざまな条件下にあって、世代から世代へ、そして親から子へと伝承され、歴史的に形成された基盤のうえに、更に個々人の生い立ちの中で形づくられるものといえようが、いずれにしても食べものをどのようにして選択するかの学習が重要な役割を果たしている。
幼児期に、望ましい食事体験を通じて良い食習慣が形成されることは、その子が生長してからの生活習慣病予防、健康づくりに大いに役立つことになろう。
四、食習慣における味覚形成
味覚とは味を感じ分ける感覚のことで、味覚の役割は、たんに食べものの味を楽しみ、感覚的な満足を得させるだけでなく、栄養・健康面、更には生活習慣病予防の面でも大きな役割を果たしている。
すなわち、甘味はエネルギー要求の信号であり、塩味はミネラルバランスを整える信号であり、また、辛味とか酸味は有害物質発見の信号、旨味はグルタミン酸、イノシン酸などの味覚でたんぱく質の存在を知らせる信号というように理解することができる。
味覚は舌の表面にたくさん分布している味蕾という花のつぼみのような形をした感覚器を通して感じることになる。すなわち、食べ物が口に入ると、味蕾の内部にある味神経が水や唾液に溶けた味成分によって刺激され、それが大脳の味覚中枢に伝わり、味を感ずる仕組みとなっている。
一般に子どもは、甘味とか旨味が好きで、酸味、辛味などを嫌う傾向が強い。また、味は色や形(視覚)、嗅い(嗅覚)、温度、皮膚感覚、後天的な食体験などが複雑にからみ合って起こるもので、たんに味覚だけの問題だけではない。
五、味覚体験の大切さ
子どもの味覚は、乳幼児食を食べることによって次第に発達し、形成されることになる。豊かな食体験を得て成長した子どもは、多様な味覚が体験でき、好ましい食習慣も形成され、ひいては豊かな人間性がはぐくまれていくことになる。
逆に食体験が乏しいと、味覚領域も狭く、偏食が著しいなど、食べものに対する適応性が乏しくなることになる。味覚体験が豊かで嗜好の幅が広がると、たとえ初めての食品であっても、類似の食品の体験を通して食べることができるようになるが、食べず嫌いといった言葉もあるように、食体験が乏しいと、どうしても嗜好の幅が狭く、偏食になりやすい。
味覚学習をしっかりさせるためには、まず好奇心に富んだ積極的な子どもに育てることである。神経質な子ども、消極的な子どもでは、どうしても味覚体験も上手にいかないようである。
六、甘さと塩からさはほどほどに
乳幼児食が甘味が強すぎるような場合には、甘味にのみ満足するようになり、他の味覚の発達を阻害することになりかねないので、砂糖の使いすぎには注意したいものである。
また、塩味は味の基本であるが、食塩濃度などは生理的要求と一致するものではなく、むしろ幼少期からの味覚体験によって決まるといってよい。
食塩の適正摂取量はいくらあったらよいかは、なかなかむずかしく、実験的にも十分解明されていないが、普通の生活環境下に生活する乳児の最少必要量は、一日○・三〜○・六g以下、また成人でも一g以下で十分といわれている。この程度の量であれば、自然の食品材料に含まれているナトリウムで十分であることになる。
しかし、食塩は調味料の基本であり、うまい、まずいも塩加減といわれるように、調理品をおいしく食べるために不可欠であるので食べものの美味さの面からも適正摂取を考えたい。
従って乳幼児期の食事が塩からく、塩分の多い味つけにならされた場合は、どうしても成長してからも塩分の多い食事を好むようになりやすいので普段の食事の味付けには、十分配慮したいものである。
七、インプリンティング(刷り込み)
インプリンティングは、刷り込みとか、刻印付けといわれる現象である。私達の嗜好も子どもの時からの経験によって決まり、大人になってから嗜好を変えることは、よほどのインパクトがない限りむずかしいといわれている。
これは、幼児期に与えられた食べ物がその後の食物の選択に大きな影響をもつことを示しており、一種のインプリンティング現象とみることができる。乳幼児期から豊かな食体験をさせることによって、幅広い食品選択に対する刷り込みを行うことが大切である。そして豊かな食体験は、子どもの情緒の発達にも大きな影響を与えることになる。
最近、非行児の問題行動が増えているが、その原因の一つとして、幼児期に正しい食習慣がしつけられていないことがあげられている。
まとめ
二〇〇三年の世界保健デーの標語は「子ども達のために健康な環境を」であった。
子どもの時から健康な食事の基本である食体験を重ね、健全な嗜好の形成、食習慣を身につけるとともに、食べることの楽しさ、喜びを体験できるような、しっかりした食環境づくりに努力したいものである。
参考文献
一、子どもの心と体を育てる食事学、藤沢良知、第一出版刊、平成十四年十月十日
前回、かつて存在した「障害児に対する就学免除制度」を論じた。必要とされる「医療」や「保健」が用意できないので、「責任」を負えないから障害児を「排除」するという帰結になっていたわけである。
この「制度」が廃止されてから四半世紀、現在「養護学校」はどうなっているのか。残念ながら多くの養護学校では、通学する障害児の「医療」や「保健」の責任を親に負わせ、例えば、経管栄養や痰の吸引を親が行うこととし、親が学校に常駐する形になっている。勿論、この形を全て否定することは出来ないが、果たして健全な形態なのであろうか。
問題点が幾つか浮かぶ。第一に「在宅福祉」や「訪問看護」を推進している人々が、この問題を放置しておいて良いのであろうか。第二に「教育の機会均等」を強調している人々が、どうしてこの問題の解決を図ろうとしないのであろうか。そして何よりも、学校がミニ社会を学ぶ場でもあるならば、障害児を排除することはもとより、障害児だけは「親」が側にいるべきという考え方もおかしいのではないかということ。
保育に関係する皆さんに、是非、お伺いしたい。保育所に障害児を受け入れることの課題は何だろうか。「責任が持てない」という免罪符を用いずに考えていただきたい。
まず、その障害児に対して健常児が危害を加えたり、障害児から健常児に危害を加えたりする虞れをどう考え、どのようにして予防するかの問題を考える必要があろう。次に、障害児と健常児を一緒に保育することの長所、短所をそれぞれに論じる必要があろう。そして最後に、障害児に必要な物的・人的「設備」をどのように用意するかを考える必要があろう。勿論、それに必要な「お金」を含めて。次回に私の考え方を述べることにしよう。
事務所移転のお知らせ
七月一日より
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さまざまな力を保育に生かす
〜保育とボランティア〜
こどもの城
保育研究開発部
山田道子
〔こどもの城〕は、大型の児童福祉施設の児童館です。遊びを中心にした活動エリアには、来館する乳幼児の親子や学童期の子どもたちの遊びを側面から援助をしたり、時には学びあったりして子どもの成長を育むボランティアがいます。児童の健全育成を支えるボランティアの活動は、開館以来継続している活動です。
ボランティアは、〔こどもの城〕で行う養成講座を修了後、登録してから活動。多くの大学生、主婦、社会人などが参加をしています。
保育研究開発部の保育の現場にもたくさんの保育ボランティアが子どもたちと生活や遊びを共にしています。「さまざまな力を保育に生かす」という視点から保育ボランティアを受け入れています。いろいろな背景(年齢・経験など)をもつボランティアと保育者が、それぞれの立場から子どもたちと関わることはこれまでの実践から大きな意味があると実感しているからです。
一九九七年に発行した「保育クラブの手引」の中でも、〔こどもの城〕の保育とボランティアについて取り上げましたが、最近は、少子化対策の一環としての「少子化対策プラスワン」などにみられるように、次世代を育む青少年のために必要な体験としてボランティアが考えられることが多くなってきました。
特技を生かしてプログラム充実
〔こどもの城〕の保育のボランティアは、先に述べたように「さまざまな力を保育に生かす」という視点から受け入れています。大学生・社会人(男女)、家庭の主婦などが自分の都合のよい曜日を選んで参加しています。
お兄さんボランティアと遊ぶ子どもたち
大学生のTさんは、近頃では珍しいと思うくらい、いつも元気で子どもとよく遊ぶ大学生。生き物が大好きという人です。保育室で飼っている金魚やめだか、どじょう、かめ、カブトムシなど、子どもたちを集めては熱心に観察をしています。植木鉢の下の団子虫をポケットいっぱい見つけてきて子どもたちの前でみせたこともあります。
虫や生き物が苦手な子どもも、Tさんの明るい声に誘われていつの間にか団子虫を触っていました。Tさんは子どもの時から虫や生き物が好きだったということですが、ほとんどの子どもは平気で団子虫に触るTさんをみると驚き、そして尊敬の眼差しに変わっていきました。Tさんはその後、念願の小児科医になりました。
Sさんは経済学部の学生。受験勉強一筋だったようで、大学に入ってしばらくは本人の言葉によるとボーッとしていたそうです。保育のボランティアを始めたのは友だちがやっているの見てなんとなく。保育に入った一日目の彼の感想は次のようなものでした。
「とにかく、子どもと接するなんて全然なかったので、戸惑うばかりで〈超〉緊張した。最初は僕が子どもの方に近づくと避けられたりしてすごいショックだった。でも子どものほうから近づいて話しかけてくれる子もいてその時はうれしかった。それに、粘土遊びや縄跳び遊びなどふだんできないことを小さい子どもたちと経験できて楽しかった。僕のまねをして作ったり、縄跳びしたり、僕をお手本にしてるのかなーとも思った」。
社会人のMさんの仕事は医療事務。勤務先が休診の日の午後に、保育ボランティアとして子どもたちと遊んでいます。Mさんはままごと遊びの影のリーダーとも言える存在。さりげなく、子どもたちの会話を広げたり、深めたりすることがとてもうまいボランティアです。例えば、病院にくるお年寄りや赤ちゃん連れのお母さんへの優しい声かけ――「○○さん、おはようございます。今日は寒いですね」「どうぞ、お大事になさいませ」「お元気で」など――が、子どもたちとの遊びに生かされ、子どもたちも知らず知らずのうちに優しいMさんの口調になっていきました。
保育ボランティアを十年以上続けている主婦のKさんは、一歳児の親子を対象とした「親子教室」で活動。子どもとていねいに向き合えるKさんは、母親たちの話しにも静かに耳を傾け聞き役に徹しています。そういうKさんに参加の親からは厚い信頼が寄せられています。「子どもを育てた経験を生かせるなんて思ってもみなかった」というKさんですが、今では保育でボランティアをすることがライフワークになっているといいます。
ボランティアがもたらすもの
いろいろな立場の人が保育に参加することによって、子どもたちは人間関係をさまざまに学習していきます。保育に参加する子どもたちにも少子化、核家族化の大きな影響がおよび、家庭で子どもが直接関わる大人は、両親、兄弟、祖父母など身の回りの限られた人ということが多くなってきています。
子どもたちが家庭や地域で群れて遊ぶことがめっきり少なくなり、「自分」を育てていくことが難しくなっています。人は人の中で育つといわれますが、現代ではあえて人的環境を用意しなければならなくなっているところまで来ているといえます。保育の場に世代の違ったボランティアが参加することで、子どもたちの遊びや生活経験が豊かになることは、私たちの事例からもうかがえます。
子どもたちにとっては、決まった曜日に来て遊んでくれるボランティアは時には、あこがれの存在になってきます。「お兄さん、まだいるかなー」「ボランティアの○○さんは今日はお休みですか」と、朝一番に聞く子どももいます。子どもたちにとっては保育のボランティアは保育者とは違った存在感があります。困った時は助けてくれたり、またある時は対等の仲間になったりする、身近なお兄さん、お姉さん。そこからは自然に親近感や信頼関係が育っていきます。
保育ボランティアの受け入れは保育者にもよい影響を及ぼします。何よりも保育内容が充実して広がっていきます。〔こどもの城〕では、生き物を飼うきっかけを作ってくれたのもボランティアでした。野菜やお花の栽培活動も、園芸の得意なボランティアの協力を得てはじまったのです。生き物の生態や植物の栽培に詳しいボランティアとの保育活動は、保育者にも新たな知識と具体的な経験として保育の質を高めることにつながっています。
ボランティアを受け入れる
ボランティアを保育活動に受け入れる時は、事前にボランティア担当(主任など)がオリエンテーションを行っています。希望した理由をまず聞いてから、私たちの考え方を伝え、保育活動に参加してもらっています。
・子ども家庭支援プログラムである
・多様な保育のあり方を考えている
・子どもたちにいろいろな人との触れ合いをさせたい
・ボランティアによって保育の質を高める
などです。
また、ボランティア活動を継続するためにはいくつかのポイントがあげられます。
・ボランティア同士や保育者とのコミュニケーションの場を設ける
・ボランティアの労をねぎらう・活動後の感想や質問を受ける
・保育の具体的な場面を取り上げて助言する
・子ども達と楽しく遊べるように配慮する
・あまり干渉しない
・活動場面の写真等を撮っておき記念にわたす
・通信物でボランティアを紹介する
などとしていますが、ボランティアにも子ども・家庭を含めて保育者にも、ボランティアの受け入れは、豊かな経験の広がりになるものと積極的に考えています。
ステップアップのために
保育の場に、保育者以外のさまざまな「人」がボランティアとして子どもたちの育ちを援助していくことは、今後増えていくことが当然予想されます。しかし、懸念されることもあります。子どもと家庭の砦としての保育には、子どもの保育上知りうることに関しては外部に漏らしてはいけないという守秘義務が保育者に課せられているからです。子ども理解を深めることと、どのようにおりあいを付けていけばいいのかなど、課題もたくさんでてきます。
これらのことも踏まえると、ボランティアの保育への参加を効果的にすすめるためにはボランティアと子どもの双方を出会わせるためのコーディネート力が保育者には問われることになります。保育にボランティアを受け入れていくのにはまだまだ難しい面もありますが、次の世代の子ども達の確かなステップアップのひとつになると考えています。
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