――コメント――
「保育サービス市場の現状と課題」について
西川隆久
1. はじめに
平成十三年の児童福祉法改正により、保育士の任務が、入所児童の保育のみならず、広く児童全般の保育を行うことが法律上明記された。このような趣旨に鑑み、保育関係者は、自らの勤務する保育所のみならず、公立保育所、私立保育所、認可外保育施設等について、保育施策全体としてバランスを保って行政運営されているかチェックしていくべき必要性があると考える。
コストに重点を置いて保育施策を捉えることに対しては反論もあるが、行政に身を置く一人としては、コストを全く捨象することもできないことも現実である。この限りで、本報告書のような取組も必要と考える。しかしながら、以下に述べるとおり、本報告書の3. の部分は、保育施策の本質を捉えていないように思われる。
2. これまでの保育所コスト比較分析
「児童福祉法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備に関する政令等の施行について(平成九年九月児発第五九六号通知)」において、市町村の情報提供業務の内容の一つとして、保育所の公私別の保育コストが掲げられた。そして、これまで、
・地方自治経営学会(平成十二年四月)「公立と民間とのコストとサービス比較」
・恩賜財団母子愛育会(一九九九)『保育サービス供給の実証分析研究報告書』
等により公営保育所と私営保育所の間でのコスト比較結果が公表されている。また、小平市や豊島区等、さらに公立保育所の民営化を検討している自治体において、当該市区内の公私のコスト比較が公表されている。
このうち、『保育サービス供給の実証分析研究報告書』によると、コスト差を生じさせる要因は、保育士の国基準に対する上乗せ配置と、常勤保育士の平均年齢の多寡にあるとし、それぞれ次表のように公営と私営で異なるとするデータが紹介されている。
上記二要素のうち、特に、保育士の保育所運営費国庫負担金基準に対する上乗せ配置に関しては、都市再生本部決定(平成十二年八月二八日)においても
「待機児童の多い自治体において、公営保育所の延長保育や一時保育等について私営保育所並の実施を目指し二倍増以上を目途に拡充するほか、供給増の制約となる措置等を行わないことにより入所児童数の受入れを拡大する。」
また、「児童福祉法の一部を改正する法律等の公布について(平成十三年十一月雇児発第七六一号)」においても、市町村の講ずるべき措置として、
「保育の供給拡大に当たっては、供給増の制約となる不合理な措置等を行わないよう留意の上、設置運営主体の如何を問わず適正な運営の確保に努められたい。」とされている。このように国においても、特に都市部における保育士の国基準に対する上乗せについては、問題視している。
保育士の対国基準配置数比
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公営 |
私営 |
国基準1に対する配置数 |
1.7 |
1.4 |
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常勤保育士の平均年齢
3. 報告書(3. 保育サービス供給面の課題)の主張について
公営保育所の高費用水準の大きな理由として、賃金体系水準の高さを掲げ、詳細に分析している。
(1)賃金体系水準の比較について
本報告書では公営保育所保育士に係る賃金体系が高いことを詳細に分析し、明らかにしている。しかしながら、保育の質を確保するための保育士の適正な処遇、賃金水準がどうあるべきかについては、職業に対する価値判断を伴う難しい問題であり、公・私・認可外の相対比較データだけで論じることは難しいのではないかと考える。
「保育サービス価格に関する研究会」報告書のポイント(抄)
(主な結論のポイント)
○保育サービスの供給面:(1)賃金体系、(2)自治体補助、(3)低年齢児比率がコストに影響
賃金コストの比較・・・公立は賃金カーブが急で保育士の平均年齢も高い
公立は私立認可よりも約30%、私立認可は認可外よりも約30%高い。
サービスの質の比較・・・公立、私立それぞれで得意分野
保育士の資格・能力、保育所設備では公立が、それ以外では私立の方が高い。
質を考慮したコスト比較・・・公立は明らかにコスト高
質や児童の年齢を考慮しても公立は約2割から3割強もコスト高で非効率的。
経営主体による保育料負担の格差・・・補助金の差が保育料に反映
認可と認可外でかなりの格差。認可保育所への需要の集中。
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図表8-2 構造的指標(Structual Characteristics)の比較
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公立
認可 |
私立
認可 |
認可
外 |
(a)私立認可
VS公立(私立が勝っていれば○) |
(b)認可外
VS公立(認可外が勝っていれば○) |
(c)認可外
VS私立(認可外が勝っていれば○) |
(a)保育士の能力・資格に関するもの |
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1 児童保育士比率(基準比) |
1.32 |
1.24 |
1.41 |
× ** |
○ ** |
○ ** |
2 常勤比率 |
0.79 |
0.86 |
0.75 |
○ ** |
× ** |
× ** |
3 経験年数 |
14.60 |
7.95 |
9.40 |
× ** |
× ** |
○ ** |
4 保育士の新規採用時の研修の実施 |
0.85 |
0.81 |
0.39 |
× ** |
× ** |
× ** |
5 保育士の外部への研修・セミナー・保育学会への派遣 |
0.92 |
0.94 |
0.76 |
|
× ** |
× ** |
6 保育士のリーダーシップ育成研修(主任保育士研修等)に参加させている |
0.92 |
0.86 |
0.22 |
× ** |
× ** |
× ** |
(b)保育所の施設に関するもの |
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7 児童一人当たり乳児室面積(基準比) |
2.92 |
1.88 |
2.40 |
× ** |
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○ ** |
8 児童一人当たり保育室面積(基準比) |
1.68 |
1.70 |
4.23 |
|
○ ** |
○ ** |
9 野外遊技場面積(除く代替公園)(基準比) |
6.52 |
4.62 |
1.84 |
× ** |
× ** |
× ** |
10 屋内遊技場面積 |
1.51 |
0.92 |
3.60 |
× ** |
○ ** |
○ ** |
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注)**は、5%基準で有意であることを示す。
図表8-3 発達心理学的指標(Developmental Psychological Characteristics)の比較
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公立
認可 |
私立
認可 |
認可
外 |
(a)私立認可
VS公立(私立が勝っていれば○) |
(b)認可外
VS公立(認可外が勝っていれば○) |
(c)認可外
VS私立(認可外が勝っていれば○) |
(a)発育環境に関する指標 |
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11 運動会の実施 |
0.99 |
0.97 |
0.54 |
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× ** |
× ** |
12 園外保育(遠足、芋堀りなど)の実施 |
0.99 |
0.99 |
0.87 |
|
× ** |
× ** |
13 プール遊び(水遊び)の実施 |
0.99 |
0.99 |
0.93 |
|
× ** |
× ** |
14 リズム体操の実施 |
0.88 |
0.83 |
0.75 |
× ** |
× ** |
× ** |
15 園庭・公園などでの外遊びの実施頻度 |
4.70 |
4.58 |
5.03 |
× ** |
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16 幼児教育の有無 |
0.18 |
0.23 |
0.04 |
○ ** |
× ** |
× ** |
(b)子供の健康・安全管理に関する指標 |
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17 園児の日々の管理記録の実施 |
0.92 |
0.92 |
0.98 |
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○ ** |
18 園児に対する定期健康診断・身体測定の実施 |
1.00 |
0.99 |
0.89 |
× ** |
× ** |
× ** |
19 園児の在園時間中の怪我・事故の状況に関する保護者への説明の実施 |
0.96 |
0.96 |
0.96 |
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× |
20 保育士と保護者の間の連絡帳の実施 |
0.96 |
0.96 |
0.97 |
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21 保育士同士のミーティングの実施 |
0.98 |
0.97 |
0.91 |
|
× ** |
× ** |
22 職員の定期健康診断の実施 |
0.99 |
0.99 |
0.87 |
|
× ** |
× ** |
23 嘱託医以外に提携病院を持っている |
0.09 |
0.33 |
0.27 |
○ ** |
○ ** |
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24 児童事故時の保険加入 |
0.99 |
0.98 |
0.97 |
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25 保育室や園庭にカメラを設置して子供を見守り |
0.02 |
0.11 |
0.07 |
○ ** |
○ ** |
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注)**は、5%基準で有意であることを示す。
(2)サービスの質の比較について
「保育サービスの質を定量的に比較してみると、公立は、保育士の能力・資格、保育所の設備、子供の発育環境については、他よりもかなり優れています。」としている。そして「保育士の能力・資格」を評価する指標として、報告書図表8-2のとおり児童保育士比率等が掲げられている。
この児童保育士比率を評価指標として一定の妥当性があると考えるし、『保育サービス供給の実証分析研究報告書』他各種報告書でもこの点を重視している。しかし、本報告書では、この児童保育士比率は、認可外保育施設が最も高いとしている。これは、筆者の感覚とも大きく異なる。また認可保育所と認可外保育施設での事故発生状況の違いからみても、このデータは実態と大きく乖離している。賃金水準よりも、児童保育士比率の分析をもっと精緻に行うべきであったと思う。公営保育所、私営保育所、認可外保育施設の間で、保育士の配置比較を行うに当たっては、入所児童の年齢構成、定員、特別保育の実施状況を同水準にしないと、偏ったデータになってしまう。低年齢児が多く、定員規模の小さい認可外保育施設と、低年齢児の多くない、定員規模の大きい公営保育所をそのまま比較することはできないのである。おそらく、このような点を留意せずに単純比較したため、誤った結果となったものと推察する。
(注)特に公営保育所の人件費は、一般に、市町村において、事業費と別に予算計上し、かつ事業との対比関係も分かりにくくなっている。したがって、公私別のコスト比較を行うのは苦労を要する。
「保育所施設」については、評価指標自体に偏りがあるように思われる。保育所施設は、一般に、公立より私立の方が長期間耐用させるため、施設管理が適正に行われ、内装も多く工夫されている。この点が評価指標となっていない。
「発達心理学的指標」については、指標として捉えようとする意気込みは評価に値するものの、あまりに雑駁であるように思う。即ち、保育所の第三者評価システムからも分かるように、子どもの発達援助に関していかなる評価項目を設定し、いかなる方法により評価するかは、簡単な問題ではなく、保育所管理者及び利用者への簡単なアンケート結果をもってのみ判断できるものではない。(図表8-3)。
4. 最後に
保育に欠ける児童の保育所への入所は、生存権即ち生きる権利につながるものであり、よって平等原則は厳格に適用されなければならないとされる。この点、大阪市や池田市など一部の自治体では、待機児童解消を目的に公私の保育士配置基準解消措置を講じており、妥当な対応と考えられる。同じ市町村内において、同じ認可保育所であるにもかかわらず、運営主体如何により職員配置や児童一人当たり面積等について違いが生じることに対して合理的理由はないと思う。
特に、東京都の保育士配置の上乗せ、保育料減免が際だっていることが指摘(報告書P21)されているが、東京都は保育担当課長が委員となっていることもあり、今後どのように対応していくのか期待して見守っていきたい。
保育を巡っては、財政、地方分権他いろんな観点から議論が続いているが、市町村、社会福祉法人等保育関係者は、社会のニーズを受け止め、保育制度の信頼確保に努めていただくことを願いたい。
(厚生労働省職業能力開発局育成支援課課長補佐)
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