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保育界(平成15年7月号)

 事業名 保育活動の推進
 団体名 日本保育協会 注目度注目度5


――四季折々――
春の落ち葉 木の泪(なみだ)
小松原勇
 ポトリ、ポトリと冷たい滴が首筋を伝う。
 俄雨?・・・と見上げると、空は眩しいばかりの晴天である。
 しゃがみ込み垣根の除草に熱中し、気付くと何時の間にかミズキの下に居た。大粒の滴は一昨日剪定をした、そのミズキの疵口から落ちていた。松以外の庭木は、毎年自分で剪定をする。初冬の頃、地域のお年寄りと共に焼き芋大会をする大切な材料となる枝木である。雨滴かと驚いたのはミズキのものだった。
 例年冬季に剪定をするが、今年は多忙の為それが遅れ、つい先日枝切りをした許りであった。
 「水も滴るよい男」とは名優に対する賞賛によく使われるが、「水も滴るよい水木」とは言えない。冬期剪定をしたその切り口から、その名の通り小量の樹液が滲み出ることは知っていたが、この様にポトポトと滴り落ちるのを見たのは初めてのことである。
 二十数年前のこと、山歩きの途次、小さな実生苗を見出した。ヤマボウシの幼苗と間違えて大切に持ち帰り、園庭の片隅に移植した。
 その後ミズキはすくすくと成長して、夏は遊具の上に枝を張りこよない緑陰をつくり、冬は落葉して暖かな陽射しを注いでいる。
 ヤマボウシの花への期待は見事に裏切られた、しかし、その下で遊ぶ子ども達の様子を見ていると、思い出と共に喜びが湧いて来る。
 人間には、とかくすべての現象を自己中心にしか受けとめられない弱さがある。ミズキについても同様で、「小さな芽生えが年と共にこの様に大きくなった。そして邪魔になる枝、不要な部分は切り捨てて剪定することが当然で、木の為にもなる。今年の剪定にも苦労したがやっと済んでさっぱりした」と、毎年その様な受けとめ方をして来た。
 
ミズキ
 
 陽春に切られた枝の切り口から滴り落ちる樹液、それはミズキの傷みの泪なのである。背筋を伝う滴は、訴える口を持たないミズキの抗弁である。植物に対する感性、愛情、配慮等につき、より努めている、との自負と思い上がりが見事に覆され、完敗である。自己中心性の強い人間の性は、とかくその体験と常識から外に出られず、客観的に対象を受けとめるよりも主観的になりやすく、他者認識に誤謬や誤解を生じ易いことである。そのごり押しがトラブルの根源になることを痛感させられる。鉢植えのホタルブクロが萎れると、水切れと気付き、サギソウの葉が黄変すると、肥料切れと考えて之に対応する。その範囲の気遣いは何とか出来やすい。しかし、枝を切られて懸命に樹液を流す木の傷み、その泪には一向頓着ない心情が存在する。今年、時期後れの剪定から、ミズキは春の泪を流しながらこのことを強く私に迫ったことである。
 地域に土地区画整理事業が実施され、園舎移築をして既に三十年を経過した。その折、同時に移植した庭木の幾本かは更に大きく育っている。その一つ台湾楓は、初冬の園庭に見事な彩りを添える。しかし、落葉の量は吹く木枯らしと共に清掃者を苦しめる。運動場に冬の陽光を呼び戻し、夏は緑陰を造成する。落葉樹の変身と功罪である。
 軟らかな春風に乗って新緑の衣更えが行われる。常緑樹の代表選手、クスノキの園庭に占める位置は大きい。青空に鯉のぼりが泳ぐ頃、何時の間にか楠は燃え立つ様な新緑に衣更えをする。事務所前の楠の木に、ムギランとセッコク(ラン科の着生ラン)を試しに植えて数年になる。そのムギランが順調に繁殖して、今年は太い幹を包み領域を拡げている。成長の遅いセッコクはあまり目立たないが、それでも数ヶ所で花を咲かせ、粗い樹肌に色を添えていた。小鳥のためにと巣箱を作り持参して下さった人がいた。この楠にその巣箱をつけてもう久しくなる。しかし園庭の賑やかさのためか、その巣箱を利用した小鳥は皆無であった。ところが今春その巣箱に止まり、丸い巣穴を覗いている小鳥を発見した。
 
園庭の楠
 
 小首をかしげながら、しきりに中を覗いたり、また外を見廻したりしていた。よく見ると近くの枝にも一羽いた。番(つがい)の様子である。
 よく見ると小型の鳥で動作が敏捷なシジュウガラであった。コゲラと共に園庭に滅多に訪れない珍しい小鳥である。「さては初の巣引きかな」と、心ときめかしながら期待していたが、遂に巣箱は空家のままである。騒騒しい保育園での子育ては、雀やキジバトの他無理なのかも知れない。
 今年ユズの木でアゲハ蝶の卵が見つかった。
 小さな幼虫を集めて子ども達が興味をもち飼育を試みていた。「みんなサナギになった」と報せる子ども達の目は生き生きと輝いていた。「みんなチョウになった。きれい」と息せききりながら二次報告が来る。運動場に集って放蝶することになり、注視の中で飼育ケースの蓋を開けると、次々と変身したアゲハは待ちかねた様に空に向かって飛び立った。子ども達の視線も一斉にそれを追い、歓声が園庭に谺した。
 
巣箱
 
 
アゲハの放蝶(筆者)
 
 梅雨入りを間近にして、園庭に山アジサイがブルーの花を散りばめ、ホタルブクロが白い提灯をぶら下げている。
 落葉樹と常緑樹が季節を分けて衣更えを遂げ、ダンゴムシやハサミムシ探しから始まる子ども達の興味や感動を包みながら、小さな園庭でのドラマが繰り広げられている。
 春の落ち葉、木の泪、四季折々その移ろいの中で、気づかされ、教えられながら、限られた人生を「感動」の鐘を鳴らしつつ、今年も歩まされる一年である。
(社会福祉法人 愛育会理事長)







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