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厚生労働省広報室・発
☆今月はいきなり月刊「厚生労働」七月号のご紹介から始めさせていただきます。
 先月も書きましたが、「厚生」と「労働時報」の従来の二つの広報誌が一緒になりました。この七月号がその創刊号になります。戦後まもなくから五十年を超える歴史を持ってきた広報誌の新たな一ページが文字どおりこの七月号から始まるわけで、編集スタッフ一同、それに相応しい充実した誌面となるよう張り切って作業に当たっているところです。
☆巻頭には毎号、その時々の時宜にかなった特集を置こうと考えています。今回は健康。「健康をつくる、健康を守る」と題して、今の時点での健康の意味や国民ひとりひとりの健康づくりのための我が省の施策について、各局横断的に解説を行うこととしています。
 まず「健康の今日的意味」と題しての座談会。自治医大学長で「健康日本21」のとりまとめに当たった高久史磨さん、労働衛生の権威で北里大学名誉教授の高田勗(つとむ)さん、読売新聞解説部次長の南砂さん、厚生労働省参事官(健康担当)の上田博三さんの四人の方に、幅広く今日の健康問題を語っていただきました。
 それとともに、健康増進法のねらい、職場の健康管理、テロ対策やSARS対策を含む健康危機管理、介護予防の新たな動向、心の健康づくり、といった各テーマについて、省内関係課スタッフによる解説記事を掲載しています。また、個別事例紹介として、健康づくりに熱心な市町村と企業の例を一つずつ、特集の中でご紹介したいと考えています。健康、というととても幅広いテーマですが、こうした構成により、できるだけ具体的に、各種施策の相互の関係も含めて、理解しやすい形でまとめていただきたいと考えています。
☆特集のあとにはその時々の単発記事が従来同様続きますが、この細かな紹介は省略させていただくこととして、新たな連載企画について申し上げましょう。
 カラーページでは、これまでの料理に代わって「遊びの達人」コーナーがスタートします。子供の遊び、に焦点を当てて、ひとやグループなどをご紹介していくページです。七月号では、日本玩具福祉学会理事長の小林るつ子さんをご紹介します。
 また同じくカラーページを使って、厚生労働省の付属機関について、これから各号一つずつ、ご紹介をさせていただこうと考えています。名前は良く聞くけれど何をやっているか知られていない、という付属機関も多いのです。七月号では、独立行政法人産業医学総合研究所をご紹介します。
 これまで「労働時報」に比べて「厚生」で手薄だったのが、統計数字関係のページです。従来「労働時報」では「労働経済の動き」として毎号、基本的な統計指標を掲載していました。今回はこれに人口動態や医療費の動きを加え、「厚生労働の主な指標」として連載していくこととします。このほか単発の調査結果についても、「データブック」という欄で随時ご紹介してまいります。
 恒例のインタビューについては、七月創刊号はこうした各企画との関係でページが足りなくなってしまい、大変残念ながら割愛をさせていただきました。八月号からはまた各界で活躍をされている方々の面白い話、いい話を引き出して、誌面をかざらせていただくことにする予定です。
☆新しい雑誌ですので、力が入っている反面、力を入りすぎたところもあるかも知れません。ひとりよがりになってバランスを失している点があるかも知れないと率直に言って思います。これからどんどん良くしていきたいと思います。読者の皆さんのご叱正、ご教示をお待ちしています。これからもどうかよろしくお願いいたします。
(厚生労働省 大臣官房広報室長 樽見英樹)
雑誌「厚生労働」年間購読料・八、二〇八円(送料込) お申し込みは、中央法規出版(株)
電話〇三−三三七九−三八六一
 
 
 
世渡りの言葉は難しい
「欲しければ」くれてやる
 
 
日本体育大学
名誉教授
川本信幹
(かわもと・のぶよし)広島県竹原市生まれ。中学・高校教諭を経て、日本体育大学教養科教授。定年退職後は日本語学研究所研究主管。国語学・国語教育学専攻。著書に『21世紀を生きぬく日本語力』『言葉遣いの常識』などがある。
 
「欲しければ」くれてやる
 
 私事ですが、先日、私の父親が九十六歳で彼岸へ旅立ちました。
 現役を退いてからもう三十八年も経っているので、人様にはお知らせしないで、身内だけでひっそりと野辺の送りをしました。
 すべてが終わってほっとしたところで、父親が最後の勤めをした町の教育委員会から電話がかかってきました。
 余り若くもない男性の声です。電話を置いてすぐメモをしたものを紹介しましょう。
 
 あの、こちらは、○○町教育委員会事務局です。このたびはどうも。叙勲を受けた人が死んだ時には、何か位が出ることになっているので、欲しければ、至急その旨を言ってください。
 
 声の調子からして、人のよさそうな方です。まじめに自分のなすべきことを処理しているという話し方です。むろん悪意など一かけらもありません。
 しかし、私は、相手の言葉を聞いて愕然としました。愕然はガクゼン、非常に強い驚きを表す言葉です。
 ちょっと問題が多すぎて、どこから話題にすればよいか迷いますが、最もむっときたのは、「欲しければ」という部分です。
 くどいようですが、電話の主は、決して権力の手先だという意識や強圧的な姿勢を持った方とは思われません。にもかかわらず、「欲しければ」という表現は、全く感心できません。
 父は、勲なん等かを受けてたいそう喜び、母と一緒に上京し、昭和天皇だったか、総理大臣だったかに勲章を貰ってうきうきと帰りました。
 戦後民主主義育ちの私は、叙勲制度に反対ですから、「欲しければ」などという言い方をされると猛烈に反発したくなります。「欲しければくれてやる」というのは、ずいぶんと国民を見下げた言い方ではないかと。
 でも、これは父の話であるからと我慢して、最後まで用件を聞きました。
 「欲しければ」をあなただったらどのように言い換えますか。
 「もし、お受けになるお気持ちがおありでしたら」とでも言い換えることができれば満点でしょう。
 
それにしても敬語は難しい
 
 問題はそれだけではありません。
 この電話のかけ方は、初めがいかにも唐突です。「突然お電話を差し上げて失礼ですが」くらいは、言ってほしいところです。
 次は「このたびはどうも」という言い方です。「どうも」で止めるのは日本語の表現の特色の一つではありますが、いい大人が、若者のような「どうも」止めを使うのは感心できません。「このたびはどうもご愁傷さまでございます」「このたびはどうも残念なことでございました」くらいのことは言ってもらいたいものです。
 「叙勲を受けた人が死んだときは」という言い方は、客観的な事実を表現するには問題ありません。しかし、ここは、死んだ本人の遺族に対して話しているわけですから、「人」は「方」と言い、「死んだ」は「亡くなった」と言わなければなりません。
 最後の「言ってください」も社会生活の長い人の言い方とも思えません。「おっしゃってください」「ご連絡ください」などの言い方がさっと出てくるようであってほしいものです。
 結局のところ、どういうことになるか、教育委員会の方に代わって整理してみましょう。
 
 突然のお電話で失礼いたします。
 こちら○○町教育委員会事務局の○○と申します。このたびはどうもご愁傷さまでございました。お亡くなりになった川本様は、昭和○○年に勲○等をお受けになっていらっしゃいます。生存者叙勲をお受けになった方が亡くなられた場合は、位階が贈られることになっていますので、お受けになるお気持ちがおありでしたら、できるだけ早くその旨を事務局までご連絡ください。
 
 いや、全く世渡りの言葉遣いは難しいものです。学校では、ごく基本的な敬語の形しか教えませんから、それだけでは、世渡りの応用問題には対応できません。あとは自分で勉強するよりほかはありません。勉強を怠った方は、ここで紹介したような言葉遣いで恥をかくことになるのです。教育委員会の方も、電話を受けているのが日本語の専門家であるとは夢にも思われなかったでしょう。世の中、どこでだれが聞いているか、読んでいるか分かりません。ご用心、ご用心。
 
名前を読み違えた先生たち
 
 父親の話から、もう一つ思い出したことがあります。
 現在の話から一気に六十数年さかのぼることになります。私が小学校に入学する時のお話です。
 私は昭和十四年に広島県の竹原町立(現在の竹原市立)竹原小学校に入学しました。その学校では、入学式で、学校長が新入児童の氏名を読み上げることになっていました。学級ごとに五十音順に読み上げていくので、私の学級にくると大いに緊張して声を出す用意をしていました。
 「かわもとのぶみきくん」という声が聞こえました。
 私は心の中で「なんとぼくの名前にそっくりのヤツがいる」と思い、右隣の子の顔を見ました。「でも、この子は今返事をしたばかりだ」などと考えているうちに校長の声は、次の児童の名に移ったのです。
 教室に入ってからの受持の先生との対話です。
 「かわもとくん。さっきはどうして返事をしなかったのかね」
 「校長先生は、ぼくの名前を呼びませんでした」
 「えっ、そんなはずはないだろう。確かに、かわもとのぶみきくんと呼んだよ」
 「でも、ぼくの名前は、かわもとのぶよしです」
 「なんだと、のぶみきではなくて、のぶよしかね」
 受持の先生は、そう言ったきり、私を追及するのをやめてしまいました。
 先に話題にした私の父親は、実はその小学校の教員でした。私の受持の先生は、教員室に帰ったとき、私の父に「先生のお子さんは、しっかりしていますね」とおっしゃったそうです。
 しっかりしているという言い方には「生意気な」とか「頑固な」という意味も含まれていたのではないかと今にして思います。
 私は、その先生に二年間受け持たれましたが、その先生は、なんとなく距離を置いて私に接しているような気がしました。先生も、校長に提出する名簿に正しい振り仮名を付けなかったことを後悔していたのではないかと思われます。
 あの時、「読み方を間違えたのは、先生なんだよ。ごめんね」と言ってくれていれば、そのようなよそよそしさを感じなくてすんだのではないでしょうか。
 
まず子どもの名前を覚える
 
 この入学式の体験は、後年教師になった私に大きな教訓を与えました。
 子どもの名前を早く正確に覚える。これは、きわめて当然な、常識的なことですが、授業を担当する生徒の多い中学校・高等学校ではそう簡単なことではありません。
 新年度、担当するクラスが決まったら担任から生徒の氏名の読み方を正確に教えてもらいます。
 教室ではそんなことはおくびにも出さず、自分の実力で読んでいるような顔をするのです。難しい名前の生徒はすっかり感心して、さすが国語の先生だと敬意を表することになります。
 その上で、まず生徒の氏名そのものを頭にたたき込み、それぞれを実際の生徒に結び付けていくのです。
 学生数が多く、授業の回数の少ない大学の場合は、大変です。一週間に三百人から四百人担当することがあります。これだけの学生の名前を何回かの授業のうちに記憶することは、まず不可能です。そこで、私は、ウルトラCを用いるのです。いや、学生の名前を覚える秘訣などここで紹介しても仕方がありませんね。
 いずれにしても、子どもの名前を早く正確に覚えてやることが教育の第一歩であることは間違いありません。名前を知らないでコミュニケーションを成立させることは不可能でしょう。







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