――体細胞クローン牛の安全性――
たべものの話(105)
道野英司
四月十一日の夕刊各紙に厚生労働省の調査研究班が体細胞クローン牛の安全性に問題がないという結論をだしたという報道があった。
厚生労働省では、体細胞クローン牛のような新しい技術を用いて作られた食品については、その開発状況をみながら、安全性に関する調査研究を実施している国立研究機関や大学の専門家に対して、厚生労働科学研究事業として研究費を交付している。十一日の一斉報道は、前日がこの研究費の交付を受けた研究者から厚生労働省への報告書提出の締め切りの日だったため、提出された報告書を各社が一斉に入手したことによるものである。
さて、クローン技術を応用して生産された牛には、受精卵クローン牛と体細胞クローン牛があるが、受精卵クローン牛は受精卵を人為的に分割して、核を除去した未受精卵に核移植して遺伝的に同一な多数の牛を生産する技術であり、自然発生する一卵性の双子、三つ子を人為的に作成するものである。
したがって、受精卵クローン牛から得られた食肉や牛乳の安全性については、現在のところ問題があるという指摘はない。
一方、体細胞クローン技術については、英国の「羊のドリー」で一躍有名となったが、生体の耳や乳腺などの細胞から核を取り出し、他の牛の核を除いた未受精卵に核移植することにより作成されるもので、遺伝子の改変、操作を行うものではない。
わが国で生産されるクローン牛がはじめて社会的に注目を集めたのは、平成十一年四月、受精卵クローン牛から得られた肉が流通しているとの報道があり、農林水産省において受精卵クローン牛肉の表示制度について検討が開始された時である。
また、体細胞クローン牛から得られた食品の安全性については、当時問題は指摘されていなかったが、体細胞クローン技術自体が研究段階にあったことから、農林水産省から研究機関に対し、出荷の自粛要請が行われるとともに、厚生省(当時)に対して体細胞クローン牛の食品としての安全性評価の実施について要請があった。
このため、体細胞クローン牛の食品としての安全性に関する研究については、平成十一年から東京大学の熊谷教授を中心に開始され、厚生省から平成十一年度の厚生科学特別研究事業において研究費を交付した。十一年度末には、「食品としての安全性を危惧する根拠はないが、より多数の体細胞クローン牛について、生理的・機能的データ、乳肉に関するデータをとることによって安全性の裏づけを得ることが望まれる」との中間報告をとりまとめられ、その後三年間の検討を経て、平成十四年度の厚生労働科学研究事業においてとりまとめられた研究結果では、「体細胞クローン牛について、従来技術により産生された牛にはないクローン牛特有の要因によって食品としての安全性が損なわれることは考えたい」という結論だった。
厚生労働省としては、体細胞クローン技術について、研究の歴史が浅いこと及び国際的な評価が行われていないことも考慮して、この研究の中で蓄積された国内外のデータ等をもとに今年の夏に内閣府に設置が予定されている食品安全委員会に研究報告を提出し、更に科学的評価を受けた上で、安全規制のあり方を検討する予定としている。
なお、農林水産省によると、現在までに国内で出生した体細胞クローン牛は三一八頭であり、現在の飼養頭数は一四一頭とされており(平成十四年九月末現在)、今回の調査研究結果をもって、ただちに体細胞クローン牛の食品としての流通自粛を解除する予定はないとのことである。
(厚生労働省食品保健部監視安全課課長補佐)
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