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――保育所における子育て相談(4)――
個別援助技術について
福井県総合福祉相談所 天谷泰公
はじめに
 保育所にはゼロ歳から六歳までの子ども達が通ってきます。この時期の子ども達は心身共に日々急激に成長しており、その変化も目まぐるしいものがあります。しかも成長の個人差が大きく、例えば言葉の発達で「始語」の時期ひとつをみても、早い子と遅い子では数か月の差があります。ほとんどの場合、問題とする必要はないですが、なかには、心身の問題や何らかの障害があるために発語が遅れている子ども達もおり、専門家による早期の療育や援助が必要となることがあります。また、その子ども達を取り巻く親子関係や家族関係にも多様なものがあり、その状況に応じた個別的で適切な対応をすることが求められます。例えば、言葉遅れに気付いた保育士がよかれと思って行った保護者や家族への助言が、保護者の不安感を助長したり子どもへの拒否感を強くしたりして、問題解決への意欲を低下させるといった問題を起こすことがあります。これは、保育士の善意が、子どもの問題をより複雑にし、その成長にとってマイナスに働く可能性があることを示しています。
 このようなことを起こさないためには、保育士として必要な援助技術を身につける必要があります。援助技術には様々なものがありますが、今回はソーシャル・ケースワークの理論(バイステックの七つの原則)に基づきながら基礎的なことについて説明します。
 
保育実践と子育て相談
 保育士は子育ての、学校の教師は教育の専門家です。しかし、「子育て相談」や「教育相談」の専門家とはいえません。共に子どもの“育ち”にかかわる専門家としての知識と技術を十分持ちながら、なぜか“育ちに関する相談”となると専門家とはいえないという面があります。
 保育や教育の現場における実践では、保護者や家族も対象とはなりますが、主にあくまで子ども達です。しかも一日のうち相当の時間を一緒に過ごします。そこでは基本的生活習慣や対人関係と社会性および善悪のルール等道徳に及ぶまで、生活全般にわたる様々なことが関わりのなかで扱われています。
 一方、相談の主な対象は保護者と家族および関係者であり、子ども自身が相談者となることはまずありません。しかも、相談は現場の実践と異なり時間も場所も限られたなかで行われるものです。しかし、相談の中で扱われることは実践と関係のあることばかりです。当然のことながら、そのことについての知識は十分あるわけですから、一般的に考えると、それで対応は可能なはずです。
 ところが同じ問題や悩みであっても、生育歴や親子関係、家庭環境等個々の状況は異なります。そのため、個別的な対応(個別化の原理)が必要で、同じ問題だからA君もB君も同じようにということは出来ないわけです。この点を弁えていないと子育て相談は成り立たないことになります。以下そのことについて述べていきます。
 
相談者の基本的な態度
 対人関係の仕事、特に対人援助というのは、基本的に人間が好きでないと勤まりません。保育士という職業も同様で、乳幼児を中心とした保育を行うという対人サービスの一つです。子ども達との日々の触れ合いは、信頼関係を基本とした身体接触を含む濃厚なものがあります。そして、その関係を通して子供達は成長していくことになります。相談援助活動においても基本的関係は同じですが、このような身体接触を含む濃厚な関係は却ってマイナスとなることも多く望ましいものではありません。
 相談担当者に求められるものは、まず相談内容について他者に絶対漏らさないという守秘義務(秘密保持の原理)と「受容」というカウンセリングにおけるカウンセラーの態度として必須とされているものです。(受容の原理)「受容」とは無条件に相手をあるがままに受け入れるということです。これをそのまま受け取ってしまうと、「受容」とはどんな人であっても、無条件に相手の言うがままに受け入れるということになってしまいます。強いて言えば、乳児に対する母親の態度に近いものですが、通常の人間関係ではとても取り得ないようなものです。
 カウンセラーが、実際の面接場面でそのように振る舞っているわけではありませんし、ましてできるものでもありません。ここでいう「受容」とは、ある条件の下で相談者に対して取る基本的態度のことです。ある条件とは、相談者自身に(1)相談したいという動機づけがあり、(2)面接室などの外部に相談していることが聞こえないような隔てられた場所で、(3)数十分から一時間程度の時間内で、というものです。この三つの条件があって初めて「受容」という無条件に相手の言うことに耳を傾ける(傾聴する)という態度(非審判的態度の原理)が、相談場面で取れるわけです。
 しかし、保育所ではここまで厳密な条件設定をして相談を受けることは困難が多いと考えられます。最低限、気楽に安心して話ができるような暖かい雰囲気が作られており、相談を受け付けた場合、先の条件について少しでも配慮ができるかどうか、保育士もその心構えを持って、日々保護者や関係者に接しているか、傾聴できているかどうかにかかっています。
 
理解すること
 次に必要なことは、相談内容は何かということを理解することです。面接場面という守られた空間の中で、相談者が自由に安心して訴える(意味ある感情表現の原理)ことを聞きながら、相談したいことは何かということを自分なりにまとめていくことです。例えば、言葉遅れについて心配しているという母親からの相談で、話しの内容を子どもの発達状況も含めて総合的に判断した結果、主訴は言葉遅れなのか、母親の不安が中心的な問題なのか、あるいは他の問題なのかということです。ここで、カウンセリングにおける「共感的理解」ということも重要な視点となります。相談場面における相談内容の理解というのは、ありのままに事実を理解する「客観的理解」が基本となりますが、相手の感じていることをあたかも自分が感じとっているように話しを聞いていく「共感的理解」という態度も重要になります。相手の気持ちに沿いながら聞いていき、それを共感的に返していく(コントロールされた感情的介入の原理)と、取り留めのない内容がまとまった内容として理解できたり、相談者が問題としていることと違う内容が浮上してくることもあります。この場合は慎重な対応が求められますし、ただひたすら、共感的に理解するよう心がけながら傾聴することに徹することが必要な場合もあります。
 相談内容を理解するのに、子どもの発達や保健衛生についての知識があった方がより望ましいのは間違いありません。例えば、子どもの病気や予防接種の相談ならば、適切な機関を紹介すればよいわけで、「傾聴」も「共感的理解」も必要ありません。しかも、子育て相談の多くがこのような対応ですむと考えられます。
 
返しかた:対応
 相談内容を理解したら、どのような助言をするかが大切な問題となります。基本的には、相談者が安心したりやる気を出したりするような対応が必要です。また、相談者の物理的・精神的負担がより多くなるような場合でも、出来るだけ明確な方向性を示してあげることが大事です。相談者を非難したり、不適切な対応を指摘したり、家族等第三者を非難したりすることは、たとえ相談者が述べていたとしてもすべきではありません。
 自分が相談者の立場に置かれた時、どのような対応をされたらうれしいか、やる気がでるかということを常に考えながら助言をしていくことです。しかも、簡潔で相談者に理解しやすい言葉や方法を使いながら行っていくことが望まれます。そして、最終的には相談者自身が自分の判断で決めていくようにしていくことです。(自己決定の原理)これは一朝一夕に出来るものではなく、保育実践のなかで、普段、保護者や家族に接する時の態度として心がけることで磨かれていくものと考えます。
 
 
 
〈お知らせ〉
▽去る三月十七日に開かれた日本保育協会の理事会及び評議員会で佐々木典夫(ふみお)氏(財団法人船員保険会会長)が新しい理事長に選出された。黒木前理事長は病気療養中のため辞任の意向を表明していた。佐々木理事長は児童家庭局長経験者であり、社会保険庁長官などを歴任した。(来月号に関係記事)
 
 
 
園と親とのコミュニケーション
保育園を考える親の会
 保育園を考える親の会では、二〇〇二年の会員アンケートで、子どもを通わせている保育園とのコミュニケーションについて聞きました。今回は、その内容をご紹介しましょう。
 
コミュニケーションの満足度
 「あなたの園では保育士や園長とコミュニケーションはとれている(とれていた)と思いますか?」という質問に対して、表1のような結果が出ました。
 「十分」と「まあまあ」を合わせると、八四・二%以上になりますが、残りの「不足している」「全くとれていない」の合計も一六・三%に上っています。
 「全くとれていない」と回答した二人は、どちらも認可私立保育園の保護者でした。個人面談や保護者懇談会なども実施されている園なのですが、そのうちの一人は、「保護者懇談会の席で園長がもめた保護者は結局退園した」「園長のワンマンはやめてほしい」と記述しています。また、「まあまあ」と答えた中に、「保育士によって違う」と書き添えている人もいて、その年の担任によって「当たり外れ」を感じている保護者の実情がうかがい知れます。
 
大切なコミュニケーションの機会は?
 「あなたにとって、担任あるいは保育園との大切なコミュニケーションの機会は何ですか?」という質問について、該当する選択肢をいくつでも選んでもらった結果が、表2になります。
 最高得票となったのは、「送り迎え時の会話」で八三・七%、二位は「連絡ノート」で八一・八%。ほとんどの回答者がこのどちらか、もしくは両方にチェックを入れています。
 
表1 園とコミュニケーションはとれているか
十分とれている 46人 22.0%
まあまあとれている 130人 62.2%
不足している 32人 15.3%
全くとれてない 2人 1.0%
無回答 6人 2.9%
合計 216人  
注1)%は回答者総数の209人を100%とした。
注2)2人の子どもについて答えたり、園長と保育士に分けて答えたりした複数回答が7件あったため、合計は209人を上回った。
 
表2 大切なコミュニケーションの機会は?
連絡ノート 171人 81.8%
送り迎え時の会話 175人 83.7%
個人面談 84人 40.2%
保護者懇談会 99人 47.4%
無回答 3人 1.4%
その他 34人 16.3%
注1)%は回答者総数の209人を100%とした。
注2)複数回答可として聞いたので、合計数は209人を大幅に上回った。
 
 
 また、個人面談や保護者懇談会も、それぞれ四〇・二%、四七・四%の回答者の票を得ています。次項で見るように、これらを実施してない保育園もありますので、実施しているという回答数を一〇〇%として計算すると、それぞれ六一・八%、五四・一%になります。
 個人面談や保護者懇談会は、親の負担になると考える園もあるようですが、多くの親の間で大切なコミュニケーションの機会ととらえられており、参茄しやすいように実施する曜日や時間帯を工夫することも必要と思われます。
 「その他」には自由記述欄を設けました。ここに運動会や保育参観などの行事を挙げた人が八人、家庭訪問が四人のほか、直接の手紙・電話、掲示板、クラス便り、飲み会、などなどが記入されていました。園長という記入もありました。
 
面談・懇談会の実施頻度
 個人面談や保護者懇談会について、「あなたの園では実施はどうなっていますか? 年に何回ありますか?」と聞いた結果が表3です。
 個人面談は「年一回」、保護者懇談会は「年二回」の実施が最多数となりました。「実施せず」「無回答・不明」と答えた回答を除いた残り、つまり個人面談や保護者懇談会を「実施している」とする回答数は、それぞれ一三六人(六五・一%)と一八三人(八七・六%)になりました。
 個人面談の頻度の「その他」を選んだ人は、「随時」「希望があれば」機会が設けられると書き添えていました。
 
表3 個人面談や保護者懇談会の実施状況
●個人面談
1回/年 110人 52.6%
2回/年 23人 11.0%
3回/年 2人 1.0%
その他 4人 1.9%
実施せず 55人 26.3%
無回答・不明 18人 8.6%
●保護者懇談会(保護者会)
1回/年 40人 19.1%
2回/年 108人 51.7%
3回/年 41人 19.6%
4回/年 8人 3.8%
その他 3人 1.4%
実施せず 11人 5.3%
無回答・不明 15人 7.2%
注1)%は回答者総数の209人を100%とした。
注2)回数について複数回答している人がいるため、合計は209人を上回った。
 
こんなことをやってほしい
 「保護者が園でのようすを知ったり、コミュニケーションをとるためにやってほしいことは?」とたずねた質問では、表4のような結果になりました。
 一二三人と、過半数の人が「やってほしいことがある」と答えています。では、どんなことをやってほしいのでしょうか?
 自由に記述されたものをおおまかに分類して集計すると(すでに行われているがふやしてほしい、充実してほしいという希望も含まれています)。
 
表4 コミュニケーションに関する保育園への要望
ある 123人 58.9%
ない 41人 19.6%
無回答 45人 21.5%
注)%は回答者総数の209人=100%
 
 
○保育参観 二四人(特にふだんの姿を見たいので少数での参観を希望する声もありました)
○連絡ノート 二三人(もっと活用して、三歳以上もやってほしい、コメント増やしてほしいなど)
○ビデオ撮影 十八人(撮影して、鑑賞会を開いて、ダビングさせて、など)
○先生と話ができる時間を 十二人(うち七人は、昼間の先生、担任とお迎えのときに話せることを希望していました)
○親同士が交流できる交流会・レクリエーションなど 九人
○写真 六人(ふだんの姿を撮ってほしい)
○クラス便りなどの印刷物の充実 六人
○保護者懇談会(保護者会) 六人
○個人面談 六人
○保育参加 五人
○インターネット・パソコン通信での交信 三人
○インターネット放送・メルマガ 二人
○発表会などのイベント 二人
 このほか、「担任以外の先生の名前がわかる工夫をしてほしい」「父母会つぶしをやめてほしい」などの意見がありました。また、「〜を復活してほしい」」という復活要望もいくつか見られ、昨今の職員減らしで、これまでできていたことができなくなっている状況がうかがわれました。
 
まとめ
 これからは保育園と親とのコミュニケーションがとても重要になってくると思います。ともすれば「ムダを省く」発想から、保育園と親の接点は少なくなっていきがちですが、これが失われると、両者は子どもの育ちを共有できなくなり、さまざまな連携がむずかしくなるばかりでなく、親自身、何かと不安をかかえがちになります。保育園の保育について親が理解する機会が少なくなることは、保育園と親の間のトラブルをふやす可能性もあります。結局しわ寄せは子どもに行ってしまうと思います。
 コミュニケーションと一口に言っても、何か特効薬があるわけではありません。このアンケートで求められているのも、日々の先生との会話、連絡ノート、保護者懇談会、個人面談、さまざまな行事、園だよりなどなど、従来から保育園で行われている手法です。ただ、そのやり方が園の側からの一方的な発信ばかりになってしまっては、受け取る側はしんどくなっていきます。コミュニケーションとは双方向のやりとりを言うのです。
 親には、「わが子の話を先生としたい」という素朴な欲求があります。また、ときには保育園に疑問や不安を抱いて、安心できる答えを求めている場合もあります。そんなとき、親の言葉を受け止め、投げ返して、キャッチボールをしてくれる保育園であってほしいと思います。そのために、連絡ノートでも個人面談でも、複数のチャンネルがあれば、風通しがよくなります。
 ところで、「最近の親は自己中心的」という指摘を聞くこともあります。保育園としては、いろいろ保護者に知ってほしいこと、理解してほしいことがあるのに伝わらない、親は自己中心的なものしか求めていない、と感じているかもしれません。でも、自己中心的であっても子どもについて親が求めているものがあるとすれば、それがかかわりの端緒になるのだと思います。
 親の最初の興味はとにかく「わが子はどうしているか」なのですが、それでよいのではないでしょうか。「わが子」の生活を知り、先生たちがしてくれていることを知り、お友だちとの関係や、その育ちを知り、「わが子」中心に世界を見ながら、実は保育園を理解し、子ども全般を理解していくというのが、きわめて自然な親のあり方だと思います。
(保育園を考える親の会代表 普光院亜紀)
 
*「保育園を考える親の会」は保育園に子どもを預けて働く親のネツトワーク。情報交換、支え合い、学び合いの活動をしている。







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