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3.2 人的要因に関する検討
3.2.1 背景
 IMOのFSAに関するガイドライン(MSC/Circ.1023&MEPC/Circ.392)においては、人的要因の重要性を認識し、人的要因に関する解析手法としてIACSが作成したHRA(Human Reliability Analysis)に関するガイダンスをAppendixとしてとりこんでいる。バルクキャリアの安全性についても、ハッチカバーの閉鎖作業や船首における作業等、人的要因について議論されてきたが、本調査研究で進めているバルクキャリアのFSA解析がバルクキャリア特有の安全上の問題について検討していることを踏まえて、バルクキャリアに特有の船上作業についてFSAに基づいて、でき得る範囲の検討を試みることとした。
 
3.2.2 FSAにおけるHRA
 現在、FSAガイドラインのAppendix 1として添付されているHRAのガイダンス(Guidance on Human Reliability Analysis(HRA))は、FSAの各STEPのプロセスにヒューマンエラーに関する解析を取り込むことを目的として準備されている。HRAに示されている作業を以下に列挙する。
(1)STEP1-Identification of Hazard
・実行されるべき作業(Task)の広く浅い解析
・主作業、副作業、及びそれらの目的をリストアップする
・各作業におけるヒューマンエラーに寄与する要素、潜在的なハザードを同定する。
(2)STEP2-Risk Assessment
・詳細なタスク−アナリシスの実行
−果たされるべき作業と副作業の同定
−作業に従事する人すべてと、彼らの間のinteractionの同定
−作業の遂行に影響を与える要素の同定
・ヒューマンエラー解析の実行
−ヒューマンエラーの原因の抽出
−エラー回復の可能性の抽出
−エラーによる結果の抽出
・ヒューマンエラーの定量化
−THERP、HEART等の手法を使用して、ヒューマンエラーの確率を求める。
・出力
STEP2の出力としては
−Key taskの、解析結果
−Key taskに伴うヒューマンエラーの同定
−ヒューマンエラーの確率の評価
(3)STEP3-Risk Control Options(RCO)
・以下の達成できる可能性のあるRCOを抽出する
−ヒュマンエラーの確率を減少させる
−ヒューマンエラーの影響を減少させる
−ヒューマンエラーを起こす環境の緩和
(4)STEP4-Cost Benefit Assessment
 HRA固有の対費用効果解析は提案されていない。FSA自身のSTEP4が用いられる。
(5)STEP5-Recommendations for Decision Making
 人的要因を規則作成過程で考慮することは、FSAにおけるバランスの取れた意思決定の確立に寄与する。
 
3.2.3 バルクキャリアの船上作業の抽出
 バルクキャリアに特有の船上作業を、各種の運航時にわけて運航専門家により抽出した。運航の分類は以下のとおりとした。
・揚げ切り時(荷揚げ終了から出港まで) ・バラスト航海
・バラスト航海最終段階の入港前 ・同入港後 ・積荷役中
・積み切り時(積込み終了から出港まで) ・戴貨航海
・戴貨航海最終段階の入港前 ・同入港後 ・揚荷役中
 作業は、通常航海時作業、荒天航海時作業、ISMコード関連の作業、船上保守作業に分類した。さらに、ドック入りする直前の作業についても抽出した。
 抽出した船上作業の例を表3.2.1に示す。
 
3.2.4 船上作業分析
 まず、表3.2.1に例示したような船上作業のうち、そのエラーが重大な危険に結びつくと考えられる作業を抽出し、これらの抽出された作業について、その種類(検査、計画、確認、機器操作、etc)を考え、これらの作業に関連する障害事象を特定した。
 さらに、これらの特定された障害を緩和する(あるいはRecoverする)作業項目を特定した。また、3.1項で述べたFSAにおけるFTAとの関連を調べた。
 これらの解析の結果を、表3.2.2に示す。
 
3.2.5 リスク解析とRCOの検討
 3.2.3及び3.2.4で紹介した作業は、3.2.2で説明したFSAにおけるHRAの中で、STEP1に関係する作業を行ったものである。STEP2以降の作業は、定量化のためのデータがえられなかったため、リスクの算定(確率×損害)は行っていない。
 但し、人的要因に起因する危険事象に対する緩和作業を考えたことは、STEP3の作業の一部を実行したことにもなっている。人的作業に起因する事故を防止するため、ひとつのミスが即座に事故に至らないような作業手順・管理がすでに取られている場合もある。今回は、これらのことを勘案した上で、STEP2以降の作業を簡易に検討する。
3.2.5.1 捉え方
 船舶のような人工物は、その製品のライフ・サイクルである建造の計画、設計、製造、運航および検査の各段階において危険に係わる人間要因が存在する。ここでは、表記の副題に的を絞ったものである。船舶に関係する機関は、荷主要求を踏まえて運航・管理する船主(以下MTと略称する)、設計・建造する造船所(SB)および検査機関(CS)である。
 また各機関間のリスクに係わる意思疎通(リスクコミュニケーション)は安全における重要事項とされている。
 
表3.2.3 ライフサイクルにおける関係機関
機関 計画 設計・製造 運行/検査
MT ++ + ++/+
SB + ++ -/+
CS - + -/++
注)++関係深い +関係する −関係薄い       太字斜体はここでの関係項目
 
3.2.5.2 PDCAについて
 ISO9000、14000では、P(Plan),D(Do),C(Check),A(Action)のライフサイクルでの実施による品質や環境の確保が明記されている。タイプシップを基本とした船舶は、表3.2.3に示すPDCの実施後、その改良すべき点を次世代に反映する(A)ことが習慣としてなされている。船舶に対するISO系PDCAの導入は、このサイクルを確かな手順書などにより、堅実に実施するための補助手段と理解される。
 PDCAサイクルは、表3.2.3に示すマクロなもの以外に、各項目例えば運航についても運航計画、実施−−−とPDCAを構成し、PDCAをUnitとして階層構造を構成している。
 ここでの作業項目は、実施予定項目(計画;Plan)であり、−−の検査とあるものは、全て−を検査することになっているの意味である。その検査がどのようになされるかと云う、人の動きの段階にまでは言及していない。
 
3.2.5.3 運航における作業
 表3.2.3に示すように、同作業は船社以外は殆ど関係しない。しかし、例えば、積付計算機を使用する場合、メーカー(造船所など)に起因する故障や使いやすさ(Usabiliity)は事故に関係するが、そこまでは言及しない。船級協会が関係するISMの開口部閉鎖の手順書なども、その適正さまでは言及しない。
 表3.2.4は、船上作業の中で、沈没事故の原因と成り得る、構造に関する欠陥、荒天や積荷などの過荷重、浸水に関係する開口部の閉鎖に関連する作業の一部を抜き出したものである。各作業は、主として、ISMによる手順書によりRecoverされている。末尾に示したFTA、事故ストーリーは、同作業が、何らかの形で事故の要因の一部と成り得る可能性のあるものである。事故に対する寄与は、別途FTAやETAによるストーリー解析による。
 
3.2.5.4 保守/定検における作業
 船舶における保守管理は、前述した船上作業(On Board Maintenance)も重要であるが、部品の劣化・不備に対する対策などの本格的な保守管理は定検時になされる。定検には、MT、SB、CSの3機関が関係する。定検作業の大項目とそれに関係する機関の関係を表3.2.5に示す。関係の程度を表中に注記するような符号M,s,−の3種類で示した。この各大項目に付随する項目は非常に多く、何らかの形で事故に関係する。例えば、資金不足による不十分な修理や、余寿命の評価不適切による修理方法の誤りなどもある。
 しかし、実際に直接大きな影響を与えるのは、対象部材に対する検査である。
 
3.2.5.5 考察
(1)Net Present Value
 バルクキャリアの構造のように実績のあるものの安全の担保は、コストを度外視すればさほど難しくはない。要は効果的な投資として安全を担保できるかどうかである。
 新造時の投資と保守管理の投資のバランスから定められる意味のある投資額(NVP; Net Present Value)は、図3.2.1の概念により求められる。
 
図3.2.1 Net Present Value
 
 新造時のコストは、近年CIMS(Computer Integrated Manufacture System)の発達により、総投資に占める人件費の割合は減少している。一方、保守管理に要する投資は、部分的な手作業を脱皮できないため、人件費の占める割合は大きい。人件費が高騰すれば、NPVは少ない保守投資で、高めの新造投資に移行する。
 しかし、損傷や劣化はつきものであり、完全なメインテナンスフリーは望めず一定以上の保守投資は必要である。
 
(2)保守管理の在り方
 ここでは、保守管理に係わる人間作業要因を鳥瞰したに留まるが、厳密には、従来生じた損傷や可能性のある損傷と各作業との係わりを分析しなければ具体的な保守管理作業の在り方は見えない。人間作業要因の鳥瞰の範囲で以下の考察が行える。
 
1)近年実施されはじめた、ISM,ISO9001などの規格は、従来行われていた確認作業を確実化するものであり、必ず存在する検査などの作業ミスを二重チェックによりリカバーする効果がある。
2)船上保守作業は、過去の大事故の要因をかなり防止する方向で行われているが、構造の損傷の多くの引き金となる要因であるタンク内部の構造の亀裂、腐食の検査はほとんど不可能である。
3)船級による検査と造船所による検査修理作業は、機器や塗装の劣化予測もしくはモニター技術と深く係わり、その方面との関係を考察する必要がある。







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