2. 国際原子力機関における放射性物質の輸送安全に関する国際会議への対応
2.1 国際会議への対応
2.1.1 放射性物質の海上輸送の安全性
使用済燃料等の国際海上輸送の安全性について国際的な関心が高まっており、この国際会議では重要な話題となることが予想された。我が国は、フランスのCOGEMA及び英国のBNFLと海外委託再処理契約を締結しており、既に、英国船(PNTL社)を用いて使用済燃料を我が国の各原子力発電所からシェルブール港とバロー港に輸送し終え、現在はCOGEMAでの再処理工程で生じた残滓である高レベル放射性廃棄物がシェルブール港から六ヶ所村のむつ小川原港への輸送が定常的に行われており、その安全性を確立している。さらに、海外委託再処理により回収されたプルトニウムがMOX燃料として輸送されたほか、回収ウランの酸化ウラン粉末としての輸送及び再処理に伴うその他の放射性廃棄物の輸送も計画されている。したがって、我が国は放射性物質の国際海上輸送の安全性に確立に対する貢献をこの場で発表することにより、国際輸送に関する更なる安全性の向上と国際的な合意を醸成することが重要であると考える。このような背景から、海上輸送中の火災事故時における核燃料物質等輸送物の安全性について、IAEAの国際会議用発表論文、あるいは関連資料の作成に資することを目的として、(社)日本造船研究協会が設置した第46基準研究部会において平成8年度から平成11年度に実施した「放射性物質の海上輸送の安全性に関する調査研究」の成果をレビューし、以下の検討を行った。
(1)火災シナリオの設定
海上輸送中の重大事故の一つと想定される火災事故に関して、輸送物を積載している貨物倉内の火災環境条件が、TS-R-1等で定められているB型輸送物及び核分裂性輸送物の耐火試験条件で十分代表されるものであるか否かを判断するため、「照射済核燃料等運搬船の特別要件」に適合した船舶を対象に、安全性評価を行うためのシナリオを検討した。過去の事故例を調査し、各種の条件を検討した結果、2通りの火災ケースを設定した。
設定したシナリオは、自船の機関室が失火により火災を起こし、これが直近貨物倉に熱的影響を及ぼす場合とタンカー等の可燃性燃料輸送船に運搬船が衝突して火災に巻き込まれる場合とである。これらの2つのケースについて、それぞれ、火災環境温度、継続時間等を過去の文献又はデータなどから設定し、実施する安全解析或いは確率論的評価の基盤を構築した。
(2)火災時評価
設定した海上輸送時火災事故シナリオに基づき、自船からの失火による最過酷事象である機関室火災発生時と、油タンカーとの衝突により誘起される海面火災発生時の輸送物の健全性について、高レベル放射性廃棄物(ガラス固化体)を収納したTN28VT型輸送物運搬船を例として輸送物の環境条件を求めた。その結果に基づき輸送物の健全性について評価した結果、以下のことが明らかとなった。
1)専用運搬船が機関室火災に遭遇する場合には、機関室内に存在する火災源となる油の量が海面火災と比較すると非常に少ないことに加えて、船体横隔壁の断熱効果により、輸送物各部の温度上昇量は小さく、輸送物の健全性が十分な裕度で確保される。
2)専用運搬船が海面火災場所から脱出できずに火災に巻き込まれる場合に想定される最も過酷な海面火災シナリオは、800℃、30時間である。この場合でも船倉への漲水装置が作動し、輸送物の健全性は確保される。ただし、万一、漲水装置が作動しない場合には、船倉ハッチカバー部の中性子遮へい体(レジン)の断熱性能にもかかわらず、輸送物の密封部温度がガスケットの使用限界温度を超えることが想定される。
(3)確率論的評価
「照射済核燃料等運搬船の特別要件」に適合した船舶は、万一の海上火災等の事故に遭遇したとしても種々の安全対策・火災対策によって輸送物の健全性が保持されるようになっている。しかし、発生頻度は非常に低いが、過酷な事故事象も想定できる。これらの過酷な事故事象に対する安全裕度を評価する手法として確率論的安全評価方がある。上記の検討結果に基づき、最も過酷なシナリオとして専用運搬船に油タンカーが衝突して海面火災が発生した状況を想定し、油タンカーとの衝突確率、油の流出確率、着火確率、火災現場からの脱出確率、漲水装置や船倉冷却装置の作動成功確率等を考慮し、GO-FLOWイベント・シーケンス解析システムに基づく確率論的評価を実施した。
その結果、輸送物の健全性が損傷する確率は3.10×10-7/隻・年と十分に低いことが明らかになった。専用運搬船は、訓練された乗組員が操船していること、自動衝突防止援助装置が設置されていること、実際の航路選定上事故多発区域を回避していることを勘案すると、衝突事故発生確率は更に低くなる。また、一般船に比べて安全設備の作動確認試験の頻度の高いことを考慮すると、船倉冷却装置、船倉漲水装置の不作動確率はより低くなることが想定される。これらのことから輸送物の損傷発生確率は非常に低くなり、海上輸送の安全性は十分に高いことが明らかになった。
これらの結果は、国際会議における議論の技術的基盤を与える資料として、論文形式にまとめた。
2.1.2 提出論文
放射性輸送物に関連する事故を想定した場合、TS-R-1で規定する技術基準では不十分であるとの懸念がNGO等から表明されているため、これら懸念を払拭することを目的に、高所からの転落等を模擬した9m落下試験、輸送中高温にさらされた場合においても収納物が漏えいしないことを確認するための耐火試験(800℃、30分間)のそれぞれについて試験基準の妥当性を証明する論文を作成した。また、船舶により放射性輸送物を輸送する際に、乗組員が放射線から十分隔離され、放射線被ばくによる健康障害が生じないように確実に放射線防護が実施されていることについて、我が国における実態調査の結果を交えて放射線防護規制の妥当性を示す論文を作成した。
以下に、「放射性物質の輸送安全に関する国際会議」に提出した論文の要旨を紹介する。
(1)9m落下試験と現実的に想定される輸送物の事故
輸送物が輸送中の事故条件に耐える能力を実証するための試験として落下試験Iとして規定されている「9m高さからの水平な非降伏麺(剛体床面)」への落下試験条件は、走行中の衝突や高所からの転落などによる衝撃を、非降伏面への9m高さからの落下試験で模擬したものである。すなわち、事故の条件として9m高さからの落下のみを想定したわけではなく、輸送時の速度を時速約50km/h(9m高さからの自由落下速度は48km/h)として、この速度で輸送物が剛体に衝突したときの衝撃を想定したものである。これらを前提に、試験条件の妥当性及び実際の事故時における輸送物の健全性を明らかにした。
(2)機関室火災発生時の安全評価
日本では、原子力発電の発展に伴って各種の核原料物質及び核燃料物質の海上輸送が重要な役割を果たしている。しかしながら、船舶火災の要件について疑問を呈する意見が一部海外から出され、IAEAでは1996〜1998年に共同研究計画(CRP)を実施し、海上輸送時における火災要件の妥当性の検討を行った。このような状況の中で(社)日本造船研究協会は、1996年から1999年にわたって核燃料物質等輸送物の海上火災時の安全性を評価することを目的とした研究を実施した。この論文はその研究の中から、機関室において火災が発生したときの高レベル放射性廃棄物輸送物の健全性に及ぼす影響を評価した結果を紹介するものであり、想定される最も厳しい条件下においても、輸送物の健全性が保持されることが明らかになった。
(3)日本における放射性物質海上輸送時の船内及び荷役における放射線安全確保
この論文では、日本における放射性物質の海上輸送に関する放射線安全確保について、輸送作業従事者の被ばく線量実績データと放射性物質運搬船上での線量率分布測定データに基づき、被ばくの実態を評価した。その結果、近年の海上輸送作業従事者の被ばく線量は非常に低く、また、放射性物質運搬船の船内の線量率は日本の輸送規則で定める規制限度と比較して十分低いことが示された。これらにより、日本における放射性物質海上輸送時の船内及び荷役における放射線安全が十分に確保されていることを明らかにした。
その他、輸送規則の履行や運用に関連する事項についての我が国の立場に基づき、IAEAへの提出文書として、
(1)放射性物質輸送時の沿岸国に対する通報に対する意見
(2)IAEA輸送規則の2年間隔での改正に対する意見
を作成した。
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