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3.6 船首喫水と船首船底スラミングの関係に関する研究
 
3.6.1 研究内容と解析対象船
 
 洋上を航海中の船舶がSequential Methodでバラスト水交換を行う場合, 満載のバラストタンクを一時的に空にすることで, トリム状態の変化を伴いながら航行することになる。特に船首部のバラストタンクを空にする際には船首喫水を充分に確保できなくなり, 船首船底スラミングが起こりやすい状況となる。現在は, 船級規則で定める最低船首喫水を満足できない場合, ”Calm Sea”にてバラスト水交換を行うことが要求されている。しかしながら, 抽象的に”Calm Sea”と言うのでなく, 有義波高やBeaufort Scaleなどの数値で海象の定義を具体的に行うことが, 運航者にとってより好ましいと考えられる。
 そこで, 本分科会では, ストリップ法を適用して実海象に近い不規則波中の船体運動解析を実施し, 各コンディションにおいて船首船底スラミングが生じる海象条件を, 有義波高の形で求めた。最終的には, Sequential Methodによるバラスト水交換過程において, 表3.7に示す合計9隻のバルクキャリア, タンカーおよびコンテナ船を対象として一連のストリップ法解析を実施し, 一定確率で船首船底スラミングが起こる有義波高と船首喫水との相関を求め, 運航者にとって理解しやすい簡易算式を作成した。
 
表3.7 スラミング解析の対象船
  主要目 L(m)*B(m)*D(m)*d(m) Ballast Hold
Cape Size Bulk Carrier 280.00×46.00×25.00×18.32 No.6 Cargo Hold
Panamax Bulk Carrier 217.00×32.26×18.30×13.27 No.4 Cargo Hold
Handy Bulk Carrier 181.00×30.50×16.50×11.62 No.3 Cargo Hold
Small Handy Bulk Carrier 160.40×27.20×13.60×9.76 なし
VLCC 319.00×60.00×28.65×19.20 -
AfraMax Tanker (Single Hull) 232.00×42.00×20.40×13.624 -
AfraMax Tanker (Double Hull) 222.13×42.00×20.30×14.124 -
Container Carrier 283.00×37.20×21.80×13.025 -
*Normal Ballast (Bulk Carrier): Hold Ballast なし
*Heavy Ballast (Bulk Carrier): Hold Ballast あり(Small HandyはNormal Ballast only)
 
 
(1)船首船底スラミングの定義
 
 今回の解析では, 次式αがある閾値を超える時を, 船首船底スラミングの発生とみなした。
 
 
 ここに,
U: 船底と波面との相対速度(m/sec)
g: 重力加速度(m/sec2
L: 船長 Lpp(m)
 水面から空気中に露出した船首船底が水中に戻る際の船底と波面との相対速度Uがある閾値を超え, α=0.08〜0.11となる時が一般にスラミングの発生と考えられている。NK規則でも, スラミング発生の定義をα=0.09としているので, 今回の解析でもα=0.09をスラミングの閾値とした。
 
(2)解析方法
 
 図3.5に示すフローチャートに従って, スラミング解析を実施した。
 
図3.5 スラミング解析のフローチャート
 
 各コンディションに対して, 様々な有義波高と平均波周期を想定して計算を行い, その時の船首船底スラミングの発現確率を求めた。その結果に基づいて, 各コンディションにおいて一定の確率で船首船底スラミングの起こる最低有義波高を求めた。
 
a. バラスト水交換中の各コンディション
 最も船首船底スラミングが起こりやすい条件として, バラストコンディションから船首部のバラストタンク(Fore Peak Tank, No1 Water Ballast Tank等)を空にした状態を計算対象とした。また, 燃料タンクが船尾側に配置されているため, 全コンディションDepartureの状態で計算を行った。
 
b. ストリップ法
 船と波との出会い角χおよび船速Vを以下のように変化させ, ストリップ法を適用した。
・船と波との出会い角χ:0°(追い波)〜180°(向波);30°ごとに7パターン
・船速V: Full, 3/4, 2/4, 1/4, 0の4パターン
 
c. 有義波高, 平均波周期をパラメータとするISSC波スペクトル
 ひとつのコンディションに対して, 複数の有義波高と平均波周期の組み合わせで不規則波を再現した。平均波周期は, 船体運動に対して厳しいといわれる8.5〜10.0秒を中心として解析を行った。
 
d. 船首船底スラミングの発現確率
 評価対象とする一定の発現確率として, 以下の確率を採用した。
(1)出会い波900波に1回(約2時間に1回)
(2)出会い波20,000波に1回(約2日に1回)
 何れも平均波周期8.5〜9.5秒を対象としているが, 今回の解析において各コンディション中, 船首船底スラミングの起こる最低有義波高がこの平均波周期に集中していた。また, 一般にひとつのバラストタンクをバラスト水交換するのに約2時間, 1隻のバラストタンク全てのバラスト水を交換するのに約2日かかることから, 上記の2つの確率を採用した。
 
(3)計算結果の整理
 
 上記方法に基づいて解析を行った結果の一例を図3.6に示す。図は, 円周方向に船と波との出会い角χ(°)をとり, 内径方向に一定の確率で船首船底スラミングの起こる有義波高(m)を示している。図の右半分に発現確率1/900の結果を, 左半分に同1/20,000の結果を示している。
 図3.6は, Cape SizeバルクキャリアのHeavy Ballast状態において, 船首船底スラミングが起こる確率を示している。図より, 船速16ノットで正面向波を航行中に900波に1回船首船底スラミングが起こる有義波高が約7.5m, 20,000波に1回が約6.2mであることが分かる。
 また, 船首船底スラミングが最も発生し易い出会い角は, 有義波高が最も低くなる正面向波であることも確認できる。
 
図3.6 スラミングの発現確率(Cape Size BC; Heavy Ballast Condition)
 
 
図3.7 スラミングの発現確率の変化(Cape Size BC; Heavy Ballast Condition)
 
(4)バラスト水操作がスラミング発生に及ぼす影響
 
 (3)項に示したCape SizeバルクキャリアのHeavy Ballast状態を基準として, このから船首部タンクを空にした場合のスラミング発現確率の変化を, 図3.7に示す。
 図3.7から明らかなように, Heavy Ballastの基準状態から船首部のタンクを空にすることで船尾トリムになり, 船首喫水dfが浅くなっている。このことが船首船底スラミングを引き起こしやすい状況をつくり, より低い有義波高でスラミングが起こり易くなっている。
 No.2 Water Ballast Tank (Top Side Tank & Bilge Hopper Tank) を空にした時には, 有義波高約5mの海象を航行中, 約2日に1回(1/20,000)船首船底スラミングが発生するという厳しい結果となる。
 
(5)各種船型の船首船底スラミング発生確率
 
 (4)項と同様の解析を, 他のサイズのバルクキャリアー, タンカーおよびコンテナ船に対しても実施し, 各コンディションの中から船首船底スラミングの起こる最低有義波高を発現確率毎にまとめた。表3.8にタンカー及びコンテナ船の最低有義波高一覧を, 表3.9にはバルクキャリアーの最低有義波高一覧を纏めて示す。
 これらの結果は, 船舶が全てのバラストタンクのバラスト水交換を行っている間に, 最も船首船底スラミングを起こしやすくなる状態を示しており, これよりも低い有義波高を持つ海象では, 上記船舶が船首船底スラミングを起こす確率が極めて低いことを表している。先に, ひとつのバラストタンクのバラスト水交換を実施するのに約2時間要すると述べたが, 交換中のバラスト水位の変化を考えると, 実質, 表3.8あるいは表3.9に示す程船首喫水が厳しくなるのは短時間である。ここでは, 安全率も加味し, 約2時間に1回という発現確率で線引きを行った。
 なお, 本分科会における計算結果より, 全船種に共通している特徴として下記2項目が確認できた。
(1)船速に関しては, 常にFull Speedが最も船首船底スラミングの発生しやすい状況となる。
(2)波との出会い角は180°(正面向波)もしくは150°(斜向波)にて最も船首船底スラミングの発生しやすい状況となる。







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