はしがき
本報告書は, 日本財団の助成事業「船舶関係諸基準に関する調査研究」の一環として, 平成12年度〜15年度にRR-S502バラスト水分科会において実施した「バラスト水交換時の安全性に関する調査研究」 の成果の概要を取り纏めたものである。
RR-S502バラスト水分科会 委員名簿(敬称略, 順不同)
委員長 矢尾 哲也(大阪大学)(H12〜H15)
委員 荒井 誠(横浜国立大学)(H13;H15)
深澤 塔一(金沢工業大学)(H12〜H15)
新開 明二(九州大学)(H12〜H13)
岡村 敏(IMO; 識者)(H12〜H15)
石田 茂資(海上技術安全研究所)(H12〜H13)
田口 晴邦(海上技術安全研究所)(H12〜H14)
谷澤 克治(海上技術安全研究所)(H15)
中村 靖(日本海事協会)(H12〜H15)
金井 健(日本造船技術センター)(H12〜H15)
高平 智明(IHIマリンユナイテッド)(H12〜H15)
遠山 泰美(三井造船)(H12〜H13)
桑嶋 正寛(三井造船)(H14〜H15)
大出 明(尾道造船)(H12〜H15)
平尾 貴志(今治造船)(H12〜H15)
向井 満(新来島ドック)(H12〜H14)
重光 健太郎(新来島ドック)(H15)
黒瀬 慎治(常石造船)(H12〜H13)
増田 恵(日本船主協会)(H12〜H13)
落合 眞和(日本船主協会)(H14〜H15)
沼田 尚(TKシッピング)(H12〜H13)
川口 仁志(出光タンカー)(H12)
藤戸 誠(出光タンカー)(H13)
柿本 聡(出光タンカー)(H14〜H15)
玉島 正裕(流体)(H12〜H13)
菊地 武晃(日本海難防止協会)(H12〜H15)
川尻 勝巳(川崎造船)(H14)
井上 幸也(川崎造船)(H15)
高野 秀文(川崎汽船)(H12〜H13)
平野 靖二(川崎汽船)(H14〜H15)
藤田 裕(日本郵船)(H15)
国土交通省 大嶋 孝友(総合政策局)(H12)
中川 直人(総合政策局)(H13)
藤原 浩(海事局)(H12)
池田 陽彦(海事局)(H12)
加藤 隆一(海事局)(H13〜H14)
岡本 晃(海事局)(H13)
丹羽 泰之(安全基準課)(H14)
今出 秀則(安全基準課)(H15)
石原 彰(安全基準課)(H15)
村岡 英一(環境・海洋課・海洋室)(H14〜H15)
鈴木 康子(安全基準課)(H15)
関口 澄夫(環境・海洋課・海洋室)(H15)
事務局 高尾 陽介(日本造船研究協会)(H12〜H13)
柳瀬 啓(日本造船研究協会)(H14〜H15)
1.1 研究の目的
水中には, 場所に応じて様々な水棲生物が生息している。この水をバラスト水として船体に取り込み, 別の場所へ航行した後に排出すると, これらの水棲生物も, 本来の生息場所から遠く離れた場所まで移動することになる。この場合, 移動先で排出された水棲生物が, そこでの水中環境に有害な生物学的影響を与える懸念のあることが, 新しい海洋環境問題のひとつとして注目を集めている。この環境問題に対処するために, 1992年のオーストラリアを皮切りに1999年までの間に, アメリカ合衆国, カナダ, ニュージーランドなどの合計10ヶ国で, バラスト水管理に関する国内規制が実施されている。
このバラスト水管理の問題は, ひとつの国だけで対応できる問題ではないため, 国際海事機構(IMO; International Maritime Organisation)の場でも取り上げられ, バラスト水管理に関する国際的な取り決めを条約化する方向で1998年のMEPC(Marine Environment Protection Committee)41から議論が始められた。
RR-S502バラスト水分科会は, この問題に対する我が国の対応を検討するために設けられたものあり, 平成12年〜15年の4年間に渡って, バラスト水管理(処理)に関係した技術上の諸問題について調査研究を実施した。本報告書は, その研究成果を取り纏めたものである。
RR-S502バラスト水分科会は, IMOにおける上記の動きに対応して, バラスト水管理方法のひとつである洋上でのバラスト水交換に関係する諸問題の調査研究を, 平成12年〜15年の4年間に渡って実施した。
バラスト水の交換方法として(1)航行中のバラスト水交換, (2)バラスト水の陸揚げ, (3)バラスト水中に含まれる水棲生物の殺滅処理などがあるが, 本分科会では航行中のバラスト水交換に対象を絞り, 洋上でのバラスト水交換に際しての安全性に関わる諸問題を検討するために, 以下の項目に関する調査研究を実施した。
(1)バラスト水処理方法に関する現状の調査・検討
バラスト水交換を実施する航路および海域, 既存のバラスト水交換法の問題点, バラスト水交換を実施し得る海象条件等について調査・検討した。また, バラスト水中の水棲生物の殺滅方法についても調査した。
(2)バラスト水交換海域の特定およびその海域の海象調査
バラスト水交換海域を特定するために, 具体的に航路を設定し, その海域の海象を文献および既存のデータにより調査した。すなわち, 衛星を通じて収集された長期波浪統計データを利用して, 9月の日本〜オーストラリア航路, 2月の日本〜北米航路における波浪の統計的性質を推算した。また, 洋上におけるバラスト水交換の実態についても調査した。
(3)バラスト水交換の手順並びに交換に伴う船舶の安全性に関する検討
Sequential法に関しては, バラスト水交換中の縦強度, 復原性, 船首喫水, トリム, 船橋視界, プロペラ没水の6つの要件について, タンカー, バルクキャリア, コンテナ船を対象として一連の計算を実施し, 要件を満足するかどうか調査した。また, これらの条件を満足できるタンク配置と船橋高さについても検討した。
一方, Flow-through法に関しては, タンクの付加水頭の検討, 過圧による事故事例の調査を実施した。
(4)スラミング発生海象に関する研究
Sequential法を適用して, スラミングの発生を避けつつバラスト水交換を実施できる海象条件を推定するために, 有義波高, 平均波周期, 船速, 出会い角をパラメータとした一連のストリップ法解析を行い, 一定確率でスラミングが発生する海象と運行条件の関係を明らかにした。対象船は, バルクキャリア, タンカーおよびコンテナ船である。
(5)スロッシングに関する研究
Sequential法によるバラスト水交換中に発生するスロッシングに関して事故事例を調査すると同時に, スロッシングによって発生するホールド壁への圧力計算を実施した。具体的には, バルクキャリアのバラストホールドを対象として, Sequential法によりバラスト水交換を実施中のスロッシング圧を時系列解析で計算した。続いて, バラストホールドのトップサイドタンク底板を対象として, 得られた圧力分布を動的に作用させて座屈・塑性崩壊挙動を含めた構造応答解析などを実施し, スロッシングに対する構造安全性評価を試みた。さらに, 計算結果を船級協会規則の算式によるスロッシング圧と比較し, 算式の適用性についても検討すると共に, 波浪条件あるいは船体運動とスロッシング圧の関係を表すチャート作りを目指した。
(6)バラスト水交換マニュアル案の作成
以上の調査研究成果を取り纏めると同時に, その成果に基づいて, 安全にバラスト水交換を実施するためのバラスト水交換マニュアル案を作成した。
2.1 バラスト水管理規制の経緯
前節で述べたように, 地球規模の海洋環境問題として, 船舶のバラスト水を媒体とする有害な水棲生物の移動と拡散が注目を集めている。IMOではこの問題が取り上げられ, 1993年の第18回総会で, 「船舶のバラスト水および沈殿物からの好ましくない水棲生物と病原体の侵入を防止するためのガイドラインに関する総会決議A.774(18)」が採択された。さらに, 1997年11月の第20回総会では, 先の決議A.744(18)を廃止して, 新たに「有害水棲生物・病原体の移動を最小化する船舶バラスト水制御・管理のためのガイドラインに関する総会決議A.868(20)」が採択された。
1999年6月に開催されたMEPC 43においては, 2000年または2001年に条約案採択のための外交会議を開催することは困難であるとされたが, MEPCの重要議題として条約案をできるだけ早期に作成することが合意されている。そして, 2000年10月に開催されたMEPC 45において設置されたバラスト水WG(Working Group)では, 2003年に開催予定のMEPC 49と合同開催される外交会議で条約案を採択することが, 最も早いスケジュールであることが確認された。
このように, 海洋環境保護のためにバラスト水の制御・管理を, 国際的な枠組みで行える体勢が整いつつある。一方, オーストラリアなど一部の国では国内規制に従って, 既にバラスト水管理が実施されている。具体的には, 入港前に外洋上でバラスト水を交換するよう求められている。しかしながら, バラスト水の搭載は, 軽荷状態における船舶の安全性を確保して安全な運航を行う上で欠かすことのできないものであり, バラスト水管理に制限が設けられると, 場合によっては船舶の安全性を損なう恐れがある。
1999年のDE(Sub-Committee on Ship Design and Equipment)42において, このような洋上でのバラスト水交換に関係する船体の安全性について検討され, バラスト水交換中に船体に過大な応力が発生したり, 復原性が悪化するなどの問題が生じることが明らかになった。また, バラスト水を交換する海域は総会決議A868(20)によると, 沿岸から200海里以遠の外洋で実施するよう勧告されている。しかしながら, 航路によっては沿岸200海里以内を航行せざるを得ない船舶も多く, バラスト水交換を実施できない場合もあるという地理的な問題が生じている。さらに, 外洋の水棲生物は沿岸域に定着し難いとの定説はあるものの, その実態は不明であり, この説を疑問視する声もあがっている。
バラスト水交換は, このように安全上の問題, 地理的な問題および生物学的問題を含んでいるために, MEPCではバラスト水交換を暫定的な手法として位置付けている。しかしながら, 一方ではバラスト水中の有害水棲生物を殺滅する装置が開発されてはいるものの, 依然実用の供し得るものはないことから, 当面は洋上交換によってバラスト水管理を行わざるを得ない状況にある。MEPCでもこのことは認識されており, MEPCでは条約策定作業と平行して, バラスト水交換の安全性についても検討されている。
以下, MEPC47〜49で行われたバラスト水管理の問題に関する審議の内容について紹介する。
MEPC 47
バラスト水交換に関する審議は行われなかったが, 関連するバラスト水中の有害水棲生物の移動防止に関する審議結果は, 以下の通りである。
(1)これまでバラスト水の洋上交換は暫定的なバラスト水処理方法とされてきたが, 現状では実用的な殺滅装置が存在しないこと, また, 2003年の外交会議での条約採択を目標としていることを考慮して, バラスト水の洋上交換を殺滅処理と同様に, 正式なバラスト水管理方法のひとつとすることが合意された。
(2)バラスト水交換基準として, 95%交換できれば交換完了とする案を採用することになった。
MEPC 48
(1)船舶のバラスト水により海や湖に他所の水棲生物が拡散して環境や人間の健康に被害を及ぼすことを防止するための「船舶のバラスト水および沈殿物の排出規制および管理に関する新条約」に関する審議が行われた。
(2)バラスト水交換および処理の基準, バラスト水交換可能な海域の明確化, 検査方法などについて, 特に重点的な審議が行われ, 条約のドラフト案が作成された。
(3)バラスト水管理計画は, 船舶および船員の安全を確保するための手順を詳細に記載したものであること, また, そのためには, バラスト水交換中の復原性, 縦強度, スロッシング, プロペラ没水, 最小船首喫水, 船橋視界などが基準を満足できる計画であることとした。
MEPC 49
MEPC 49では, 条約案文のドラフティングが逐条毎に行われ, 条約案が作成された。本分科会の調査研究に関係するバラスト水交換に関する審議の概要は, 以下の通りである。
(1)バラスト水性能基準(E-2規則)を現存船へ適用すべきかどうかについて審議され, 様々な意見が主張された。ワーキンググループ議長はこれを受けて, 多数がE-2へのフェーズイン基準を支持していること, しかしながら, 現存船への適用すべきとする国の間でも小型の現存船への適用については意見が分かれていることから, 両論を併記した案を作成すること, 小容量の現存船舶については, 適用猶予した基準とすることを決定し, この内容に沿って条約案を作成するよう指示した。
(2)船舶のバラスト水管理については, アメリカ提案に沿って修正されることとなった。ただし, 現存船へのE-2規則の適用については合意されなかったため, [ ]付きとすること, また, タンク容量の基準を1,500および5,000とすることが合意された。
また, イタリアから提案のあった特別海域については, 自国の管轄区域内で交換をする海域を創設する制度に内容が変更された上で, 本条に規定されることとなった。
交換海域については, ほとんど審議されず, 外交会議にて決定されることとなった
(3)英国より, バラスト水交換ガイドラインの提案の説明があり, 基本的に合意された。日本は, このうち安全上の問題に触れた部分があることに関し, MEPCからMSCに検討を要請するような明確な文書が必要であると指摘した。今後は, 英国が中心となって関心のある国と話し合いを続けて, ガイドラインを発展させていくことが合意された。
バラスト水管理の安全面について, MEPCは, DE小委員会に作業計画としてとりあげ, 将来の議題に含めるべきであるとMEPCの同意事項として, MEPC 49の報告書に記した(MEPC 49/22(レポート)のパラ10.1.11)。
IMOでは, 洋上におけるバラスト水交換は暫定的な手法として位置付けられているが, オーストラリア, アメリカ合衆国などいくつかの国では, 入港する船舶に対して洋上でのバラスト水交換を要求し, 既に多くの船舶が洋上でのバラスト水交換を実施している。現在のところ, 洋上でのバラスト水交換に際しての事故事例は報告されていないが, 今後発生する恐れはある。
本分科会では, 12隻の就航船を対象として洋上におけるバラスト水交換時に発生する安全上の問題点(後出の3.3節 参照)を分析し, その解決策をMEPC 47に文書の形で提出した。この文書では, 各船舶のバラスト水交換中の(1)縦曲げモーメントと剪断力, (2)復原性, (3)船首喫水, (4)船橋視界, (5)プロペラ没水率, (6)トリムを調査し, 問題点の特定を行った。その結果,
(1)縦曲げモーメントと剪断力および復原性についてすべての船舶において安全上問題がない範囲に収めることができる。
(2)その状態においては船橋視界, プロペラ没水はいくつかの船舶では満足していない。
(3)特に荒天時のスラミングの発生を抑えるために確保すべき船首喫水については, ほぼすべての船舶において満足していない。
ことなどの情報を提供した。
また, 船首喫水とスラミングが発生する海象条件の相関関係を解明するために, バルクキャリア, コンテナ船およびタンカーを対象として検討を行い, 船首喫水とスラミングが発生する有義波高との関係を表す簡易算式を提案した。
これらの成果は, バラスト水交換マニュアル(案)として提案され, その中の一部は2003年のMEPC 49で提案されたGeneral Guidelines for Ballast Water Managementに取り入れられている。
2004年2月9〜16日の間, ロンドンIMO本部で開催された外交会議で, MEPC 49で作成された条約案が審議され, 採択された。審議は, 逐条毎に行われた。本条約の発効は, 批准国30カ国以上, かつ, 批准国の船腹量合計が世界の総船腹量の35%以上になった時点とされた。なお, 採択された条約の概要を, 付録として本報告書の末尾に 添付する。
MEPCバラスト水WGの議長に指示により, ガイドライン策定のためにCG(Correspondance Group)が設置された。本ガイドラインのCGコーディネーターは, 英国であり, 2003年秋からe-mailベースで検討が始まっている。日本からも本分科会で検討された内容をコメントとして提出した。2004年1月に第一段階のドラフトが纏まり, 2月の外交会議にINF.文書として提出された。
外交会議の決議として, バラスト水交換のためのガイドラインを策定することを今後の本条約に係る作業とすることが採択された。
本件についての今後のスケジュールは, まず2004年3月29日から4月2日に開かれるMEPC 51で検討される。コーディネーター(英国)は, 早ければ本年10月のMEPC 52で最終化の意向を示している。なお, 前項で述べた通り, バラスト水管理の安全面について, MEPCは, 必要に応じてDE小委員会に作業計画として採り上げ, 将来の議題に含めるべきであるとしているため, MEPC 51および52で技術的検討が必要と判断された場合には, 2005年春のDE 48で技術的な検討が付託される。
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