II Bioremediation(生体機能を用いての環境修復)の実際と最新技術の調査研究
4学年第I群 冨田敏明
4学年第I群 布留崇史
4学年第II群 石川聡子
指導教官 自然科学講座 古室雅義 教授
吉岡隆充 教授
今年度、日本財団と海上保安協会の援助により、調査研究を行った。訪問国はイギリスで、平成15年8月14日から同20日までの間、ITOPF(The International Tanker Owner Pollution Federation limited国際タンカー船主汚染対策連盟:ロンドン)、IMO(International Maritime Organization国際海事機関:ロンドン)、Hi-Bar社(ガトイック)の3機関を訪問した。
本稿では最初に、従来の油汚染浄化の方法について物理的、化学的手法の2つを簡単に紹介し、次に今回イギリスで調査したバイオレメディエーション、すなわち生物を用いての油汚染浄化について、私たちが調査・研究してきたことを紹介する。
まず始めに、油が流出した後の、一般的な油の変化について述べる。海上に流出した油は海面に広がり、揮発性成分は表面から揮発する。また、波によってムース化あるいはボール状になっていくものもある。さらに、それらは沿岸に漂着したり、海底に沈んだりし、一部は微粒子となり海水中に拡散する。その結果、漂着した油は、貝や海藻などの資源を汚染し、海水中に拡散した油粒子は魚などを汚染することになる。
これに対して、従来行なわれてきた油汚染浄化の物理的手法についは、簡単にいうと油を人為的に器具等を用いて取り除くという手法である。オイルフェンス、油吸着剤、オイルスキマー、すくい取り等は、海上保安庁でも行っている方法である。
これは、薬剤を投与して油を処理する方法で、油処理剤、ゲル化剤が用いられている。油処理剤により、流出した油は微粒子になり拡散し、自然浄化されやすくなり、またゲル化剤によりゲル化して捕集しやすくなる。これらの薬剤は、船舶により散布されたり、ヘリコプターから空中散布されたりするのが一般的である。
これが今回の研究の目的であった。これには、大きく分けて、(1)栄養物を与えてその場所にいる微生物を活性化させる方法、バイオスティミュレーション、(2)油を分解する微生物を投入する方法、バイオオーギュメンテーション、(3)植物を育てて浄化させる方法、ファイトレメディエーションなどがある。これらを総称してバイオレメディエーションと呼んでいる。
まず、栄養物を与えて浄化を促進させる方法、バイオスティミュレーションについては、油によって汚染された土壌を、別の施設に移動させて行うことが多い。具体的には、まず、油と土を混ぜた場所に、空気を送り込む管を設置するが、これは、微生物が分解する際、酸素を必要とするため、常に一定の量の酸素を送りこまなければならないからである。さらに、そこに微生物の栄養となる栄養塩を投与して、発育の手助けとし、分解能力を向上させることで、バイオスティミュレーションを行っている。
次に、外来微生物により油を分解する方法、バイオオーギュメンテーションについて説明する。バイオオーギュメンテーションとは、汚染サイトに別の場所で得られた効率的な分解菌自体を注入する方法である。この方法については、未だ研究段階であるが、微生物を用いて水銀の浄化を検討した実験例では、微生物により汚染水の水銀を還元し、気化した水銀をトラップに吸収するものがある。
この方法は、一見簡単なように思われるが、微生物を導入するには、細心の注意を払わなければならない。もともとその場所になかった微生物を導入すると、生態系を壊してしまう恐れがあるため、できれば、その場所に生息している微生物が望ましいと考えられる。したがって、その場所で油を分解する作用を持つ微生物を見つけ、それを単離する必要が出てくる。また、菌が人体に影響を及ぼすおそれもあるので、人の集まるビーチなどでは不適であると考えられる。
最後は、植物の浄化作用を利用する、ファイトレメディエーションである。もともと植物は、根から栄養分を吸収する力を持っているが、そこに汚染物質があれば、それも同じように吸収する。それによって、土の中の汚染物質が植物に凝縮され、土を浄化するという作用がある。
ファイトレメディエーションの実例として、マングローブによる自然浄化が考えられる。マングローブでは、年々木が少なくなっているというのは周知のところであるが、それに追従するように、自然の浄化作用が弱まってきているようで、一度汚い水が流れ込んだら、前のようには浄化されないという事態が報告されている。これは、マングローブの森が、ファイトレメディエーションの役割を果たしていたということを示唆している。
以上のように、バイオスティミュレーションはかなり実用化が進んでおり、例も示したように油汚染土壌の浄化も実施されてきているが、他の方法での油の浄化はまだ実験段階といえる。
次に、国際的な油汚染に対する対策について紹介する。
IMOでは、1988年に「MANUAL ON OIL POLLUTION」という、油流出時の対処方法に関するマニュアルを作成した(図1)。このマニュアルでは、流出油の拡散防止法、回収法、回収後の処理法に至るまで、詳しく紹介されており、この中では、前述の物理的処理法や化学的処理法も含めた、多くの対処法が示されている。
このマニュアルは、最新の状況に対応できるように、これまで何度かの改訂がなされてきた。そして、2002年10月の海洋環境保護委員会(MEPC)では、このマニュアルに、バイオレメディエーションの項目が追加された(図2:MEPCのドキュメント)。
今回のバイオレメディエーション項目の追加によって、注目すべきなのは、どういった場合にバイオレメディエーションを実施するかという基準が、明確にされたことである。最も効果的にバイオレメディエーションが実施できるようにするために、どのような条件でバイオレメディエーションを実施するかの、フローチャートが作成されている。
そのフローチャートを図3に示す。これに基づいて、いったいどのような場合に、バイオレメディエーションを選択するべきなのか説明する。
まず、「現場は風雨、波浪による物理的浄化が期待できるか?」である。油が風雨あるいは波浪により物理的に除去されることが期待できる場合はそのままにしておいた方が効率的である。
次は、「油の固形物が存在しているか?」である。この場合は、油の固形物を取り除いてから、バイオレメディエーションを検討すべきであるとされている。
次は湿地であるかどうかである。湿地は、特に油汚染の影響を受けやすい場所なので、油で汚染された場合には、ある限られた対処方法しかない。例えば、植物によるファイトレメディエーションや、流動油の放水等による人為的除去、あるいは自然に分解されるまで放置するという選択肢がある。
以上のどれにも当てはまらない場合で、たとえば内海とか波が穏やかな入り江などでさらに油の除去が必要な時は、バイオレメディエーションをすることになる。
まず油が、行おうとしているバイオレメディエーションで、分解できるのかどうかを検討する。できないと判断された場合には、他の除去方法を検討しなければならない。
続いて温度の検討を行う。温度が低い状態では、バイオレメディエーションの進行が遅くなってしまう。したがって、最低でも摂氏5度以上でなければ、効率が非常に悪いことを考えなければならない。しかし、他の条件が良ければ、状況によっては、バイオレメディエーションを考慮に入れることができる。
図1 MANUAL ON OIL POLLUTION
図2 MEPCのドキュメント
次に、酸素の供給について検討する。充分な酸素の供給がないところでは、これを実現する方法を考える。このような方法がある場合は、バイオレメディエーションは可能であるが、方法がない場合には、その他の除去方法を選択しなければならない。
最後は、窒素について考える。窒素は、微生物の栄養塩として重要なものである。そのままでも十分な窒素の供給があると考えられる場合は、何も手を加えなくても、バイオレメディエーションは可能である。充分な窒素がないと考えられる場合には、窒素を加えることが必要となる。
以上の流れで、バイオレメディエーションを実施して、その状況を監視する。この後も、より適切に油の除去ができるように、場合によっては、フローチャートをさかのぼって検討する。あるいは、バイオレメディエーションを中断して、別の処理方法を行うということも、選択肢として提示されている。
今回のIMOのバイオレメディエーションは、油流出の現場で、油を好んで分解するような微生物を、うまく利用して油を分解しようとするものである。現場にいる微生物を活性化して、効率のよいバイオレメディエーションを行うための、フローチャートである。したがって、現場には存在しないような微生物を、外部から導入して油を分解するというものではない。このような方法は、現段階では、大規模な油流出に対応できるまでには至っていない。
図3 バイオレメディエーションを行う基準(IMO)(抜粋)
バイオレメディエーションを実際に行っている例として、Hi-Bar社において栄養物を投入して行う方法の例を調査した。これに用いるのは、Shur-Go Systemという、アイスランドで取れるケルプという海藻から、栄養物等を抽出し、加工して、自然の有機物汚染を分解する能力を向上させる製品である。この製品は汚染現場に存在している微生物の生育のスピードを高め、生分解を早く行うことが出来る。増殖した微生物は、汚染物質を二酸化炭素、水、グリセロール、ミネラル等に分解する。以下の図4がShur-Go Systemで、タンクからくみ出された栄養塩はチューブを通って排水管に流れ、排水管中の微生物の働きにより汚染水を分解する構造となっている。図5が分解実験の様子で、右のビンに入れたグリースが分解されたことがわかる。現地のファーストフード店では、調理場からの排水の異臭と大量のグリース流出が問題になったが、このShur-Go Systemで異臭を3時間で消し、さらに10日で脂肪及びグリースの排水中への流出をほとんど問題がない程度まで減少することに成功したようである。
(Hi-Bar社パンフレットより転載)
図4 Shur-Go System
図5 グリースの分解実験
今回の調査・研究では、ITOPFにおいてバイオレメディエーションの種類・原理及びその問題点についてITOPFの技術スタッフより詳細な説明を受けた。次にIMOでは油汚染の対処マニュアル「MANUAL ON OIL POLLUTION」またバイオレメディエーションを実施するための指針に関する報告書等の資料をたくさん得ることができた。そして最後のHi-Bar社では油処理機材や油処理を実際に行っている企業の実状を見学でき、またHi-Bar社が開発したバイオレメディエーション機器の説明を受けるなど大変貴重な経験をすることができた。
このような有意義な調査・研究に援助いただいた日本財団及び海上保安協会の関係者の皆様をはじめ、海上保安庁及び海上保安大学校の関係者の皆様に深謝いたします。
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