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6. 考察
 今回、「日本と韓国の排他的経済水域における違反漁船に対する韓国の司法手続きについて」というテーマに基づき研究を行ってきた。以下に、日本と韓国の司法制度を比較することにより、両国の司法制度の長所、短所、実際の運用のされ方、将来的な法制度の整備を含めて述べる。
 
(1)日本と韓国における検察と警察の関係
 今までに述べてきたように、日本と韓国では、警察官(海上保安官)の立場が異なる。日本では刑事訴訟法第189条により、司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとすることとなっているが韓国では、刑事訴訟法第195条に、検事は犯罪の嫌疑があると思料するときは、犯人、犯罪事実及び証拠を捜査しなければならないと規定されており、刑事訴訟法第196条1項に司法警察職員は検事の指揮を受けて捜査をしなければならないと規定されている。これにより、日本では不法操業を現認した段階で、警察(海上保安庁)の意思で捜査等を行うことができるが、韓国ではこの法律に従うと、検察に指示を受けなければならないことになっている。現状は、急速を要する場合は事後報告となっており、急を要しない場合のみ、事前に検事の指揮を受けて措置をとるというようになっている。
 日本にあっては、検察と警察はそれぞれ独立した捜査機関であり、第一義的な捜査権は司法警察職員にある(刑事訴訟法189条2項)。司法警察員は、逮捕令状及び捜索差押令状の請求(刑事訴訟法199条2項、218条3項)、捜査権を行使する等、独自で捜査を展開できる。検察官も捜査権をもつが、通常検察官の捜査は、司法警察職員の捜査の補充的なものである。両者が、独立性を保持している理由としては、一方の捜査機関の専断的な捜査の防止にあると言われている。※注釈(1)但し、一方で検察官も捜査権限をもち(刑事訴訟法191条)、両者は基本的には協力関係にある(刑事訴訟法192条)。
 どちらの方が、優れた制度であるかとは一概には言えないが、韓国では現在、検察の権限を警察にもっと移譲しようという議論が起こっているとのことであった。このことや初動捜査時における検察官の指揮の困難性を考慮に入れてみても、日本の制度の方がより効率的ではないかと考えられる。
 
(2)担保金の決定
 日本では、取締官である海上保安官は、所要の捜査を行った後、EZ漁業法第24条第2項の規定に基づき、政令で定めるところに従って、担保金の額を決定する。しかし、韓国では司法警察官吏(日本の司法警察職員に該当)に担保金の決定権は与えられておらず、担保金の金額は大統領令が定める基準により検事が違反事項の内容その他情状を考慮し定めることとなっている。
 これにより、日本では洋上で担保金、保証書が提供された場合においても、受領することが可能であり、受領後違反者を釈放し、押収物を返還することができる。しかし、韓国では、先にも述べたとおり、担保金の決定権は検事にあるため、洋上で担保金、保証書の提供を基本的に受けることができない。このため、違反船を全て一旦港に回航させなければならず、国連海洋法条約にある、「沿岸国は妥当な供託金の支払いその他の金銭上の保証の提供があれば、拿捕された船舶・乗組員を迅速に釈放すること」という原則に反しているおそれがある。
 
(3)担保金提供後の手続き
 日本では担保金が提供されると、直ちに被疑者を釈放し、押収物を返還する。以上の手続がとられた後、取締官は、違反者に対し、出頭期日及び場所を通知する。担保金については、違反者及び押収物が求められた期日及び場所に出頭せず又は提出されなかったときは、不起訴処分となり、EZ漁業法第26条第2項の規定により、当該期日の翌日から起算して1月を経過した日に国庫に帰属する。韓国では、日本とは異なり、出頭の有無に関わらず、全て起訴され略式裁判が行なわれる。
 この制度には二つの問題点が生じているように思われる。第一に、出頭者不在の場合、裁判によって出された罰金額と担保金の額が異なった場合の対処である。第二に、担保金を支払っていても、罰金が請求されるということである。担保金とは本来、被疑者の出頭を担保するものである。よって、判決により、罰金額が決定しても、被疑者のもとに担保金が返還され、被疑者が担保金を罰金にあてるということは法律上不可能である。よって、実質上、担保金の二倍の金額を用意しなければならないこととなる。
 この問題は日本においても同様にいえることである。多くの場合、日本では被疑者は担保金を支払った後、再度出頭をすること自体、稀であり、起訴され、罰金を納付することになったケースはほとんど無かった。しかし、これから全くそのような事案が発生しないと断言できるわけではなく、韓国の場合と同じ問題を生じることになるのではないだろうか。
 
李在祥『刑事訴訟法』博英社
海上保安問題研究会偏『海上保安と漁業』中央法規
韓国刑事政策研究院『刑事政策研究』
上口裕・後藤昭・安富潔・渡辺修『刑事訴訟法』有斐閣
海上警備研究会『逐条解説 犯罪捜査規範』東京法令出版
山本草二『海洋法』三省堂
渥美東洋『刑事訴訟法』有斐閣
※その他海上保安庁作成の資料も参考とした。
 

※注釈(1)上口裕他「刑事訴訟法」(有斐閣)34p







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