第4章 実証実験報告
本章では水科学プラットフォームを用いて行なった実証実験と公開ワークショップにて行なった結果を述べる。水科学プラットフォームは計算系と検索系に分かれるが、その使い方はユーザーの意図に任されている。言い換えれば適用分野が広くとれる設計となっている。ユーザーによってはライセンスのしっかりした商用ソフトウエアを限定的なコミュニティで利用したいところもあるであろうし、また、フリーソフトウエアを共有的に用いることで新しいコミュニティの形成を行ないたいというところもあろう。前者の実証例として日本大学文理学部里子研究室において商用ソフトウエアを用いて、研究・教育の現場で行なわれた例を、後者の例としておもにフリーソフトウエアを用いた企業などでの活用事例について述べる。
水は生活環境物質として、だれでも身近であり、重要であり、その性質についての研究も非常に多い。しかし、水溶液中のイオン、なかでも遷移金属イオンは非常に多様な性質を持つが、これについての研究はまだ明らかになってない部分も多い。今回、それらの状態、特に水和構造についての計算結果と水科学プラットホームの利用結果について報告する。
(1)遷移金属イオンの水和構造の計算
Li+、Na+、Ca+、Mn2+、Fe2+、Co2+、Ni2+の各イオンについて、水和構造をADF(The Amsterdam Density Functional package)電子状態計算により求めた。下の図はLi+イオン(中心原子)、Mn2+イオン(中心原子、スピンはS=5/2とした)の水和構造である。両イオンの配位数はそれぞれ4、6となる。遷移金属イオンと配位子O原子間距離の計算値と実験結果(室温)を下の表に示した。計算値は0Kでの結果、実験は室温での結果であることを考慮すると、傾向はよく一致していると言えよう。
図4-1: 金属Li+イオンの水和構造
図4-2: 遷移金属Mn2+イオンの水和構造
表4-1: M-Oの距離(Å)
M2+ |
計算値 |
実験値
(XAFS) |
Mn |
2.16 |
2.19 |
Fe |
2.09 |
2.16 |
Co |
2.07 |
2.10 |
Ni |
2.03 |
2.07 |
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(2)水科学プラットホームの利用結果
日本大学里子研究室の計算機に水知見総合プラットホームを導入して、電子状態計算を実施した。現在、研究室には、計算機が20台余りある。それらを利用した計算を行う方法として、並列計算などがあるが、計算ソフトが必ずしもそれに対応してなく、利用技術が難しかった。本プロジェクトによる水科学プラットホームは、この不便さを解消し、計算機を有効に利用するために開発されたソフトであるが、用いた結果、下記の点が分かった。
●計算用の入力ファイル、出力ファイルなどが一元化され、整理が便利である。
●多くの計算機における計算途中のタスク状態を一元化し把握できるため、多くの計算機を有効に利用できる。
●入力ファイルの作成方法については、別途、作成しなければならず、不便である。
●出力ファイルを取り出すことは可能であるが、その一部を切り出す機能がない。
●計算結果を整理する機能がついていないため、結果が多量となると検索機能が必要。
●タスク状態を把握できるが、問題が起こった場合、それに対処する機能がない。
●電子状態計算ソフトが多々あるが、ソフトに応じて、入出力ファイル形式が異なるのでその対応が、面倒である。
以上、水科学プラットホームとして、改善の余地は、まだ多いが、このような知見管理ソフトは、今後ますます必要となると思われる。また、このような利用技術は、計算利用だけでなく、環境などの測定データ、教育デモデータ、会議データなどにも利用可能技術であり、今後の発展が望まれる。
計算系をもちいた例として、水の微小クラスターの安定構造と振動スペクトル、赤外吸収スペクトルの計算結果を述べる。水1分子、2分子、3分子、4分子と小型のクラスターの構造安定化を密度汎函数法で行い、さらにその安定構造をもとにダイナミカルマトリックスを計算して、振動スペクトルを決定した。分子振動スペクトルの元に有効電荷量から赤外吸収スペクトルを計算した。計算に用いたソフトウエアはフリーソフトウエアのDeFT( http://www.ccl.net/cca/software/SOURCES/FORTRAN/DeFT/index.shtml)である。水クラスターは水分子が水素結合によってゆるく結合しているのであり、一個の水分子が示す振動スペクトル(三つの基準振動モードが存在する)をもとに、相互作用がなければ、これが分子数分だけ縮退するのであるから、この縮退が水素結合によって分裂するものと期待される。分裂幅は水素結合の強度程度と期待される。ところが計算結果はそう単純ではない。図4-3に計算結果を示す。作図の都合上、得られた基準振動レベルにガウス函数で幅付けして表示してあるので、ピーク強度は意味がないが、1分子の基準振動(赤)が単純に分裂していくのではなく、或る種の構造をもっているのが分かる。この構造が固体相の振動スペクトルに漸近していくことは必ずしも自明ではなく、クラスターと固体相との違いが現れていると考えられる。
図4-3: 水クラスターの基準振動分布
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