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刊行によせて
 当財団では、我が国の造船関係事業の振興に資するために、競艇交付金による日本財団の助成金を受けて、「造船関連海外情報収集及び海外業務協力事業」を実施しております。その一環としてジェトロ船舶関係海外事務所を拠点として海外の海事関係の情報収集を実施し、収集した情報の有効活用を図るため各種調査報告書を作成しております。
 
 本書は、日本船舶輸出組合及び日本貿易振興機構が共同で運営しているジャパン・シップ・センター船舶部の協力を得て実施した「欧州造船業を巡る知的財産権とその保護」に関する調査結果をとりまとめたものです。
 関係各位に有効にご活用いただければ幸いです。
 
2004年3月
財団法人 シップ・アンド・オーシャン財団
 
はじめに
 近年、韓国・中国の台頭により転換期を迎えた世界造船業界において、日本造船業は激しい価格競争の中、現在は世界的な物流量の増加による船舶需要に支えられています。しかし日本の造船業、並びに舶用工業等は、中・長期で見た場合、マーケット・シェアの多くを韓国、中国、もしくは急速な発展を遂げつつある他の経済圏に奪われる危険性に直面しています。これは対国間の競争となるだけでなく、日本国内でも企業間の競争が激化する可能性を含蓄しています。日本造船界は価格競争力から技術競争力へのシフト、個性と特色のある船舶づくりへの改革が迫られています。そのため既に蓄積された日本の優れた造船技術、ノウハウを土台にしてさらなる技術の発展を求めるために、土台となる技術の確保をいかにするかが焦点となっています。
 今日造船業界のみならず製造業界において第三国もしくは同業他社による技術の盗用・ノウハウの漏洩・偽造による被害は世界的な問題となっています。現在これに対抗する正当な手段として、特許やコピーライトの登録による権利の保護がありますが、しっかりした世界的に統一された枠組は存在せず、造船のような世界統一市場での権利の保護は非常に難しく、特にこれら知的財産の保護に比較的消極的な地域において功をなしていないのが現状です。
 全ての産業において企業が自らの競争力を保つ上で新技術や意匠の権利を保護することは極めて重要なファクターであり、知的財産権は競争上の優位を保つために欠くことのできないツールです。技術進歩が促進され、その価値が最大限に発揮されるよう、欧米諸国は様々な措置を講じながら技術革新の強化を支援してきました。
 このレポートの第1章〜第4章では英国を中心とした欧州の知的財産権の構造と保護、そしてその造船業との関わりに焦点をあて、第5章〜第7章では英国産業界が抱える知的財産に関わる問題点や英国と欧州造船業における今後の課題と方針といった最新情報を取り上げました。
 日本の造船業界における知的財産の保護と技術開発を今後進める上での一助としてお役に立てば幸いです。
 
Japan Ship Centre(JETRO) 船舶部
ディレクター 加藤光一
リサーチャー 豊川斉子
 
1. 知的財産とは
 知的財産権は工業・商業的価値のあるアイディア・情報の応用を保護するものであると一般的に定義することができる。これは、新しい製品、製法や処理法、意匠、ソフトウェアに関連があるもの、または商業情報に関連するものである。
 知的財産権は消極的権利である。製品を利用するための積極的権利を所有権者に与えるのではなく、所有権者が必要に応じ他者の行為を妨げられるようにするものである。この区別は明確に理解される必要がある。以下に示す通り製品によっては複数の知的財産権を保有することもありうる。
 例えば、以下の特徴を備えた錨鎖があるとする:
●悪い底質地でも船をしっかり固定させる機能を果たす特殊な設計
●防錆被膜塗料を使用
●単一鋳込プロセスで製造
 
 この場合、ある当事者は錨の形と停泊能力に関する法定意匠権と特許を所有し、別の当事者は防錆作用のある被膜塗料の特許所有者であり、さらに別の当事者は製法に関する特許の所有者であることが可能である。この様な状況で錨鎖の利用権を取得するには、利用に対する各所有権者の承諾が必要である。なぜなら、各所有権者は、自らが所有する知的財産権が利用されることを拒む権利があるからである。
 当調査では、英国における主要な知的財産権、及び、欧州のイニシアチブにより設定されEU全域で適用される知的財産権に焦点をあてて、特許、商標、意匠権、コピーライト、データベース権、及び、秘密情報を順に取り上げてゆく。
 
1-1. 特許
1-1-1. 発明の保護
 大まかに定義すると特許は発明を保護するものであり、発明者と特定国の政府との間で交わされる「取り決め」という形で成立する。発明者は自分の発明を世界に公開し、その代償として一定の期間、一定の条件下で、その発明に関しての独占権を与えられる。独占権の条件は国によって異なるが、一般的に、特許権の有効期間内、特許所有者の許可が無い限り、第三者がその発明を領内で製造、使用、販売すること、または領内に持ち込むことを禁じる権利である。
 特許は20年間有効であるが、中間更新料を支払う必要があり、さもなければ特許は失効となる。
 特許は発明を公開する際、政府との「取引」を意味するので、それゆえ特許権は国レベルに限定される。英国で取得された特許は英国国内のみにおいて、特許権を行使して違反行為(英国内で他者により特許製品が製造された場合、あるいは、特許侵害製品が英国国内へ輸入された場合の何れをも)を妨害する権利を所有権者に与える。
 しかし、特定の地域では国レベル以上の範囲におよぶ特許権を得ることも可能である。一度の申請で複数の国が対象となる合理化された国際手続き制度が存在し、単一手続きの結果、複数の国で申請・付与されることが可能となる。特許を得る条件は国によって異なり、ある国では特許が認められたからといって、他の国でも同じであるとは限らない。
 
1-1-2. 特許の対象となる発明
 特許はその特徴として新しい機能や新しい技術を所有・内蔵する製品や製法に対し付与される。一般的に特許は、ある製品がどのような仕組みを持っているか、何を行うか、どの様に行うか、何で造られているか、また、その製造方法に対し付与される。時には躍進的な発明や科学的発見はあるものの、特許は技術・イノベーションのなかでも、小規模な進歩を対象とし、革命的であるより漸進的な性質を伴う。
 
1-1-3. 特許の付与条件
 特許が付与されるため、発明は以下の条件を満たす必要がある。
○新規性があること:発明は特許の申請日以前に直接・間接的に世界のどこでも公開されていなく、機密であることが要求される。しかし申請以前に秘密保持の合意に沿ってそのアイディアを公開することは可能である。特許を申請すると、その発明は申請時点で該当分野に於ける「世界知識」に則った基準で査定される。もし同一のもしくは類似したアイディアがすでに公開、使用されている場合はその出願は新規性に欠けると見なされる。
○進歩が創意に富んでいること:特許保護に値するには、申請時点でその発明は該当分野に於いて真の改良であることが要求される。これを判断するため、法律は「その分野における熟練人物」として架空の専門家を仮設し、その時点に於ける該当分野の知識をその人物へ還元する。この発明がその専門家にとって一定以上のイノベーションを必要とするのであれば、この発明は進歩性があると見なされる。
○産業として実施できること:発明は何らかの形で産業、商業的に製造、または使用可能でなければならない。また何らかの実用可能な形をなしていなければならない。器具、装置、製品、物質、加工プロセス、操作方法等のいずれであろうと実用性を伴うことが必要である。特許は抽象概念ではなく、実際の用途に関連するものを対象とする。
○除外の対象となる要素を含まないこと:発明の中には、公の秩序や道徳に違反する理由で特許から除外されるものがある。しかしこれら除外項目は造船業に当てはまる可能性は低いと考えられる。除外の例としては反社会的な発明、動植物の変種に関連する発明が挙げられる。さらに多くの国では関連法の厳密な解釈により、コンピューター・ソフトウエアが除外対象となることがある。しかしながらソフトウェアの重要性やソフトウェアと他のテクノロジーとの境界をはっきり定めることが困難であることから、除外項目の適用については不明瞭な点が多く、コンピューター・ソフトウエアと変わりない技術に(何らかの形のコンピューターで操作した場合、ソフトウェアの働きをするにもかかわらず)特許が付与された例もある。
 
1-1-4. 船舶業に於ける特許の適用
 船舶の設計や建造の技術革新を保護するために特許は船舶業において最も関連深い知的財産権であろう。
 ひとつ例をあげると、水抵抗を軽減する船舶に関するものである。特定の舷側部から水中にガスを噴出して気泡を発生させることにより水抵抗を軽減する方法である。
 この特許に関するより詳細な記述や同特許に関する権利の実現方法や損害の回復方法についてはケーススタディー1を参照されたい。
 また建造工程で使用される塗料、処理剤、その他の素材のうちその特殊性が船舶業界に貴重な価値を与えるものに対して特許が付与されることもある。
 
1-2. 商標と詐称通用(パッシング・オフ)
 商標は企業の物品・サービス(両方またはいずれか一方)を他社のものと区別する“サイン”である。これらのサインは言葉、絵柄、形、色、ロゴ、またこれら全ての組み合わせの場合がある。
 商標には登録・無登録の商標がある。登録商標の保護期間は無限だが、商標の利用を継続する場合、特許同様一定期間毎に登録を更新する必要がある。英国で最も古い商標は、バス・エール(Bass Ale)の赤い三角形のロゴである。百年以上前に登録されたのにもかかわらず現在も有効であり、法的強制力を保持する。従って、正しく使用されれば、商標は貴重な商業資産となりうる。また多くの市場で(船舶業界内の市場も含まれる)、ブランドが持つ価値の重要性は増加しつつある。登録商標の所有者は、第三者が、同一・類似商品に同一・類似商標を使用することを禁じることができる。
 特許同様、登録商標は国レベルに限定される。欧州ではEU(欧州連合)の登録商標制度、“CTM”(Community Trade Mark共同体商標)が別個に存在する。CTMに登録された商標の所有者は、国単位でなく、EU全域に渡り、物品・サービスに対し、CTMを適用することができる。同じ商標をCTMとヨーロッパ内の特定国の両方に申請することも可能である。
 英国では商標が無登録であっても、その商標が連続的に使用されたことにより充分な営業権と世評を獲得している場合、登録商標と同等の地位を得ることがある。その場合その商標の所有者は詐称通用禁止法により、無登録商標を保護することができる。詐称通用禁止法は他人の世評を利用した不当な取引を禁止することができる。
 詐称通用禁止法は、競争業者が外見を偽装して営業権を侵害したり、ブランド等の世評を無断で利用して事業を行うことを防ぐことにより、商標やブランドの「ルック&フィール」や「体裁」を保護することを目的としている。詐称通用禁止法が適用されるには、商標の所有者がその商標によって世評を得たこと、第三者による使用は所有権者の損害となることが証明される必要がある。従って、詐称通用禁止法を利用するのは登録商標より困難な場合がある。さらに、国際的規模の係争の場合、登録商標はより確実な権利である(例えばドメインネームに関する係争の場合)。従って企業が商標を最大限に保護したい場合、詐称通用禁止法に頼らず登録商標を申請するべきである。
 登録商標はそれらがブランドを形成する独特な形状や意匠に付与される。商標は工業デザインを保護するために使用されたことがあり(例えば電気カミソリのヘッドの形、またはその設計)、この場合、商標は意匠の領域に「逸れた」わけで、場合によっては意匠権に該当する。
 
1-2-1. 船舶業に於ける商標・詐称通用の適用
 今日、船舶・海運事業者(及び船会社のその他商標)の名前を保護するため商標は幅広く使用されているが、造船の設計面そのものに於いて商標が適用されることは少ないであろう。しかしある造船所が他の造船所で建造された船舶との区別を特徴づけるためやその特殊性を活かした建造を行った場合(例えば独特な船の煙突の形)、商標として保護されうる。
 英国に存在する船舶関連商標の例は;
(1)“Shipyard Network”の商標で、First Wave Marine社によって登録された。
(2)“Maersk”の商標で、登録者はArnold M. M. Moller、Jess Soderberg、Knud E. Studkjaer、Kjeld Fjeldgaard、Tommy Thomsenである。
 
 後者に関するより詳細な記述、及び、同商標に関する権利実現方法や損害の回復方法についてはケーススタディー2を参照されたい。







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