10. 結論
中国が次の韓国になるとの見方は、魅力的ではあるが、現時点では短絡的な結論であると言わざるを得ない。最大の相違点は、船舶の大量建造を目的に建設された韓国の造船所は、当初から格段に規模が大きかったことである。また、韓国にはVLCC/ULCC建造能力を持つ大型ドックが17ヶ所あり、そのスケール・メリットに頼った戦略は、過去30年間変化していない。
一方・中国の造船業は完全に統合されておらず、旧弊化した設備、技術を持つ1,200ヵ所以上の中小造船所が主体となっており、韓国の現代重工業、大宇造船海洋規模の造船所は未だ存在しない。
しかし、この状況も急速に変わりつつある。中国には、今後国際的に通用し得る可能性を持つ造船所が70ヵ所程度あると見られている。1999年時点では、修繕ドックを含めVLCC収容能力のあるドックは大連造船新廠と山海関船廠の2ヵ所のみであったが、2002年には既に8ケ所に増加している。近い将来には、VLCC/ULCCドックは12〜13ヵ所に増え、そのうち7〜8ドックではVLCC/ULCCの建造能力を持つようになると予想されている。
中国が世界造船業の覇者となるためには、さらなる大規模設備投資と技術革新及び生産性の向上が必要であろう。まさにこの理由により、業界では中国造船業のグローバルな影響は今後10年間は限定的であるとする意見が多い。
日本、韓国の造船所への影響としては、現在中国造船所の建造能力、技術的制約のため、その80%近くが日本を初めとする海外造船所に発注されている中国船隊の新造船需要が、今後の中国造船所の発展により、国内発注へと流れる可能性も無視できない。これにより中国造船所の新造船建造シェアは増加する。
結論として、中国造船業が呈する脅威は引き続き増大すると予想される。本調査では日本の造船業への中国の脅威を以下のようにまとめた。
(1)規制環境の変化に対する中国の造船所の反応は迅速である。自らの技術の遅れを認識し、経験を積んだ欧州の船舶設計コンサルタントを積極的に起用することで、新国際基準に対応する新船種への顧客ニーズに応えている。
(2)中国の造船所には、船舶建造工程における船主との柔軟な協力体制を重視し、今後のビジネスにつなげて行こうとする意気込みがある。
(3)中国の造船所は、造船所内に塗装工場を併設する等、船舶建造工程における船主の要求にも迅速に対応している。
(4)欧州企業は、中国が今後の世界最大の市場になるとの前提のもとで、既に中国進出を開始している。進出形態は現地企業との提携が最も多いが、欧州大手企業の中にはスケール・メリットを活かした現地生産拠点開設を断行した企業もある。
(5)中国政府は海外企業とのジョイント・ベンチャーへの数々の支援策を打ち出している。また、起業家精神に富む中国のビジネスマンが欧州企業と中国造船所との仲介役を積極的に務め、中国市場参入を躊躇する欧州企業に対してもかなりの成果を上げている。
一方、現在の中国舶用産業の問題点としては、以下が指摘されている。
(1)中国で現地生産される製品の品質は向上してはいるが、未だに型式承認を取得した機器は例外的である。
(2)中国メーカーが自社製品を売り込むため、品質保証書を偽造しているとの懸念が存在する。これは欧州企業が中国製品を信頼していないためか、事実に基づいた非難であるのかは判断が難しいが、本調査で行った企業インタビューの中でもこの点は指摘されており、中国製品の信頼性へのダメージとなっていることは確かである。
今後10年以内に、中国造船業が日本、韓国への真のライバルへと育っていく可能性は大きいと見られている。多くの欧州企業は、このビジネス機会を逃さずに中国市場に足場を築くという戦略を持っている。既に中国市場に進出を果たし、成功を収めた欧州企業の特徴とその要因は以下の通りである。
(1)多くの欧州企業は既に他国企業と事業提携・合弁を行っており、多国籍企業としての経験と実績を持つ。(例:MacGregor、Ulstein、Hagglund等)
(2)欧州各国の舶用工業会・団体組織は、国際会議への参加、情報交換と販売促進のための現地への代表団派遣等の活動を通じ、積極的に自国企業への支援を行っている。
(3)中国の造船所で建造された船舶の大部分は欧州船主向けで、欧州船主は欧州舶用機器の搭載を選好する傾向がある。
(4)欧州の甲板機械メーカーの歴史は長く、世界中の船主、造船所から高い評価を受けている。
(5)欧州各国政府は自国メーカーに対して研究開発助成金を供与する伝統があり、欧州企業は技術的な競争力を保持している。特に、高品質で操作の容易な自動化機器の開発等では欧州企業が強い。
(6)規模の小さい欧州企業にとっては、投資に見合うだけのビジネスを生み出す現地販売拠点の開設やジョイント・ベンチャーの設立は不可能であるため、現実的オプションである現地ディストリビューター網の確立を通じて中国市場に参入している。
(7)中国市場で成功するためには、現地のビジネス慣習に精通したディストリビューターの起用が不可欠である。この中には、造船所にあるメーカーの製品を売り込むために、製品・部品調達担当者に金銭的インセンティブを与えることも含まれるようである。
(8)欧州メーカーは、世界の主要造船地域において支店、ディストリビューター、ジョイント・ベンチャーを通じた販促活動、アフターセールスを含めたサービス網構築に多大な投資を行っている。顧客との距離を縮めることで、より良いサービスを提供することができ、それが製品受注につながる。
(9)大手欧州メーカーは、人件費の安い中国等で現地生産拠点を開設、またはライセンス製造を行うことで、製造コスト削減と製品の低価格化を図っている。また、現地への直接進出により、機器設置やメンテナンス作業が容易になる。
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