8. 欧州企業の中国戦略
急速に発展する中国造船業をにらみ、欧州企業はこの好機を逃さずに市場シェアを獲得するための戦略を打ち出している。以下にその戦略の概略とケース・スタディを示す。
本調査で行ったケース・スタディ(詳細は後述)により、以下のような特徴が指摘できる。
●本調査で対象にした欧州企業で、既に中国進出を果たしている企業は約3分の1のみ。また、進出している企業でも、中国市場での売上げは総売上げの5%以下との回答が多かった。
●しかし、中国市場に進出している欧州企業は、現地で独占的な地位を獲得するケースが多い。この理由は、(1)技術面での優位性、(2)中国造船所に船舶建造を受注する欧州船主は欧州製品を選好、(3)中国市場での有利なコンタクトを獲得、等である。
●既に中国に拠点を確立した欧州企業の数は限られており、その中でも販売、または販売・アフターセールス代理店がほとんどである。しかし、今後中国企業とのジョイント・ベンチャー設立の可能性を検討している欧州企業もある。
●中国市場未参入の欧州企業の大部分が、将来的な進出を考えている。その3分の1は、ジョイント・ベンチャー、現地製造の可能性も視野に入れている。これにより、中国市場参入が遅れている企業も、中国市場の可能性には期待していることがわかる。
●中国における製造拠点の設立は、現地造船所へのアクセス改善というよりも、コスト削減が主要目的である。
9. ケース・スタディの概要
ケース・スタディ1: MAN B&W
MAN B&Wは、舶用推進システム、及び発電所向けディーゼル・エンジン製造の世界最大手のひとつである。ライセンス生産を含めた舶用エンジンの市場シェアは、1998〜2000年時点のDrewry Shipping Consultants調査によると55%である。MAN B&Wは、ドイツの本社工場以外にも、デンマーク、英国、フランス、オランダ、シンガポールにも製造拠点を持ち、2002年度の総売上高は15億ユーロに上る。
同社の中国市場におけるディーゼル主機のシェアは61%(2000年時点)で、中国造船所向け推進システムのメイン・サプライヤーとなっている。
MAN B&Wは、極東地域拠点を香港から上海に移転し、中国市場での情報交換や製造拠点への供給ルートの改善に努める等、市場リーダーとして中国ビジネスへの明確なコミットメントを打ち出している。この戦略は、競合するエンジン・メーカーWärtsiläが、中国市場での営業、機器設置、サービス等の業務監督を現地ディストリビューターに完全委託していることとは対照的である。
表16 中国における MAN B&W 舶用主機のライセンス生産
現地メーカー |
ライセンス製品 |
大連船用柴油机廠(Dalian Marine Diesel Works) |
2 ストローク・ディーゼル |
滬東重机股[] 有限公司(Hudong Heavy Machinery Co.Ltd. (Shanghai)) |
2 ストローク・ディーゼル |
滬東重機上海造機公司(Shanghai Xinzhong Power Machine
Plant) |
4 ストローク・ディーゼル、ターボチャージャー |
Chongqing Changjiang Diesel Works(四川省重慶) |
4 ストローク・ディーゼル |
Yichang Marine Diesel Engine Plant(湖北省宜昌) |
2 ストローク・ディーゼル |
鎮江船動化紆機械有限責任公司(Zhenjiang Marine Diesel Works) |
Alpha推進装置、Holeby GenSet |
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出所:MAN B&W資料より作成
ケース・スタディ2: Solar Solve Marine
Solar Solve Marine(1988年創業、従業員数20名)は、英国イングランド北東部に本社を持つ舶用反射防止サンスクリーン及び居住区用ローラー・ブラインドのメーカーである。同社顧客は、造船・舶用企業大手、及び世界中の港湾局である。
欧州中心主義からの脱却
Solar Solve Marineの初期ビジネスは、欧州市場に的を絞っていた。その理由は、言語の問題、時差、ビジネス・カルチャーの違い、移動時間等である。
事業拡大に伴い、同社は欧州以外の市場への進出を図ったが、閉鎖的な日本舶用市場では十分な需要を見出すことができず、一方、需要のある韓国では製品が模造される懸念があった。1988年当時には、中国市場の可能性は考慮さえされなかった。
今日では、同社の韓国での売上げは総売上げの50%、中国での売上げは7%で、着実に伸びている。日本での売上げは僅か1%である。同社製品を使用したことのある欧州船主が韓国、中国への新造船発注を加速したこと、現地ディストリビューターのネットワークを整備したことが、その成功要因である。
中国市場における販路確保
Solar Solve Marineは1995年に中国市場に進出したが、これは戦略的決定というよりも、同社のシンガポール・ディストリビューターが中国でのビジネス機会を提供したことによる。現在では、同社は中国に5カ所のディストリビューター網(上海3カ所、大連、広州)を確保し、ディストリビューターの中国造船所でのビジネス経験を活用している。また、ディストリビューター向けに独自のトレーニングも行っている。
同社は中国市場における大規模なディストリビューター・ネットワーク確立の理由として、以下を挙げている。
(1)地理的理由:中国市場の規模と造船所数を考慮した場合、ディストリビューター1社ではその広大な地域をカバーすることは不可能。
(2)個人的コンタクト:それぞれのディストリビューターが、異なる造船所に個人的コンタクトを持っているため、その分ビジネス・ベースが拡大する。
(3)依存度の軽減:中国造船所は、少数の特定ディストリビューターに依存するのではなく、ビジネスを拡散することを好む傾向がある。複数のディストリビューターを有することで、この問題に対処できる。
今後の戦略
近年、中国メーカーの製品も出てきたが、中国市場の規模と成長率を考えると、自社の市場シェアが多少低下したとしても、引き続き今後もビジネスは発展するとSolar Solve Marineは予測する。現時点では、中国メーカーの製品は型式承認を取得しておらず、同社の地位はしばらくは安泰であろう。
中国市場での自社製品の模造品に関しては、たとえ同社が中国に進出していなくても、その危険は常に存在するため、今のうちに中国ビジネスの可能性を最大限に利用するというのが同社の戦略である。
ケース・スタディ3: Hamworthy-KSE
Hamworthy-KSEは、英国の総合舶用メーカーで、主要事業分野は、(1)空気圧縮機、(2)主機室ポンプ、(3)カーゴ・ポンプ、(4)汚水処理装置、(5)ハイ・リフト・ラダー、(6)真空トイレである。
同社の創業は1911年に遡るが、ノルウェーKvaerner Ship Equipment(KSE)買収に伴う抜本的な企業再編により、1999年に現体制が確立した。同時に同社の舶用ポンプ部門はシンガポールに移転された。
人件費の削減
Hamworthy-KSE最大の成長分野は汚水処理装置で、大胆なコスト削減戦略により、アジア市場での売上げは過去5年間で2倍に急成長している。
同杜工場を英国南部のPoole(サザンプトン近郊)から中国に移転したことが、大きなコスト削減につながった。Poole工場での平均賃金が月2,000ポンドであったことに比べ、中国工場では僅か165ポンドと10分の1以下である。即ち、中国に工場を移転したことにより、人件費は90%以上低下したことになる。
中国での工場開設
1997年、Hamworthy-KSEは上海市の西80kmに位置する蘇州に、最初の汚水処置装置製造工場を開設した。2001年には、100万ポンドを投じ、同じく蘇州に第二工場を建設、総面積を一挙に1,000m2から3,000m2に拡大した。同時に大規模な塗装工場を開設、20トン級クレーンも設置した。
今後、第二工場を6,000m2規模に拡大する計画もあるとされている。同社からの公式コメントはないが、その拡大戦略と見た限り、可能性は高いといえよう。
中国での工場開設により、他の極東地域市場への製品デリバリー期間が短縮され、コミュニケーションも改善された。しかし、Hamworthy-KSEは、蘇州工場からの製品は、中国、日本、韓国市場だけではなく、全世界の顧客向けであることを強調している。
現地トレーニングと品質保証
Hamworthy-KSEの中国現地スタッフは、本社からのシニア・マネージャーによる製造及び品質管理に関する徹底したトレーニングを受けている。
蘇州工場のシニア・マネジメント・チームは、英国Poole本社から派遣され、製造品質の確保と納期厳守に焦点を絞ったマネジメントを行っている。
全製造工程及び検査過程はロイド船級協会の定める基準に準拠し、同工場はISO9002品質基準も取得している。また、Hamworthy-KSEは中国において欧州連合(EU)の舶用機器指令(MED)に準拠する最初の企業である。
ケース・スタディの要点
上記ケース・スタディで取り上げた3社は、会社の規模も中国市場へのアプローチもそれぞれ異なる。
世界有数の主機製造大手MAN B&Wの戦略は、中国のエンジン・メーカーとの提携により、現地でライセンス生産を行うことである。最近では極東拠点を、香港から中国ビジネスの中心である上海に移転し、中国へのコミットメントを強めている。しかし、今後の中国ビジネスの拡大に関する公式コメントはない。
中国メーカーへのライセンス供与により安定した収入を得ているMAN B&Wにとっては、他の舶用企業と比べ、物理的に自ら中国に移動する旨みは少ないともいえる。また、欧州MAN B&Wの最新設備を持つ研究開発施設をそのまま中国に開設することは困難で、仮に施設を移転したとしても、それに見合う研究開発技術を有する現地技術者を採用することは不可能に近い。
今回のケース・スタディの中で最も規模の小さい船舶窓用反射防止コーティング・フィルム「SOLASOLVTM」のメーカーSolar Solve Marineは、コストや文化的相違、模造品への懸念等のマイナス要因により、元来は中国を含めたアジアの大造船国へのビジネス進出を計画していなかった。
しかし、中国造船所にコンタクトを持つシンガポールのディストリビューターの打診により中国進出を決意したことで、事態は一変した。現在では同社の売上げのほとんどが、韓国及び急成長する中国市場でのビジネスによる。
Solar Solve Marineの中国戦略の特徴は、信頼のおける現地ディストリビューター網を確立したことである。
一方、英国の舶用機器中堅企業Hamworthy-KSEは、当初、人件費節減を主な目的に1997年に中国に第一工場を建設し、続いて2001年にはさらに規模の大きい第二工場を開設するに至った。
現地工場のマネジメントは、Hamworthy-KSEの英国本社から派遣された幹部社員が行い、現地生産にあたっての最大の懸念事項である完成品の品質確保と労働生産性管理に努めている。
事業規模、戦略が大きく異なる上記3社ではあるが、その経験からは以下のようなトレンドが指摘できよう。
(1)現地ネットワーク確立の重要性。中国進出を試みる海外企業と、市場知識を持つ現地スタッフの良好な関係は、事業成功の最大の要因である。
(2)中国における製造拠点開設を断行した欧州企業にとっては、現地製品の品質確保が最優先課題である。
(3)知的所有権尊重の概念がなく、模造品が横行する中国市場におけるビジネス・リスクへの懸念は根強い。
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