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刊行によせて
 当財団では、我が国の造船関係事業の振興に資するために、競艇交付金による日本財団の助成金を受けて、「造船関連海外情報収集及び海外業務協力事業」を実施しております。その環としてジェトロ船舶関係海外事務所を拠点として海外の海事関係の情報収集を実施し、収集した情報の有効活用を図るため各種調査報告書を作成しております。
 
 本書は、社団法人日本舶用工業会及び日本貿易振興機構が共同で運営しているジャパン・シップ・センター舶用機械部のご協力を得て実施した「欧州における航海機器のシステム化の現状と動向に関する調査」をとりまとめたものです。
 関係各位に有効にご活用いただければ幸いです。
 
2004年2月
財団法人 シップ・アンド・オーシャン財団
 
はじめに
 ITの導入、情報化技術が目まぐるしく進展する中、内外ともに厳しい経営環境にさらされている我が国舶用機器メーカーがこれまでのブランド力を保持しつつも国際競争力を向上させるためには、新しい技術の積極的開発・採用、機器のシステム化による新機能の提供等コストダウン以外で他との差別化を図っていくことが重要であると思われます。その際には、船舶の航行安全性、高効率・高快適性、経済性、地球・海洋環境保護や対海賊・テロ対策といった外部不経済に対する問題まで含めた、グローバルな視点からの戦略的対応への意識改革も重要なポイントになると思われます。
 
 特に、航海機器分野では関連技術の進歩と人員を含めた船舶内の機能集約化により、航海用電子機器のシステム化が進んでおります。現時点で最もシステム化、即ち機能統合の進んだ航海機器システムは、直接操船機能に関わる狭義の意味での航海用機能を統合した統合航海システム(Integrated Navigation System: INS)、及びINS機能に加えて航海用機能以外の制御、管理機能を含めた総合的システムである統合船橋システム(Integrated Bridge System: IBS)であると考えられます。
 
 本報告書では、以上のような状況を踏まえ、高度先端技術が集積された航海機器システムの船舶への適用に関し、(1)欧州の航海機器産業を取巻く市場及び規制環境等を概観し、(2)また、航海機器メーカー、規制当局、ユーザーの動向を踏まえ、(3)INS、IBSとその構成要素である航海用電子機器のシステム化の現状、及び(4)今後の方向性についての調査結果を取りまとめたものです。
 なお、本報告書では、システム化とは特定の目的、機能実現を高効率化するために相互接続された複数の航海用電子機器・機能の集合体を指し、「単独機器(モジュール)による機能統合」と言い換えることができる概念として位置付けております。
 本報告書が関係各位のご参考となれば幸いです。
 
Japan Ship Centre(JETRO)舶用機械部
ディレクター 田口昭門
リサーチャー ケビン・テスター
 
1. 航海機器市場の概要
1.1 社会環境等の変化と規制動向
 航海機器のシステム化は、航行の効率化と安全性向上をその主な目的としている。しかし、機器システム、技術はそれだけで進化するのではなく、規制、市場、経済環境等の様々な要因、外部不経済的な要因にも影響される。同時に、それが新技術開発への原動力ともなっている。
 
1.1.1 米国テロ事件の影響
 2001年9月11日の米国連続テロ事件は、全世界に超大型テロの脅威を見せつけた。今後のテロの可能性を考えた場合、その規模の大きさ、世界経済への重要性から海上交通・運輸ネットワークが標的となる可能性が指摘されている。
 
 世界の貿易の大部分は海上貿易に頼っており、経済のグローバル化により、効率的でオープンな貿易システムが発展してきた。しかし、逆にこのグローバルさ、オープンさが弱点となる可能性がある。また、船舶への物理的なテロ行為だけでなく、船舶がテロリスト・グループの武器輸送、資金調達手段に利用されるリスクも考えられる。
 
 また、テロによる被害のコストも無視できない。実際にテロ事件が発生した場合には、人命はもちろん、船舶、海上輸送への影響以外にも、港湾局の閉鎖、貨物のチェック等による追加コストがかかり、その被害総額は米国だけで580億ドル(OECD試算)に上ると見積もられている。
 
 このような脅威を踏まえ、2002年12月の国際海事機関(IMO)の年次総会では、国際人命安全条約(SOLAS条約)の改正案、及び船舶、港湾施設に関する新たな国際保安基準となるISPS規約(International Ship and Port Facility Security Code)が採択されている。
 
 ISPS規約は、各国政府、港湾管理局、船社への法的拘束力を持つ保安基準であるPart Aと、それらの基準達成へのガイドラインを示す法的拘束力を持たないPart Bからなる。
 
 改正されたSOLAS条約、ISPS規約は、2004年7月1日に発効する。さらに、会議では、今回の改正案、規約には含まれないが、今後の安全性向上への方策が協議され、数多くの決議が採択された。加えて米国政府は、独自に数々の海上保安義務と自主的措置を制定した。
 
 これまで海難事故をきっかけに、規制の制定、変更が行われてきたが、米国テロ事件により世界の海上交通を取巻く規制環境は大きく変化しようとしており、航海機器メーカー、船主、陸上局等の関係者全員にも多大な影響を及ぼしてくることが予測される。
 
1.1.2 SOLAS条約改正
 SOLAS条約(International Convention for the Safety of Life at Sea)は、タイタニック号事故を受けて1914年に制定された国際海上人命安全条約である。その後多くの改正が重ねられ、基本となる現在の条約は1974年に全面改正されたSOLAS条約である。
 
 条約の改正案は、まずIMOのMSC(海上安全委員会)で検討された後、担当小委員会で審議され、IMO加盟国の3分の2の賛成により採択される(explicit agreement)か、または加盟国の反対がない場合は黙契(tacit agreement)として発効する。
 
 1974年SOLAS条約は、新技術や環境状況の変化に対応するため、法規の柔軟性確保の目的で、条約本文と付属書に分け、条約本文と付属書の第1章がExplicit方式で、条約本文と付属書第1章以外は、採択後一定期間内に世界の船腹量の50%以上となる締約国または全締約国の3分の1以上の締約国から異議通告がない限り自動的に発効されるTacit方式が適用される。
 
 改正案がIMOに提出されてから、条約として発効するまでには通常2年間を要するが、特別の場合は1年半で発効する。
 
 SOLAS条約は12章からなり、航海機器に関係の深い部分は第V章の航行の安全性に関する規定、及び第X章の高速船関連規定である。AIS及びVDRの搭載を義務化する第V章の改正案は2000年12月に採択され、2002年7月1日に発効している。
 
 2002年12月のIMO総会では、保安レベルを高めるため、AIS搭載時期の繰り上げが決定された。該当する船種は、300総トン以上、50,000総トン以下の客船とタンカー以外の船舶で、2004年12月31日以前にAISを搭載することが義務付けられた。また、一般のAIS搭載船は、AISを常に稼動状態とすることも義務化された。
 
 また、安全性向上のための特別措置を規定するSOLAS条約第XI章では、船舶認証番号を船体に表示する位置、客船の場合は上空から識別可能にするために水平面に表示することが定められた。また、船舶は船名、船主、置籍国等の情報と変更に関する全記録、履歴を携帯することが義務付けられた。
 
 第XI章には、ISPS規約を含むXI-2が新たに設けられた。該当する船舶は、500総トン以上の客船、貨物船、高速船、海洋構造物を含む。また、外航に従事する客船、貨物船が使用する港湾局も規定の対象となる。
 
 また、XI-2/5では、対象船舶への保安警報システムの設置が定められた。設置期限は2004年、例外的には2006年である。警報システムは、非常時に船舶から担当港湾管理局に船名、位置等を知らせるが、船内では警報は鳴らない。警報システムは船橋及び船内の最低もう一ヶ所から作動可能であることが規定されている。
 
 このように航海用機器の新たな追加用件や仕様変更を伴う条約改正が、対応技術の進展とともに、継続的に行われている。
 
1.1.3 保安関連コスト
 経済協力開発機構(OECD)の保安措置のコストに関するレポート「Security in Maritime Transport: Risk Factors and Economic Impact」(2003年7月)によれば、上記のSOLAS条約改正に伴う船舶の保安措置採用にかかるコストは、全世界で初年度には最低12億7,900万ドル、以降毎年7,300万ドルと試算されている。コストの大部分はセキュリティー・オフィサーの配備、トレーニング等の人件費と警報装置等の設備投資費である。人件費は国によって大きな差があるため、正確な試算は困難である。
 
 港湾への保全措置を含めると、コスト総額は20億ドルに上るが、実際にテロが発生した場合のコストと比較すると、ごく一部であることがわかる。
 
 上記のコスト試算には、テロ防止よりも航行安全性向上が主要目的であるAISは含まれていないが、AISは不審船、または危険に晒されている船舶の監視等の保安的用途にも利用できる。
 
 OECDは、AISトランスポンダー一台の価格を1〜2万ドルと仮定し、AISへの初年度投資額は6億4,930万ドル程度と予測しており、全体としては最も大きな出費となっている。これ以外のコストとしては、現在のISPS規約に対応する必要最低基準の機能を持つAISを購入した船主が今後の条約改正により、アップグレードが必要になる場合のコストが考えられる。
 
 AISへの投資額には、SOLAS条約では義務付けられていない陸上管理局へのAIS設置費用は含まれていない。現時点では各国政府のAIS設置コストへの対応は定かではない。
 
 OECDは、コスト分析の結論として、法律改正による保安関連出費は多大ではあるが、航海時間短縮、遅延防止、IT化による人件費削減、船内での盗難防止、保険費用削減等、保安以外の利点も大きく、決して無駄な投資ではないことを強調している。
 
 また、海上運輸産業は業務のIT化が比較的遅れている分野であり、舶用メーカーや大手船社だけではなく、中小運輸業者、税関、港湾管理局等を含めたトレーディング・パートナー全体が統合ITシステムの構築を進めることは、将来的なコスト削減に有益であると結論づけている。







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