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刊行によせて
 当財団では、我が国の造船関係事業の振興に資するために、競艇交付金による日本財団の助成金を受けて、「造船関連海外情報収集及び海外業務協力事業」を実施しております。その一環としてジェトロ船舶関係海外事務所を拠点として海外の海事関係の情報収集を実施し、収集した情報の有効活用を図るため各種調査報告書を作成しております。
 
 本書は、社団法人日本舶用工業会及び日本貿易振興機構が共同で運営しているジェトロ・ニューヨーク・センター舶用機械部のご協力を得て実施した「米国における舶用ベンチャーの事業化支援制度に関する調査」をとりまとめたものです。
 関係各位に有効にご活用いただければ幸いです。
 
2004年2月
財団法人 シップ・アンド・オーシャン財団
 
はじめに
 この報告書をお読みの方で、毎年ニューオリンズで開催されている国際作業船ショーや、マイアミで開催されているボートショーに出席したことがある方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。米国造船業、舶用工業は、年間の市場規模が年間31億6,000万ドル程度(1998年)に留まる米国商業造船市場は言うに及ばず、同70億ドルを超える(1998年)艦艇造船市場、更にはマリーナ関係を含めトータルで300億ドルを優に超える(2002年)プレジャーボート市場においても、市場の大幅な成長が期待できないことから、成熟化が進んでいるといわれます。しかしながら、例えば、先に挙げた国際作業船ショーには大凡900社(大部分は中小企業)が参加するというように、米国の舶用工業は、多数の中小企業が集積した非常に層の厚い業界となっています。これは、一つには欧州企業の米国市場への進出という側面がありますが、もう一つの面として、多数のベンチャー企業が起業することにより、特に新製品や新技術、新サービスの開発面において、市場に刺激が与えられている結果であるといえます。
 
 世界の造船、舶用工業界は、水上交通システムの近代化やその環境負荷の低減(地球温暖化の防止や海洋汚染の防止等)等、市場のニーズに応えるため、また市場を新たに創造するため、例えばプロペラ軸の複合素材化に見られるような新素材技術、運航や保守最適化のための情報化技術及び人工知能技術、燃料電池技術や超伝導技術等広範且つ多様な技術やIdeaが必要とされています。もともと米国人は、日本人と比較して起業精神が高く、起業比率は日本の8倍ともいわれますが、米国ではこれに加えて、造船業及び舶用工業の基盤整備を担う米国海軍、更には地方自治体等が様々な起業支援措置を採ることにより、様々なベンチャー企業を興し、この課題に応えようとしています。
 
 具体的には、よく知られている中小企業技術開発支援プログラム(SBIR; Small Business Innovation Researchプログラム)を実施して、ベンチャー企業による艦船及び水上交通システムの進歩にとって有用な技術及びIdeaの開発を促進するとともに、より重要な、事業化支援制度を設けて、有望なIdeaや技術を持ちながら、これを市場投入するために必要なノウハウ、資金、マーケティング能力、知的所有権に関する知識等の何れかまたは全てが欠けていることが多いベンチャー企業の支援を行っています。
 例えば、2003年2月に設立されたシカゴのTRECC(Technology, Research, Education, and Commercialization Center)という組織を用いたスキームでは、米海軍及び州政府等の助成の下、イリノイ大学関係者が有する経営、マーケティング、知的所有権保護、従業員教育等に関する知見と、海軍系列の研究所であるBattle Memorial Instituteの人材(技術)、施設、能力を活用し、そのコーディネートにより、(1)研究開発の促進(Ideaを有するベンチャーからの受託研究の実施を含む)、(2)研究者の訓練、(3)民間企業が開発した先端技術(Idea)の事業化支援を行っています。また、ベンチャー企業は必ずしも技術そのものを有することが求められるわけではなく、例えば海軍が数々の助成や委託研究を通じて獲得し、活用されていない知見(知的所有権)について、これを有効に利用して事業化するビジネスモデルさえあれば、技術移転を通じて当該技術の移転を受け、これを前記の支援スキームにより事業化するということも可能であり、そのための積極的な情報開示と、マーケティング会合の開催も行われています。
 
 このような米国における舶用ベンチャーの事業化促進に向けた取り組みについては、非常に上手く成功しており、また、2001年以降の海事セキュリティ強化の社会的要請に対しても、多様な対策技術、対策システムが迅速に提供される背景の一つともなっています。無論、米国には大スポンサーである米国海軍の存在という特殊事情も存在しますが、企業経営面に着目した事業化支援は、中小企業や個人が有する技術やアイデアを死蔵させず、日本の舶用工業市場の活性化に活用していくための普遍的な課題を与えているものと思われます。本調査では、米国における舶用ベンチャーの事業化促進に向けた取り組みについて、その背景や経緯、目標、そして具体的なプロジェクトについて取りまとめました。本資料が、諸方面において行われる、舶用工業界の活性化方策や日本の舶用工業界がその多様な社会的ニーズに応えていくための体制整備等に関する検討の際に、その一助となれば幸甚です。
 
ジェトロ・ニューヨーク・センター 舶用機械部
Director 吉田 正彦
Assistant Researcher 上野 まな美
 
要約
 技術革新を促すためには、政府、学界、民間産業の相互作用が重要である。米国のイノベーションシステム(技術革新を促すための制度)は、この認識のもとに確立されている。このような相互依存関係の基盤となっているのは、パートナーシップ、共同研究開発、技術移転、知識の共有である。
 
 イノベーションシステムを効果的なものとするには、有望な技術をいかに商業市場にもたらすかという課題に対処する必要がある。ほとんどの連邦研究所は、「税金で開発された技術や製品を、米国を拠点とする企業や組織が利用できるようにする」という方針を採っている。同様に、連邦機関は、商用技術を連邦機関のプログラムに活用し、また、技術の事業化を促進することによって、広く経済に恩恵をもたらすことに戦略的な関心を抱いている。
 
 船舶及び海事関連技術産業は、その規模や複雑さ、そして米国海軍や運輸省(DOT)との特別な関係から考えて、このようなイノベーションシステムの興味深い例といえる。特に安全・環境技術を別にすれば、連邦政府としては米国における海事関連技術開発の唯一のスポンサーとなった米国海軍は、米国における軍事費総額の頭打ちと空軍優先という現下の情勢の下、商業海運と同様米海軍でもコスト効率に関する意識が非常に高まっており、研究開発の効率化、軍用と民生用のDual Use資機材利用の拡大、Total Operation Costs(Total Ownership Costs)の削減に中小企業を積極的に活用しようとしている。そして、これを客観的な指標の下で実施すべく、「SEA ENTERPRISE」プログラム(軍の世界にも通常のビジネス手法を導入して組織の効率化、業務プロセスの効率化、改善点の明確化、投資(資機材調達のみならずR&Dもこれに含まれる)の最適重点配分を行う)が実施されており、長期投資を行う(保有船舶等の売却や中古の調達はできないという点では商業海運とは明らかに異なる)という特徴は有するものの、一般ビジネスの船主に近い存在として海事関連技術開発に関与しようとしている。
 
(主な関係者)
 海軍や船舶・海事関連業界の新技術開発に取り組む中小企業の事業化支援には、様々な組織が関与している。官民の主な関係者としては、米国運輸省海事局(MARAD)、米海軍海事技術本部(ONR; Office of Naval Research)、米海軍の水上戦闘センター(研究所)のカルデロック部門(NSWCCD)、米国造船・海事技術学会(SNAME; Society of Naval Architects and Marine Engineers)、米国造船学会(ASNE; American Society of Naval Engineers)、米国中小企業庁(SBA)等がある。
 また米海軍では、近年、技術開発の成果の民生利用を促進し、市場拡大による調達コストの削減をめざすべく、この民生利用事業への投資を積極的に呼びかけており、インキュベーター(企業育成支援組織)やベンチャーキャピタリスト(投資家)、業界団体等、多数の関係者が州レベルや地域レベルで中小企業を支援している。
 なお、米国で現在高水準の事業化支援を受けている海事・舶用技術は、以下のとおりである。特に、海事・舶用の新技術を開発している中小企業を対象とした支援メカニズムは重視されている。
○ソナーセンサー、レーザー及び光技術
○動力推進システム
○通信
○燃料電池
○水素の製造及び貯蔵
○バラスト水の浄化
○自律型水中ロボット
○新材料
○電子工学
○ソフトウェア
○情報通信等
 
(中小企業への重点的な取り組み)
 中小企業が新事業の創設や新技術開発の担い手として米国経済に貢献していることは、広く認められている。しかし、中小企業には、その新技術を効果的に事業化するために必要な規模の財源や経営ノウハウ等の資源、さらには最終的にビジネスに結びつけるための技術的資源が不足している場合が多い。
 このような認識のもと、米国では、中小企業が開発した新技術の事業化促進を目的として官民の様々なプログラム、機関、支援センター、協会、ビジネスインキュベーターが設立されている。船舶・海運関連の新技術開発を主な事業とする小規模ベンチャー企業にも、同じ支援メカニズムが適用されている。
 この調査報告書では、米国における船舶・海事関連技術業界の現在の中小企業支援メカニズムに関して、その主要関係者、官民の財源、技術支援、技術移転、研究開発協力に重点をおいて検証する。
 
(SBIR)
 SBIR(Small Business Innovation Research; 中小企業技術革新)プログラムは、専ら技術開発面から中小企業に財務支援を提供する連邦プログラムのうち最もよく知られているプログラムである。SBIRプログラムの法律上の目的は、連邦資金による調査及び研究開発(R/R&D)における中小企業(SBC; Small Business Concern)の役割を強化することである。
 
 SBIRプログラムは、過去20年間にわたり、米国の経済成長を支える技術革新に大きく貢献し、連邦政府の最も効果的な技術プログラムであることを実証してきた。SBIRプログラムに参加している10省庁の政府機関すべてが、このプログラムはそれぞれの機関の研究プログラムに有益な影響をもたらしていると報告している。
 SBIRプログラムでは、提案が募集され、政府機関のニーズや任務を満たすようなR/R&Dに助成金契約が付与されるが、これは連邦政府全体に共通した3段階のプロセスで実施されている。海軍のSBIRプログラムを管理しているのはONR(Office of Naval Research)である。海軍のSBIRの仕組みは次のとおりである。
 
フェーズI 提案された取り組みの科学的なメリットと技術的な実現可能性及びその中小企業の実績の質を判断する。フェーズIでは、ONRは最大70,000ドルの固定価格契約を付与する。フェーズI契約の実施期間は通常6か月である。
 
フェーズII フェーズIの結果と、フェーズIIの提案の科学技術的メリット、及び商業的可能性に基づいて競争方式で契約獲得者が選抜される。フェーズIIでは、研究のコスト及び固定価格契約として、ONRから最大450,000ドルの資金が提供される。さらに合計750,000ドルを上限として助成金を拡大したり、フェーズ間の資金不足による悪影響を最小限に抑えるためのオプションが用意されている。フェーズII助成金は、SBIR以外の共同または単独の財源から、研究課題に見合い資金(matching funds)が提供される場合は、750,000ドルの上限を超えてもかまわない。
 
フェーズIII フェーズIIの結果の商用開発と応用に重点が置かれる。SBIR資金による研究開発を商用化する際には、開発者は通常、連邦資金以外の財源を見つけなければならない。
 
 海軍の中小企業技術開発重視及びDual Use機器重視の結果、海軍のSBIR資金は、2000年から2003年の間に、1億2,500万ドルから1億7,100万ドルヘと大幅に増大した。ここ数年はフェーズI及びフェーズIIの助成金の件数も増加傾向にあり、2000年には399件であったが2002年には743件になっている。
 
(CRADA)
 CRADA(Cooperative Research and Development Agreement; 共同研究開発協定)は、連邦が開発した技術の事業化促進を目的として、連邦の研究所が、米国産業界、学界、及びその他の組織と研究開発プロジェクトで協力できるようにする提携プログラムである。CRADAでは、プロジェクトの分担構成、知的所有権、機密情報やCRADA研究結果の保護に関して柔軟な運用が可能となっている。
 
 技術を海軍の取得プログラムに移転したり、CRADAによって民間企業との共同研究の取り組みや資源の共有を可能にする作業は、海軍のCTTO(Commercial Technology Transition Officer)が担当している。CTTOのベンチャー計画は様々な次元で実施され、用技術を海軍プログラムに活用する取り組みや、海軍の知的財産(IP)の事業化を進める取り組みが行われている。
 
(FAST/ROP)
 米国SBAは、FAST(Federal and State Technology; 連邦及び州政府技術(提携プログラム))Partnership ProgramやROP(Rural Outreach Program; 郊外対話プログラム)を通じて、教育訓練、アウトリーチ(対話)、技術に関する大きな支援を州に提供している。FASTは、各州が提供するSBIRプログラム支援サービスに資金を提供する、競争方式の助成金プログラムである。対象となるのは、次のような州のプログラムである。
○中小企業による技術研究開発
○大学の研究から技術力ある中小企業への技術移転
○中小企業に役立つ技術の配備と普及
○技術力を持つ中小企業のうちSBIRプログラムに参加しているか、または参加を検討している企業を対象とした資金及び技術援助
○企業を対象として、SBIR提案開発コストの一部または全額を給付または融資するサービス
○事業に関する助言及びカウンセリング(SBIR及びSTTR(small Business Technology Transfer)プログラムの有望な候補であるとみなされた中小企業に対する支援)
 
 FAST法案では、資金獲得のためにSBAに提出できる提案は各州1つのみとなっている。
 
 ROP(Rural Outreach Program)の目的は、教育訓練、カウンセリング、アウトリーチを通じて、小規模なハイテク企業がSBIRやSTTRプログラムに参加し成果を上げることができるようにするため、州が設立または拡張するプログラムを支援することである。ROP助成金は次のようなサービスに充当できる。
○教育訓練活動や1対1のカウンセリングによってSBIRとSTTRのプログラムやその運用方法についての情報を提供するサービス
○1対1のカウンセリングによるSBIRとSTTRの提案の開発と作成
○公開データベースの開発と維持−州内の小規模ハイテク企業や、小規模ハイテク企業の研究開発を必要とする民間の事業体を対象として、技術支援に役立つ情報を提供する。
○SBIRに関する実績目標の確立
 
(ベンチャーキャピタル)
 革新的な中小企業は、ベンチャーキャピタル、エンジェル投資(企業の極めて初期段階での事業開発を支援するもので、案件のリサーチ、案件の事業性に関する多角的調査、投資実行、フォローアップ(アドバイス)、投資回収、といった一連の活動を指す)、融資、新規株式公開(IPO)等、様々な民間資金源から資金を調達している。
 
 ベンチャーキャピタル及びエンジェル投資は、事業の成長または拡大に必要な資金を会社の株式と交換したいと考える企業のための資金調達方法である。IPOは、公開市場を通じて会社の株式を一般の人々に提供することである。
 
 ベンチャーキャピタルは中小企業にとって特に魅力的である場合が多い。なぜなら、ベンチャーキャピタル専門企業は、株式と引き換えに資金を提供するだけでなく、一般的に次のような役割も果たすからである。
○経営上の助言を行う
○新しい製品またはサービスの開発を支援する
○積極的に関与して企業に付加価値を与える
 
 米国ベンチャーキャピタル協会(NVCA; National Venture Capital Association)によると、2003年前半におけるベンチャーキャピタルの取引は1,350件あり、合計86億ドルのベンチャーキャピタル資金が調達されたという。したがって、1件当たりの調達額は約640万ドルになる。
 
(ケーススタディ)
 上記の支援メカニズムの実際の例は、セクション3と4で詳しく紹介する。
 
 船舶・海事関連技術分野の中小企業が利用できる技術移転プログラムや技術資源として、セクション3で取り上げるものは、次のとおりである。米国運輸省海事局(MARAD)の調査・技術・実証・実用化計画(RTDD; Research, Technology, Demonstration, and Deployment)、国家造船研究プログラム(NSRP; National Shipbuilding Research Program)、船舶運航協力プログラム(SOCP; Ship Operations Cooperative Program)、ONRの中小企業技術移転(STTR; Small Business Technology Transfer)プログラム、ヒューストン先進研究センター(HARC; Houston Advanced Research Center)。さらに、船舶・海事技術クラスターの例として、メイン州についても説明する。
 
 セクション4では、次に示すプログラムの支援による中小企業の事業化の成功事例を紹介する。ONR SBIRプログラム、西バージニア高度技術企業連合基金(WVHTC; West Virginia High Technology Consortium)Foundation、NSWCCD CRADA、FASTプログラム、ビジネスインキュベーター、技術・研究・教育・商業化センター(TRECC; Technology, Research, Education, and Commercialization Center)、先進技術商業化センター(CCAT; Center for Commercialization of Advanced Technology)。







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