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2.2.2 一次検査
(I)生態系の安定性を示す項目
I-1)分類群ごとの漁獲割合の推移
 図2.2.4は、農林水産統計年報にもとづいて、橘湾における総漁獲量と漁労体数の経年変化を示したものである。漁獲量が1980年代後半に急に減少し、その後も低迷していることが分かる。この漁獲量の減少は漁労体数の減少よりも程度が大きいことから、漁場環境の何らかの変化を示すものとして注目される。図2.2.5はさらに、この漁獲量の変化を各分類群別に整理したものである。長期変化の傾向がはっきりしない貝類を除いて、他のすべての分類群で減少していることが分かる。総漁獲量に占める割合が圧倒的に大きいのは浮魚類であるが、ガイドラインにしたがって、その漁獲割合の最近10年間の平均値(92.6%)と最近3年間の平均値(91.9%)を比較してみると、割合には大きな変化がないといえる。しかしながら、総漁獲量が著しく減少していることは、さきに述べたように何らかの環境変化の兆候と考えられる。種類組成の変化という点では「健康」と診断されることになるが、漁獲量の最近の動向を考慮すれば、「要注意」という判定が適切と考えられる。
 
I-2)生物の出現状況
 基本情報の整理の結果からも分かるように、橘湾への流入負荷のレベルは低く、地形的にも開放性の湾であるため、いわゆる汚濁の影響は小さいものと考えられる。海岸生物の出現状況についてはほとんどまとまった情報が得られていないが、海底に生息する生物(マクロベントス)に関して2000年5月と10月に長崎県が橘湾の北西部沿岸で実施した調査の結果を参照すると、全体に甲殻類が少なく、またウニ・ヒトデ類の出現種類数が不足している場所もあるが、これは調査時期や場所の特性にも依存すると考えられるので、「健康」と診断すべきであろう。
 
図2.2.4 橘湾における総漁獲量と漁労体数の経年的な推移
 
図2.2.5 橘湾における分類群別漁獲量の経年変化
 
浮魚の漁獲量変化
 
底魚の漁獲量変化
 
底生動物の漁獲量変化
 
貝類の漁獲量変化
 
海藻類の漁獲量変化
 
I-3)藻場・干潟面積の推移
 環境省の自然環境基礎調査の結果によれば、橘湾(もとのデータでは天草灘と区分されているものをそのまま用いた)における1978年から1993年までに減少した干潟面積は9haであり、これは減少率として1.8%にすぎない。また、藻場(現存面積:732ha)についてはほとんど減少が認められていない。したがって、この項目についての診断結果は「健康」とした。
 
I-4)海岸線延長の推移
 環境省の自然環境基礎調査の結果によれば、橘湾における1993年時点での人工海岸の実距離は、もとのデータでは天草灘と区分されているものをそのまま用いると、100.95kmであり、自然海岸(228.18km)と半自然海岸(94.42km)を含めた海岸線延長に占める比率は、23.81%となっている。しかしながら、この数値には島嶼域のデータがかなり含まれており、橘湾の海岸の大部分を占める本土域については、人工海岸の実距離は18.91km、比率は15.03%となっている。おそらく実状は、両者の中間に位置するものと判断されるが、これ以上細かいデータを入手することは困難である。ここでは、この項目に関する基準(人工海岸が20%以上存在しないこと)のぎりぎりのところにあるものと考えて、診断は「要注意」とすることとした。
 
I-5)有害物質
 大村湾の場合と同様に、国立環境研究所環境情報センターでとりまとめられている公共用水域水質測定の健康項目の測定結果を調べた。その結果、橘湾内の調査地点のすべてにおいてこれまで基準値を越えた例はなかった。また、最近5年間に奇形等異常個体の出現や有害物質による個体数減少に関する報告例はない。したがって、この項目に関する診断は「健康」とした。
 
I-6)底層水の溶存酸素濃度
 橘湾では、これまで底層水の溶存酸素濃度に関する継続的な調査データはほとんど得られておらず、わずかに長崎県総合水産試験場によって2001年と2002年の夏季に湾奥部(9地点、図2.2.6)で水温・塩分・溶存酸素濃度(飽和度)の調査が実施されただけである。そこで、このデータを利用して、まず鉛直断面における密度(シグマ−t)の分布と溶存酸素濃度の対応関係について分析を行った。図2.2.7(1)と(2)に、海水密度と溶存酸素(DO)濃度の鉛直断面分布図を例示する。底層水の溶存酸素濃度や低酸素域の広がりの程度は各調査時によって変動しているものの、ほとんどの例で酸素濃度の低下が観測されており、その分布状況は底層における高密度水の分布ときわめてよく対応している。このことは、海底付近に密度の大きい水塊が分布することによって酸素の供給が遮断され、底層で酸素消費が促進されることを示唆している。
 これだけのデータから大村湾で評価した「貧酸素比率」を求めることは難しいが、少なくともデータが得られた湾奥部では貧酸素水の広がりの程度が基準値(50%)を越えているものと考えられる。ガイドラインにも述べられているように、底層水の溶存酸素濃度は健康診断のキイとなる項目の一つであり、安全側に立って判断するという見地からも、ここでは「不健康」と診断することにした。
 
(II)物質循環の円滑さを示す項目
II-1)滞留時間と負荷に関する指標
 橘湾は地形的に開放性が強く、海水交換の大きさを見積もることは容易ではない。また、これまでに得られているデータだけでは、淡水の滞留時間などを見積もることはできない。しかしながら、基本情報で示した橘湾に流入する河川や沿岸の漁港におけるCODの推移を見ても、まだほとんどが基準値を越えておらず、基本的に「低負荷・交換型」の特性を有するものと考えることができる。したがって、まだ情報はきわめて不十分な現状ではあるが、この項目に関しては「健康」と判定した。
 
II-2)潮位振幅の推移
 橘湾の沿岸潮位の実測データは得られていない。そこで、ガイドラインに例示されている有明海の口之津と長崎の潮位振幅(朔望平均干満差)の変化を参照することにした(ガイドライン66−65頁、図III-13〜III-15)。それによれば、口之津と長崎の潮位振幅はいずれも減少傾向を示し、その長期的な減少幅はそれぞれ5.8cmと4.5cmである。しかしながら、基準にしたがって、最近の10年間で5cm以下という基準で判定すると、いずれの地点でも減少幅は小さくなり基準を満たしている。そこで、この項目については最近までの減少傾向を考慮して「要注意」と判定した。
 
II-3)透明度
 透明度に関しては、変動幅を評価できるような継続的な調査データが全く入手できないため、現時点では診断はできない。
 
図2.2.6 水産試験場による調査ライン
 
図2.2.7(1)密度とDOの鉛直分布(2001年7月24日)
 
図2.2.7(2)密度とDOの鉛直分布(2002年7月31日)







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