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4. 警察機関であるCGの本質に関する考察
 このように、JCG(そして日本国政府)がアセアン諸国に対して協力を惜しまないのはSLOCの安全保障、即ち、航行の安全(security and safety)確保のためには、アセアン諸国の体制が整備され、必要な実力(海上警備力)を備えてくれることが望ましいからであることに他ならない。そしてまたこのような海上保安の分野において協力関係を構築することに関して、比較的スムース且つ発展的に推移しているのには、それなりの理由があるように思われる。
 それは、いわゆるCGという組織が、軍隊ではなく(区別は相対的な場合もあるが)、法令の励行を主たる任務とする警察機関であるというところにあるものと思われる。結論から先に言えば、戦争からは基本的に解放された、政治的色彩を帯びることが少ない警察機関(標語的には警察の政治的中立)が、イデオロギーの問題に係わりなく、安全確保の面で協力しあうことには問題がないことによる。世界に共通する法益の擁護という観点から見れば、人類に対する犯罪とされる海賊等の予防鎮圧には、各国家の内外において抵抗は少ない。そして、人命財産の救助に異論を唱える国家や人は極めて例外に属することであろう。それゆえ、ある一定範囲の秩序を乱す行為に対しては警察力による対応が第一義的であると考えられる。JCGはこのような理解の下に、諸国家との協調、共働を構築してきたと言える。
 しかしながら、北朝鮮による不審船・工作船、武装強盗、海賊、そしてテロ、ゲリラ、即ち低程度紛争(low intensity conflict)から戦争(hot war)に近いものへと、海上における事態がエスカレートしていく場合には、必要最小限度の武装(軽装備・軽装甲)を基本とし、比例原則(proportionality)という法概念に拘束される法執行機関である海上警察機関であるCGには自ずと限界があることも勿論である。その限度、境界については、政府による高度な判断が必要であろうが、基本的に、我が国においては、海上保安庁法と自衛隊法及びその周辺関連法令の解釈問題でもあるが、ここでは、その問題を議論するのが目的ではない。それが一番多く考えられるが故に、警察的事態から軍事的事態に推移していく場合を想定すれば、JCGがその実力を十分発揮するためには、その背後に情報力、実力等において圧倒的に物理力の強大な海軍力(JMSDF)が控えていること、バックアップがなされているそのことが、総合的にJCGの作用が実効性あるものとなり、且つ、情勢の変化に応じて、海軍力(JMSDF)が前面に出ていくことにより、我が国の安全を守ることができるというシステムが我が国の現行法制度であると考えてよいように思われる。ここに、NAVYとCGの有機的、効率的役割分担の合理的な配分整備が、平時においては必要であることを示している。かくして、一国の内部におけるCGとNAVYとの協力と、ロシアや日本が存在する北東アジアから東南アジアを経てインドまでの各国のCG機関との連携協力協働が極めて大事なことになる。
 さてそこで、CG機関が、本来法執行機関であるなら、その国家の憲法及び法律の定めがその国のCG機関の行動規範として重要であることは勿論であるが、海洋において、各国に共通するのはUNCLOS(国連海洋法条約)に基づく同一歩調の行動である。各国家間の信頼、協力と、海上警察機関としてのSEA POWERの育成、UNCLOSという共通の規範に基づく共通の思考が基本であると言える。ところで、海洋安全保障ダイアローグは、日本とインドのNAVYとCGのOBの集まりであることから、2ケ国4機関の相互協力を前提とし、NAVYとCGとの役割分担の基本的な考え方について考察し、確認して、その延長線上で、共に何についてどのように協力できるのか、任務分担は如何にあるべきか、そしてそのような考え方がグローバルスタンダードとして、諸外国から疑念なく受け入れられるものであるのか、あるいは手本となり得るのかということも意識して考える必要もあろう。ダイアローグの内容が各国の賛同が得られるものでなければならない。同じ考えで各国の協力体制が組めるものでなければならない。理想論ではあるが、そうであってこそ、SLOCの安全保障が確保できるシステム、21世紀の新海洋秩序維持の方式を形成することができるように思われる。
 次に述べるNAVYとCGの性格、任務の相違に関する考察は、JCGの創設時期に係わる特殊事情が存在したのではあるが(海上保安庁法第25条)、それが21世紀におけるCGの性格付けの発端になったように思われるのは、正に瓢箪から駒であった。
 現在の海洋秩序は、内水や領海内では、沿岸国の法令が及び、沿岸国の法制度に従った秩序維持作用、セキュリティーの確保がなされていることは事実ではあるが、しかし、無害通行権の問題一つをとっても分かるように、基本は国連海洋法条約を根拠として海洋秩序の維持がなされている。UNCLOSの規定する海洋における権限行使の主体は国家を体現する軍艦とされ、次いで警察用船舶が規定されている。しかしながら現実には、多くの国において、軍隊とは異なる海上警察機関を創設・組織して、UNCLOSの内容を遂行していこうとする傾向にあるように思われる。それについて、詳しく述べるのは少し後回しとして、先ず1945年以降の日本における海洋秩序維持作用の発展の歴史を辿ってみたい。ここでは、いわゆる、UNCLOSすなわち国連海洋法条約のもとにおける、世界のCOAST GUARDの役割を意識しながら、約50年にわたって発展してきたJCGが行ってきた、Maintaining Peace and Securityについて、説明していくこととしたい。
 1948年法律第28号として制定された海上保安庁法第1条は、「港、湾、海峡その他日本国の沿岸水域において海上の安全を確保し、並びに法律の違反を予防し、捜査し、及び鎮圧するために、運輸大臣の管理する外局として海上保安庁を置く」というものであった。
 現在この条文は改正されており、「海上において人命及び財産を保護し、並びに法律の違反を予防し、捜査し、鎮圧するために、国家行政組織法第3条第2項の規定に基づいて、国土交通大臣の管理する外局として海上保安庁を置く。」となっている。
 つまり制定当初は「日本国の沿岸水域」という制限付きであったのである。なぜなら、日本が敗戦による占領下であったからだということである。
 さて、1945年の日本においては、敗戦によって、それまで海洋における秩序維持作用を担当していた実力機関としての海軍が消滅した。しかしながら、戦時中、日米両国が敷設した機雷の掃海、戦時標準船をはじめとして、粗悪、未整備の船舶の横行による海難の多発。無法者による密輸、密漁の跳梁。空襲による灯台の破壊等により、当時の日本近海は正にダークシーと化していた。そして、そのような状況の下、日本近海における海上治安の回復、航行安全の確保が、戦後復興のため是非とも必要であると認識され、海軍とは異なる海上保安のための何らかの組織が必要であるということになったのは必然ではあった。
 しかしながら、警察組織である海上保安庁であっても、1946年頃には、それは日本の再軍備につながるのではないかと疑惑の目でみられ、従って、海洋で実力を行使すべき任務であるのにも係わらず、当初は携帯できる拳銃以外は保有できず、巡視船には砲や機関銃の武装は認められなかった。
 しかし、我が国の戦後復興のためには、物資輸送路としての、海上の安全は欠くべからざるものと認識されていたので、今からみれば極めて不十分な船艇と装備による出発であり、正に零からの出発であったことを強調しておきたい。
 
 海上保安庁の創設については、取り分け、当時のソビエト及びオーストラリアが、日本が再軍備をするのではないかと疑いの目で見ていた。そのため、現在も機能している、海上保安庁法第25条に、「解釈上の注意」として、「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない。」と規定されたのである。
 また、制定当初の海上保安庁法第4条には、「海上保安庁の船舶は、港内艇を除いて、その隻数において125隻を越えてはならず、その全トン数において5万総トンを越えてはならず、又、そのいずれも1500排水トンを越えてはならず、又、15ノット以上の速力を有するものであってはならない。」と規定されていた。
 このようにして、敗戦を契機とする日本の平和指向、憲法の平和主義の理念を前提にして、そして、戦勝国のアメリカ合衆国には、海軍とは異なる沿岸警備隊(united states coast guard)という海洋の安全のための組織が存在したことが恰好の手本となり、海上保安庁が、1948年5月に、海上保安庁法に基づき創設されたのである。
 正に海軍とは異なる、それとは一線を画した、つまりはコーストガードという形での海上実力機関、海上警察機関が創設されたのであった。
 さて、アメリカに次いで、我が国のJCGが、アメリカよりも、より警察的傾向を有する機関を創設したことが手本となって、取り分けアセアン諸国では、NAVYとは異なるCGの創設に熱心であるように思われる。またそうでなくても、世界的傾向として、21世紀の海上秩序の維持作用に当たる機関はCGのような組織のほうがより適切との認識が共有されだしたように思われる。そこでは、一般的に、NAVYとは異なる執行部門、法令の励行、関税、漁業、環境、航行安全、密航、密輸の取締り等々を、一元的に行う機関、CGとして、組織を再編し、創設し、従来の国家関係とは異なる、目的を同じくする国家機関同士の協調、協動が可能な方向へと動いて行ったものと考えられる。このことは、21世紀の海洋秩序の維持を図る上で正しい方向を示しているもののように思われる。







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