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2 21世紀の印亜・西太平洋一体地域の安全保障環境
(1)多様化する安全保障上の不安定要因の概括
 21世紀初頭における、一体地域の安全保障上の不安定要因として、特筆すべき点は7点ほどあると考えられる。第1点目は、大量破壊兵器や弾道ミサイルが、北東アジアから他地域に拡散していることである。第2点は、9.11テロ後顕著となった国際テロが、一体地域内部や外部との連携を強め、特に政府のガバナンス機能が弱体な国家を中心として爆弾テロなどを拡大している点である。第3点は、地域の軍事バランスを崩しかねない急速なテンポでの海空軍力を中心とした中国の軍事力強化である。第4点は、冷戦時代の残滓とも言える対立構造が、朝鮮半島や台湾問題に残っており、依然として不安定、不確実、不透明な情勢を醸し出しているということである。第5点は歴史に根ざす領土、宗教、民族問題である。特に「海洋の自由」を阻害し、一体地域全体の安定に重大な影響を及ぼす可能性が高いのが、島嶼の領有を巡る問題である。第6点は島嶼の領有を巡る問題とも深い関連を有する海洋権益を巡る対立構造である。第7点は一体地域の海洋を媒介とする海賊や麻薬、人身売買等の不法行為の国際化、組織化の動きである。
 これらの不安定要因を通観する時、共通するキー・ワードがあることに気付くであろう。第1点の大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散経路は、その多くをSLOCに依存しており、また、一体地域における弾道ミサイルの脅威は、地勢的に、陸上隣接国家間を除けば、海上上空(宇宙)を経由する構図となっている。第2点の国際テロの拡大についても同様に、テロリストの移動や武器などの拡散がSLOCに強く依存しているほか、イエメン沖での仏タンカーへの自爆テロなど、海上テロが現実に発生している。第3点の軍事力の強化については、中国のみならず、地域各国の軍事力整備の方向性を見れば、海空軍事力の増強、近代化に最重点が置かれていることは明らかであり、SLOCにおける「海上航行の自由」や「海上諸活動の自由」など、安全保障面への影響が問題となる。第4点の朝鮮半島や台湾問題においても同様に、緊急事態が生起すれば、地勢的に見て、SLOCの安全確保や海上封鎖、強襲上陸など軍事上の海上優勢の確保が極めて重要な問題となってくる。第5点の島嶼を巡る領土問題、第6点の海洋権益及び第7点の海上不法行動は海洋そのものの問題である。
 
(2)一体地域の安全保障上の個別的問題
ア 大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散
 核兵器は、米国、ロシア、中国や印パ両国が保有している。北朝鮮は核開発疑惑問題の渦中にあって、独自の瀬戸際外交を展開しており実態は不明確であるが、数発の核爆弾を保有するものと考えられている。最近では、北朝鮮とパキスタンとの核兵器開発、製造に関する密接な情報交換、関連物資の移送などの疑惑が持ちあがっている。
 生物・化学兵器は、米国、ロシア、北朝鮮や中国など一体地域の一部の国において製造、保有されているものと見られている。1995年の東京でのオウムサリン事件や9.11テロ直後の米国における炭そ菌事件は、化学兵器の製造が比較的容易で、その使用が国家間の武力紛争に限定されないことを印象付けた。
 弾道ミサイルについては、1980年代中期に、ソ連などがイラク、北朝鮮、アフガニスタンなど多数の国・地域にスカッドBを輸出したほか、中国の東風3号(CSS-2)、北朝鮮のスカッド系列ミサイルの輸出などを通じて、02年時点で46の国家が保有するに至っている。更に一部の国では、より長射程のミサイル生産・開発を行っている。現在でも北朝鮮によるパキスタンや中東、東アフリカ方面への弾道ミサイルの拡散や中国における弾道ミサイルの近代化や増強が続いている。
 21世紀において、当地域における、これらの大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散に歯止めを掛けるための有効なレジームやシステムは見つかっておらず、米国や日本は弾道ミサイル防衛システムの導入や生物・化学兵器対策の強化に乗り出した所である。また、一体地域では、大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散は主としてSLOCを経由し、また関係者の移動は主として空路を経由すると目されることから、03年9月からは、国際的な陸海空路での臨検体制を強化する一環としての、日米豪など11カ国による拡散阻止構想(Proliferation Security Initiative)を拠所として、海軍・海上保安当局合同による海上臨検訓練や空軍間の阻止訓練が開始されている。
 
イ 国際テロ組織による無差別テロの拡大
 9.11テロを契機に、米国を始めとする各国は、対テロの国際的連携を形成し、全ての国際テロ組織を壊滅させるべく長期にわたるテロとの困難な闘いを行っている。しかしこういった努力にも関わらず、国際テロ組織は、なお世界各地にその網を巡らせ、テロ攻撃が拡大する危険は減じていない。
 一体地域でも同様の危険が顕在化しており、02年12月にインドネシアのバリ島で発生した爆弾テロ事件は、東南アジア全体にネットワークを持ち、アル・カーイダとの関係を指摘されるイスラム過激派、ジュマ・イスラミーヤ(JI)による犯行と断定された。
 また、一体地域に隣接する「アフリカの角」と呼ばれる地域や中東周辺では、国際テロ組織の活発な活動が見られ、アラビア海では、国際テロ組織壊滅のための日本を含む多国籍軍による海上阻止活動が続けられている。更に、モスクワでのチェチェン武装勢力による劇場占拠事件や、英国市街地での生物兵器の発見など、国際テロ組織によるテロ攻撃は、どの国にも及ぶ危険性があることを示している。
 このようなテロとの共闘が米国を中心として世界各地で行なわれているが、一体地域内でも、比の国際テロ組織アブサヤフ掃討のため、昨年に続き本年も、米比共同演習「バリカタン03-1」が実施される予定である。また前述のように、02年4月から9月に掛けては、マラッカ海峡を通峡する米海軍艦船に対する米印海軍による共同パトロールが行われている。
 また02年には、ASEANと米国の間では、対テロ宣言が調印された。
 
ウ 地域軍事バランスを崩す中国の軍事力の強化
 1990年代に入り、空前の経済成長を背景に拡大傾向を見せていた一体地域諸国の国防費は、97年のアジア通貨危機に起因する自国通貨下落と財政悪化により多くの国で縮小し、装備調達や訓練実施に大きな影響を与えた。99年に入り一体地域諸国自身は概ね危機が峠を越したとの認識を持つようになったと思われるが、各国の国防予算や軍事力整備の動向は、経済危機の影響をどれだけ受けたかによって大きく異なるのが実態である。
 一体地域全域を見ると、元々の経済力に差があった所に経済危機の影響が加わって、当面、域内諸国の軍事力格差は拡大していく可能性がある。特に海空軍事力の増強、近代化を推進しているシンガポール、マレーシアなど一部の東南アジア諸国やロシアからの空母導入が具体化されつつあるインドが突出してくると思われる。周辺国はこれらを喫緊の脅威とはみなしていないものの、通貨、金融危機後は、域内での政治的不協が目立つようになってきており、今後域内の軍事バランスの急激な変化が、政治的問題に発展する恐れが無いとは言えない。
 それ以上に一体地域において軍事力の強化が急速に進み、周辺国に不安を投げ掛けているのは中国である。中国は、人民解放軍を社会主義建設の重要な力であり、経済建設と国家の長期的安定の重要な保障であると位置付けている。特に、現代戦の必要に応じるための体質改善を進め、戦闘力を強化し、国の領土・領空・領海(宇宙)の主権と海洋の権益防衛、国家の統一と安全の防護という使命を遂行することに力点を置くことを明言している。そして戦闘力強化のため、軍の再編改革と科学技術力による装備の近代化に重点を置き、このため国防費は、1989年以降10%以上の伸び率で増加しており、2000年代に入ってからも、年率9.6〜17.6%(公表ベース)台での増加ペースは止まっていない。
 将来の中国の軍近代化を含む軍備増強についての評価には、二つの見方がある。一つは、近年の国防費増加、海・空軍を中心とする軍の急速な近代化、中国製兵器の移転・拡散、主としてロシアからの最新兵器の購入、南シナ海など周辺海域へのアグレッシブな進出などは、明らかに一体地域の諸国にとっての脅威となり、今後もこの傾向が増大していくとする見方である。もう一つは、国防費増は、インフレ率を加味すると大したものではなく、現在の中国軍の装備の後進性から見て、近代化の達成は極めて困難であり、軍備増強との指摘は当たらず、当面周辺諸国への脅威とはならないとする見方である。しかし、中国が様々な言い訳をしているにも関わらず、大多数の地域諸国は、これを間違いなく軍備増強と認識している。
 何れにせよ、印亜・西太平洋一体地域の諸国にあるコンセンサスとしては、中国の軍事力は、台湾を除けば、現在直ちに地域にとっての重大かつ深刻な脅威を与えてはいないが、中国の経済発展がこのまま進み、中国が海・空軍を中心とする軍事力の近代化に積極的に投資し、周辺海域におけるパワープロジェクション能力を向上させると、近い将来には、地域における深刻な脅威となり得るというものである。また、中国の軍事力についての地域共通の懸念は、その意図や軍事力の動向が不透明なことにある。
 中国が近い将来に採る可能性のある軍事動向への、一体地域諸国の懸念としては、米国との対決も辞さない台湾への軍事行動、台湾以外の周辺諸国や周辺地域との紛争への直接軍事行動、国内や周辺地域に生じる不安定性抑制のために採る軍事行動、軍事力を背景として地域諸国に対し大きな潜在的脅威を与えるような恫喝的行動、などが挙げられるが、多くの場合、「海洋航行の自由」や「海上諸活動の自由」の阻害に直結することとなろう。こうした中、03年10月に上海沖で実施された中パ海軍合同演習(中国海軍としては初の他国との行動訓練)などの動きが注目されている。
 
エ 冷戦の残滓として厳しい対峙の続く朝鮮半島情勢と不透明な台湾問題の趨勢
 朝鮮半島問題については、2000年6月の南北首脳会談の結果、両首脳により南北共同宣言が署名され、「連邦(連合制)」の方向での統一問題の自主的解決、離散家族問題解決や経済協力、文化交流などについて合意した。そして、これらの実践のための当局間の対話を通じ、更に対話を進展させ、朝鮮半島の緊張緩和の方向に向かうことが期待された。しかし同時に、南北間の対話の進展が、朝鮮半島における軍事的対時の緩和にどのように結びついていくのか、また、北朝鮮の核開発疑惑や弾道ミサイル開発問題などの解決にどのように結びついていくのか、その不透明性が強く懸念されていた。
 結果的に、首脳会談後の当局間対話は進展を見せないまま、北朝鮮は依然として、DMZ沿いに膨大な軍事力を貼り付けているだけでなく、訓練を強化し、更に弾道ミサイルや大量破壊兵器の開発、生産、輸出を継続するなど、一方的な瀬戸際外交を展開してきた。
 米国は機会ある毎に、北朝鮮の弾道ミサイルや大量破壊兵器に関する懸念を表明しているが、02年10月ケリー国務次官補が訪朝し、この際北朝鮮が核兵器用ウラン濃縮計画を認めたと発表した。そして米国は、検証可能な形での核兵器計画の撤廃を求めたが北朝鮮は応じず、米国との不可侵条約締結を求める一方、NPTからの脱退を再び宣言した。米国は北朝鮮を攻撃する意思のないことを示す一方、交渉に際し何らかの見返りを与える意思の無いことを表明するとともに、北朝鮮の核問題は、米朝2国間の問題ではなく国際的な問題であるとして、中国やロシアを本問題に引き込み、日米韓に加えた6者協議の開催にこぎつけた。しかし、現時点での6者協議の行く末は不透明であり、第2回目の会合の開催すらも見通しが立っていない状況にあり、関係国は引き続き、北朝鮮独特の瀬戸際外交に基づく突発的な挑発行動への対応を含め、同国への硬軟両様の構えを崩していない。今後の協議の経過によっては、前述した大量破壊兵器阻止構想に基づく合同海上臨検訓練などが、政治的意味合いを含めて、朝鮮半島近隣の海域で実施される可能性も生じてこよう。
 一方、台湾海峡問題については、1999年7月台湾の李登輝総統の「台湾と中国とは特殊な国と国との関係」という発言に猛反発した中国政府は、2000年3月の台湾総統選挙を牽制する意味で、その直前の2月、「一つの中国の原則と台湾問題」と題する台湾白書を発表し、中国が台湾に対して武力行使を行う場合として、(1)台湾が独立宣言した場合、(2)外国が台湾を侵略・占領した場合、(3)台湾が交渉による統一を無期限に拒否した場合、の3つのケースを示すなどして政治的圧力を掛けた。
 中国は、1995年7月に李登輝総統の訪米に反応し、また96年3月には総統直接選挙に合わせて、台湾周辺海域に向けて弾道ミサイルの発射を行い、周辺一帯のSLOCに重大な影響を与えたが、このように機会ある毎に台湾に軍事的、政治的圧力を掛けてきており、今後中台の経済的な協調関係は進んで行くものの、中国側の政治、軍事面での台湾への態度に基本的変化はあるまい。
 これに対し、2000年2月の総統選で当選した陳総統は、現在までの所、一国二制度を採らないと繰り返し延べる等、出来るだけ中国を刺激することを避けているが、台湾内にはややこういった態度に不満を示す動きなども見えている。一方陳総統の不用意な言動が、台中貿易関係に悪影響を及ぼしているとの台湾国内経済サイドからの揺さぶりなどもあり、2004年3月の大統領選挙に向け、陳総統が憲法改正や国名変更などについての何らかの決断を見せるか注目が集まっている。
 米国ブッシュ政権は、「台湾関係法」を堅持するとの姿勢を明確にしており、01年には同法に基づき、キッド級駆逐艦4隻、ディーゼル型潜水艦8隻、哨戒機(P-3C)12機など、近代的海空戦力を含む売却可能な武器のリストを台湾に提示した。
 中台の軍事力については単なる量的比較だけではなく、運用態勢、要員の練度、後方支援体制など、様々な要素から判断されるべきものであるが、一般的特徴は、次のように考えられる。今後は間違いなく、海・空戦力整備の成否が、軍事力全体の優劣を決定付ける鍵となるであろう。
(1)陸軍戦力については、中国が圧倒的な兵力を有しているが、台湾本島への着上陸侵攻能力は限定的である。
(2)海・空戦力については、中国が量的には圧倒しているが、質では台湾が優位である。
(3)弾道ミサイル戦力については、中国は台湾を射程に収める短距離弾道ミサイルを多数保有しているが、台湾は攻撃、防衛能力とも極めて限定的である。
 
オ 歴史に根ざす領土、宗教、民族問題
 印亜・西太平洋一体地域には、この地域の独特の歴史に根ざす領土、宗教、民族問題が複雑に絡み合い紛争の潜在要因となっている。現実に冷戦終了後、幾つかの問題が顕在化している。この中でも、島嶼を巡る領土問題については、後述の海洋権益とも深く関係するため、現時点においても、また、将来においても国家間の直接の武力紛争に結びつく問題となっている。従って、ここでは、特に地域の安定に重大な影響を及ぼす可能性が最も高い島嶼を巡る領土問題について述べて行くこととしたい。
 周知のようにわが国自身も、北方4島(ロシア)、竹島(韓国)及び尖閣列島(中国、台湾)という領有権問題を抱えているが、関係国が多岐にわたり、現実に衝突が繰り返されているという意味で、一体地域の島嶼を巡る領土紛争で筆頭に挙げられるのは、南沙諸島の領有権を巡る紛争である。本問題の原点は、1951年のサンフランシスコ講和会議の結果、それまで実効支配していた日本が領有権を放棄したが、その帰属先が明らかにされていなかったことに遡る。漁業資源が豊富であることから、当初は中国(台湾)やフィリピン、ベトナムが領有権を主張したが、80年代に入って、海底の鉱物資源の存在が明らかになると、マレーシアとブルネイが領有権を主張した。現在、中国、台湾、ベトナムがその全部の、マレーシア、フィリピン、ブルネイが一部の領有権を主張している。
 80年代後半から中国の動きが活発となり、88年にはベトナムとの間で武力衝突を起こしたが、冷戦終結後、米ソ(露)のプレゼンスの低下に呼応し、益々海洋における活動範囲を拡大する動きを見せ、主としてASEAN諸国などと領有権について争いのある南沙・西沙諸島における活動拠点を強化していった。92年には、わが国固有の領土である尖閣諸島のほか、南沙・西沙諸島などを中国領と明記した領海法を公布し、95年にはミスチーフ環礁を巡ってフィリピンとの間で武力衝突の危険が高まった。
 以後軍事的な対立は沈静化していたが、中国は97年には領土、領海、領空の安全の防衛と並んで海洋権益の擁護を明記した国防法を制定した。99年に入ってからは、各国が実効支配を拡大する動きが進み、紛争が再度表面化する恐れが生じたため、当事国の2国間、多国間による対話での協議が行われる一方、ARF等でも度々協議され、その間各国による実効支配確立の動きも進んだ。そして02年11月、中国とASEANの間で、「南シナ海における関係国の行動に関する宣言」が署名され、本問題についての一応の沈静化を見たが、南沙諸島をはじめとする南シナ海では、依然として各国の利害が対立しており、99年に始まったASEAN・中国間の「南シナ海の地域行動規範」の策定作業は難航している状況にある。
 一方、アンダマン海では、98年に続き、99年1月タイとミャンマーの海軍艦艇が交戦し、死傷者が出る事件があった。海上国境が不明確なこの水域では、両国漁船による不法な越境操業が後を絶たず、取締りに当たっている相手国海軍艦艇からの発砲を受けることが多い。不法操業は南シナ海などでも増加しており、主権の範囲が不明確な海域での漁船の取締りを巡る紛争が軍事的な衝突に発展する可能性も捨てきれない。
 またインドは、中国がミャンマーのココ島やパキスタンのグワダル港に進出してきたことを強く警戒し、アンダマン海のニコバル諸島を基地とする海空兵力め強化を行っている。
 
カ 海洋権益を巡る対立構造
 冷戦後、一体地域諸国の軍事力整備を概括すると、各国とも陸軍と比べて相対的に遅れていた海空軍力の近代化に重点が置かれたことに特徴がある。通貨危機後の各国の軍事力整備状況に共通している点は、群島水域、南シナ海、東シナ海、アンダマン海、ベンガル湾などでの海洋権益の保護と、諸国の経済発展にとって共通の生命線となる域内を貫流するSLOCの安全確保を念頭に、海上作戦能力の向上を図ろうと言う意図である。中でも中国は、海空軍の充実、強化を進めており、南シナ海や東シナ海での海洋権益の確保を実効化させるための兵力整備や運用能力向上に懸命である。
 今後の印亜・西太平洋一体地域の経済力の急速な伸長が、各国のこういった意図を現実のものとするにつれ、各国間の海洋権益を巡る衝突の可能性が増して行くことは看過できるものではない。取り分け、印亜・西太平洋一体地域では海洋の占める地政学的な重要性から見て、今後、海洋における不安定要因が、当事国のみならず、地域社会全体の生存と繁栄に決定的かつ重大な影響を及ぼすのは必至となる。言葉を換えれば、冷戦の終結に伴い、海洋権益を巡る対立構造が、一体地域の安全保障に対する最大の不安定要因として浮上してきたとも言え、その兆候は、既に南シナ海やアンダマン海、そして東シナ海を中心に現れていることは衆目の一致するところである。
 然しながら、本問題について協議する有効な枠組みは、事実上当地域には存在せず、専ら2国間または多国間の当事国の対話のみに委ねられているのが現状であり、地域の安全保障にとって、非常に暗い影を投げ掛けている。
 わが国の近海でも、主としてわが国の排他的経済水域において、近年、中国の海洋調査船により、海洋調査とみられる活動が活発に行われている。この問題に関連し、01年2月、日中双方が東シナ海における相手国近海(領海を除く。)で行う海洋の科学的調査活動に関し、「海洋調査活動の相互事前通報の枠組み」が成立したものの、その後、同枠組に基づく通報に違反する中国の海洋調査船による活動が見られている。
 また、わが国の近海における中国の海軍艦艇の行動も活発であり、99年は27隻、00年は15隻、01年は8隻の行動を確認した。一方、情報収集活動や海洋調査活動を行っていると考えられる海軍艦艇も視認されており、00年5月には、海軍の砕氷艦兼情報収集艦「海氷723」がわが国を周回し、その間、対馬海峡及び津軽海峡では反復行動を行っていたことが確認された。更に、00年7月にはミサイル観測支援艦兼情報収集艦「東調232」、01年7月及び11月には、「海氷723」がわが国南西諸島東方の広大な海域において、複数の経線及び緯線に沿った航進・停止及び測定器とみられる機器の海中投入・揚収を繰り返すなどの活動を各々約20日かけて行った。同艦は、海軍の同海域における活動の際に必要な基礎的データの蓄積のための調査・情報収集活動を行っていた可能性が高いと考えられる。こういった行動は現在まで散発的に続いており、日本側からの外交ルートを通じての抗議や中止要請に対し、中国側からの誠意ある対応は見られない。
 
キ 国際化、組織化された海賊等
 国際商業会議所の国際海事局(IMB)のまとめによると、世界的に見ても海賊被害件数は90年代後半から急増し、特に地域的には東南アジア海域が最も多く、ほぼ半数はマラッカ・シンガポール海峡、マレーシア周辺、インドネシア群島水域及びフィリピン周辺海域で発生している。これら海賊の特徴は、国際化、組織化されていることであり、装備は充実し、手口は巧妙となっている。
 近年のアジアの海賊については、地域の経済発展がもたらした海上交通量の増大、貧富の差の拡大が大きな要因となっており、貧困層がマフィアなどの暴力組織と繋がって海賊行為を始めたものが、経済危機や国内治安の悪化などから海上警備が手薄になったことに伴いエスカレートし、最近では海軍や海上警察に属するものまでが海賊行為を働き、地方当局がそれを黙認する場合さえあると言われている。一方反政府組織が実施している場合もあり、例えばタミル・タイガーズは資金源としていると言われている。今後は、国際テロリストとの結びつきについても警戒する必要がある。
 マラッカ・シンガポール海峡やインドネシア群島水域は、海上交通の要衝であるが、相対的に海上警備、防衛力のプレゼンスが希薄で、それが海賊行為を容易にしている面がある。これら海域での海賊対処の取組みは、90年代になってからシンガポール、マレーシア、インドネシアの3カ国が、それぞれの領海内にある海峡部でのパトロールを強化すると共に、インドネシアとシンガポール間では情報交換ホットラインを設定し、インドネシアとマレーシア間ではマラッカ海峡統合パトロールのための海上作戦計画立案チームを編成している。この結果、マラッカ・シンガポール海峡での発生件数は減少傾向にあるが、逆にインドネシアの群島水域で多発することとなった。組織化された海賊は警備の手薄になった海域に移動するだけであり、3国の兵力だけでは、これらの海域の実効的な警備は期待できない。
 また、これら海域では、海賊のみならず、組織化されたマフィアなどによる海上を舞台とした麻薬や人身売買等の不法行為も盛んに行われていると言われており、これに対する警備の問題が、海賊同様に地域共通の課題となっている。
 日本は、小渕元首相の提唱により2000年4月に東京で「海賊対策国際会議」を開催して以来、森前首相、小泉現首相と引き続き本問題解決に向けての国際的取組みのイニシアティブを取っており、累次に亘る国際協議の主催や巡視船の派遣などを実施した。







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