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3 「海洋の自由」の追求・・・SLOCにおける包括的な安全保障の確保に向けて
(1)全般
ア 将来の安全保障上の課題
 一体地域における経済成長は、90年代後半の通貨危機の時期を除き一貫して右上がりの傾向を示している。今なお、通貨危機の影響は東南アジアや南西アジアの各国に残るとは言うものの、これら諸国も、今後堅調に成長を続けていくことは疑いない。ここで今後問題となるのは、これらの諸国や中国など、域内で急速な経済成長期にある国が、必ず直面する課題、即ち、経済成長を維持し続けるためのエネルギーや資源の確保、経済成長の結果として得られる経済的ゆとりから生じる人口の急激な増加と食糧の確保、更に経済成長の過程や結果から生じる地球環境への影響への対策などである。これらの諸課題に既に対策を講じている先進諸国においてさえ、新たな国々の参画をも包含した新たな有効な対策をとる必要が生じる。
 こういった課題を巡り、各国が足並みを揃えて必要な対策を採っていけば問題は生じないが、現実問題として、これらの課題への取組みは、政治的にも、技術的にも生易しいものではない。むしろ各国は、自らの国益を第1に考え、そのための必要な措置を採ることに腐心するであろう。ここで周辺諸国や地域全体との新たな衝突が起こり、安全保障上の不安定な状況を生み出す恐れが生じる。特に前述のように域内の海洋を巡っては、エネルギー、資源、食糧の確保や、地球環境への影響と言った課題に対し、多くの期待が寄せられる一方、各国の思惑が錯綜する舞台であることから、「海洋の利用」を巡っての、早急な地域のコンセンサス作りが求められる所以である。
 
イ 印亜・西太平洋一体地域における安全保障の枠組み
 東アジア・西太平洋地域を包括する多国間の政治・安全保障対話の努力としては、例えばARFが存在するが、内政不干渉を柱の一つに据えるASEANは、ARFの内外を問わず、安全保障分野における自発的な多国間協力の範囲を越える問題への関与には非常に慎重であった。しかし、94年以降になると、毎年ARFの閣僚会合が開催され、00年からは北朝鮮が閣僚会合に参加するなど、当初の17国・地域から現在は23国・地域まで発展してきた。03年には、ARFプロセスを高次のレベルの「予防外交」へ進めることの重要性が協調され、また、中国から「ARF安全保障政策会議」の開催提案がなされるなど、ARFの活動強化の動きが見られる。
 何れにせよ、新たな多国間安全保障の枠組みの必要性も今後の課題となっており、03年5月にはシンガポールで民間研究所主催による「アジア安全保障会議」が開催されたが、印亜・西太平洋一体地域を包括する多国間の安全保障の枠組みは現存していない。特に、北東アジアは大国が集中しており、冷戦期間中は東西対立の最前線であったという歴史的経緯に加え、前述のように現在も南北朝鮮問題及び中台関係を抱え、安全保障環境は極めて不安定かつ不透明である。このため各国は自立的な安全保障政策を追求しており、その微妙なバランス関係を保つ作用を担い、事実上、地域の安定に大きな役割を果たしてきたのが、米国を中心とする日米、米韓のような強固な2国間軍事同盟を根拠とした米国の軍事的プレゼンスであったと言える。
 一体地域における安全保障の枠組みが、今後果たしてどうなっていくかについては様々な議論のあるところであるが、当地域の特徴を捉えた二つの考えがあると思われる。その一つは、例えばARFを発展させて北東アジアや南西アジアを含む、軍事力の行使を前提としないが、何がしかの強制力を持つ「協調的な」多国間安全保障の枠組みを創出し、軍事力の行使を対処手段に含む、米国中心の2国間軍事同盟と併存させるという考え方であり、他の一つは、冷戦構造が終結した以上、段階的に2国間同盟を解消し、又は同盟関係を緩和し、米国を含む多国間の地域を包括した一定の強制力を持つ「拘束的な」安全保障構造を創出するというものである。
 現実問題として後者は理想像的な考えであって、実現性には乏しく将来の望ましい姿としてしか意味を持っていない。現実的には、前者を追求していくこととなろうが、その場合であっても様々なアプローチが考えられる。そういう中で、ARFは現在の「協調」第1主義を脱し、ある程度の「強制」姿勢を採れるのか、米国を中心とする2国間軍事同盟との役割分担をどのようにしていくかといった問題が、将来の主たる課題となろう。
 何れにしろ、既に述べたように、今後、印亜・西太平洋一体地域においては、「海洋の自由」を巡る問題が、様々な形で顕在化するものと思われる。そして明らかにこれらの問題は、地域における安全保障を不安定化させる要因を潜在的に有している。従って、地域的にこれらの問題を常続的に協議し、必要となれば強制的措置をも辞さない権限を持った、地域を包括する多国間機関を創出していく必要が、早晩生じて来ると思われる。
 
(2)「海洋の自由」を巡る地域協調・・・「海洋協調」の実現と主要海洋プレーヤーの役割
ア 一体地域の「海洋の自由」の確保に向けた日本の責任
 21世紀における日本の長期的国家目標は次の言葉に要約できよう。即ち、日本的アイデンティティーをもって自国の安全保障や経済的繁栄を確保しつつ、世界や地域の安全保障や繁栄にとって掛け替えのない存在として、あらゆる側面において国力に相応しい責任を持つ国となること」にある。
 日本が、この目標を達成するためには、幾つかの課題を乗り越える必要がある。それらは、自民党や民主党のいわゆるマニフェストに記述されているとおりであるが、例えば、主要課題を列挙すれば、財政改革(国家財政基盤の適正化と安定的な景気の維持)、産業構造改革(IT革命)、教育改革(国家観、道徳観)、主体的かつ戦略的な外交政策遂行、憲法改革(国防軍の認知、集団的自衛権の行使)などとなろう。
 日本がこれらの課題を乗り越え、長期的国家目標を達成する手法としては、様々なアプローチが考えられようが、その前に、幾つかの前提条件が満足される必要がある。例えば、競争的であるが安定した政治構造を基盤とした強力な政治的リーダーシップの存在、国際社会において影響力を持つ国家としての責務の自覚、地域全体の安全保障確保の努力に向けた主体的かつ具体的な貢献への意欲、などがわが国として具備すべき前提条件となろう。
 そして、最後の条件として挙げた具体的貢献に関して言えば、本稿の主題となっている、一体地域を貫流する信頼性の高いSLOC及び安定的な資源供給源である海洋の安全保障という2つの重要な意味を持ち、地域及び我が国の共存的発展に必須不可欠となる「海洋の自由」の確保に向け、日本が如何に責任を果たし得るかが重要となって来るのである。
 
イ 一体地域の「海洋協調」に果たすべき日本の役割と米海軍力のプレゼンス
 地域の「海洋の自由」は、一国の努力のみによって為し得るものではない。地域内各国(SLOCについては隣接地域を含む)の相互理解と協力によってのみ完遂できるものである。その為には、地域の「海洋の自由」から齋される、地域全体への恩恵についての価値観を各国が共有することから始める必要がある。このことは、固より簡単ではないが、地域全体と個々の国家の将来を洞察する時、その必要性についての認識を共有することは不可能ではあるまい。国連海洋法条約も、1973年の第3回海洋法会議以来、9年間の議論の末、漸く1982年に採択され、更に12年掛かって1994年に発効したではないか。
 この場合、日本は一体地域において、我慢強く、かつ力強くイニシアティブを採って行く必要がある。何故なら、日本は地域内にあっても、その存立や繁栄の基盤を、「海洋の自由」に最も依存している国であるからである。そしてまた地域各国も、全てとは言わないまでも、何らかの形で日本との海洋を紐帯とした相互依存関係から多大の恩恵を得ているからである。当然の事ながら日本は地政学的に見て、一体地域を貫流するSLOCの安全確保にとって重要な位置を占めている。
 日本はまた国連安全保障理事会の常任理事国入りも間近く、そうなれば安全保障面での当地域の意向を国連の場で発揮できるようになる。既にG7(8)等では、唯一のアジア代表として政治、経済、安全保障の各分野で「代議員」としての一定の役割を示している。即ち、日本が、本問題に関し地域でのイニシアティブを採っていく素地は既にあるのである。
 「海洋の自由」は、畢竟、安全保障問題となる。従って、「海洋航行の自由」も「海上諸活動の自由」も、何れも最終的には安全保障の問題として認識し、その為の各国の対応が必要となってくる。しかし前述のように、一体地域では、見通し得る将来において、いわゆる「拘束的」形式での枠組みを創出することは難しい。従って、当面の措置としては、当地域での特徴となっているARF的な「協調的」構造による「有志連合」的な「海洋の自由」協議体の創出から始めて、次第に一体地域の全ての当事国が参加する実効的な対話に至る、といったプロセスで進めていくべきであろう。
 この場では、政治色を極力排して、経済的な問題や国際テロ、海賊対策など共通の安全保障上の課題から始めてコンセンサスを得、次いで、如何なる形式によれば、コンセンサスを遵守できるのかといった、各国に一定「義務」を課すためのアプローチが必要となろう。日本はこの過程で、他の有志連合諸国に対してイニシアティブを採って、一体地域の「海洋協調」を形成していくことが必要であると考える。
 なお、こういった試みには、当然のことながら、常に米国との関係を考慮しておく必要がある。好むと好まざるとに関わらず、米軍のプレゼンスにより、一体地域の安定が保たれてきたのは事実であり、特に「海洋の自由」は、地域における米国の圧倒的な海軍力のプレゼンスと切っても切り離せない関係にある。米軍の改革(Transformation)の一環として、目下、一体地域における前方展開部隊の再編成が取り沙汰されているが、少なくとも予見し得る将来、当地域における米海軍力のプレゼンスの意義に基本的な変化は生じないであろう。
 逆に、一体地域での「海洋の自由」、中でも「海洋航行の自由」という理念が何とか確保され続けてきたからこそ、米海軍のプレゼンスが維持されてきたとも言える訳であり、今後ともその重要性は増すことはあっても減ることはない。何れにせよ、この種の問題について、米海軍力のプレゼンスを考慮しない議論は、無意味であることを十分認識しておく必要がある。
 
ウ インドに期待する一体地域の海洋協調の役割
 10億人を超える人口、広大な国土を持つインドは、一体地域を貫流するSLOCの安全確保にとって地政学的に重要な位置に存在しており、南西アジア地域で大きな影響力を有している。また、近年の情報通信技術(IT: Information Technology)分野の発展もあって国際経済上の地位を高めている。
 インドは、国家安全保障の目標として、自国の防衛、国民の生命・財産の保護のほか、大量破壊兵器の脅威に対する最小限の抑止力の保持などを掲げている。核政策については、インド国防報告によれば、インドは最低限の信頼性ある核抑止力と核の先制不使用政策を維持するとしており、また、核実験モラトリアム(一時休止)を継続するとしている。
 インド海軍は、2個艦隊約150隻、約33万6,000トンの規模を有しており、現在、空母1隻(ヴィラート(旧ハーミス):2010年退役予定)を保有しているが、新たに国産空母1隻の建造計画を進めるとともに、ロシアから、退役空母アドミラル・ゴルシコフ(旧バクー)の改修後の導入なども取り沙汰されている。また、中国の海軍増強の動きがインド洋にも及んでいるとして、インド海軍の改編が行なわれ、98年45月にはアンダマン・ニコバル諸島に海軍極東軍管区が設置された。01年5月には、新たな国家安全保障体制について提言がなされ、これに基づき、インド初の陸・海・空3軍を統轄する統合部隊(アンダマン・ニコバル・コマンド)が創設され、また、国防参謀長制度や情報組織が新設された。
 インドは、パキスタンとの間でカシミールの帰属問題などをめぐり、3次にわたる大規模な武力紛争などを経ており、現在も対立関係にある。
 一方、中国との間では国境問題を抱え、中国の核及び弾道ミサイルに警戒感を示してはいるものの、関係改善に努めている。00年5月にナラヤナン大統領が訪中したほか、01年1月には、李鵬全人代常務委員長がインドを訪問してバジパイ首相と会談し、また、02年1月には朱鎔基首相がインドを訪問した。更に、03年はフェルナンデス国防相の訪中に続き、6月末にバジパイ首相がインドの首相としては10年ぶりに訪中し、温家宝首相との間で、両国間の軍事交流の拡大を含む「二国関係及び包括的協力に関する宣言」に署名するなど、両国関係が進展しており、近く中印海軍間の捜索救難訓練も計画されている。
 従来から友好関係にあったロシアとの間では、00年10月、「戦略的パートナーシップ宣言」に調印して両国関係を強化している。02年12月には、「戦略的パートナーシップの一層の強化に関するデリー共同宣言」が調印され、戦略的協力関係の再確認が行われるとともに、03年1月にはフェルナンデス国防相がロシアを訪問した。
 また、98年の核実験後冷却化していた米国との関係は、ブッシュ政権成立後、進展を見せており、米国による対インド経済制裁解除などを経て、01年11月、バジパイ首相が訪米した際の米印共同宣言で、両国関係を質的に変化させていくことが確認され、02年5月には米印防衛政策グループ(DPG)を設置、両国海軍、空軍間の合同訓練を始め、安全保障の分野での継続的な協力関係の進展が図られてきたが、03年8月には、ミサイル防衛(MD)協力に関する共同声明が発出されるに至っている。
 02年4月から9月に掛けて、マラッカ海峡において米印海軍による共同パトロールが行われた他、9月末から10月初旬に掛けては米印海軍合同演習がインドにおいて行われた。また、9月末から10月初旬に掛けて米印合同軍事演習が米国アラスカで行われるなど軍事交流が活発化している。
 日印関係は、歴史的に友好な関係にあり、1998年のインドの核実験により一次冷却化したが、インドの戦略的重要性やその潜在的パワーを考慮し、わが国はインドとの関係を改善強化する方向で政策が進められている。2001年8月の森前総理訪印の際には、日印首脳間で「21世紀における日印グローバル・パートナーシップ」を構築することに合意し、01年12月のバジパイ・小泉会談では、「日印共同宣言」を発出している。同宣言では、防衛分野での協力関係を強化することでも合意し、国際海上交通の安全確保における協力の重要性を認識し、海賊の取締りや、捜索・救助活動等における海上警備機関および関係当局間の協力の重要性を確認している。
 最近においては、03年5月の日印防衛首脳会談において、インド側からインド洋におけるシーレーンの安全確保のための相互協力の申し出があり、海賊対処等のための日印海軍間での共同訓練の実施を始め、両国艦艇の相互訪問、人的交流、留学生派遣などが提案された。なお日印の保安当局はベンガル湾において、共同訓練を行っている。
 日印関係において、「海洋の自由」の確保を巡っては、特に対立点のある要素もなく、また、一体地域における「海洋の自由」確保のためのパートナーとして、相応の対手であると考えられる。特に中国の海洋への進出に警戒心を持っている点においては、両国に共通点があり、一体地域を貫流するSLOCにおける経済上、軍事上の海上輸送の安全確保は、両国にとって極めて重要な意味を持つ。また、両国の排他的経済水域などにおける「海上諸活動の自由」の確保は、両国の経済活動にとって相互的な恩恵を齋すものである。
 インドが最近米国との関係を改善、強化していることは、「海洋の自由」の確保に関し、日印関係を強化する上で好材料となるであろう。何れにせよ、一体地域のSLOCの安全保障は、日印両国のみの努力では不可能であるが、その一方、米国、取り分け米海軍との協調なくしてはありえない。
 他方、歴史的にインドの進出に警戒心を持つASEAN諸国や、最近米国の影響から脱し、安全保障面で独自色を打ち出そうとしている韓国に対しては、大量破壊兵器の海上監視や国際テロや海賊への地域協同の取組みとして説得すれば、反対する根拠を見つけることは難しく、むしろ日米印を中心とする「海洋協調」のための有志連合への積極的参加が期待できよう。中国やロシアは、米国が中心となることへの強い警戒心を見せるであろうが、「国際テロに対する国際的な協同の取組み」という殺し文句は、この場合も有効に作用するであろう。
 
(2)地域「海洋協調」による海上交通の安全確保
ア 平素における海洋協調・・・海上治安維持・人道的措置での協調
 先に論じたように、主として東南アジアの主要なSLOCを扼する海峡部や群島海域においては、国際テロリストや組織化された海賊などが跋扈しており、平素からの脅威となっている。本問題は、沿岸当事国だけの問題ではなく、一体地域を貫流するSLOCの恩恵に与っている地域内の全ての国家にとっての問題である。また、これら国際テロリストはもちろんのこと、海賊などでさえ国際的な犯罪シンジケートやテロリストなどと暗部で繋がっていると見られており、これへの対応には地域的な協力が不可欠である。即ち、本問題は地域全体や当事国の安全保障上の問題にも繋がるものであり、平素から地域各国が共通の認識を持って、協力、連携した対策をとっていく必要がある。この為の、地域的多国間の枠組みをまず創出する必要がある。
 日本は海賊問題に関し、小渕元総理の強い願望もあって、地域でのイニシアティブを採っている所ではあるが、本問題は領海主権などが絡み、各国の対応にも微妙な温度差があるのが実態である。またわが国では、本問題に関し、現実的には海上保安庁のみの対応となっており、各国海軍との関係など微妙な問題については、十分に対応出来ない。本来ならば、この種の問題には、わが国を含む全ての関係国の海軍、海上保安当局を挙って対応すべきである。
 そういった雰囲気を醸成するためには、海賊対策に留まらず、より広く平素における「海洋航行の自由」の確保という見地から、地域各国の参加を呼び掛けるのが適当ではないか。即ち、海賊を含む海上治安維持問題に加え、海難救助や大規模自然災害への対応、国内治安悪化時における外国人の避難等の人道的問題をも総合的に協議する地域的な「海洋協調」の場を設定し、その場で各種問題への対処具体策を検討し、逐次実行に移していくという考えである。
 このためのアプローチとしては、大別して2つが考えられる。1つは、ARFにおいて、まずARF地域全体での海上治安維持、人道的措置への取組みの必要性について参加国のコンセンサスを得た後、徐々にARF地域での「海洋協調」を具体化し、最終的に一体地域全体へと拡大していくプロセスである。この場合、現時点でのARF地域のコンセンサス作り自体に困難が予想され、増して一体地域全体への拡大を前提とするとなれば、更なる困難も予想される。もう1つのアプローチは、現時点でも比較的コンセンサス作りが容易で、実行力に富む日米印3カ国による具体的取組みを先行させ、逐次、参加国の輪を拡大していくというプロセスである。即ち、まず日米印の3カ国の内、日印、米印、日米の2国間で協議や具体的行動を始め、次いで日米印3カ国での「海洋協調」のための常設協議体を設置し、刺激の少ない公海上などで現実の行動を起こした後は、逐次、マラッカ海峡での国際テロや海賊対処、北朝鮮やイラン問題に関係付けた大量破壊兵器拡散阻止のためのPSIといった形で、目米印+一体地域各国の多国間に発展させていくというアプローチである。最終的には、ARFを発展させた一体地域安全保障協議体の常設下部機構として位置付けていくことが望ましい。
 わが国における集団的自衛権の解釈などの課題はあるものの、昨今の日本を巡る安全保障環境への日本政府の柔軟化した対応振りを考えれば、具体的行動を速やかに取る事が可能であるという見地からして、現実的には、後者の選択が適当であろう。
 
イ 緊急事態(有事)における海洋協調・・・軍事面での協調
 「海洋航行の自由」に関する緊急事態における海洋協調は、平素における海洋協調よりも、実現は困難かも知れない。しかし、緊急事態に備えた「海洋協調」の枠組み作りは、当地域全体の安全保障にとってより重要である。それは2つの理由による。
 まず第1は、「予防」或いは「信頼醸成」という観点である。平素から緊急時を念頭に置いたコンセンサス・ベースの「海洋協調」を形成する努力を通じて、地域各国間の誤解を解消し、疑念を払拭し、それぞれのインテンションについての透明性を発揮することが出来、それにより信頼関係が醸成され、紛争の生起を予防し、安定的な「海洋航行の自由」を確保する実効性を高めて行くことが期待できる。
 第2は、「共同対処」という観点である。仮に、現実に地域内に海洋を舞台とした緊急事態が生じた場合、軍事的又は経済的SLOCが途絶する可能性もあり、当事国に対し深刻な影響を与えよう。また、当事国以外の各国においても、この事態によって、地域の「海洋航行の自由」が阻害されることは、単に経済的なインパクトのみならず、これが長期化したような場合においては、その国の存立にさえ致命的な打撃を与える恐れがある。
 従って、このような事態に際しても、信頼し得る安全なSLOCが確保されている必要があるが、大規模事態が同時に多地域で生起するなど、一体地域展開中の米海軍力をもってしても対応不可能な状況も考えられ、まして、その態様、規模によっては、各国独自の努力のみによる対応は不可能であり、当事国を除く地域全体での共同対処による、一定期間、一定海域における「海洋航行の自由」の共同対処が必要となってくるのである。また、状況によっては、当事国以外の国が、一方又は全ての当事国との海上交通を維持する必要が生じることがあり、その場合の共同対処が必要となって来るかも知れないのである。
 こういった観点から、緊急事態を念頭に置いた地域の「海洋協調」の枠組み作りも、困難ではあろうが、推進していくことが重要なのである。その為のアプローチとしては幾つかの考え方があろうが、前項で論じた平素の海洋協調の場、即ち、ARFなどの安全保障協議体の一体地域発展型の下部機構としてもあり得ようし、既にコンセンサスの出来ているWPNSのような海軍間の会議体を、国レベルに引き上げ、一体地域全体に発展させることも考えられる。この際、地域全般にコミットしている米海軍プレゼンスの存在を地域諸国が如何なる形で受け入れていくかが、重要な論点となろう。何れにせよ、これらのコンセンサス作りに、域内各国が積極的に取り組んでいくことが重要である。
 なお、SLOCは、言うまでもなく地域内に止まらず、隣接海域を経て、広く世界の他地域へと繋がっているものである。従って、隣接海域、例えば、中東諸国との連帯も考慮しておく必要がある。
 
(3)海上諸活動の自由の確保における海洋協調・・・多国間協議体の創設
 前述のように、地域内各国は、今後国の発展に掛け替えのない様々な資源の供給源として、海洋に将来の期待を託すことになろう。そして各国の期待が高ければ高いほど、「海上諸活動の自由」の確保に関しての利害の衝突が現実化しよう。そして、それは地域の安全保障にとって、必ずや重大な影響を与えよう。また、従来この種の問題は、2国間協議の場で捉えられてきたが、地域内各国の経済活動の範囲が急速に拡大するに伴い、多数の国が関与してくることが予想され、2国間協議では最早限界が生じ、早晩、協議の実施自体が困難となる可能性がある。
 従って今大事なことは、地域全体やそれぞれの国の発展にとっての、地域の海洋の齎す資源供給源としての価値観を共有する必要があるということである。そこで、海洋から地域共通の利益を得るためのコンセンサスを作る多国間会議体、即ち、協調的地域海洋利用会議の創設が適当であろう。この為のアプローチとしては、従来の2国間協議を継続しながら、今後直面するであろう多数国間の課題に対しては、地域全体で対応するといった形で始め、将来的には全ての問題を協議する場とするものである。
 この為の枠組みとしては、ARFといった形式では困難となる可能性がある。何故ならば、本問題は国連海洋法条約をベースとすべき問題であるからである。その場合には、国連機構の中のサブ・リージョナル又はサブ・ファンクショナルな機関として会議体を設定することが求められることとなろう。何れにせよ、この会議体の創設や運営に際し、日本やインドが果たすべき役割が重大となることは、論を待つまでも無い。







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