Session 4-2
海洋環境保護に関する韓国の国家戦略
Seo-Hang Lee
韓国政府外交通商部外交安保研究院教授
概要
韓国は三面を海で囲まれている。また、南及び南西の海域には多数の島々が点在し、陸地の面積の割に非常に長い海岸線を持つ。こうした海洋環境のもと、海洋資源、海運、輸出入などの面からも、海は韓国にとって不可欠な存在である。
韓国は、一つに統合された海洋機関を持つ数少ない国家のひとつである。その機関は1996年に設立された。しかし、海洋環境保護の細かい政策が数多く存在する一方で、海洋に関する多種多様な活動を調整・統合する努力が欠如していた。
韓国における海洋環境保護の国家戦略は「行き当たりばったり」「打算的」などと評されることが多いが、これは統一的な見解や行動に基づいて、綿密に計画を練って目的を達成するという発想が欠如しているためである。念のため指摘しておくと、海洋水産部が設立されたにもかかわらず、海洋環境を保護する韓国の国家戦略は、国内の政治力学や外圧の影響を受けて、一進一退を繰り返しているようにも見受けられる。
このような問題に鑑みて、韓国の経済に影響を及ぼす海洋環境と海洋資源の重要性から、海洋環境保護の戦略に新たな指針を立てる必要性がある。各々の解決策は、国家戦略を統合するべく互いに整合性が取られていなければならない。すなわち国家レベルでの海洋の利用を一本化し、調整し、最優先に取り組むという政策指針を立てることが必要である。今こそ、海洋政策及び海洋管理・開発に関する計画を立案・実施するための指針を開発し、新たな世紀へ向けて幅広い開発戦略の一環として発展させてゆくことが求められている。
海洋環境保護に関する韓国の国家戦略
Seo-Hang Lee
現職:韓国外交通商部外交安保研究院教授
学歴:韓国ソウル国立大学卒業、英国Kent州立大学卒業
アジア太平洋安全協力会議(CSCAP)韓国副代表。ソウル国立大学およびKent州立大学を卒業後、カナダ・キラムプログラムによるDalhousie大学ロースクール研究員を勤める。海洋政策と軍事コントロールに関する50編以上の論文および著書があり、最近では「Changing Strategic Environment and Need for Maritime Cooperation in the North Pacific(北太平洋における戦略的環境の変化と海事上の協力)」、「Security of SLOCs in East Asia(東アジアにおける海上交通路の安全保障)」、「Regional Security and Co-operation in Northeast Asia(北東アジアにおける地域安全保障と協力)」などを出版。
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I. はじめに
韓国は3つの海、すなわち西海(West Sea)、南海(South Sea)、東海(East Sea)に囲まれている。一般に「黄海(Yellow Sea)」と称される西海は、韓国と中国に囲まれる半閉鎖海で、水深が平均44メートルの非常に浅い海である。この海域は豊かな漁場であるが、中国と韓国の大河が複数注ぎ込んでいるため、汚染されやすい。過去20年間にわたり、韓国は、環境に関する法令を制定する一方で環境投資を行うなどして、海洋へ流出する汚染物質を減らす努力を継続してきた。しかし、最近は中国による西海の汚染が著しく、「汚染のたまり場」、さらには「死の海」になるのではないかと懸念されている。
南海は東シナ海の一部で、深さ平均100〜270メートルの豊かな漁場であるが、石油施設や製鉄所など、韓国の南海岸に林立する多種多様な工業施設からの廃棄物で汚染されやすい。東海もまた豊かな漁場であるが水深が深く(平均約1,700メートル、最深部で4,000メートル弱)、潮流が速いため西海、南海と比較して汚染の影響を受けにくい。
こうした海洋環境にあって、資源、輸出入時の海運という観点から、これらの海は韓国にとって死活的重要性を持つ。このことを認識した上で、本稿では、海洋環境の保護を目的とした韓国の国家戦略について、法制度、及び計画にターゲットを絞って考察する。
II. 海洋環境保護のための法令及び機関
海洋水産部(MOMAF: Ministry of Maritime Affairs and Fisheries)の創設
韓国は、一つに統合された海洋機関を持つ数少ない国家のひとつである。MOMAFは1996年に創設された。同機関の設立の構想は、専門家からなる小さな検討グループが国務総理によって編成された1991年までさかのぼる。当時は閣僚レベルの機関の設立にはあまり支持を得られなかったが、1992年の大統領選挙の際、与党の候補者であった金永三氏は海洋機関の設立を公約した。同氏は選挙に勝利したものの、このことには殆ど触れず、1995年になって2件の大規模な汚染事件と史上最大の赤潮が発生して初めて行動に着手した。
これらの事件に直面しての政府機関は全くお手上げの状態であった。海洋環境を保護する担当機関が皆無であったからである。それに加えて、海洋の管理を行う機能が複数の部/庁に分散していた。当時は、海洋汚染全般の政策策定及び調整は環境部が担当していた。油汚染浄化の担当は内務部と海洋警察庁であったが、内務部はこのような事件はあまり重要視せず、緊急性の低い問題として処理していた。その他、海洋環境関連を担当している政府機関は、建設交通部の機関である海運港湾庁、及び農林水産部の機関である水産庁であった。つまり、海洋関連の一部分を受け持つ機関は多数あったものの、海洋環境について主導的に取り扱う機関がなかった。結果的に、海洋環境の保護は政策的に後回しにされてきた。
1996年5月31日、韓国初の「海の日」の祝賀行事に際して、金永三大統領(当時)はMOMAFの設立を発表した。海運港湾庁、水産庁、及び海運警察庁が統合され、MOMAFが発足した。環境部の海洋環境関連セクション、及び建設交通部の沿岸域管理セクションも同様に、MOMAFに統合された。MOMAF創設の目的は、従来、複数の政府組織が多岐にわたる海洋関連の活動を分担していたのを一本化し、協調を図ることであった。
このような経緯で、MOMAFは韓国で海洋環境保護に関する全権を掌握する唯一の機関となった。こうした統合はマイナスに働くのではないかという向きもあったが、海洋汚染問題と環境保護に関する限り、統合化されたMOMAFは従来の体制と比較して、格段にプラスになるというのが大方の意見である。
表1
韓半島の沿岸水域の海底地形
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東海 |
西海 |
南海 |
面積 |
1,013,000km2 |
417,000km2 |
752,000km2 |
平均水深 |
1,667m |
44m |
272m |
容積 |
1,690,000km3 |
18,000km3 |
209,000km3 |
大陸棚域(0-200m) |
23.5% |
100% |
81.3% |
大陸傾斜域(200-1000m) |
15.2% |
0 |
11.4% |
Deep Basin Area |
61.3% |
0 |
7.3% |
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出典:Edward Miles et al., The Management of Marine Regions: The North Pacific (Berkeley: University of California Press, 1982), P. 19; and Victor Showers, World Facts and Figures (New York: John Wiley & Sons, 1979), p.22.
法律の制定
海洋汚染防止法
1977年に制定、1991年に全面改正された海洋汚染防止法は、海洋汚染対策に関する一般原則のほか、船舶の操業、海洋投棄、海底資源の開発に起因する海洋汚染についても規定している。最新の改正は2001年に行われた。条項及び施行については、基本的に、MARPOL条約及びロンドン条約(London Dumping Convention)に示された現行の国際基準に従っている。
海洋汚染防止法の主な規定は次の通り。
第1章:総則
−包括的な海洋環境保護計画の策定
−海水水質基準及び水質計測
−環境保護区域及び特別管理沿岸海域
−油汚染損害の保障
第2章:船舶からの油及びその他液状有害物質の排出に関する規制
−重油排出規制、バラスト水、重油等の規制
−液状有害物質の排出規制、記録等
−船舶からの廃棄物規制、船舶からの廃棄物排出禁止、廃棄物の投棄、廃棄物輸送船の規制
第3章:海洋汚染防止活動
−検査、証明等
第4章:海洋施設からの油及び有害物質の排出規制
第5章:汚染防止及び除去(浄化)事業
−汚染防止及び除去事業に関する要件
第6章:海洋汚染の防止及び除去
−報告義務、予防策及び除去方法
−政府による浄化及び浄化費用の償還
−6-2章:韓国の海洋汚染対応企業(1997年に追加)
−6-3章:海洋汚染の環境影響評価(1999年に追加)
第7章:補則
油汚染損害賠償保障法
1992年に制定、1997年に改正された同法は、船舶による油汚染損害の補償に関する規則及び手続について規定している。基本的な内容としては、油濁民事責任条約(Civil Liability Convention)、及び油濁補償基金条約(Fund Convention)の条項が盛り込まれている。
沿岸管理法
1999年2月、国会を通過した沿岸管理法は、米国の沿岸域管理法及び1992年にUNCEDにより採択された「アジェンダ21」の影響を強く受けている。
沿岸管理法のもと、MOMAFは、統合された沿岸域管理の原則及び慣行に基づき、沿岸域における諸活動を計画/調整する権限を有する。特に、沿岸域はさまざまな目的で利用されるため、同法は韓国の沿岸域における諸活動を管理する、包括的なガイドラインを提供している。
湿地保全法
1999年2月に可決、MOMAF及び環境部が共同で施行する権限を有する。MOMAFの担当は沿岸湿地の保護及び管理である。一方、環境部は、保護すべき内陸の湿地域の指定と、その地域の保護に必要な措置の実施を担当している。
他の法令
自然環境保全法。環境部が監督し、発電所、都市部の下水処理場、肥育場等で発生する陸上起因汚染物質の排出を規制している。
水質環境保全法及び廃棄物管理法。海洋環境の質に関連して、追加で制定された法である。
III. 政策及び計画
統合沿岸域管理
韓国では、人口の3割以上が沿岸域に集中している。沿岸域では開発の需要が高く、利用者間で、また開発推進派と環境保護推進派との間で深刻な対立を招くことがしばしばである。沿岸域管理法の制定をもって、MOMAFは沿岸域の管理の統合を最優先課題として取り組んでいる。MOMAFの最も重要な政策手段は、地理情報システム(GIS)、及び管理情報システム(MIS)であり、現在は適用の初期段階にある。
特別管理海域
1999年改正後の海洋汚染防止法の一環として、MOMAFは環境保全区域(EPZ)として開発が及んでいない沿岸海域を5カ所指定したほか、始華−仁川、蔚山、釜山、馬山、光陽の6カ所の汚染沿岸域を、特別管理海域として指定した。1 EPZ制度の基本概念は、海洋の濫用による悪影響から保護する目的で、海洋空間の特定の部分を保全域として隔離するというものである。
監視システム及び情報データベースシステムの向上
MOMAFは、現行の監視システムに現在開発中の海洋汚染遠隔センサーシステムを組み込むことにより、監視システムの拡張を図っている。また、総合海洋環境情報データベースシステム(Comprehensive Marine Environment Information Database System)も現在開発中である。
油汚染対策の機能強化
1995年のシープリンス号事故など相次ぐ油漏出事故により、大規模な油漏出汚染に対し、韓国が全くの無策であったことが露呈した。特に、1995年の油漏出事故においては、民間の対応能力が全く不十分であったことが証明された。この事件は1995年MOMAF設立のきっかけとなったほか、1997年の海洋汚染防止法の改正により、韓国海洋汚染防除組合(KMPRC)の設立を促した。
KMPRCは非営利団体で、船舶や石油貯蔵施設から排出される油及び他の廃棄物による汚染の防止と除去を担当している。構成は、石油貯蔵会社11社、石油タンカーの船主65社、タンカー以外の船舶を所有する海運会社14社などからなる。構成各社は船舶の総トン数、石油の販売、海運、又は貯蔵による総売上などの要素をもとに算定された会費を負担することになっている。KMPRCには、浄化作業や曳航機能に焦点を絞った専門のセクションや委員会が設置されている。2000年初期の時点で、384名の職員が従事している。
KMPRCの運営は民間で行われていると考えられているが、浄化機能は基本的に政府機関の担当で、KMPRCは政府から財政援助を受けて活動を行っている。このようにKMPRCは実質的に半官半民の複合団体であり、韓国ではユニークな存在となっている。
海底の投棄物及び都市生活汚水処理の改善
海底の投棄物と未処理生活汚水は重大な汚染問題となっている。釣り具から家庭ごみに至るまで、あらゆる種類の廃棄物が韓国の沿岸海域に投棄されてきた。家庭ごみの投棄が生じた原因は、沿岸都市に焼却炉など適切な処理施設がなかったためである。同様の理由で、沿岸地域の多数の企業や住宅から、排水がそのまま海洋に垂れ流されている。沿岸の市町村では廃水処理施設の必要性が高まっているが、常に優先されるのは大河支流の集水域に位置する都市等であった。このような状況は、環境部が政策策定及び海洋汚染問題の調整を担当していた1996年まで続いていた。
海底に沈んだ大量の投棄物については、漁業者にも責任の一端がある。漁業者は、漁獲高が減少した最大の原因は海洋汚染であると不平を漏らしていたにもかかわらず、自分達がごみを投棄していることに対する認識が欠けていた。MOMAFは海底のごみ問題を担当しており、1999年に初めて大規模な調査を実施した。結果として、浄化作業の規模が拡大することが予測される。
地域協力及び国際協力
韓国は、北太平洋地域の海洋環境協力に積極的に関与してきた。韓国と中国は、黄海の保護に関する合同研究を実施している。韓国側は、韓国海洋研究院(KORDI)が担当している。その他の地域協力の例としては、韓国はUNEPのNOWPAP(North West Pacific Ocean and Coastal Programme)の主要メンバーである。また、MARPOL等の多国間合意の締約国として、海洋環境保護への関心を国際社会と共有している。
IV. 結論
本稿では、韓国の海洋環境保護のための国家戦略について、法制度、及び計画に的を絞って考察した。要約すると、海洋環境の保護問題を取り扱う細かい政策が数多く存在する一方で、海洋に関する多種多様な活動を調整・統合する努力が欠如していた。韓国における海洋環境保護の国家戦略は「行き当たりばったり」「打算的」などと評されることが多いが、これは統一的な見解や行動に基づいて、綿密に計画を練って目的を達成するという発想が欠如しているためである。念のため指摘しておくと、海洋水産部が設立されたにもかかわらず、国内の政治力学や外圧の影響を受けて、海洋環境を保護する韓国の国家戦略は、一進一退を繰り返しているようにも見受けられる。このような状況から、海洋環境保護のための韓国の国家戦略は、外圧に対して場当たり的であり、基本的に受け身になっていると批判する専門家が多い。
このような問題に鑑みて、韓国の経済に影響を及ぼす海洋環境と海洋資源の重要性から、海洋環境保護の戦略に新たな指針を立てる必要性がある。各々の解決策は、国家戦略を統合するべく互いに整合性が取られていなければならない。すなわち国家レベルでの海洋の利用を一本化し、調整し、最優先に取り組むという政策指針を立てることが必要である。今こそ、海洋政策及び海洋管理・開発に関する計画を立案・実施するための指針を開発し、新たな世紀へ向けての幅広い開発戦略の一環として発展させてゆくことが求められている。
注
1 環境保全区域は、咸平湾、莞島港、得粮湾、駕莫湾が指定されている。特別管理沿岸域には、始華−仁川、蔚山、釜山、馬山、光陽が含まれる。
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