討論概要
セッション4: パネルディスカッション
「新たな安全保障概念の形成と実行」
新しい安全保障の概念形成のためのべース
4-1 主権の概念に触れる議論があった。マイナス面の方が指摘されていた。主権についての見方を見直す時期に来ているのではないか。主権を主張し過ぎると、問題を自国で解決しようとして自己完結的になってしまう。海洋の安全保障、特に環境上の安全保障を追求するにあたっては主権を制約することも必要な時代になっている。
国の管轄権を放棄し国際機関に委譲することを危倶する向きもあるだろう。そこで、主張の表現の仕方を変えることを考えてもよいのではないだろうか。その中で、新たな権限が生まれてくる。新しい国際条約が生まれ、環境問題の解決のための新しいアプローチが導き出されるだろう。国際的な調整を通じて問題を解決することもできる。
国連海洋法条約にもその考え方がある。国連海洋法条約のもとでは、主権の制約と共に権限の延長もある。国家として、権利と義務のバランスを考え直す時期になっている。
4-2 もともと海には人が住んでおらず、歴史的にも海は共有のものとして扱われてきたと思う。海洋法条約の議論においては、“Common Heritage of Mankind”という考え方が提示された。直接的には深海底の話としてではあったが、受け取り方としては、海洋全体に適用されると考えられ、排他的経済水域などは沿岸国に管理が任されているという考え方を主張する学者もいる。もちろん、沿岸国の権利であるとの考え方も一方にある。
海は連続性があって、国連海洋法条約では海洋を法的に性格の異なる海域に区分しているが、その面をあまり強調しすぎると、環境の問題、場合によってはセキュリティの問題でも我々は自縄自縛になってしまう恐れがある。法的に性格の異なる海域からなる海洋法学的なフレームワークがもたらす不自然さ、あるいは窮屈さ、そういうものを補完するような考え方で海の安全保障を打ち出していくことができないか、あるいは、そういう方向を考えるべきではないか。
4-3 新しい安全保障の概念のベースとなる考え方が提起されたと思う。 先に亡くなられた、IOIの創設者エリザベス・マン・ボルゲーゼ先生が、いろいろ新しい言葉を出された。例えば、国連海洋法条約における「衡平の原則」とか、あるいは、排他的経済水域等の管轄権を「“委託”されて管轄する」などがある。“委託”とは、国家管轄水域における沿岸国の管轄権は沿岸国が“人類の共通財産”である海洋を“人類のために委託”されて管理するための権限、むしろ義務であって、国家管轄水域に排他的な主権を及ぼすためのものではない、とする考えに基づいている。
国家の主権をマイナスに働かせないようにするには、ボルゲーゼ先生が言われていたような思想をベースにして海洋管理を考える必要がある。格調が高過ぎて現実の国際社会においては非現実的であると考えられるかもしれないが、グローバルな問題の解決においては、むしろ主権国家同士が主権を前面に出して協議することのほうが非実現的ではないだろうか。非現実的と思える格調高い思想をベースにして話すほうが、より実現性があるのではないかと考える。
そのように考えた場合、会議冒頭に議論された「ガバナンズ」が持つ意味と、それをベースとして協議することの重要性が理解できるのではないだろうか。
4-4 全く同感である。「衡平の原則」が大変重要であって、新しい安全保障の概念を実施に移すには、誰のために海を護るのか、誰のためにセキュリティを実施するのか、それはやはり究極的に言えば人類のためということである。ただ、ちょっと意見が異なるのは「信託」についてである。国連海洋法条約に対して極めて高い期待が掛けられていたにも拘らず、排他的経済水域の管理については、実際問題として、管理とか責任の課題が一部の沿岸国にとっては能力をはるかに超えてしまっている。新たな安全保障の概念を実行するためには、管理能力を高めていくための手だてが必要となる。沿岸国への支援の義務化も必要となるかもしれない。
管理能力を高めるには、第1には制度的な取り決めが必要となる。役所間の協力を制度化することもキャパシティ・ビルディングの中に入るだろう。一部の国が模範となり、その模範をほかの国々に移植することができると思う。第2に必要なものは資源である。人材資源、情報資源、沿岸警備隊など法執行のための資源、などである。沿岸国の中にはそのような資源が少ない国が多い。第3に必要となるのは法的な枠組みである。管理能力を高めるためには国内法と国際法が必要である。国際条約が国内法に移されているのか、あるいは地域的枠組みに移されているかといえば、そこまでいっていないのかもしれない。国内法と国際条約のいろいろな権利と義務をハーモナイズしていく努力もさらに必要だと思う。
4-5 国連海洋法条約については、どうも今の解釈に縛られ過ぎてはいないだろうか。条約といっても生きた文書であり、現実に合わせて発展させる余地があると思う。自国の領海といえども国際条約上守らなければならない義務があるように、主権は制限され得るものである。国際環境法の下では領海に対する沿岸国の主権も制限される余地がある。それから、沿岸国には領海12海里が与えられているが、それと合わせて責任も負わされている。直接、あるいは間接的に「海を護る」義務がある。
沿岸国にとっては、海を護るよりももっと大事な国益があるかもしれないが、国際利益もかなえなければならない。それだからといって、沿岸国に対して沿岸航行の安全を図ってくれ、海を護ってくれと言っても、負担の分担をしないで期待をしても無理である。沿岸国だけの権利と義務ではなくて、国際社会全体の権利と義務と捉える必要がある。
沿岸警備隊の協力
4-6 沿岸警備隊の間での協力に関してコメントしたい。南シナ海に各種のプログラムがある一方で、北東アジアの海域はどうも低調である。朝鮮半島の問題などが背景としてあるのかもしれない。この会議を来年開くならば、沿岸警備隊の間の協力をテーマの一つに入れてはどうであろうか。軍事的な協力になると微妙な話になるが、沿岸警備隊は平時の、しかもシビリアンによる協力という位置づけができると思う。韓国にも沿岸警備隊があるし、日本にも長い歴史の海上保安庁がある。中国の場合は海にかかわる機関が五つか六つぐらいあっていろいろな部署に分かれているが、部隊の統一について中国の全人代に提案することを考えている。
4-7 沿岸警備隊の協力をテーマにしてはどうかとの意見は適切であると思う。この地域の国々には夫々の事情があるかと思うが、将来のテーマに値するものだと思う。
それから管理能力づくりが必要だという意見があったが、重要な話だと思う。例えば、漁業資源の保護や違法操業に対する対応など、非伝統的脅威に対応することが重要だと思う。
Bateman教授の論文の付録に、地域安全保障のためのワークショップについて触れている箇所がある。CSCAPで7年前、96年だったと思うが、人間の安全保障、環境の安全保障を含む海洋安全保障に関する情報交換を定期的に実施していこうという大変良いコンセプトが出された。合意した話であったが実施されなかった。資金がないことが大きかった。やはり資金源が必要だなと感じた。それと、地域として協力を習慣にすることが必要だと思っている。そういった意味で、ワークショップを続けることが良い結果を生み出すと思う。4日ぐらいのプログラムのワークショップであればそれ程お金は掛からないのではないか。それよりも利益のほうが大きい。そして、これを定期的なものにしていけばこの地域における海洋活動の能力をさらに拡充していくことができると思う。
4-8 沿岸警備隊の協力については、すでに日本の海上保安庁と中国との間で何年も前から実施されている。中国側は公安庁が窓口になっている。ただ、対象の分野はとても狭く、不法移民対策が念頭にある。中国は韓国とも対応する官庁と話を始めたと聞いている。協力のためのメカニズムは既に在るので可能だと思う。海賊対策の研究で、日本と中国の協力が極めて重要だということが結論として出たことがある。
4-9 沿岸警備隊の協力は注目すべきものだと思う。私の承知しているところでは、日本、中国、韓国、それにアメリカとロシアの北太平洋5カ国の沿岸警備隊で定期的な会合が開かれている。それから、海賊対策については、2000年から東アジア海域の法執行機関の専門家会議が開かれている。ただ、もう少し広い地域的なものはまだできていない。今までは、それぞれの国の法執行機関や救難、あるいは汚染防止を所掌する官庁が微妙に違っていて、なかなか地域的な会合をやることが難しかったものと認識している。最近、沿岸警備隊がどの国にもできつつある。沿岸警備隊間のネットワーク作りを促進できる時機に来ていると思う。
今後議論のテーマとして取り上げるべき事項
4-10 沿岸警備隊による多国間協力、共同行動が提唱されている。確かに海を護るという概念を具体化するうえ においては極めて重要で、絶対に必要なものだと思うが、狭い意味の安全保障、つまりミリタリー・セキュリティという側面を忘れてしまうと、“海を護る”概念が狭いものになってしまうので、海軍の協力についても議論の中に残しておく必要がある。
Bateman教授がオーシャン・ピース・キーピング(OPK)のことを論文に紹介しているが、OPKについてはBateman教授が言われるように、今の時点ではむしろ沿岸警備隊がやったほうが適しているかもしれない。ただ、今年、日本の防衛庁長官がインドを訪問したときに、インドの国防大臣から、日本とインド、それのみならず南アジア、東南アジアの海軍の信頼醸成、あるいは透明性促進といった観点から、OPKを取り出せないかとのコメントがあったと聞く。信頼醸成を趣旨とした海軍の協力を議論の中に残しておくこともできるのではないだろうか。
Weeks博士の論文の中にNATOのスタンディング・オペレーション・フォースのことが書いてある。Weeks博士は、この地域では常備多国籍軍を構想するのは無理ではないかと考えているようだが、どういう理由か。
4-11 NATOは常備海上部隊を推進しようとしている。NATOにおいては評議会があり、NATOという軍事上の協力のための組織があり、指揮命令系統も存在する。アジア太平洋地域にはそのような枠組みが築き上げられていない。不可能ではないと思うが、常備海上部隊を創設しようとすると、そこには障壁がないわけではない。フォーマルな指揮命令系統を据えようとすると、極めて難しい。恒久的ではないアドホックな制度として、例えばシーレーン、特にチョーク・ポイントで協力をするなどということはできると思う。
4-12 海軍は除外できない。来年も本会議を開催するのであれば、沿岸警備隊と海軍をプラスした協力を是非議論して頂きたい。
4-13 沿岸警備隊同士の協力のシステムを強化することは重要だと思うが、最早、そのための会議は必要なく、実施に移すということが急務であると思う。実際に協力を推し進める上において政策上の問題は発生しないと思う。それよりも、私としては、この地域における研究所やシンクタンクをリストアップし、どのような情報供給が期待できるかを調査することを提案したい。
4-14 沿岸警備隊や海軍の協力はオペレーション段階の問題で、情報の流れ、取締りの仕方などが検討事項になるであろうが、その辺りのことは現実に既に行われていることである。既に協力関係はある。環境についても、部分的であるが特定の問題を取り上げて協力関係がつくられている。実際に運用されだしたときに生じる問題について、いろいろなインパクトを総合的に評価してみることが大事である。
例えば、同じ海賊取締りについての協力でも、相手が中国である場合と、東南アジア諸国の場合とでは違った協力の形態になるであろうから、比較・検討に絞った形でやってみるとか、そこからオーシャン・ガバナンスという概念に迫っていくとか、あるいは海洋に拘らずにもう少し広くとらえて研究してみるとか、そういうことをやっていくと、どういう要素が組み込まれなくてはならないかということが明らかになっていき、組み込まれなければならない要素がいくつか指摘できれば、それの総体がいわばガバナンスなり、セキュリティという概念を規定することになってくるだろうと思う。
4-15 今の意見は理解できる。あまりに幅の広いかたちで動くと、実践的なやり方ができなくなる。例えば、海洋環境についての討議として海洋電子ハイウェイについて話すにしても、それをどのようにして使えば海洋の安全保障に役立てるかということを考えるようにすれば、具体的な資金手当や支援も得ることができる。
ただ、海軍や沿岸警備隊については、2年ごとに人が替わってしまう可能性があり、継続性がないという問題がある。西太平洋海軍シンポジウムでも毎年違った人が参加している。たくさんの協力が行われているが、統合されてはいない。このグループは付加価値を提供できると思う。
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