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Session 4
「パネルディスカッション」
Session 4-1 国際法における「海を護る」に関する一考察
Session 4-2 海洋環境保護に関する韓国の国家戦略
討議概要
 
Session 4-1
国際法における「海を護る」に関する一考察
河野真理子
筑波大学社会科学系 助教授
 
概要
 
 「海を護る」というこの会議のテーマは、国連海洋法条約の採択後の20年あまりの海をめぐる問題を象徴している。国連海洋法条約の採択後、この条約が解決していない問題があることが明らかになり、さらに科学的知見の発展と状況の変化により、新たな国際社会の要請が出現してきている。それらに共通する問題として指摘されうるのは、第一に、国際協力の重要性が増したことをどのように評価するかという点と、第二に、国連海洋法条約以降の各国の国内法制度の変遷や国連海洋法条約を実施するために締結された条約が海洋法の秩序全体にどのような影響を与えているかという点である。
 第一の点は、国際協力を実施するために必要となる国家主権の制限をどの程度、またどのような分野で認めるかという論点である。ここで必要となるのは、国際協力の必要性と国家主権の尊重をどのような形でバランスさせるべきかということの詳細な検討である。また、こうしたバランスを考える際、今日の国際社会の一般的な傾向としての、国際社会全体の利益への配慮の必要性も考慮されなければならない。
 第二の点に関しては、国連海洋法条約の締結後、その実施のために、各国の国内法がどのような対応をし、また個々の実施条約によって、国連海洋法条約の一般的な義務がどのように具体化されているかという点が検討されなければならない。国連海洋法条約は海洋法についての全ての問題を全て解決しているわけではないので、この条約の採択後、国内法や条約が、どの程度又どのような分野で国連海洋法条約を実施し、補完してきたかを明らかにする必要がある。
 
国際法における「海を護る」に関する一考察
河野真理子
現職:筑波大学社会科学系助教授
学歴:東京大学教養学部、同大学大学院修士課程修了(学術修士)/英国Cambridge大学法学修士課程修了(法学修士)
国際法の専門家。東京大学および英国Cambridge大学で学び、その後1996年から翌年までParis第二大学にて客員研究員を勤める。国際法外交雑誌等に掲載論文多数。最近発表のものとしては「みなみまぐろ事件仲裁判決の意義:複数の紛争解決手続きの競合に伴う問題点」(国際法外交雑誌100巻、2001年)、「環境に関する紛争解決と差し止め請求の可能性」(日本と国際法の100年第6巻、2001年)、「The Optional Clause and the Administration of Justice by the Court」(Liber Amicorum Judge Shigeru Oda, 2002年)など。
 
 この会議で「海を護る」というテーマが設定されたことは、1982年の国連海洋法条約の締結後の20年あまりの状況を象徴するものであろう。国連海洋法条約は海洋法についての包括的な規則をおく条約となることを意図して作成された条約ではあるが、その後明らかになったのは、国連海洋法条約によって、解決できない様々な問題が残されていることと、条約採択後の科学的知見の発展や状況の変化によって、新たな要請が出現していることである。
 残された問題の解決、新たな要請への対応、また新しい状況への効果的な対応策の模索のためには、以下の2つの側面を検討する必要があると考えられる。すなわち、第一に、国際協力の重要性が増していること、第二に、各国の国内的な立法措置と、国連海洋法条約採択後に作成されたこの条約の実施のための条約のもたらす意味を検討することである。
 国連海洋法条約の採択後20年あまりが経過し、多くの国家実行が蓄積されてきており、今、国連国際法条約を再評価し、海を護り、海洋地域を持続的に、また平和的に利用するために、解決されるべき問題点を改めて検討することが必要であると考えられる。
 
1. 国際協力の重要性:沿岸国や旗国の排他的権限への一定の制限と国際協力
 国連海洋法条約の根本原則の一つは、海域を区別である。すなわち、領海、排他的経済水域、大陸棚、公海、深海底の区別がこの条約には規定されている。これらの海域の区別に基づき、領海には沿岸国の主権、排他的経済水域と大陸棚については沿岸国の主権的権利が認められる一方で、公海では、公海自由の原則が認められ、船舶の管理については、旗国が排他的な管轄権を行使することが原則となっている。こうした原則は、長い間、まさに海洋法の根本原則として機能してきた。しかし、こうした領域の区別に基づく、単純な権限配分は今日の新しい問題や要請に効果的な解決策をもたらすとは限らないことを認めざるをえないであろう。その限界を補うのが国際協力という概念であるといえよう。海洋法条約の起草者たちも、これらの原則の限界を既に認識しており、この条約にも国際協力に関する規定がおかれている。しかし、国連海洋法条約採択以降の国家実行から、国際協力を基礎とする措置は重要性を増していると考えられる。
 
(1)国家主権と国際協力のバランス
 国際協力ということが強調されるとすれば、それは国家主権や主権的権利の一定の移譲や制限を意味することになる。従って、国際協力体制を成功させるためには、国際協力と国家主権の尊重のバランスをどのように実現するかが、非常に重要な論点となる。このために、国家管轄権の排他性が及ぶ範囲がどのように修正されるべきか、また国際協力のための体制をどのように正当化するのか、特定の目的のための国際協力の確保のためにどのような手段が効果的、かつ妥当なのかを検討する必要がある。
 
(2)国際協力の分野と目的の重要性
 国際協力と国家主権の尊重のバランスをとり、また効果的な国際協力を実現するためには、国家管轄権の排他性への制限をどのような形で正当化するかを検討しなければならない。このためには、国際協力の分野や目的を明確に特定し、また、それぞれの分野での国際協力体制によってどのような利益が確保されるかが慎重に検討されなければならない。
 領域性に基づく権利と義務が一般的で包括的であることを考えれば、それに対する制限となる国際協力体制は、その分野と目的に従って適切に構築されることが求められる。また、これらの分野や目的が国際協力なしに実現できないことが説明されなければならない。
 
(3)特定の国家の利益から国際社会全体の利益へ
 国際協力に関する議論として最後に指摘しておかなければならないのは、国際社会全体の利益への配慮も必要であるということである。現代国際法の一般的な傾向として、国際社会全体の利益という概念の重要性が強調されるようになってきている。こうした傾向は、海洋法の分野での国際協力に関する議論にも影響を与えることは確実である。従って、海を護るための国際協力を議論する際、関係国や関係地域の利益でだけでなく、国際社会全体の利益への配慮も必要である。このような対応は、とりわけ、環境問題や、テロリズムの根絶という分野で重要な意味を持つと考えられる。
 
2. 国連海洋法条約のもとでの権利と義務の実施と補完のためのその後の国家慣行
 国連海洋法条約について、今一つ、検討しておかなければならないのは、この条約に規定されている権利と義務の実施と補完をどのように実現するかという問題である。この議論では、各国の国内法と国連海洋法条約後に締結された実施条約の意味を考える必要があろう。国連海洋法条約が海についての包括的な規則を規定する条約であることは事実である。しかし、多くの論点について、この条約の規定が一般的な性質の規則や枠組みを提供しているにすぎないことも事実である。従って、国連海洋法条約は各国の国内用やその後の実施条約に、一般的あるいは枠組み的な義務を具体化し、一般的規則を補完し、時によっては、国連海洋法条約の一般的な目的を実現するための欠けつを埋める余地を残しているのである。
 
(1)国連海洋法条約内容に影響を与えたり補完したりする国内立法
 国連海洋法条約以前から、各国の国内立法は海洋法において重要な役割を果たしてきた。国内立法は海洋法の発展に寄与し続け、また場合によっては、国際社会で許容されうる限りで海洋法の内容を変更してきたのである。
 国連海洋法条約のもとで、国内立法は、この条約に規定された一般的名権利と義務を実施する基礎となり、また欠けつを埋める役割を果たしている。さらに、国内用は、既に確立し、時代遅れになった可能性のある規則を変更するきっかけとなったり、将来の発展のための新たな方向を示したりする機能も担っている。国連海洋法条約と矛盾しない場合には、具体的な国内法規定が蓄積すれば、この条約の統一的な実施につながると考えられる。条約を変更するような国内法の場合には、他の国がそれらの国内法にどのように対応するかが非常に重要な意味を持つ。既存の国際法に違反する国内法は他の国がこれを受け入れたり追随したりする場合には、許容されうる可能性があるのである。
 1994年のカナダの沿岸漁業法の改正は、既存の国際法を越える規則が他国によって受け入れられなかった例の一つである。カナダ政府はストラドリング魚種の効果的な保存と管理のためには、排他的経済水域を越えた措置が必要であるとの認識であったが、彼らの新しい国内法は他国、特に欧州連合から批判を受けた。カナダの沿岸警備隊がこの国内法に基づく権限を行使した結果、国際紛争が起こり、その後カナダは問題の規則を再改正したのである。ただし、この紛争が、関連する地域的漁業機関の政策に影響を与えたことは注目されなければならない。
 
(2)国連海洋法条約後に締結された条約の重要性:国連海洋法条約との関係、および、それらの条約相互の関係
 海を護るという目的からは、関連する条約の相互関係を検討することも重要である。
 たとえば、海洋環境の保護や海洋生物の保存と管理の分野では、国連海洋法条約は一般的な協力義務を規定するにとどまっており、その具体的な協力のあり方についてはそれぞれの実施条約にゆだねられている。地域的、あるいは国際的な協力は条約によって構築され、かつ運営されることになる。こうした条約が増加するほど、同じような主題に関する規則を定めた条約を相互に調整する方法を考えることの重要性が増すのである。
 国際法では、条約法で、特別法は一般法に優位する、あるいは後法は前法に優位するといった一般原則が既に確立していることは事実である。しかし、これらの原則はあくまで、矛盾する条約の関係について適用されるべきものである。国連海洋法条約と1993年のみなみまぐろ保存条約の関係についての紛争はこの問題を典型的に示す例である。国連海洋法条約とその実施のための条約の関係、あるいは、実施条約相互の関係は相互に矛盾するものではなく、同じ趣旨の規定を持つという性質を持つ。それぞれの実施条約が独自の体制を持ち、それぞれの適用範囲を持っていることも指摘されなければならない。このような状況のもとで、同じ趣旨を持つ複数の条約の適用の調整に関する新たな規則を論ずることが求められていると考えられる。
 
終わりに
 本稿で簡単に述べてきたように、海を護るための国際協力を円滑に実現するためには注意深く検討されるべき問題が残されている。しかし、アジア地域の諸国家にとって、海洋地域の効果的な管理のために国際協力は不可欠である。このために全ての関連する利益を調整する何らかのメカニズムが必要とされているといってよいだろう。







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