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2. 技能継承・研修システムのあり方
 造船業における技能継承の課題は、「大量新人の早期戦力化」、「キー技能の確実な継承」、「手薄な中堅世代の補強」であり、それぞれの課題に応じた研修システムを検討する必要がある。
 
(1)大量新人の早期戦力化
 新人教育については、大企業ではすでに自前でカリキュラムを整備し、運用していること、企業の枠を越えた共通のプログラムが組みやすいこと、また集合研修の効果が明らかなことから、既存の地域の中核造船所の養成所をオープン化することにより対応することが適当と考えられる。転職者についても基本的には新人教育を短縮した形で対応する。
 注)オープン化:因島技術センターと同じように、養成所を独立させ、職業訓練校の認定を受け
   て、一定以上の地域の中小造船、協力事業者と一緒に新人研修を行う方式
 
(2)キー技能の確実な継承
 専門技能継承については、新人教育と異なり各社の生産形態との結び付きが強いため、基礎・共通レベルで集合研修の効果が上がる職種(ぎょう鉄、配管艤装等)についてのみ業界共通の研修システムを構築する。一方、各社で異なる中上級へのスキルアップや集合研修に向かない職種(搭載、組立等)については、OJTサポートによる個々の会社のOJTへの支援を行い、集合研修と併せて、全体として専門技能の確実かつ効率的な継承をサポートしていく体制を作り上げることが適当と考えられる。
 注)OJTサポート:その分野における優秀なOBを、指導員として依頼があった企業への派遣や
    教材の提供等を行い現場でのOJTを支援するシステム
 
(3)手薄な中堅世代の補強
 中堅技能教育については、個々の従業員のレベルアップを図るために、一般的な管理職としての知識習得と、造船分野の現場の班長あるいは技術者としての技能の向上、知識取得を目指す2つの研修を実施することが適当と考えられる。前者については鉄鋼学園(提携を想定)等の既存講座の活用を図り、後者については、業界団体が実施している既存の通信講座のE-learning化等により知識習得の機会の拡大を図るなど充実強化を行うとともに、現場のスキルについては、業界団体が実施する講習や個々の会社の状況に合わせた形でのOJTサポートを行い、レベルアップを目指すことが適当と考えられる。
 
技能継承・研修システムのあり方
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分野別対応方向
分野      対応方向    備考  
地域研修センター   技能開発センター 
技能継承部門 OJTサポート E-learning
新人等教育  新人       大量の新人の早期戦力化を目指し、地域研修センター(オープン化校)で対応
転職者       新人教育の短縮版なので、地域研修センターで対応
専門技能継承 溶接
(中級)
      中級へのスキルアップに限定し、地域研修センターで対応
(上級については講座内容が不明確なので今後検討する)
ガス切断
(中級)
      中級へのスキルアップに限定し、地域研修センターで対応
(上級については講座内容が不明確なので今後検討する)
ぎょう鉄
(基礎)
    集合教育効果が上がると思われる初級レベルについて対応。
中上級については、各社での工程等が異なるため個別にOJTサポートで対応する。
歪み取り   ※将来的に講座開発   歪み取り用の教材(バーチャル)の開発については可能性があるが、現場実習用教材をどうするか等の問題があるので、当面は個別に対応とするが、講座の開発の検討を進める。
組立   ※将来的に講座開発   教材の開発が難しいなど問題があるので、当面は個別にOJTサポートで対応とするが、講座の開発の検討を進める。
搭載       教材の開発が難しいなど集合教育に馴染まないので、個別にOJTサポートで対応
検査       特殊な分野であり、集合教育に馴染まないので、個別にOJTサポートで対応
配管艤装     集合教育効果が上がると思われる初級レベルについて対応。中上級については、各社での工程等が異なるため個別にOJTサポートで対応する。
塗装
(基礎)
 
(委託校)
  集合教育効果が上がると思われる初級レベルについて対応。中上級については、各社での工程等が異なるため個別にOJTサポートで対応する。専門性が高いので、メーカーの研修所を利用して行う。
機関仕上げ  
(委託校)
  集合教育効果が上がると思われる初級レベルについて対応。中上級については、各社での工程等が異なるため個別にOJTサポートで対応する。専門性が高いので、エンジンメーカの研修所を利用して行う。
電装         専門業者への請負が進んでおり、今回のスキームの中では対応しない
設計       知識の習得が主体なので、通信教育で対応
中堅研修    管理者
研修
     
(提携校)
既存の講座で対応
班長・作業長     知識の習得は、通信教育で可能
現場スキルについては、個々の会社で状況が異なるので、個別対応
若手技術者       既存の通信教育講座を継承、拡充
主任技術者       既存の通信教育講座を継承、拡充
 
(1)地域研修センター
 地域の中核造船所の養成所をオープン化することにより、短期集合研修による新人養成を主な目的とした地域研修センターを整備することが、適当であると考えられる。
 運営は地元の中核造船所、中小造船、協力事業者および自治体等が任意の協議会を設置し、中核造船所との協力のもとでカリキュラム作成、指導員であるOBの確保、研修の実施を行う。
 カリキュラムは座学と実習の組み合わせで、最低限必要な技能・資格の取得に絞り、研修実施期間は3ヶ月程度とする。また、専門技能継承・研修のうち、溶接分野については施設・設備をそのまま利用できることから、地域研修センターで対応する。
 この方式の適用により、自社養成や公共職業訓練等と比べて研修内容や助成面で大きなメリットが得られることが見込まれる。
 
地域研修センター方式のイメージ
 
(2)技能開発センター
 集合教育による専門技能継承を主な目的とし、中堅技能教育やOJTサポート、E-learningなどの機能を併せ持つ技能開発センターを新たに整備することが望ましいと考えられる。
 地域研修センターと同様、指導員は造船所OBが担当する。また、集合研修だけでなく、OJTサポートのため全国の造船所への出張指導や、E-learningのシステム整備・運用も合わせて行う。
 技能継承部門は、ぎょう鉄、配管艤装などについては本センターで実施するが、機関仕上げや塗装などについては委託校にて実施する。
 運営は、管理費の最小化等を図るため既存の団体、施設を利用しつつ効率的な運営を目指す必要がある
 なお、専門技能継承講座のあり方、教材開発等については、本F/S調査終了後に、別途、専門委員会による詳細な検討を踏まえて、段階的に具体化を図っていくものとする。
 
<事業スキーム図>
 
 
 以下に、本F/S調査で想定した技能開発センターの各部門の概要を示す。
 
○技能継承部門
 技能開発センターの技能継承部門の専門技能講座は、その職種における基礎・共通レベル(その職種における新人レベル)の技能の修得を目的とし、中上級レベルの研修は後述するOJTサポートにより対応することを想定している。
 なお、運営経費の低減を図るため技能継承部門は、特定の地域センターに併設することなどを検討する必要がある。
<自主開発講座>
 ぎょう鉄や配管艤装などの造船業特有の専門技能(基礎)の修得を目的とした講座は、技能開発センターでカリキュラム、教材等を開発し、運営を行う。
 カリキュラムは座学による知識の習得とシミュレータ等によるバーチャルな実習、ピース・モジュールによる模擬実習、実物による実習を設け、基礎的な技能を低コストで効率的に修得することが出来ることを目指す。
<共同開発講座>
 機関仕上げ、塗装等の専門性が高い分野については、エンジンメーカーあるいは塗装メーカー等の研修所において研修を実施する。
 共同開発講座も専門開発講座と同様、座学と実習により基礎的な技能の修得を目指す。
 
○OJTサポート部門
 各分野の中上級レベルの研修あるいは搭載、組立といった特殊な分野に関しては集合教育に馴染まないため、指導員(OB名人)の派遣、教材の提供等により各社の現場でのOJTを支援し、スキルアップを図っていく事としている。
 なお、指導員は造船各社のOBで、あらかじめ人材バンクに登録しておき、造船各社の依頼に応じて職種、技能レベル、期間に配慮して適切な指導員を派遣する。教材についても合わせて提供する。
 
○E-learning部門
 中堅研修における班長レベルあるいは若手技術者の知識習得や専門技能分野の中でも設計業務などは知識の習得が研修の中心であるため、短期集合教育よりも通信教育の方が費用対効果の面で優れていると思われる。最近、発展してきたE-learningシステムは、従来の通信教育と比較して、研修の双方向性、受講の自由度が高く、研修効果がより高まると考えられることから同システムの導入を想定している。
 
○管理部門
 指導員の管理や教材開発等を行う管理部門は、既存団体を活用することにより、極力管理コストの低減を図る。
 
(3)研修の効果について
(1)造船業全体での技能水準維持の効果(次図参照)
 我が国造船業の技能者の現在の年齢構成は、既に見たように30歳代未満、40歳代がそれぞれほぼ20%、30歳代が約10%であるのに対して、50歳以上が45%強を占めており平均年齢も44.8歳と、高年齢化が進んでいる。
 造船産業競争戦略会議が示した将来ビジョンを踏まえれば、今後10年間で約3万人が退職するのに対して2万人が新しく造船産業に入ってくる事になり、この結果、10年後の技能者の年齢構成は30歳代、50歳以上がそれぞれほぼ23%に対して30歳未満が約40%を占め、平均年齢も37歳と、年齢構造が現在と逆転することが想定される。
 この構造変化を国際競争力の観点から見直すと、現在の我が国技能者の平均年齢は韓国を上回っており、平均賃金も韓国よりも30%程度高水準にある。しかし今後10年を見ると、我が国の平均年齢は低下するのに対して韓国は上昇する。これに伴って平均賃金も我が国では低下、韓国では上昇することとなり、両国間の賃金格差は縮小し、ほぼ同レベルになることが予測される。
 一方、現在の両国の生産性については、我が国が韓国に20%程度(例えばVLCC)の優位性を保っている。我が国の造船業において技能継承がスムーズに行われ現在の技能レベルを維持しこの格差を保つことができれば、国際競争力(賃金×生産性)において韓国に対する優位性を確保することができる。その意味で、今後の我が国造船業界においては、年齢構造が若年化する中で現在の技能レベルを維持することが必須の条件であり、そのため大量退職時期を迎える前に効果的な研修システムを整えることが非常に重要になっている。
 新人、中堅を対象とした研修システムを整えることは、今後退職するベテランの技能水準を若い世代に円滑に継承させようとするものであり、現在の技能水準を維持するための現実的かつ効果的な手段である。円滑な技能継承により確実に現在の技能水準を維持することこそが、我が国造船業が生き残る道である。
 
我が国造船業における技能継承の効果
 
(2)共同研修で得られる効果の定性的整理
 地域研修センターや技能開発センターで想定している共同研修の効果としては、技能向上による生産性向上効果、共同実施によるコスト削減効果など、造船所における生産性や直接的な経済的メリットが注目されることが多い。しかしそれだけではなく、新人に対する社会的教育効果など、現在の造船所が人材育成面で抱える構造的な問題に対しても共同研修は効果的な対応ができるとの指摘もなされている。
 造船不況を迎える以前の大手造船所では、社会人経験のない16〜18歳の新卒新人を大量に採用し養成校での集中的な教育訓練が行われていた。均質な訓練生に対して共通的な内容の訓練をすることで、社会人・職業人としての意識が形成されるとともに、造船技能者としての作業基準を徹底して身につけることができた。これが現場での作業効率を高め、より高度な技能を修得する際にも共通の技能基盤となり、教育訓練の効果を高める基盤ともなった。また、多くの技能者が共通の作業基準を身につけているために、造船所の集積地域では造船所間での繁閑に伴う作業員の円滑な移動も可能となった。これによって地域の造船業の活況が維持されるなど、地域産業としての人材蓄積効果もあった。
 しかし造船不況以降は、こうした均質の技能人材を継続的に育成するシステムを維持することが困難となった。近年、若年者の採用が復活しているが、造船所ごとの採用規模は以前のように大きくないこと、採用される新人の質(年齢、経歴、職業意識など)が以前とは異なり教育訓練効果や定着率が低いなど、現状では造船最盛期と同様に独自の造船所養成校に頼った人材養成の仕組みを再生することは難しい。
 地域研修センターや技能開発センターは、共同研修の形で効率的な教育訓練の場を提供するとともに、現状に適合した形で継続的な人材育成を行うことにより質の高い技能を有する技能者を地域に蓄積していくことが期待できる。
 地域研修センター、技能開発センターによる研修効果の全体像は以下のように整理できる。
 
共同研修の効果
効果の範囲   効果の内容
造船所への効果   (中小造船所では必ずしも実施されていない体系的な新人研修の機会が得られる。)
社会人教育   ・短期間で効果的な社会人教育、職業人教育ができ、継続的な人材育成の基礎をつくることができる。
・造船技能者としての意識づくりができ、定着率が高まる。
技能修得   ・新人研修では、造船技能者としての共通的な基礎的技能を確実に身につけられる。
・専門研修では、造船所内でのOJTでは長時間を要する技能修得を短期間に達成できる。造船所内に適切な指導者がいない分野についても人材養成できる。
経済的メリット   ・職業訓練校として認定を受けることで運営費補助、教育訓練給付などが得ることが可能となり、研修コストを大幅に削減することができる。
・技能水準の早期向上で、生産性向上効果と育成費用削減効果(生産コスト削減)が得られる。
地域産業への効果   ・共通の研修訓練を行うことで地域内の技能水準の均質化や、相乗効果による技能向上が図れる。
・地域研修センターを拠点にして優秀な人材を地域内に蓄積することができ、造船業集積地としての業務効率の向上が図れる。
造船業全体への効果   ・共同研修とすることで公的補助などが得られ、教育訓練コストを削減できる。
・技能の標準化や作業基準の普及が促進され、業界全体での作業効率が高まる。
 
(3)共同研修による費用/効果
(a)オープン化校による新人研修の費用/効果
 新人研修のオープン化により想定される効果は以下のとおりである。
運営形態   研修内容   運営自由度   助成   実質負担  
運営側  造船所側 
運営費 設備費
自社養成所 × × ×
中小共同養成
(指導員、教材不足)
× × × 多少低いが大
公共職業訓練 ×
(適当なコースなし)
×
(役所運営)
-
(役所負担)
-
(役所負担)
最低
因島技術センター
(オープン化、認定校、運営協議会方式)

(中核造船ベース、OB指導員の存在)

(協議会方式)

(中小分の2/3)
×
受講費、賃金の1/4[中小1/3]

(費用対効果大)
 
1)研修コストの削減
・地域中核造船の場合
 社内養成校をオープン化し認定職業訓練校とすることができれば、認定訓練助成事業費補助金等の運営費の助成を受け入れることにより研修運営費の削減が可能となる。
 また、講師・指導員をOBの嘱託とすることで人件費を圧縮することでも大幅な運営費削減効果を生んでいる。
 加えて、自社で実施する研修ではなく、認定職業訓練校での受講となることから、訓練給付金(研修期間中の賃金補助および受講料費補助)等が得られ、研修費の実質的な負担の軽減が可能となる。
 
・中小造船・協力事業者の場合
 訓練給付金に関して大企業よりも高い給付割合が設定されており、結果として1人当たり研修費用は大企業従業者よりも更に低い水準となる。
 社内OJTによる新人教育の推計コストに比べ、大幅に研修コストを削減できる可能性が高い。
 
2)生産面での効果
・地域中核造船の場合
 社内養成校では研修の講師・指導者を担当していた社員を生産現場に戻すことができ、生産量の増加に寄与できる。
・中小造船・協力事業者の場合
 短期集中した教育訓練により技量の向上が社内OJTより早くなり一般社員と同一技量レベルに達するまでの期間が短くなる。その短縮した期間における新人の生産性向上が期待できる。







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