日本財団 図書館


臨床研究
Eメールによる栄養指導
有効性と問題点*1
寄崎靖子*2
 
目的
 
 人間ドック受診後, 生活習慣病改善のために主治医から栄養指導を指示された受診者に対して, 当クリニックでは一回の指導で「来年の人間ドックまで気を付けましょう」で終わらず, 受診から治療に至るまで栄養指導は検査の異常値が改善するまでを目標に食事栄養指導を行っている。
 受診者は食事療法を実行する意志があっても遠隔地であったり, 仕事が多忙で深夜になり面接時間をとれない人に, 便宜な方法が何かないかと考え, Eメールによる栄養指導を実施した。
 
対象
 
 医師より栄養指導の指示があった受診者で, Eメール相談を希望した症例, いずれも男性, 会社員であった。
 症例A: 44歳, 肥満, BMI: 27, 高脂血症, 脂肪肝
 症例B: 24歳, 慢性腎炎
 症例C: 59歳, 2型糖尿病
 症例D: 29歳, BMI: 25.5, 高尿酸血症, 海外出張で肥満
 
方法
 
 指導前後に受診と生化学検査を実施し, 個人面接でEメールの相談を約束し, 相談は週一回, 期間は3カ月を原則とし, 食事記録, 体重変化を報告, 食事の質問についてアドバイスを返信する。
 
結果
 
症例A 15年前の体重に挑戦
 44歳の男性, 会社員, 脂肪肝と高脂血症で栄養相談に来た。会社では部長職で栄養相談に来るには役職がら席を空けられなく困っていた。それではEメールで体重と食事の報告を1週間ごとにしましょうということになった。Eメールの先輩で技術的にいろいろと逆に教えられた。人間ドック受診は28歳から今回まで15回あり, 15年間で体重が12kg増加していた。会社での地位は係長, 課長, 部長と昇格するのに伴って体重が増加していた。その原因は部下とのコミュニケーションの飲み会で飲酒が増えたのと, 深夜の帰宅で遅く夜のご馳走の食事が原因とわかった。食事日記と体重と体脂肪のEメールを毎週やりとりし, その結果, 体重は3カ月で76kgから67kgに減量した。BMIは25.6から22, TCは244mg/dlから203mg/dlに改善した。それから2年経過した今年の人間ドックでも良好な成績を維持している。しかし体重は50%リバウンドしたが, またライフタイルの改善に目を向けた様子がEメールからうかがえた。
 表1にEメール相談前後の変化を示した。
 
症例B 腎臓食もEメールで安心
 24歳の男性, 会社員。エンジニアで趣味はバイクで休日にはバイクを乗り回している青年。
 慢性腎炎の食事療法を蛋白質60g, 食塩6gといっても理解できなかった。食事記録も「そんなのできないよ」と, デジカメで食べた物をメールで写して送れるかといったところ, それならできるよと, 話がまとまった。食事献立を食前と食後に写し, 「食べる」「食べた」と昼は社員食堂で, 夜は独身寮の食事を送信してきた。高エネルギー2,500kcal, 蛋白質120g以上の高蛋白, 高脂肪食の若者向きメニューの連続であったが, よく理解して食べ残してくれた。はじめは毎回食べ方にアドバイスをした。アドバイスを素直に受け入れて肉類の約半分を残してくれた。約1年で服薬治療は終了した。
 現在は地方へ出張中で自炊をして自己管理を上手にしている。野菜が不足というとトマトやサラダを「コンビニで買ってきたよ」と写真を送ってきて実行を見せていた。バイクでの旅行の写真も受信し, 元気そうな姿を見て健康状態がわかり安心している。現在は腎炎の進展は阻止され自己健康管理も成功している。
 
表1 症例A 15年間の体重の変化
年齢 体重(kg) BMI(kg/m2
28 64.0 23.2
29 66.0 23.9
30 65.0 23.6
31 69.0 25.0
35 69.0 25.0
36 71.0 25.5
37 72.0 26.0
38 74.0 26.8
39 72.5 26.3
40 72.0 26.0
41 72.7 26.3
42 76.6 26.6
43 73.6 26.6
44 75.6 27.3
45 67.6 24.6
 
表2 症例B 指導前後のデータの変化
  指導前 指導後
体重kg 75.6 67
体脂肪% 25.4 22
TCmg/dl 244 203
TGmg/dl 147 99
HDLmg/dl 47 50
LDLmg/dl 168 133
GOTIU/l 25 19
GPTIU/l 35 25
γ-GTPIU/l 90 58
     
摂取エネルギー 3000 2000
 
図1 症例C 男性会社役員59歳
 
症例C 妻のEメール協力
 59歳の男性, 会社役員。毎年人間ドックを受けていたが, 突然の高血糖で空腹血糖210mg/dl, HbA1c 10%, 口喝, 頻尿, 急激な痩せに驚き夫妻で栄養相談に来た。医師の理解と協力で薬物治療は延期して, この症状では食事療法の厳格な実行が必要であると判断した。営業担当役員で大変多忙であり, 毎日のように会議, 会食があった。奥様も多忙で代理で来所することも困難であった。話し合ううちに奥様がEメールを習い始めていたので, Eメールで食事記録を送ってもらった。カロリー計算, 不足の栄養素の補足をして栄養素バランスも良好になった。1,700kcalの食事療法と, 普段はできない運動を時間を見つけて週180分のウォーキングを実行した。その結果, 図1の通りに改善し, 夫婦協力の成果が見られた。1年後の人間ドックでも良い成績を維持している。
 
症例D 海外ともEメールで栄養相談
 28歳の男性商社マン。海外出張の連続でその都度3kgずつ太って帰る, どうしたらよいかと, 雑誌『栄養と料理』の私の記事を見たお母さんからEメール相談があった。早速に本人に人間ドックを受診し健康度をチェックするように勧めた。その結果は, BMI 25.5, 肝機能障害と高尿酸血症であった。健診直後, 今度はブラジルヘと, 高エネルギーの国へ赴任することになった。上司と一緒で会食が多く飲酒量も多く断れない立場, 減量は難しいかもわからないが, 体重を増やさないことを目標にした。海外出張の荷物の中に万歩計と体重計を持って行ってもらった。Eメールには体重と歩行数の記録, 食事はデジカメで日本食の写真とブラジル料理メニューを受信, 手にとるように料理がわかり, 上手にできた日本食に感心したりした。メニューの選択とエネルギー節約のコメントを返信, アルコール量も控えて努力しているとの報告がきた。
 運動量はホテル住まいのためと, 治安が悪く外を歩けない, 車でしか外出できないという状態の中で2kg痩せて帰国した。
 体重計が届かない時は街角にある体重計で測った報告もあった。ブラジルでは有料の体重計が街頭にあることもわかった。ちょうどワールドカップの時で, ブラジルが得点すると花火が上がるので, 室内にいてもサッカーの成果がすぐわかると, ブラジルのサッカー熱も伝わってきたり, 海外でも日本食がこんなによくできていると感心した。最近タイ出張から帰国して体重は6kg減量し, 尿酸値は7.7から6.9U/l, 総コレステロールは265から192mg/dl, 中性脂肪は251から46mg/dl, HDL 46から52mg/dl, LDL 169から131mg/dlと基準値内に改善した。
 海外出張の多い企業の方について, 肝機能障害, 肥満の予防と阻止に役立ちたいと, 夢が広がった。
 
考察
 
 外来での指導は中断しやすいが, 定期的なEメール指導の約束が目標達成の実行と中断防止に役立った。外食のデジタルカメラの画像は栄養評価がしやすく, 結果に対して説得力がある点, 個人の嗜好に合わせやすく, 今後さらに活用されていくと考えられる。一方, Eメール指導単独では顔が見えず反応把握がむずかしい面が認められた。
 
Eメールを始めた動機と感想
 人間ドックで生活習慣病を指摘され, 栄養相談の必要を認識しても, 近年の経済不況の時代では人員削減により仕事の個人負担が増加して, 相談に来る余裕の時間がないことがうかがわれる。来年のドックまで来られないと生活習慣の改善はそのまま忘れられ, 人間ドックを受けた意味がないので, どうしたらよいか悩むところであった。その時メールで食事記録や体重記録の報告はできるかと聞くと, メールでやってくれるならできると即答した相談者とメールによる栄養指導を始めた。この方法は, 忙しい患者の時間の節約に役立った。メールを通じての出会いから, 性格, 趣味などを知ることもできた。
 
まとめ
 
 メールによる栄養指導は人間ドック受診後の生活習慣病改善に対して, 自由な時間に送信して相談できることなど, 現代人のニーズに適応した指導法であることが示唆された。ただし, 面接指導との二面からの指導が必要であることは当然である。なお, 今後の課題は健康保険に適応されることである。
 

*1 Dietary Consultation by E-mail: Its: Effectiveness and Problems
*2 ライフ・プランニング・センター栄養士
第49回栄養改善学会(2002年9月13〜14日), 沖縄市宜野湾市
 
 
 
臨床研究
飲食の援助*1
湯山邦子*2 峯岸典代*3
 
はじめに
 
 私たちにとって食べることは, 生命を維持するうえで欠くことのできないことであり, また食事を楽しめるということは人生における大きな喜びでもある。しかし, 病の進行により, 食欲が低下して, あるいは消化管閉塞など器質的問題によって食べることが不可能になることは, 「死」を身近に感じることであり, 患者, 家族にとって不安の増大から危機的状況に結びつく要因にもなる。
 それだけに「食べられる」ということは, 栄養が摂れている, まだ生きられるといった思いから, 日常生活を送るうえでの大きな安心感につながっていると考える。ゆえに, 食べたい, 食べてほしいとの思いを最後まで持ち続ける患者, 家族は多い。
 患者の飲食が困難となった時, 「食べる」ということが, ただ単に身体的な面のみならず, 心理, 社会, スピリチュアルな側面・要素を含んだものであることを認識する必要がある。また, 全人的視点でその原因をアセスメントし, 他の不快な症状のマネジメントを行いつつ, 患者, 家族の思いを受け止めなければならない。そして, チームメンバーが協力してこれに取り組み, 最後まで関わり続けることが大切である。
 
終末期の患者にとっての“食”の意義
 
 病気の人にとって, 治癒のためには, 栄養が必要であり, また食べ物と病状が関係する場合には, 食べ物を制限することも必要になる。しかし, 終末期がん患者にとって食べることの意義は, 栄養や摂取量が一定以上, 平均的な生活をしている人を基準にした必要な量を摂取できることではないだろう。健康な時の生活においては, 何かにつけて食べたり, 飲んだりすることばかりであるといっても過言ではないだろう。それは, 楽しみであったり, 人とのコミュニケーションをとる場となっている。そのことが不可能になった患者にとっては, どんなに辛いことかと想像する。消化管閉塞のある患者や, 嚥下障害のある患者が, 一口で“パクパク”食べられたり, 一気に“ゴック”と飲めたらどんなにうれしいことだろうと言っているのをよく聞く。食べる動作や, 量に気を使っていると, 味わうこともできない, そのうち疲れてしまって食べたくなくなってしまうことも, またよくあることである。
 終末期のがん患者にとっては, 食べることが空腹を満たすためや, 味わうという楽しみから, “仕事”になっている。それは, いくら必要所要量の栄養を摂らなくてもよいといっても, 患者にとっては食べることが, 先にも述べたように生きられるというバロメーターであり, 食べないと生きられないという切実な思いになっているからである。食欲がなくなったとか, 食べられなくなったという患者さんに, 無理しなくてよいとか, 身体が必要としているだけしか食べられないかもしれないということがあるが, その人の食べることに対する考えを理解したうえでの援助を検討しなければならない。
 ホスピス・緩和ケア病棟であっても, 献立, 食材, 味付け, 食べる環境, 時間などは自宅と同様にはできない。どこまで可能になるかは, 施設によってかなり差があるだろう。しかし, これらのことが, 患者さんの食べること, 食べられることを阻害していることは確かだと思う。それらのことを第一に, 飲食への援助について考えることが重要である。
 
食欲のメカニズム1)
 
 食欲の本体は視床下部の食欲中枢にある摂食中枢と満腹中枢からなり, この両者がバランスをとって摂取量の調節をしている。食欲中枢は, 体液性伝達と神経性伝達により調整されている。体液性伝達には, 血液中のブドウ糖, 遊離脂肪酸, ケトン体, インスリンなどがある。一方, 神経性伝達には, 胃壁の伸展を自律神経系を介して感知する末梢性のものと, 大脳に存在する視覚, 嗅覚, 味覚, 温覚, 触覚などの諸感覚中枢からくるものがある。
 したがって, 食欲を調節するには2つの方法が考えられる。ひとつは, 血中ブドウ糖量や血中化学物質を調節し, 体液性伝達を刺激することである。もうひとつは食事内容を変えたり, 食事環境に変化をもたせたりして神経性伝達を刺激することである。
 
終末期がん患者が食べられない原因
 
1. がんによるさまざまな身体症状
 疼痛, 悪心, 嘔吐, 悪液質などのさまざまな症状により食事を摂りたいという意欲も低下してくる。また, 高カルシウム血症などの電解質異常からくるせん妄, 傾眠による意識レベルの低下に伴い, 経口摂取が難しくなることも少なくない。
 
2. 治療によるもの
 放射線治療や薬剤による後遺症として現れることの多い味覚異常から食欲低下を招くことも多い。また, 口内炎など, 口腔内環境が変化することが多いことも, 経口摂取に対して大きく影響してくる問題である。時に高カロリー輸液が継続されていることが空腹感の欠如を招き, 食欲の低下につながることも少なくない。
 
3. 心因性のもの
 死に対する不安や, 社会, 家庭における役割の変化による喪失感, 価値観の変化から抑うつ傾向になることがある。また, 対患者, 対医療者との関係性におけるストレスが食欲低下の引きがねになっていることがある。
 
4. 環境の不備
 病院の食事時間や味付けの好みが今までの食習慣に合わないことや, 病室の環境(温度, 臭気, 採光)が食欲を妨げるものであったり, それまでの慣れた環境の中で家族や親しい人と共に摂取していた食事が今まで通りにはできなったことなどが影響することがある。
 

*1 Supportive Cares in Eating and Drinking
*2 総合病院衣笠病院ホスピス病棟
*3 ピースハウス病院
『ターミナルケア』増刊号「ナースのためのホスピス緩和ケア入門」(vol12, 2002)に掲載







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION