ホスピスケアにおける転倒の特徴
◇転倒の原因
・せん妄をきたすケースが多い
・病状の進行と共にADLが低下することと「自分でできる」という意識とのギャップが生じる
・眠気・脱力をきたす薬剤の使用
・病状の急変
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これはピースハウスのホスピスケアの現場における転倒の特徴として考えることです。転倒の原因について, 終末期の悪性腫瘍の特徴からしてもせん妄をきたす患者さんが非常に多いです。そのせん妄の状態によって転倒の危険が増強される。それが直接の転倒に至る前の原因になるケースが多いということが1つあると思います。
それからもう1つは午前中の仲先生のお話の中にも出ていたと思うのですが, 病状の進行とともにADLが徐々に低下してくる現象があります。倦怠感が進んでくるとか脱力感が進むということもあって, 昨日までできていたのになんだか筋力が本当に落ちて, それこそしゃがんだら立ち上がれなかったとか, あるいはトイレからの立ち上がりが難しくなった自分に気がつく, そういうことを患者さんは体験されると思うのです。「この間はできたから」「まだ自分は動ける, 大丈夫」という意識と実際の筋力が落ちている現象とのギャップが生じる時期があるということです。
眠気とか脱力感をきたすような薬剤の使用ということは現実的に非常に多いと思います。制吐剤に関してもモルヒネの吐き気をコントロールするのにセレネースなどをけっこう使いますし, あるいは鎮痛補助薬などに関しても使い始めにかなり眠気が生じたり, あるいは脱力感が伴う。眠剤なんかは中途覚醒の際に本当に脱力しているというケースは通常の口床のなかでも多く体験すると思いますが, そういう薬剤の使用頻度も高いということ。
あとは病状自体が急変するということもあると思います。28例のなかに1例胃がんの患者さんですが, これはどちらが先か, 看護師が行ったときにはわからなかったのです。転倒したからそうなったのか, そうなって転倒したのかわからないのですが, お手洗いで吐血をした状態で発見されたというケースがありました。その直前まで自分でお手洗いにきちんと行けていた患者さんだったのですが, でもお手洗いのナースコールを押してくださったんですね。ナースが行ったときには意識はあったのですが吐血をしてかなりの血液の中に倒れていたというケースがありました。
◇転倒の影響
患者 身体の損傷・身体機能の低下
セルフイメージの変化
家族 罪悪感 不全感
スタッフ 罪悪感 不全感
本人の意思を尊重したい
VS
安全確保のための管理
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転倒が起こったことによる影響ということを考えてみます。患者さんは実際に傷を負う, あるいは骨折をするなどの身体の損傷やあるいは身体機能を低下させてしまうということになります。それから「こんなことで立ち上がれなくなったなんて情けない」とか, こんなことで転んでしまった自分の体の衰弱を身にしみて感じるということの精神的ダメージ, それが次のステップに進むためにつらいけれども仕方のないプロセスではあるとは思うのですが, そのような意味で自分のセルフイメージは変化せざるを得ないという状況があります。
それからご家族はすべての方というわけではないですが, もう少し自分たちが付き添ってあげればよかったんじゃないかとか, 見守りができればこんなことにならなかったんじゃないかというような罪悪感を抱かれたり, あるいは自分たちには病状の進行を止められない, それが転倒ということをまた招いてしまったというやるせなさみたいなことをおっしゃる。スタッフも同じだと思います。仕方がないとか, 病状の進行に伴ってとか, 患者さんのやりたいという気持ちがあったんだからということも思うのですが, でも自分たちのアセスメントの足りなさがあったかもしれない, あるいはそういう意味での罪悪感をもつ。それから不全感をもつ, ということはあります。そこは本当に本人の意思をなるべく尊重したい。意思といってもどのぐらい明瞭な意思表示なのかということはもちろんあるのですが, 徐々にADLが落ちていくような患者さんが, それでもやはりトイレだけは自分で歩いてポータブルトイレなんか使わないで, 這ってでもトイレに行って排泄をしたいという患者さんの意思と安全確保というときに, ジレンマというものが付きまとうと考えます。
◇ピースハウスの場合?
夜勤帯, 特に, 深夜帯のスタッフ数が少ない時間の事故が多い。
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これはピースハウスの場合かとも思います。これは各施設の勤務体制や環境の違いで考えなくてはいけないことだと思います。夜勤帯, とくに深夜帯のスタッフが少ない時間帯の事故が今回14件ありましたので, 全体の半分がそのような時間, とくに深夜帯の事故だったわけです。これはピースハウスとしては, 本当に考えなくてはいけないなと思わされたことです。というのは, やはり先ほどの抑制と同じで, なるべく患者さんたちの意思を尊重して拘束するというかたちではなく, 見守りでなんとかサポートしていこうという姿勢でかかわりますが, それは昼間の時間帯, 目がたくさん行き届いて, あるいはボランティアや他の職種もいてという時間帯ですと非常に行き届くと思います。
ただ, 同じ方法を3人しかいない夜勤帯にも同じように適用させるにはやはり無理があるんじゃないかということを, 今回これをまとめて非常に反省させられた部分ではあります。だから具体的にどうするという名案はなかなか浮かんでこないのが1つと, あとは離床センサーを導入したということはずいぶん変化としては大きかったと思います。
昼間の時間帯の見方というのは, せん妄の患者さんに24時間見守ると書きましたが, ご家族のいない時間帯でも目が離せない方の場合, ピースハウスの場合は非常にボランティアが大勢かかわってくださっていますので, ボランティアの方にベッドサイドにいてもらって危険のないように見守っていただくという方法をとったり, あるいはチャプレンとかソーシャルワーカーも時間があるときにはそばに行って見ていてくれるとか, なんとかつなぐということの協力体制が昼間の時間帯はとりやすいということが特徴としてはあると思います。
事例から
<事例1>薬剤への対処が足りなかったケース
この患者さんは66歳の男性で耳下腺がんの方です。入院時に小脳と肺, 肝臓に転移があって, 脊椎転移も疑われているというケースでした。入院時の主訴は両下肢の痺れと脱力, めまいとふらつき。とりあえず歩行するときは一緒に支えて歩くということはできる程度のADLでした。脊椎転移はかなりの確率で疑われたのですが, ご本人がその精査をすることも希望されないで, とにかくホスピスに行ってのんびりと過ごしたいということでホスピスに転院されました。病名や病状, ふらつくのがなぜか, 小脳転移の影響や脊椎転移ということがどんなことなのかということは, 本人は承知しておられました。奥さまがずっと付いて一緒に過ごされていた方ですが, 入院して20日後に脊椎の圧迫症状としての痺れ感がかなり進行して, 足の動きなどもさらに悪くなってきていましたので, とりあえずステロイドをスタートしたり, 尿閉も起こされましたので膀胱カテーテルを留置するという処置をしています。その翌日に, 痺れに対してなんとかならないかということでアナフラニールとケタラールの点滴をしてみようということになって, このときは眠前の指示ということで指示が出ています。そしてそれをスタートしています。
薬剤がどういう効果を期待してそれが選択されたかということは患者さんに説明はされていましたが, ふらつきの可能性についてはおそらく医師も看護師も眠前の実施ということだったのでそのまま眠って過ごされれば問題はないだろうという判断があったと思います。ふらつきの可能性については十分な説明がされたという記載はありませんでした。とにかくそれまであまり眠れていなかったので早く薬剤を使って眠り始めたいということで転倒した前の日の20時半から点滴をスタートしています。疲労もあって入眠をされて午前3時にナースコールがあり, そのときにはこの方は膀胱カテーテルを留置していますので排便の訴えで, それではトイレに行きましょうということで車椅子にナースの介助で移って, それで移動して排泄をして, 排泄中は「大丈夫ですから看護婦さん出ていてください」ということで, ナースはそのときそばを離れたということです。排泄をしたときにフワッとなって右側にパターンと倒れて右の額に裂傷を負ったというケースです。
この方はもともとの血庄が120前後でそう高い方ではなかったんですが, その転倒時には160ぐらいまで上がっていました。転倒による反応として上がるということもあるか, あるいはケタラールで若干高めになっているかわからないのですが, そういった具合があった。ベッドに戻ってお休みいただいて他にはとくに大きな変化がなかったのでそのまま様子をみたというケースです。それ以降はお手洗いの使用時はなるべく家族かナースが見守るか頻繁に声をかけるという態勢に変更しています。
このケースで考えさせられた点というのが, 薬剤使用の時間帯ですね。たしかに眠ればいいじゃないかという指示を受けたナースの側も十分なアセスメントが足りなかったんじゃないかと思います。やはり初めてそういった比較的ボーッとするとか眠気が強くなるような薬剤を使用する, あるいは効果を判定するのには最初は昼間に使ってみるということを行うべきではなかったかという反省がありました。
やはりそういうふらつきが増強されるという可能性についてご家族や患者さんに十分な説明をし, ナースももっとその認識をしっかりもつべきではなかったのかということで反省されたケースです。
<事例2>せん妄が強かったケース
この方は終末期のせん妄と分類していいのかわからないのですが, 88歳の男性で膀胱がんの術後再発で肺転移が疑われて胸水も溜まって, 胸水から細胞診でクラス5だったという方です。脳梗塞と奥さまが亡くなった後からうつの発病があったという既往のあるケースです。
うつは2年ぐらい前からあったようなんですが, 入院の相談を受けていて入院の予約になっていましたが, 在宅で過ごしていたところご家族から不随運動を伴うせん妄と, どこが苦しいのかわからないけどとにかく苦しそうな顔をして脂汗をかいて苦しんでいるので入院を早めてもらえないかということで, ご相談に来られて, それで急きょ入院になったというケースでした。
入院時にもやはり不随運動が上下肢の小刻みな不随運動と落ち着きのなさ, 構音障害は脳梗塞のためにあったようなのですが, 構音障害があって何を訴えたいのかよくこちらも把握できず, ADLはもちろん臥床です。やはり脂汗をかいたような感じで, とにかく苦しそうな表情をしていらっしゃる。診察をして下腹部の緊満がかなりあったので導尿をしたところ650ccの排尿があったというエピソードがあります。自宅でもベッドからときどきずり落ちていたということも, アナムネをとったときにわかっていました。
この方のせん妄の原因が何なんだろうかということと不随運動があまりにも著しかったということで, うつの薬剤を比較的長期に精神科から処方されて内服されていたということで薬剤誘発性の不随運動もあるのではないかということを考えました。その時点で経口摂取がかなり困難な状況でしたので, それらのお薬をいったん全部切って, かなり叫んだり暴れたりするような興奮状態が強かったのですが, アカシジアをきたす可能性のある薬剤が使えませんので, セレネースも使う選択にはならないだろうということで使用しませんでした。
入院したその晩, ご家族に夜おいでいただこうかとご相談もしたのですが, 家族もなにしろ疲れ果てていて, とにかく休みたいということが先にありましたのでベンゾジアゼピンを使って少し睡眠を確保するということを選択しています。それはご家族とも相談をしてその日は点滴でゆっくりドリップをして眠っていただきました。経口摂取が数日前できなかったので, そういった興奮した患者さんに点滴を1日1,000ccでスタートしました。
4日間は点滴を何回も抜去していました。入院4日目までそういう対処をしていたのですが, 夜中の2時に訪室したところ床で患者さんが寝ていたのを発見して, とくに外傷はなかったんですが, そのときは目をパッチリ開けて「どこも打ってないですか」と言ったら「どこも打ってない」ということをはっきりお返事をなさっていたということです。
4日目ぐらいから不随運動もかなり減少してきています。輸液も何度も抜去して不随運動の減少とともに少しせん妄も収まってきたので, 患者さんもとにかく点滴はイヤだということをおっしゃることと, ご家族もようやくそれを患者さんの口から聞いて承知をなさって経口摂取を少量ずつ開始して, その後は経口摂取をして過ごしています。
夜間はベンゾジアゼピンをCSI(持続皮下注入法)で使い睡眠を確保して, 昼間は起きて過ごすという生活パターンを作っていって, 全部で45日ぐらいの経過だったと思います。後半はかなり興奮もなくて落ち着いていかれたというケースがありました。この方の場合も当初のせん妄の時期にベッドからの転落があったという方です。
このケースではやはり入院当初に, 患者さんの病状を掴むための精神科からの情報があまりいただけていなかったことなどで, 手間取ってしまったということがあり, また, ご家族はそれまで普通にお家で食事を食べて過ごしていた方が, 輸液などを何もしない状況でそのまま見過ごしていいのだろうかと, 私たちの方は, 精神科の病院にいったん転出していただこうかとかいろいろな相談をやりとりをしながら最初の4日間を過ごしたケースだったんですね。輸液を1,000ccしたということもその拘束感自体が, 興奮をして, 高齢で, 新しい環境に身を置いた人にとって適切であったのだろうかという反省が私たちの中ではありました。せん妄を助長する原因の1つにもなってしまったんじゃないかということを反省させられたケースです。
<事例3>病状が徐々に進行し脱力とふらつきがあったケース
病状が徐々に進行していったときの脱力とふらつきがあったというケースです。この方は51歳の男性で膵がんの患者さんでした。多発性骨転移もありました。入院時は背部と腰部の痛みのマネジメントをしてほしいということと, 奥さまが神経難病でいらして, お子さんのいないご夫婦だったのですが, ご自宅では, むしろこの患者さんが奥さまのお世話をしていたような経過があったものですから, それも自分の苦痛のために難しくなったということでホスピスに入院になっています。奥さまはようやく杖歩行をするぐらいの方でした。
この方は全部の入院期間が117日と比較的長い経過をたどった方なのですが, その90日目に転倒をされています。喫煙が唯一の楽しみで, 4人の相部屋にいました。ピースハウスは館内は禁煙で喫煙室と外のテラスの喫煙場所で喫煙していただくのですが, そこへの移動の際にいつも自分で歩いて行かれていました。その歩行の途中に足がもつれて転倒して, 一番最初に眉間を打ち, そこを裂傷して鼻出血を起こしたという患者さんです。
このとき患者さんは, 転んでしまったということにショックを受けて, 奥さまも転んでしまったご主人に自分も障害があるわけですけれども, 非常にかわいそうだというか何もしてあげられなくて衰弱しているのを見ているということで, 心を痛めたという時がありました。
この方の場合は, 倦怠感がますます強くなってきて, 膵がんで吐き気もずっとあって, 吐き気のマネジメントのために2種類ほど制吐剤をモルヒネに加えてCSIから入れていたのです。それも眠気を助長させる要因にはなっていたと思われます。その後, 眠気も強くて転倒してしまったということで少し薬剤の調整をしようということになり, 全体に持続皮下注射の薬剤の量を減らしてみたのですが, やはり痛みの出現と吐き気が強くなるという現象が起こって, またすぐに元に戻したという経過があります。
この方は本当に最初はまったく普通のADLで痛みのコントロールさえすれば普通に過ごせるという状況で入院してこられていて, その経過のうちに徐々に衰弱していくプロセスで起こった典型的な事例だったと考えています。
この後も1週間ぐらいは何とか自分で歩いてタバコは吸いに行きたいということで, なるべく廊下の手すりにつかまりながら移動していただくことをしました。残りの日は車椅子で喫煙しに行くということを, 本当にギリギリまで続けていた方です。
<事例4>転倒→骨折→衰弱の経過をたどったケース
この事例の方は非常に私達のホスピスのスタッフも心を痛めたケースでした。80歳の女性で肺がんで骨転移, 肝転移のあった方です。息子さんが比較的お近くに住んでいたのですが, 離婚をされて息子さん1人で住んでいて, このお母さんはきっと息子はまた再婚するだろう, だから自分が一緒に住んでいると息子の再婚を妨げるので, 自分は別に住み続けるんだとお一人暮らしでずっと頑張っておられた方です。でも, 肺がんが見つかって, 肺がんが見つかったときも全部最初に自分で病状や骨転移のこと, 肝転移のこともすべて医師から聞き出して, 自分の身の振り方を自分で決めたという非常に気丈なお母さんでした。ホスピスも自分で探して, 相談に来られています。
ホスピスに入院することになったのは, 左腕の痛みによる挙上困難があって, 労作時の呼吸苦がかなり強くなり, 家事をするのが困難になったので, ホスピスを選んで入院となっています。自分のことは自分でして, なるべくナースの手を煩わすのは申し訳ないというような心持ちの非常に強い方でした。
入院後の過ごし方は, 痛みはあったのですが, 症状マネジメントとして, ステロイドも使い始めたり, あるいはモルヒネも使い始めてアートプログラムといって午後の時間にお花を生けるとか押し花を作るとか, 絵を描くとかそういう小さな会が毎日あるのですが, その毎日あるアートプログラムを楽しみにして出かけていくということを日課のようにされるようになったというケースでした。
この方も78日間の全部の経過の時期の69日目に転倒というか尻もちをついています。夕方になったのでカーテンを自分で閉めようと思ったそうです。そのカーテンも窓が高い位置まであって, そこからの長さのあるカーテンなので, けっこう力を入れないと, 軽くは引けないカーテンなのですね。おそらく苦労をしたんじゃないかと思いますが, そのカーテンを自分で閉めようとしてそのときに尻もちをついて大腿骨頸部骨折をしています。
この時期には病状のほうもかなり進行してきていまして, 倦怠感も著しかったですし, 下肢の浮腫が著明になって「歩くのが大変になってきたわ」とおっしゃり始めていた時期ではあったのです。骨折をしてその後臥床するという状況になってしまったわけです。骨折したときも, この方ご自身はずっと本当によくこれまで自分で頑張っていたし, もう自分はそこそこの年齢だし, 仕方がないのよということはおっしゃっていましたが, 骨折した3日目ぐらいから見当識障害が急速に進行してきて, それに伴って経口摂取も減少して徐々に衰弱されて, 78日目に亡くなられるという経過をたどったのです。
全身状態が進行していたということはあったにしても, やはりこの骨折というアクシデントがきっかけになって気力の面でももちろんQOLという意味においても非常に著しい低下をきたしてしまったのです。しかもご自分でカーテンを閉めようとしてという状況だったものですから, ナースとしては自分たちがそういうことにちゃんと気がついてやっていれば・・・という, そんな思いを抱いてスタッフ間ではとても死期を早めてしまったんじゃないかという思いを抱いたケースです。
この患者さんからはターミナル期の患者さんたちというのは, このような事故が死に直結していく方たちだということが1つの特徴としてはあるということを, 高齢の方ももちろん同じだと思いますが, 考えさせられたケースです。
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