日本財団 図書館


臨床研究
高齢者の脱水状態の予防に関する研究の課題*1
梶井文子*2
 
 近年, 猛暑となる夏季になると, 脱水や熱中症等により死亡する高齢者の報道が多くなる。高齢者は, 身体特性である体内の総水分量が減少していることや, 水分と塩分のバランスをコントロールする調節機能が低下していること, さらには感覚機能の低下によって, 口渇感や口腔内の乾燥を自覚することが鈍くなるなどさまざまな原因によって脱水状態に陥りやすい。特に疾患や障害をもっている介護を必要とする高齢者の場合には, これらの身体状況だけでなく, 介護する側の介護方法を含む生活環境もとても重要な問題である。このように, 高齢者にとって脱水状態の予防は, QOLにつながる重要な課題であるといえよう。
 これまでの研究成果から, 介護を必要とする医療施設や介護施設に入院・入所されている高齢者や, 在宅で元気に暮らしている健康な高齢者に対して, 脱水状態をできるだけ早期に発見するためには, 毎日の生活の中で, どのような観察項目が可能かを検討してきた結果, これまでの飲水量や食事量などの体に入る水分量と, 尿量などの体外へ排泄される水分量のバランス状態や, 発熱等の脱水状態のチェック項目に加えて, 自分自身でもまた介護者もチェックができる項目が明らかになった。これは, 腋の下などの一般に皮膚が密着している場所が乾燥している状況がある場合や, 舌が乾燥していたり, 深い溝が多くある場合には, 脱水状態にある可能性があるため, 多くの水分の補給が必要であろう。また身体状況の改善が見られない場合には医師の診察を必要とする。
 また一方, 高齢者の脱水状態を予防するための具体的な支援方法である水分の補給方法については, 特に脱水状態を予防という立場で行った研究はこれまでほとんどなく, 高齢者に対して経口的に摂取する水分を, その内容や量の違いを検討した研究がないことから, 今後, 健康な高齢者から, 虚弱・要介護高齢者などの健康レベルの異なる対象者に, 効果的に脱水状態を予防できる具体的な水分補給に関する支援方法を検討することが研究課題である。
 

*1 Perspective in Studies for Prevention of Dehydration among Elders
*2 聖路加看護大学老年看護学助手
 
 
 
臨床研究
介護予防のためのごはん食の必要性に関する研究*1
細谷憲政*2  杉山みち子*3  五味郁子*4
阿部喜代子*4  古賀奈保子*5  清水瑠美子*6
鶴見克則*7  平野真澄*8  藤谷朝実*9
星野和子*10
 
研究目的
 
 高齢者の最大の栄養問題はタンパク質・エネルギー低栄養状態(protein energy malnutrition, PEM)である1)。高齢者が要介護状態になるのを予防するには, 高齢者の個人個人の栄養状態を評価・判定し, それに基づいて適切な栄養補給を実施することである2)。一方, 日本人の食生活が欧米型になったことからみられる糖尿病や高血圧, 高脂血症などの生活習慣病を予防, 治療することが健康維持・増進の第一であると言われていることから, 高齢者になっても, 主食となるごはんや食事量を意図的に制限している者が少なくない。そこで, 本研究は, 高齢者のごはんの制限の実態と低栄養状態出現の頻度との関連を明らかにするとともに, 高齢者の個人個人の栄養状態に基づいて, ごはんの制限の無意味さとごはんの摂取の必要性を明らかにすることを目的として実施した。
 
対象と方法
 
1. 対象者
 対象者は, 札幌市, 福井県, 茨城県, 長野県, 静岡県の一般病院, 介護老人保健施設, 在宅訪問など6施設においてケアを提供されている高齢者(以下, ケア高齢者)および在宅で自立し活動的な日常生活を送る高齢者(日野原重明主催「新老人の会」の参加者, 以下健康高齢者)であった。対象者の内訳は, 入院患者134名, 介護老人保健施設入所者56名, 在宅訪問利用者170名, 健康高齢者171名, 計531名であった。対象年齢は50〜60歳代37名, 70歳代233名, 80歳代196名, 90歳以上65名であり, 70〜80歳代が80.8%であった。
 
2. 調査内容
 調査は, 管理栄養士による栄養状態の評価と調査用紙を用いる面接調査を行った。栄養状態の評価は, 血清アルブミン値, 身体計測値(身長, 体重, 上腕周囲長, 上腕三頭筋皮脂厚, 下腿周囲長)について行った。調査にあたった管理栄養士は, いずれも一定の研修を受けて, 身体計測等に熟練した者であった。
 ごはんの摂取状況は, 問診により, 「制限している」, 「積極的に摂取している」, 「あまり意識していない」の3項目から選択させた。また, ごはんの摂取の判断理由は「肥満を予防, 改善するため」, 「糖尿病コントロールのため」, 「その他の生活習慣病を予防, 改善するため」, 「その他」の選択形式で調査した。さらに, ごはんの摂取の判断については, 「医師の助言」, 管理栄養士やその他の「専門職の助言」, 「自分自身の判断」の選択形式で質問した。
 
3. 調査期間
 調査期間は, 平成14年11月から平成15年1月31日までであった。
 
4. 解析方法
 解析の対象者は, 50〜60歳代を除いて, 70歳以上とした。入院患者, 介護老人保健施設入所者および在宅訪問利用者である「ケア高齢者」, 「新老人の会」参加者である「健康高齢者」について, 低栄養状態の出現頻度ならびに身体計測値の平均値を比較, 検討した。
 さらに, PEMの中等度リスクのカット・オフ値である血清アルブミン値3.5g/dLおよび対象者の中央値である4.0g/dL, 日本肥満学会による「やせ」のカット・オフ値であるBMI18.5および対象者の中央値である男性21.5, 女性20.8を基準にして, 対象者をPEM群, PEM予備群, 非PEM群の3群に区分した。すなわち, 血清アルブミン値≦3.5g/dLあるいはBMI<18.5を「PEM群」, 3.5g/dL<血清アルブミン値≦4.0g/dLあるいは18.5≦BMI中央値を「PEM予備群」, 血清アルブミン値>4.0g/dLかつBMI中央値を「非PEM群」として, ごはんの摂取状況を比較, 検討した。
 平均値の比較には一元配置分析を行い, 率の比較にはX2検定を行った。以上の解析はSPSS ver.10を用いて行った。
 
結果
 
1. 対象者の概要
 対象者494名のうち入院患者, 介護老人保健施設入所者および在宅訪問利用者を合わせたケア高齢者は男性81名, 女性244名, 計325名であり, 健康高齢者は男性85名, 女性84名, 計169名であった(表1)。平均年齢は, ケア高齢者は男性80.9±7.3歳, 女性83.0±7.0歳であり, 健康高齢者は男性79.2±4.4歳, 女性78.1±4.2歳であった。
 
表1 対象者の概要
†: mean±SD
§: PEM; alb≦3.5g/dLand/orBMI<18.5
PEM予備群;3.5g/dL<alb≦4.0g and/or18.5≦BMI<中央値(男性21.5, 女性20.8)
非PEM; 4.0g/dL<alb and 中央値≦BMI
*; p<0.05, **; p<0.01, ***; p<0.001, n.s.; not significant(ケア高齢者vs健康高齢者)
 
 血清アルブミン値は, 男性は平均3.9±0.5g/dL, 中央値4.0g/dLであり, 女性は平均3.9±0.4g/dL, 中央値4.0g/dLであった。BMIは, 男性は平均21.6±3.8, 中央値21.5であり, 女性は平均21.1±3.6, 中央値20.8であった。
 血清アルブミン値の平均は, ケア高齢者では男性3.8±0.5g/dL, 女性3.9±0.4g/dLであり, 健康高齢者は男性4.1±0.2g/dL, 女性4.2±0.2g/dLであって, いずれも健康高齢者よりケア高齢者の方が有意に低値であった(p<0.001)。内訳は, PEMの中等度リスクのカット・オフ値である血清アルブミン値≦3.5g/dLの者の出現率は, ケア高齢者では男性27.2%, 女性17.2%であったが, 健康高齢者では男女とも0%であって, 低アルブミン血症の割合は, 健康高齢者よりケア高齢者の方が有意に高値であった。3.5g/dL<血清アルブミン値≦4.0g/dLの者の出現率は, ケア高齢者では男性32.1%, 女性42.2%であり, 健康高齢者では男性12.9%, 女性13.1%であった。血清アルブミン値>4.0g/dLの者は, ケア高齢者では男性34.6%, 女性32.4%であり, 健康高齢者では男性30.6%, 女性29.8%であった。
 一方, ケア高齢者と健康高齢者のBMIの平均値に優位な差はみられなかったが, やせのカット・オフ値18.5を下回る者は, ケア高齢者では男性27.2%, 女性21.7%であるのに対して, 健康高齢者では男性8.2%, 女性11.9%であって, やせの出現率は健康高齢者よりもケア高齢者の方が有意に増大していた。18.5≦BMI<中央値の者は, ケア高齢者では男性18.5%, 女性17.6%であり, 健康高齢者では男性30.6%, 女性27.4%であった。BMI≧中央値の者は, ケア高齢者では男性37.0%, 女性36.5%であり, 健康高齢者では男性52.9%, 女性59.5%であった。
 血清アルブミン値≦3.5g/dLあるいはBMI<18.5の「PEM群」は, ケア高齢者では男性48.1%, 女性37.3%であり, 健康高齢者では男性8.2%, 女性11.9%であって, PEM群の出現率は健康高齢者よりもケア高齢者の方が有意に高かった。3.5g/dL<血清アルブミン値≦4.0g/dLあるいは18.5≦BMI<中央値の「PEM予備群」は, ケア高齢者では男性22.2%, 女性29.5%であり, 健康高齢者では男性17.6%, 女性23.8%であった。血清アルブミン値>4.0g/dLおよびBMI≧中央値の「非PEM群」は, ケア高齢者では男性19.8%, 女性12.7%であり, 健康高齢者では男性14.1%, 女性13.1%であった。
 
2. ごはんの摂取状況
 ケア高齢者のPEM群では, ごはんの摂取を「制限している」者は16.9%, 「意識していない」55.4%, 「積極的に摂取している」25.4%であった(図1)。ケア高齢者のPEM予備群では, 「制限している」33.3%と「意識していない」48.9%で80%以上を占め, 「積極的に摂取している」者は16.7%にすぎなかった。一方, 非PEM群では, 「制限している」者が21.3%, 「意識していない」者が36.2%までに減少し, 「積極的に摂取している」者は40.4%であり, PEM群, PEM予備群に比べて増大していた。
 また, 健康高齢者のPEM群では, ごはんの摂取を「制限している」, 「意識していない」, 「積極的に摂取している」の順に0.0%, 88.2%, 5.9%であり, 「意識していない」者が大多数であった。PEM予備群では, 「制限している」22.9%, 「意識していない」62.9%であり, 「積極的に摂取している」者は11.4%にすぎなかった。一方, 非PEM群では, 「制限している」者が17.4%, 「意識していない」者が47.8%まで減少し, 「積極的に摂取している」者は30.4%であり, PEM群, PEM予備群に比べて増大していた。
 
図1 ごはんの摂取状況
 
3. ごはんの摂取を制限する理由
 ごはんの摂取を制限している理由は, ケア高齢者においては, PEM群で, 「肥満を予防, 改善するため」13.6%, 「糖尿病コントロールのため」31.8%, 「生活習慣病を予防, 改善するため」9.1%であった(表2)。PEM予備群では「肥満を予防, 改善するため」, 「糖尿病コントロールのため」, 「生活習慣病を予防, 改善するため」がそれぞれ30.0%, 36.7%, 6.7%であり, 非PEM群ではそれぞれ50.0%, 40.0%, 20.0%であって, PEM群, 非PEM群いずれも肥満と糖尿病のためのごはんの摂取制限が多数であった。
 健康高齢者においては, PEM予備群で, 「肥満を予防, 改善するため」12.5%, 「糖尿病コントロールのため」50.0%, 「生活習慣病を予防, 改善するため」25.0%であり, 非PEM群では「肥満を予防, 改善するため」75.0%, 「糖尿病コントロールのため」25.0%, 「生活習慣病を予防, 改善するため」75.0%であった。
 また, 「誰がごはん食の制限を助言・判断したか」は, ケア高齢者においては, PEM群では, 「医師の助言」が45.5%, 「専門職の助言」が22.7%, 「自分自身の判断」が27.3%であり, 「医師の助言」が半数近くを占めた。PEM予備群では, 「医師の助言」33.3%, 「専門職の助言」20.0%であり, 「自分自身の判断」が50.0%と増大していた。一方, 非PEM群では, 「医師の助言」は60.0%, 「専門職の助言」30.0%, 「自分自身の判断」40.0%であり, 「医師の助言」が多数を占めていた。
 
表2 ごはんの摂取を制限する理由
  ケア高齢者 健康高齢者
PEM群 PEM予備群 非PEM群 PEM予備群 非PEM群
n=22 n=30 n=10 n=8 n=4
n n n n n
制限する理由
 肥満を予防, 改善するため
 糖尿病コントロールのため
 生活習慣病を予防, 改善するため
 その他

3
7
2
3

13.6
31.8
9.1
13.6

9
11
2
8

30.0
36.7
6.7
26.7

5
4
2
1

50.0
40.0
20.0
10.0

1
4
2
1

12.5
50.0
25.0
12.5

3
1
3
0

75.0
25.0
75.0
0.0
制限を助言・判断した者
 医師の助言
 専門職の助言
 自分自身の判断
1
0
5
6

45.5
22.7
27.3

10
6
15

33.3
20.0
50.0

6
3
4

60.0
30.0
40.0

2
1
4

25.0
12.5
50.0

1
0
3

25.0
0.0
75.0
 

*1 Importance of the Rice Meal for the Elderly in Prevention of Malnutrition
*2 東京大学名誉教授
*3 国立健康・栄養研究所
*4 社会保険高浜病院
*5 日本ヘルスケアテクノ株式会社
*6 愛知学泉大学, 福井県栄養士会
*7 国立長野病院
*8 (財)ライフ・プラニング・センター
*9 御殿場石川病院
*10 渓仁会西円山病院
 
参考文献
1)厚生省老人保健事業推進等補助金研究:高齢者の栄養管理サービスに関する研究報告書(主任研究者松田朗), 1997, 1998, 1999.
2)細谷憲政, 松田朗監修, 小山秀夫, 杉山みち子編:これからの高齢者の栄養管理サービス−栄養ケアとマネジメント−, 第一出版, 東京, 1998.







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION