考察
本研究は, 高齢者のごはんの摂取制限の実態と低栄養状態出現の頻度との関連を明らかにするとともに, 高齢者の個人個人の栄養状態に基づいて, ごはんの摂取の制限の無意味さとごはんの摂取の必要性を明らかにすることを目的として実施した。
1. 低栄養状態でごはんの摂取を制限している高齢者
PEMはエネルギーとタンパク質の欠乏状態であり, これらの欠乏状態を改善するには十分な栄養補給が必要である。しかし, ケア高齢者のPEM群のうち, ごはんを「積極的に摂取している」者は25.4%にすぎず, 残りの7割以上はごはんの摂取を「制限している」あるいは「意識していない」者であった。これらの者は, PEMを改善するどころか, さらに低栄養状態を悪化させることになる。また, 健康高齢者においては, PEMに陥っているものは10.1%にすぎないが, その9割近くごはんの摂取に無関心であった。栄養状態の評価・判定によってPEMリスク者であることが明らかになったら, エネルギー, タンパク質を中心に他の栄養成分も十分に補給できるように, 積極的にごはんの摂取を意識して実施することである。このためには, 高齢者, その家族あるいは介護支援者に, ごはんの摂取について正しい栄養教育を実施することが必要である。
2. PEM予備群と非PEM群のごはん食摂取状況の違い
PEM予備群では, ごはんの摂取を「制限している」者がケア高齢者で33.3%, 健康高齢者で22.9%と比較的多くみられる一方, 「積極的に摂取している」者はケア高齢者で16.7%, 健康高齢者で11.4%と低値を示した。一方, 非PEM群で「積極的に摂取している」者はケア高齢者で40.4%, 健康高齢者で30.4%と他の群よりも高率に観察され, 「制限している」者の割合を上回っていた。このことから, PEM予備群では, ごはんの摂取の制限がPEMへ移行させる誘因の一つとなっていることが考えられる。PEM予備群がごはんの摂取の制限を継続していけば, さらに血清アルブミン値や体重の減少がみられるようになり, PEMに陥るリスクは増大すると考えられる。PEMを予防するためには, その前段階の状態において, ごはんを積極的に摂取するよう心掛け, PEMに移行しないように血清アルブミンや体重の維持あるいは改善に取り組むことが必要である。
また, PEM予備群のごはんの摂取を制限する理由は, ケア高齢者, 健康高齢者いずれも「糖尿病コントロールのため」が主であった。また, 全体的に制限を「自分自身の判断」によって実施している者が多くみられたが, ケア高齢者では「医師の助言」が大きく影響していることも明らかになった。「糖尿病コントロールのため」ごはんの摂取量を制限し, その結果, 低栄養状態に陥ってしまったり, その移行期にあるのであれば, おそらく高齢者はごはんの摂取の制限の必要性を長期にわたって信じ, 実践してきたことが推測される。短絡的に, 「糖尿病だから糖質やエネルギー量の摂取制限が必要である」とするのではなく, 米国栄養士会が栄養療法ガイドライン3)に提示しているように, 高齢者においては, 低栄養状態の予防, 改善を優先し, 適切な栄養補給を必要とする栄養教育を重要視しなければならない。報告者らは, 先行研究によって, 米飯を基準食としたグリセミック・インデックス表を作成し4〜6), これを新しい糖尿病や生活習慣病予防のための栄養教育として活用することを提案している。糖質やエネルギー量を制限する従来の糖尿病の栄養療法にかわり, グリセミック・インデックスを活用し, 米飯を基準として酢や牛乳・乳製品やその他のタンパク質性食品などと食べ合わせることによって糖尿病や生活習慣病などを予防することである。このような効果的な栄養教育を推進するために, 現在, データの集積と有効性の検証を積み上げている7, 8)。
3. 高齢者のPEM予防, 改善のためのごはん食
ごはん食は, エネルギー源であるでんぷんとタンパク質を主体にして, 脂肪, ビタミンB1, ビタミンB2などの各種の栄養素を配合することも可能であり, 日本人の食事としては, 最も重要視すべきものである。PEMは, タンパク質とエネルギー源の不足した低栄養状態である。タンパク質とエネルギー源からできている白米は, このような状態の改善のためには必須の食品と考えられる。また, 米のタンパク質には, 必須アミノ酸がバランスよく含まれていることからも, ごはん食を積極的に摂取することは, 高齢者のPEMの予防, 改善のためには必須の要件である。
非PEM群ではケア高齢者, 健康高齢者のいずれにおいても, 「肥満を予防, 改善するため」, 「生活習慣病を予防, 改善するため」がごはんの摂取を制限する主な理由であった。非PEM群では, PEM予防のための栄養摂取という認識は低く, 肥満や生活習慣病などの予防, 改善を健康問題の第一としている高齢者が多いのである。体重は, 高齢者本人が確認できる栄養状態の指標であるので, 高齢者自身の判断で食事やごはんの摂取を制限する場合には, 体重を目安にすることが多い。しかし, 高齢者のPEMは, 体重が指標となるエネルギーの貯蔵状態が急激に減少していなくても, タンパク質の栄養状態が低下してくることもある。高齢者は生理的, 身体機能的, 社会的, 心理的なさまざまな要因によってPEMリスクに陥りやすい。したがって, 高齢者の健康問題として, 生活習慣病の予防, 改善という視点からではなく, PEMの予防, 改善を優先して考え, 栄養状態を体重だけでなく, 血清アルブミン, 上腕筋面積などの体内のタンパク質量の指標も併せて判断していくことが必要である。ごはんは日本人の主食であり, また, エネルギーもタンパク質も摂取できる食品として, 高齢者におけるごはん食の積極的な摂取の有効性を介入研究などから検討していくことが求められる。
さらに高齢者のPEM予防を検討していくためには, 50〜60歳代の栄養状態と適正なごはん食摂取についても再検討し, 適正な栄養教育を推進していくことが今後とも必要である。
参考文献
3)Americansanbu Dietetic Association. Manual of Clinical Dietetics sixth edition. 2000.
4)杉山みち子, 安部眞佐子, 若木陽子, 中本典子, 小山和作他:米飯ならびにグリセミック・インデックスに関する研究.Health Science 2000: 16:175-186.
5)若木陽子, 杉山みち子, 中本典子, 小山和作, 安部眞佐子他:米飯と酢, 大豆, 牛乳ならびにグリセミック・インデックスに関する研究.Health Science 2001: 17: 133-142.
6)細谷憲政, 杉山みち子, 若木陽子, 中本典子, 小山和作他:ごはん食とGlycemic Indexに関する研究.平成13年度ごはん食基礎データ蓄積事業報告書. 平成12年度委託研究事業.財団法人全国米穀協会. 2002: 133-155.
7)若木陽子, 中本典子, 塩山更生, 小山和作, 杉山みち子.栄養教育システムへのグリセミック・インデックスの導入について. 日本健康・栄養システム学会誌. 2001: 17: 1166-177.
8)細谷憲政, 杉山佳子, 鈴木純子, 杉山みち子:糖尿病教育のための米飯を基準にした低グリセミック・インデックス食に関する研究. 平成12年度ごはん食基礎データ蓄積事業報告書. 平成12年度委託研究事業. 財団法人全国米穀協会. 2001: 74-79.
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