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■自分で選ぶ自分の習慣
 そこで, 私は次のような5つの生活上の選択をみなさんにしていただきたいと思います。
1. どのような環境に身を置くか
2. どのような仕事をするか
3. 何をどう食べるか
4. どのように運動, 趣味, レクリエーションをするか
5. どのように人やグループと交わるか
 そして, 危険因子を除去して, ポジティブな生き方の選択をするということです。
 食べることについて例をあげるといちばんわかりやすいのですが, 図7はハワイにおける病気の調査です。1952〜1970年までの20年間のハワイ大学と広島大学との共同研究です。1952年には, 心筋梗塞で亡くなる白人男性は25%, 白人女性は15%でした。日系人は男女ともに10〜13%くらいでした。ところが20年後には, 日系人が男女ともに白人と同じ率で心筋梗塞で死ぬようになりました。
 
図7
食習慣と病気の深い関係−ハワイの日系人と白人の虚血性疾患による死亡数割合
 
 これは食べる習慣が米国式になってしまったためにこのような結果になったのです。人種の差ではないのです。アメリカでは, 健診には胃の検査はありません。胃がんが非常に稀だからです。昔はアメリカにも胃がんはありましたが, 食事の内容が変わって, 極端に熱いものや辛いものを食べなくなってきたからです。日本もだんだんと胃がんが減ってきています。
 私たちは病気から免れることはできないのですが, 孔子はこのように言っています。「性相近し, 習相遠し」と。生まれたままの性質はだれもそう違わないが, 習慣や教育によって隔たりができるというのです。人が変わっていくのは, 生まれたときの性質, 素質, 遺伝子もあるのだけれども, それ以外の繰り返す習慣によって変わってくると。
 そこで私は, 「動物は跳び方や歩き方を変えることはできない。人間はいつでも生活する習慣を変えることができる」という人間としての習慣形成をしてほしいと思います。
 ものの考え方も習慣形成の一つです。長生きをされて98歳で亡くなられた作家の宇野千代さんが, 「人の顔つきも習慣である。顔つきが習慣になればそれはしめたものである。家の外の空気はきれいである。家の中は, 誰の顔つきも笑顔である。何(な)あんだ。これは習慣なのだからと思えば, 何事も可厭なことは起こらないのである。習慣, 習慣, と思って, 私はあははははははと大きな声をして, 笑ったものである」(『生きる幸福, 老いる幸福』)と書いておられますが, 私たちの顔には18の筋肉があって, その筋肉が働いていろいろな表情がつくられます。
 何よりもいい表情は笑顔ではないでしょうか。そのような筋肉の習慣をつけてほしいものです。すぐに笑顔になる。そのような人が看護師になると, 患者さんは苦しいときでも, その看護師さんが病室に入ってくるだけで救いがくるように思う。その人が側にいるだけで心地がよい。そのような存在になるためには, やはり笑顔のよい顔を自分でつくることです。40歳くらいまでは遺伝子によって顔もつくられますが, それ以後の顔は自分がつくるのです。思慮深い顔, 穏やかな顔, イライラしている顔・・・。近ごろ電車に乗っていますと, 考えている顔は少ないですね。みんなボヤッとして, 散漫な顔をしている。もっとキリッとしたいものです。ロダンの彫刻のように, 考える習慣を身につけたいものです。オスラーは考える習慣, 集中する習慣の大切さを説いた方ですが, 「君たちは習慣づくりにもっと関心を持ちたまえ」と言っておられます。
 さて, アン・リンドバーグが『海からの贈物』では中年以降を人生の後半と規定して, これからは内なる自分を見つめていきたいと書いています。いま, 私たちの寿命は82歳まで延びています。これまでは65歳以降を老人といってきましたが, 私はあえて75歳以上を会員とする「新老人の会」を組織しました。私は, 「新老人の会」の会員に対して, 75歳からの生き方の選択について提言していきたいと思っています。
 75歳以上の方々は, 悲惨な戦争を体験して生きてきた人たちです。その方たちに考えていただきたいのは, “健やかさ”とは何なのかということです。健やかに生活する術を考えましょう, 健やかに生きた実績を残しましょう, これから生きる世代の人々のために。
 「新老人の会」は, “愛すること, 創める(はじめる)こと, 耐えること”を生きる上での信条としています。この3つの信条をもって「新老人運動」を展開しています。
 アメリカでは, 先ほども触れたとおり, 遺伝子の研究と環境の研究については日本の先を行っています。Rowe教授が中心になったマッカーサー研究というプロジェクトです。心身の機能に対して, 遺伝子はどのような役割を果たしているかを研究しているのですが, その中間報告では, 遺伝より環境や生活習慣のほうが重要であるということです。「年齢を重ねるにつれて遺伝因子の重要性は低下し, 環境の重要性が増加する」と。これとよく似たような継続的・疫学的な研究を私たちも「新老人の会」会員の協力によって実施しています。
 
図8 「新老人の会」のモットー







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