■21世紀を“平和の世紀”に
ベルグソンは, 「人間というものは, 自分の運命は自分で作ってゆけるものだということを, なかなかさとらないものである」と言っています。何でも運命のせいにして, あなたが悪い, 環境が悪い, 会社が悪いと人のせいにする。2人の間にトラブルが起こる。イラクの戦争, イスラエルとパレスチナの紛争, みんな相手に注文をつけるだけです。それぞれにやむを得ない言い分があるのです。しかし, 相手は自分の思うように変わってはくれません。しかし, 自分を変えることは自分が決心しさえすればできるのです。したがって, 平和というものは, 許しがなければあり得ません。愛の衣の内側には, 許しがなければなりません。自分を変えることはできるにしても, 相手を変えることは至難の技です。そうでなければ恨みは連鎖反応のように何年も, 何十年も続いていくことになります。私は, 最近そういうことをつくづく感じているところです。
“恕”という文字は, 許すとも読みますが, これは「私の如く考える」という意味をもつ文字です。私たちも知らないうちに他人に迷惑をかけたりしていますが, それを相手が許してくれなければたいへんなことになってしまいます。イニシアティブを自分がとると決意すれば, それが解決になるのではないでしょうか。
アメリカに留学中の服部剛大君が, ハローウィンの日に, “Freeze(止まれ)”という意味が理解できなかったために銃で撃たれて亡くなりました。彼のご両親は, 悲しいことだけれども, いまとなってはやむを得ない。銃で撃った人も, 人を殺したという重い思いを一生になって生きていかなければならない。彼を恨むのではなく, アメリカの銃社会を変えるために保険金を活用しようとしておられます。
私は, 21世紀こそは, 平和な世紀になってほしいと願い, 信じてきました。しかし, 冒頭から戦争によって幕が開きました。これからどのようにしていくのかについては, 私たちは間もなくステージから退場するのですから, 21世紀の平和は子どもたちによってつくられていかなければなりません。この子どもたちに, いのちの大切さをしっかりと伝えていかなければなりません。
私は3カ月ほど前にお茶の水小学校の3年生にいのちについて話しました。私は, 「寿命というのは, 君たちがもっている時間のことだ。だから, ただ長く生きることではなく, その時間の使い方をどうするかが大事なのだ」と話しました。後で寄せられた感想には, 「時間をどのように使うかが寿命であると聞いたのは初めてだったので, とてもびっくりしました」というのがありました。また, ある小学生の詩には, 「人間のいのちは電池みたいなものだ。電池はいつか切れる」とありました。むだに電池を使っていると, 必要なときには切れてしまって役に立ちません。子どもの想像力はこのようにとても豊かです。その子どもにいのちの大切さを伝える, 死について考えさせることがいかに大事なことかおわかりでしょう。
あるいはまた宗教もそうかもしれません。医者になったり看護師になったりするときには, 自分に宗教があれば, 患者さんにとって宗教がどれだけ支えになっているかを理解することができるかもしれません。私の京都大学医学部の同窓であり, かつて京都大学総長を務められた岡本道雄先生が会長をされた前回の臨時教育審議会では, 曽野綾子日本財団会長は子どもにも死の教育を教えるべきだと提言されました。私もつい先日, 文部科学省に意見を聞かれて, 子どもに宗教について教えることは大切だと言いました。その結果がどうなるかを楽しみにしていたのですが, 多数決では「なるべく宗教には触れないほうがよい」ということになったそうです。
多数決が存在するのは, 識別する能力のある人たちのためであって, ことに日本は民主主義のための多数決を尊重しているのですが, はっきり識別できる人の多数決ではないことが少なくないのです。医学部の教授選考会などもまさにこの悪例のもとに行われていると言えるでしょう。私はアメリカのように教授選考のための専門委員会に任せるべきだと文部科学省に提言して40年にもなりますが, まだ一向に変わりません。一般の方々の良識ある判断と応援をいただいて, これからも“健やかなこころとからだ”の実現のために提言し, 努力していきたいと思います。
この財団は, いのちの持ち主である各人が, 生涯にわたって自分の健康を自分で守り, 健康行動を実践できるような学びを人々に提供しつづけることを今後も引き続きやっていきたいと思います。みなさんに当財団への関心をもちつづけていただきたいと願い, 財団設立30周年の記念講演を終わります。
本誌は, 2003年6月11日港区三田の笹川記念会館で行われました当財団の設立30周年記念講演会での日野原重明理事長の講演をまとめたものです。
“健康”の新しいイメージを創る(つくる)
日野原 重明
ライフ・プランニングセンター理事長
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