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第7回海洋文学大賞受賞作品集

 事業名 海洋文学大賞の実施
 団体名 日本海事広報協会 注目度注目度5


海の子ども文学賞部門佳作受賞作品
 
なみだの穴
 
馬原 三千代(まはら・みちよ)
本名=同じ。一九六六年福岡県生まれ。現在小学校でライフカウンセラーとして子ども達と親しむ。第十三回家の光童話賞。第十一回新北陸児童文学賞など。共著に「ひっとべ、六月燈の夜」(リブリオ出版)「電車の中のおばあさん」「ふしぎな声のひみつ」(偕成社)。日本児童文学者協会会員。鹿児島県児童文学者の会「あしべ」同人。
 
 風がしょっぱい。海岸線の明かりがしずかに遠ざかっていく。さっきまで、かすかに見えていた岸の人影がすっかり見えなくなった。フェリーに乗ったぼくを送ってくれた、優斗。北九州から徳島まで。船で一泊二日の旅。明日の朝には、ぼくは知らない土地の住人になる。
 手すりをぎゅっとにぎりしめる。力いっぱいふったうでが少ししびれている。
 足元でからからと音がなる。ハムスターのももだ。さっきからケージの中で回転車を回しつづけている。きっとこいつも落ちつかないんだな。優斗とはなればなれになって。その上船なんかに乗せられて。
 ももは、優斗の家のハムスターだったけどお別れの記念にもらったのだ。
 ぼくはケージをかかえこんだ。
 父さんがぼくのかたに手をまわした。
 「光太、今回はとつぜんで悪かったな」
 ぼくは軽くうなずいた。転校にはなれている。五年生のぼくが四回目の転校だ。でも。だまってるぼくのかわりに、母さんが答えた。
 「桜丘小学校では、気の合う友達がいっぱいできたからね。それに学期の途中だったし。でもまたすぐに友達はできるわよ」
 簡単に言うなよ。ぼくは奥歯をかみしめた。そりゃ友達はできるだろう。これまでだってそうだった。でも新しい町には優斗はいない。どんなに似てても、ぜったいに別人なんだ。
 「どうだ、光太」
 父さんがぼくをよんだ。見ると、手すりの横ぼうに片足をのせている。高くあげたひざにうでをのせて、いかにもたばこをすってるようにふーっと息をふきだした。
 昔の日本映画にでてきた、さすらいのなんとかみたいだ。
 母さんがげんなりした声で言った。
 「父さんったらはずかしいからやめてよ」
 父さんは遠くをみるような目つきをして、
 「おれのことなら、海辺のジョニーとよんでくれ」
 と、しばいがかって言った。
 それからまた、たばこをデッキに落としてふみつけるふりをすると、くるっと背中をむけてもったいぶって歩きだした。かたが大きく右に左にゆれている。
 「ちょっとジョニーどこに行くの?」
 母さんが言うと、父さんは待ってましたとばかりににたっと笑った。
 「ちょっと、べんジョニー。なんつって」
 「きゃはははは」
 母さんは笑い転げたけど、ぼくはまた海にむきなおった。
 「なんだ、光太。のりが悪いなあ。ももちゃんだってこんなに喜んでるのに」
 ももはあいかわらず、ぐるぐる回っていた。
 「べつに喜んではないと思うよ」
 それだけ言って海をみた。船体からわきでるように生まれる泡が、まるでよごれた雪みたいだった。
 ぼくは船に乗るとき、二つのことを決めたんだ。一つは笑わないこと。父さんがぼくの気持ちをほぐそうとして、つまらないギャグを言うのはいつものことだ。すごくしゃくにさわる。だから絶対に笑うまいと思った。そしてもう一つ。絶対に泣かない。
 そんなぼくのとなりで、あいかわらず父さんは「夜風がしみるぜ」なんて海辺のジョニー風にポーズをとってる。
 「ぐわっはは」
 ひときわ大きな笑い声が聞こえたので、ぼくはふりかえった。知らないおっさんだった。やけにごっつい。秋だというのに、ランニングに短パン姿だ。そこから筋肉のもりあがった手足がむきでている。その上頭はスキンヘッド。
 「どうもしまらねえな。こうやるんだ」
 おっさんは短パンからむきでた右足をてすりにのせた。
 へんなおっさん。ぼくはあっけにとられたけど、父さんはなぜか息をのんだ。いっしゅん目を見開いたあと、口をあわあわと動かした。とてもこうふんしているみたいだ。
 「あ、あなた。も、もしや幻のストロング幸三さんじゃないれすか」
 回らない口で聞くと、おっさんはたばこのけむりをふきだすふりをして
 「そう呼ばれてた時代もあったかなあ」
 と言った。
 「父さん、この人知ってるの?」
 「知ってるもなにも」
 父さんは夢でも見るような目で、おっさんを見つめた。
 「この方はプロレス界の伝説の人、ストロング幸三さんだ。三十年前、プロレスの黄金期に大活躍されたんだぞ。父さんが小学生のころだ。そりゃあすごい人気だった。だけど、ある日とつぜん姿を消してしまったんだ。こんなところでお会いできるなんて。ストロングさん、あれからどうされたんですか」
 「ま、話は食事でもしながらだ」
 ストロングさんはのっしのっしと歩いて行った。父さんがふらふらついて行ったから、ぼくらも船内にもどった。
 船のまんなかには大きなホールがある。レストランはないけど、食べ物や飲み物の自動販売機がずらっとならんでいて、簡単な食事ができるようになっている。
 ホールにはぼくらのほかにはだれもいなかった。シーズンオフの平日で、お客さんがすごく少ないのだ。
 ストロングさんは、特大のクーラーボックスをかかえてきた。
 「えんりょはいらんよ」
 そう言って、中からサンドイッチ、野菜サラダ、ローストビーフ、それに果物などをどんどん取り出した。全部タッパーにつまっていて、手作りみたいだ。
 「これご自分で作られたんですか?」
 母さんは、はずかしそうにお弁当の入ったビニールを出した。うちの夕ごはんはフェリー乗り場の近くにあった、お弁当やさんで買ったものだ。
 「料理はしゅみでね」
 ストロングさんは缶ジュースとウーロン茶を取り出しながら言った。それからワインとワイングラスを出して、
 「出会いの記念に、いっぱいやろう」
と、グラスをテーブルにぴたっとはりつけた。おどろいたことに、グラスのそこにはきゅうばんがついていた。
 「船がゆれてもひっくりかえらないように、特別注文したんだ」
 「すごいですねー」
 父さんはあっけにとられていた。
 「海の男だからな」
 「ストロングさん、船乗りになられたんですか」
 「ああ、プロレスをやめてから、しばらくマグロ船にのってたんだ。喜望峰の先までいったね」
 ストロングさんはぼくにジュースをごうかいについでくれた。
 「喜望峰ってどこですか?」
 「アフリカの先だよ、ぼうず」
 「遠いなあ」
 「そうさな。一度陸をはなれたら、半年は海の上だ。はげしい海、おだやかな海、やさしい海、いかりくるった海。海のいろんな顔を見たなあ。まるで人間みたいだ」
 父さんが聞いた。
 「どうして、とつぜんリングをおりたんですか」
 「親父が船乗りだったのさ。小さいころから海の話を聞いて育ったからな。いつかはおれも船に乗りたいと思っていたんだ」
 そう言って、ストロングさんはぐっとワインをのみほした。
 それから父さんとストロングさんは、すっかり仲良くなって、プロレスの話をはじめた。
 食事が終わったぼくと母さんは、一足先にもものケージをもって部屋にもどった。







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更新日: 2019年12月7日

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