さんごの林のかげから、こっそり病院をながめると、ぼくにそっくりの魚が、ひらりひらりとマンボウをさそっていた。
「ねえねえ、そこのおじいさん。せなかの虫をとってあげようか?」
「そいつはありがたい。体がかゆくてたまらなかったんじゃ。よろしくたのむよ」
のんきもののマンボウが、そろそろとよっていく。ニセクロスジギンポが、するどい歯をカッとむきだしたときだった。
「やめろっ!」
ぼくはさけんで、ニセクロスジギンポに体当たりをくらわせた。頭がガツンとして目がちかちかしたけど、ニセクロスジギンポもびっくりして目をまわしたらしい。
「マンボウさん、こいつはホンソメワケベラのにせもので、ニセクロスジギンポっていうわるものなんだ。気をつけないと、体をかじられて傷だらけにされるよ」
「ええっ!きみの仲間じゃないのかい?」
「よくにているけど、とんでもないわるものなんだ。さっきもキジハタのおばさんが、体じゅうをかじられて傷だらけにされたよ」
「ひどいやつだなあ・・・」
ぶーぶーもんくをたれながら、マンボウのおじいさんはそそくさとにげていった。
「ちえっ、ばれちゃしょうがない」
目をさましたニセクロスジギンポが、ぎろりとぼくをにらみつけた。
「やい、ホンソメワケベラのがきめ。せっかくごちそうにありつけるところだったのに、よくもじゃまだてしてくれたな」
「わるいのは、そっちじゃないか」
「ちびのくせになまいきな!」
ニセクロスジギンポがいきなりぼくにとびかかってきた。つかまるもんか!
「ほらほら、こっちだよ」
ぼくはくるくるとにげまわりながらも頭をはたらかせて、ニセクロスジギンポをうちの病院から遠ざけることにした。だって、あんなするどい歯でかまれたらひとたまりもない。
「やーい、ここまでおいで!べろべろばー」
「こら、まてえ!」
こうしてぼくは、ニセクロスジギンポをまんまとさんごしょうの外へおびきだした。
「やーい、やーい・・・」
と、そこまではよかったんだけど、さんごしょうの外はしおのながれが早く、おまけに身をかくせるさんごや海藻もない。ぼくはたちまちせっぱつまった。
「さあ、あきらめてもらうとしよう」
ニセクロスジギンポが、とがった歯をむきだしてニッと笑う。
「ちび、かくごしな」
その顔のおそろしいこと!
ぼくはカチンとかたまってしまった。
「ひええー、こわいよー・・・」
「おいしく食べてやるからじっとしてな」
「パパ、ママ・・・」
ニセクロスジギンポがじりじりとせまってくる。ああ、もうぜったいぜつめいだ。
「ポポ!」
どこかで、パパの声が聞こえたような気がした。あまりのこわさに、ぼくの耳がおかしくなったのだろうか・・・。
すべてをあきらめかけた瞬間、ぼくはふわりと白いものにのみこまれていた。ギョッとして見まわすと、そこはマンタくんの口の中だった。マンタくんがぼくを助けにきてくれたんだ。
「ぶじでよかった。あと一びょうおそけりゃ、間に合わなかったな」
マンタくんの声が、ぐわんぐわんとひびく。
「あぶないところを、ありがとう」
「れいを言うなら、おれのせなかにのってる先生に言えよ。先生が、ポポを助けてほしいって、わざわざたのみにきたんだぜ」
やっぱりパパの声だったんだ。ぼくを心配して、ここまできてくれたんだ。
「パパったら、まだ病気なのに・・・」
ぼくの胸が、じんとあつくなった。
「なあ、ポポ、病院までおくっていってやるから、ついでにエラそうじしてくれよ」
「うん、いいよ。まかせといて」
ぼくはさっそくマンタくんのエラそうじにとりかかった。マンタくんの口の中は骨がまる見えで、エラにはプランクトンのカスがいっぱいたまっていた。
「ああ、そこ、すげー気持ちいい・・・」
マンタくんがうっとりとつぶやく。
「まってて、ぴかぴかにしてあげるから」
「ポポ、りっぱな医者になってくれよ。みんな、きたいしているんだぜ」
「えっ、そうなの?」
ぼくはきょとんと聞きかえした。
「そうさ、ポポは勇気があるし、患者にもしんせつだし、もう一人前じゃないか」
きっぱりと言われて、ぼくは思わずにやにやしてしまった。うれしい・・・。
「パパ、聞いた? ぼく、一人前だってさ!」
上をむいて大声でさけぶと、
「ああ、そうだとも!」
パパのはりきり声がかえってきた。
「ぶじでよかったなあ、ポポ」
「パパ、助けにきてくれてありがとう」
わるもののニセクロスジギンポは、さんごしょうの外においだしたし、マンタくんにはきたいされちゃうし、ごちそうにはありつけるし、今日はいいことばかりだ。
そして、ぼくはもう魚の口にはいるのがこわくなくなった。魚の口にはいってエラそうじができるようになれば、一人前だ。
これで、パパがるすしても、ぼくが患者さんをまもってあげられる。みんなのきたいにこたえられる自信ができそうな気がした。
ねえママ、天国でぼくを見まもっててね。
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