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第3編 海洋汚染事故の実態と防止対策
第1章 総論
 油流出事故等の海洋汚染事故は、海洋環境を破壊する主要な原因の一つですが、これまで、様々なところで、様々な取り組みが行われているものの、依然として、座礁、衝突による海洋汚染事故が発生しています。海洋汚染の主な原因である石油は、エネルギー源として、また、プラスチック類などの工業原材料として我々の生活に欠かせないものであり、大量の石油が、中東とアジアの間を、日夜、巨大なタンカーによって輸送されています。また、最近においては、様々な種類の化学物質など有害危険物質(HNS)についても、海上を船舶で運送されているという状況があります。このように、海上を船舶で運送される石油類やHNSが、船舶事故等により海上に流出した場合、その環境や人体への影響は計り知れないものがあります。
 石油類については、これまでの経験の蓄積により、ある程度、防除手法というものが確立されてきました。しかし、HNSについては、現在のところ、全ての物資に係る適切な防除方法が確立されていないというのが現状です。HNSの船舶からの流出事故に対処するため、国際海事機関(IMO)においてHNS議定書に係る検討が行われ採択されたにもかかわらず、批准国が少なく、その発効はもうしばらく待たなければなりません。以上のように、海洋汚染対策というと、これまで油流出対策が中心を占めてきましたが、これに加え、HNSへの対応についても、あわせて、対応する必要が生じてきています。
 アセアン諸国の中でも、特にシンガポールは、HNS流出事故への対応体制を早急に進めている国です。シンガポールには、ジュロン島という石油精製工場や石油化学工場が多数立地する工業地域がありますが、これまで、60を超える大手企業が、1兆3千億円を超える投資してきています。各種ケミカル工場が立地するこの地域では、ある工場で完成した製品を同地域内の別の工場で原料として使用することが可能であり、原材料や製品の輸送、保管等の費用が大幅に削減することができ、多数の投資者をひき付けています。このため、シンガポールに寄港するケミカル・タンカーの数も、1999年には1,080隻であったのが、2000年には、1,430隻に増加するなど、前年比38%の増加を示しています。これは、当該ケミカル・タンカーによるHNS流出事故の蓋然性も高まっているということを示唆するものであり、早急に緊急時における対応体制の整備が望まれているところです。
 一方、別な観点から、現在、海上電子ハイウエーというツールの検討が順次行われています。これは、マラッカ・シンガポール海峡の電子海図(現在、沿岸3ケ国及び日本により発行に向け作業中)を利用し、海洋環境保全に関する各種情報をこの中に情報として取り込むことにより、同海峡の海洋環境に係るプロファイルを一目で把握可能とするものです。一方で、船舶運行者のために開発された電子海図が他の利用者にも広がり、電子海図の普及を一層促進するという副次的な効果もあります。いずれにせよ、この海域は、閉鎖海的性格を有するものでもあり、様々なツールを活用し、海峡沿岸国が協調して海洋環境保全対策に取り組んでいく必要があります。
 
第2章 油流出事故と防止対策
第1節 ICOPCE会議
 
 2001年9月3日〜5日、シンガポールにおいて、世界各国の環境防災関連政府機関、関連企業等から350名が出席し、油流出、ケミカル流出問題について検討するICOPCEカンファレンスが開催されました。
 このカンファレンスでは、シンガポールのHNS条約対応動向、シンガポールの石油・ケミカル産業、ケミカル流出緊急時対応計画、最近の石油・ケミカル流出のケース・スタディ、油流出事故対応におけるITOPFの責任に出席者の関心が集まりました。
 以下、その概要をお伝えします。
 
1 オープニング・アドレス(シンガポール運輸情報通信兼国家開発担当国務相 ジョン・チェン)
 世界のハブ港として船舶交通が輻輳するシンガポール港では、ケミカル流出事故、油流出事故の危険性は以前に比べれば格段に高くなっており、一度事故が発生すれば、海洋環境汚染はもちろん海岸付近に居住する人々の生活にも重大な危険を及ぼすことになる。
 これら事故を防止し海洋環境を保護するには、適切なメンテナンス、適切な乗組員による船舶の運航が重要なキーポイントであり、そのためには旗国や船級協会による厳重なチェックが必要である。
 また、シンガポールは、2002年末までにHNS議定書を批准する予定であり、この議定書が発効されれば、有害・有毒液体物質を輸送している船舶に対し、現存する油濁事故に対する管理様式と同じような制度が適用されるようになる。
 さらに、シンガポール港において不幸にしてケミカル流出事故が発生した時に備え、シンガポールは「ケミカル流出緊急時プラン(海上)」を作成し、政府、企業の責任と役割を明確にし、かつ、適切な初動措置が取られるよう政府とケミカル企業の共同作業を可能とする体制を整えている。例えば、SCIC(Singapore Chemical Industry Council)は、ケミカルを扱うターミナルのための安全基準を策定し、また2000年11月には、JTC(Jurong Town Corporation)の管理下にHESS(The Jurong Island Health, Environment, Safety and Security Committee)が設立され、ケミカルハブ港としてのジュロン島の安全対策について幅広い取組みを始めている。
 また、本年(2001年)5月にはASCTEC(The Asia Chemical Transportation Emergency Center)が設立され、アジア、太平洋地区におけるケミカル流出事故に対応する基本的な体制を整え、今年末までにはケミカル流出事故に対する実活動を可能にしたい。
 
2 第1セッション「法的側面」
 油流出事故対応、ケミカル事故対応に関する法的側面について、IMO関水海洋環境部長等からMARPOL条約やHNS条約、議定書等の解説、各国の批准状況と問題点等についての検討が行われました。
 この中で、2001年8月現在、HNS議定書に同意した国はないが、HNS議定書は、OPRC条約の原則に倣っており、それぞれの加盟国政府は、国内または他国と協力した汚染事故対応の確立を求められている、また、船舶は、有害・有毒物質が関与した事故に対応するよう求められているとしました。
 さらに、HNS議定書が発効すれば、有害・有毒液体物質を輸送している船舶に対し、現存する油濁事故に対する管理保障制度と同じような制度が適用されるようになるとしました。
 一方、イギリス環境・運輸地域省環境部海運政策担当ジョン・レン氏は、1996年にIMOは海上におけるHNS条約を採択し、これによって、有害・有毒物質の関わった事故について、補償される体制が整えられたとしたが、現在は未だ施行されておらず、HNS条約に同意したのはロシアのみであるとしました。
 
3 第2セッション(緊急時対応)
 主にケミカル流出時の具体的な緊急時対応のための組織、体制、緊急時対応プラン、そしてケミカル流出防止策等についての検討が行われました。
 この中で、シンガポール・ケミカル産業協議会(SCIC)のOoi Chwee Kim会長、BPケミカル地域ロジスティックマネージャーCapt. A. Hari、JTC Corporationのデビッド・タン副局長らが、シンガポールのケミカル産業について、プレゼンテーションを行いました。その概要は以下のとおりです。
 
 シンガポールのケミカル産業の多くが、ジュロン島に集中している。60を超える大手企業が、これまでジュロン島に200億シンガポールドルを投資してきた。
 1999年のシンガポール・ケミカル産業の生産高は、230億シンガポールドルであったが、2010年までに、150社以上から合計400億ドル以上の投資が予想されており、生産高も現在の倍の450億シンガポールドルになるとみられている。
 シンガポールのケミカル産業で特に発達しているのが、石油、石油化学、特殊ケミカル産業である。2000年にはこの分野で前年に比べ37%の成長があり、生産高は317億シンガポールドルに上った。
 シンガポールに輸入された原油の多くは、ガソリンなどへの精製ではなく、石油化学製品に使われる。ジュロン島石油化学産業の統合によって、ある工場で完成した製品が、同島内の別の工場で原料として使用されることが可能になった。ロジスティック及び保管費用がかからないことから、各工場に20から30%の運営コスト削減をもたらしたとした。
 シンガポールのケミカル産業は、付加価値の高い製品、調査・研究活動、地域本部の大型地盤などで投資をひきつけたいと考えている。
 ちなみに、シンガポールへのケミカルタンカー寄港隻数は、1999年には1,080隻であったものが、2000年には約1,430隻となり、前年に比べて38%もの上昇を記録している。
 SCICは、多くのケミカル産業企業を代表しているが、事故対策への取組みの一環として、アジア・ケミカル輸送緊急センター(ASCTEC)を設置した。
 1999年7月、アジア・ケミカル輸送緊急センター(ASCTEC)は、緊急時対応コントラクターを選ぶため、入札を実施、6つの候補企業がこれに応募し、最終的に一社「SGS-ALERT」を選定し、ケミカル流出対応サービス提供体制の整備を始めた。
 現在、ASCTECは実行委員会と顧問委員会を組織している。実行委員会は、ケミカル製造業、ターミナル運営者、海運会社など25社から構成されている(うち海運会社は3社)。顧問委員会には、シンガポール海事港湾庁(MPA)、シンガポール市民防衛軍(Civil Defence Force)、環境省が含まれている。シンガポールの石油産業でEARLが担っているような役割をASCTECが果たすよう期待されている。
 
4 第3セッション(油及びケミカル流出事故ケース・スタディ)
 最近発生した「Erika」(フランス沖で船体が損傷)、「Amorgos」(台湾で座礁)、「Ievoli Sun」(フランス沖で沈没)、「Natuna Sea」(シンガポール海峡で座礁)等油及びケミカル流出事故を例について、事故対応、補償問題等のケーススタディを行いました。
 この中で、リクス・マネージメント社のToralf Sorenes氏は、80隻以上のケミカルタンカーを運航しているが、全世界でケミカル輸送は海上輸送の3%にしかあたらないという調査結果を発表しました。
 また、ケミカルと油の相違点について、ケミカルタンカーには多くのタンク(最高50タンク(区画))がありそれぞれ違う種類のケミカルを運送しており、当然ながら港での荷役作業は複雑である一方で、油タンカーのタンク数は少なく、港での作業も容易であるとしました。また、ケミカルタンカーはさまざまな種類のケミカルを運んでおり、各ケミカルは個々の性質を持つが、油タンカーの運ぶ製品は種類も少なく、その性質も似通っているとしました。
 ケミカル流出と油流出では、その態様、環境への影響、対応が大きく異なるとし、以下の点を指摘しました。
(1)ケミカル流出は、汚染のリスクよりも乗組員の安全に与える影響の方が先に心配される。
(2)ケミカル流出は、海底・海水・環境に影響を与える可能性がある。
(3)流出したケミカルを希釈することで、速やかにケミカル流出による悪影響を食い止めることができる。
(4)ケミカル流出から引き起こされる結果について、予想するのは難しい。そのため、適切な対応を即座に行うのは困難である。
 
 Toralf Sorenes氏によると、現在最も懸念されるのは、乗組員及び関係者の安全を如何に確保するかという問題で、環境や船舶、貨物については、二の次だと考えています。これに関して、詳細なケミカルに関する情報や専門的な医療に関する助言、複雑な汚染問題に関する助言などが、早急に取り組む必要のある課題であるとしました。
 
 また、フランスCEDRE社の取締役Michel Girin氏は、エリカ号の油流出事故にかかった全費用(14億フラン・1億9千万米ドル)は、フランス国民の血税で賄われることになったが、ほかの大臣の起こした悪事に免じてか、環境大臣は未だ免職になっていない等と、フランス政府当局の対応を痛烈に批判しました。エリカ号の経験から、汚染した者が支払うという原理(Polluter Pays Principle)、そして予防措置を行うという原理は、現実には有効ではないと主張し、油及びケミカル流出への最良の対応方法は、関連する条約の規定と、政治家やメディア、そして一般市民の要求をうまく調整することであるとしました。
 さらに、シンガポール海事港湾庁(MPA)港湾海運局マーク・ヘー副局長は、2000年10月にシンガポール海峡で発生したナツナ・シー号油流出事故の概要について発表するとともに、1997年10月に同じくシンガポール海峡で発生したエボイコス号とオラピン・グローバル号の衝突事故について、その補償金を2001年8月に受け取ったことも明らかにしました。
 MPAは、補償金の支払いが遅れたことは残念であったとし、この原因の一つにITOPF(国際タンカーオーナー汚染連合)が問題を軽視したことが挙げられると主張しました。また、MPAはITOPFの基金の90%がP&Iクラブによって支払われていることから、ITOPFは汚染の被害者に対して油防除の適切な助言をするのに中立的な立場にないとしました。(P&Iクラブは「汚染を起こした者が支払う」を原則としたCLC条約の請求を担当している)ロイズリスト紙上でも、MPAとITOPFの論争が展開されました。
 インタータンコの環境委員会の議長を務めるNikos Mikelis氏はMPAに対して港湾使用料を値上げして、その一部を油防除業者に即金で支払えるよう基金を設立すべきだと提案しました。
 MPAは、OPA90と同様の形式で船主が油防除業者と契約を結ぶという方法も一策であると述べました。Nikos Mikelis氏は、船主がそれぞれ全世界の港と契約を結ぶことになれば、多くの契約とロジステックが関連することになると述べました。
 
5 関連情報
(1)VLCC桟橋
 PSAマリンからの情報によれば、現在ジュロン島で建設が進められているVLCC第一桟橋は、2002年の第一四半期から運用開始される予定です。第二桟橋は、2002年末までに運用開始される予定です。第一桟橋の運用をExxon-MobileとTMS(PSAマリンの子会社)のどちらが請け負うのかは明らかになっていません。
 
(2)PSAマリンの活動
 PSAマリン社からの情報によれば、PSAコープの子会社であるPSAマリン社は、2001年3月にSEMCO社を買収したとのことです。これによって、PSAマリン社はSEMCOの名を通じてサルベージ会社として、シンガポール油流出対応センター(SOSRC)の名を通じて油防除コントラクターとしての顔を持つことになりました。
 結局、現在PSAは、総合的な海上災害対応パッケージを持つこととなり、シンガポール政府の掲げるケミカル・ハブ港ジュロン島の安全対策施策が実質的に向上することとなりました。
 また、PSAマリン社は、自身の立場をOPRC-HNS条約で求められている海上危機管理制度に基づきMPAが最初に連絡する機関であるとしています。同時にPSAマリンは、2001年末までにASCTECで求められているレベル2・3の対応ができるような体制を構築したいとしています。
(3)Briggs Maritime Environmental Services社の活動
 PSAマリン社とは別の企業Briggs Maritime Environmental Services社は、複雑なケミカル事故に対応するためにジュロン島に資機材と専門家を置く陸上基地を設置する案について、ジュロンタウンコープと現在話し合いを持っているとしました。
 
6 所見
 今回のカンファレンスでは、ケミカル流出対応と油流出対応の相違点について指摘する声が多く聞かれ、専門家の間でも、流出油対策はある程度画一化された手法が確立されているのに比べ、ケミカルはその多様性、水溶性からその対応が非常に複雑で困難性を伴うものとされているようです。
 シンガポールは、ケミカル産業の誘致に積極的である一方、最近発生した2度の大規模流出油事故やジョホール水道におけるフェノール流出事故の苦い経験を持っています。
 このようなことを背景に、シンガポールは今回の国際カンファレンスの開催やHNS議定書の批准等国際的な枠組みへの参加、またケミカル流出に対応する国内体制の整備等、その積極性が強く感じられました。







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