第3章 海賊対策のその後の進展
第1節 マラッカ・シンガポール海峡海上治安機関の概要
マ・シ海峡はインドネシア、マレーシア、シンガポールのいわゆる沿岸3国の領海により構成されています。マ・シ海峡で発生する海賊事件(正確には「海上武装強盗事件」)が問題となっていますが、その取締の任にあたる警察当局について、簡単にご紹介します。
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シンガポール |
マレーシア |
インドネシア※ |
組織 |
警察沿岸警備隊 |
海上警察 |
海運総局沿岸警備局 |
概要 |
・国家警察組織の一部。 ・従前から、マ・シ海峡の海賊問題には非常に積極的に取り組んでいる。 ・組織、船艇、装備、職員、施設の充実度は極めて高い。 ・教育訓練制度、業務効率も極めて高い。 ・国連海洋法条約に則りマ・シ海峡の海賊事件は正確には海上強盗事件であり海賊事件ではないこと、また、シンガポール領海内では海賊事件は発生していないこという基本的スタンス。 |
・国家警察組織の一部。 ・最近、マ海峡の海賊取締に非常に積極的に取り組んでおり、昨年には2つの海賊グループを内偵捜査の上、摘発・逮捕している。 ・今年4月に新たに1グループを逮捕したとの情報もある。 ・新たに新型高速巡視艇15隻を導入するなど、装備も相当に充実させている。 ・警察組織に「SMART」と呼ばれる特殊部隊を設置しており、昨年11月の日本国海上保安庁との合同海賊対策訓練に投入していた。 |
・運輸通信省組織の一部。 ・マレーシア、シンガポールと連携協力し、マ・シ海峡の海賊問題に真剣に取り組みたいとしているが、勢力、財源不足は否めない状況。 ・海賊犯の刑事訴追権を有していない。 ・インドネシアは、海上警察、税関、海洋漁業省等関連政府機関で構成される「ナショナル・セキュリティ・ボード」と呼ばれる海上治安機構があり、その中心的役割は海軍が担っている。 |
基地 |
5基地(シンガポール島内) |
2基地(ポートクラン、 ジョホールバル) |
1基地 (ビンタン島タンジョンウバン) |
巡視船艇 |
巡視艇99隻 |
ポートクラン基地20隻程度 ジョホール基地4隻程度 |
9隻 但し、ジャカルタ・アルマダ基地(本部基地)から大型巡視船2隻が交代で長期派遣(3ヶ月交代)されている。 |
航空機 |
無し |
保有(機数不明) |
保有(機数不明) |
職員数 |
未調査 |
未調査 |
未調査 |
パトロール体制 |
常時12隻を沖合いに配備 |
常時大型巡視船をマラッカ海峡に配備。小型高速巡視艇は24時間体制で事件発生時に出動 |
不明 |
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※インドネシアの海上治安体制の一角を占める海上警察については第2節参照。
第2節 インドネシア海上警察
1 調査の経緯
先般、インドネシア海上警察リアウ州管区本部(タンジョン・バツ所在)を訪問し、マ・シ海峡における海賊事件に絡め、組織概要、船艇勢力、任務等について調査を実施したところ、インドネシア海上警察はインドネシア海域における犯罪訴追権限を有する唯一の機関であるとされ、海賊対策上重要な位置付けにあることが判明しました。
このため、インドネシア海上警察の組織、船艇総勢力、定員、任務、他海上治安機関との協力関係、隣国との協力関係について、その全体像を把握することとし、ジャカルタに所在するインドネシア海上警察本庁を訪問し調査を実施したものです。
2 調査日
平成13年9月18日(火)
3 訪問機関
インドネシア海上警察本庁(ジャカルタ)
4 結果概要
(1)組織
インドネシア海上警察は、インドネシア国家警察(Indonesian National Police)に属し、3つのセクション(運用司令、後方支援、人事)、4つのユニット(巡視船艇、維持管理、通信、捜査)から構成されています。
インドネシア海上警察の地方組織は、インドネシアの27州全てに管区本部を置き、さらに70のOffice Unit及び150のStationを設置している。なお、Stationの数については毎年設置が進み、その数は増加しているとのことです。
マラッカ・シンガポール海峡周辺では、タンジョン・バツにリアウ州の管区本部が設置され、バタム島スクパン港にStationが設置されています。
なお、インドネシア国家警察は、2000年に発せられた大統領令により、それまでのインドネシア国軍傘下の組織から独立しています。
(2)勢力・定員
(1)勢力(巡視船艇)
総計306隻の巡視船艇を所有しています。クラス別に、A〜Cの3つのカテゴリーに分類されていますが、大型船であるカテゴリーAの老朽化(1962年建造、稼働率55%〜65%)が顕著です。
他の小型艇であるカテゴリーB、Cは、建造年も比較的新しく稼働率も高くなっています。
なお、燃料、維持管理の予算措置として、大型船であるカテゴリーAは本庁から、小型艇のカテゴリーB、Cは州政府から拠出されています。
(2)定員
本庁職員(ジャカルタ)1,119人、地方職員4,531人となっています。
(3)任務
海上巡視警戒
海上における法令の執行
海軍、厚生省食品薬物取締局、法務省入管、海運総局沿岸警備局との協力
海上捜索救助
海上火災対応
(4)過去の主要犯罪件数統計
(1)海賊
1998年26件、1999年18件、2000年33件となっています。
(2)薬物・銃器の密輸
1998年953件1,308人、1999年1,833件2,590人、2000年2,345件3,314人となってます。
(3)密航
1998年1件18人、1999年1件26人、2000年2件178人となっています。
(5)海賊対策
(1)危険海域における巡視警戒
海賊取締りを目的の一つとする特別ミッション「OPERASI SIKAT GAJAH(象の櫛作戦) 1999」を実行しています。
(2)常習犯の監視
(3)隣国(シンガポール、マレーシア)との協調パトロールの実施
シンガポール警察沿岸警備隊、マレーシア海上警察との間でそれぞれ、協調パトロールを実施しています。
なお、この隣国との海上治安に関する協力体制は、各国の海上治安機関(海軍、海上警察、沿岸警備隊、税関、入管)による総合的な運営委員会(Steering Committee)が組織され基本的な枠組み等が決定されており、その枠組みの中で、各カウンターパートナー機関、例えば海上警察同士、海軍同士間において年1回程度の会合を開催し具体的な合意事項が策定される仕組みとなっています。
協調パトロールはこの合意事項の一項目となっており、他の内容は、定期的な会合による緊密な関係の維持、治安犯罪情報の交換、現場指揮官による相互通信、合同訓練等となっています。
また、インドネシアは海軍、海上警察、海運総局沿岸警備局、税関、入管をメンバーとする海上治安調整機関(バコカムラ)を組織し、上記隣国との海上治安協力体制の母体となっていましたが、1999年に解散したようです。(理由は定かではないが、海軍による強力な支配があったことから各機関の平等化を狙ったものとされている。)
(4)国際警察との情報交換
(5)国内外の海上治安機関との情報交換
(6)陸上警察との協力
(6)所管法令
(1)刑法(PENAL LAW ACT 1946 NO.1)
(2)漁業法(FISHERIES ACT 1985 NO.9)
(3)排他的経済水域法(EEZ ACT 1983 NO.5)
(4)森林管理法(FORESTRY ACT 1999 NO.4)
(5)入国管理法(IMMIGRATION ACT 1992 NO.9)
(6)向精神法(PSYCHOTROPIC ACT 1997 NO.5)
(7)関税法(CUSTOMS ACT 1997 NO10)
6 留意点
(1)海賊事情について
先方の把握するインドネシア海域における海賊事件数(2000年33件)とIMBが発表する海賊件数(2000年119件)に相当の開きが見られますが、これは、インドネシア当局と船舶間における通信、通報に関する問題と考えられます。
(2)海上警察の任務について
所管法令、犯罪統計、他海上治安機関との役割分担・調整が比較的良く整理されており、海上警察がインドネシア海域における海上治安を担っている主要機関であると考えられますが、海軍の存在も無視し得ないものがあります。
海賊事件の訴追権を有している唯一の機関とのことで、インドネシアにおける海賊事件撲滅のために有効に機能しなければならない機関の一つと思料されるところです。
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