第2節 マラッカ海峡における海賊事件の新たな傾向
1 人質身代金要求事件の発生
最近になって、マラッカ海峡、特にそのインドネシア沿岸北部海域において、船舶の乗組員が人質に取られ、身代金が要求されるという事件が続いており、これまでとは様相の違うさらに深刻な傾向として、関係者の間で憂慮する声が高まっています。
当事務所が把握している事件は以下のとおりです。
(1)「Arbey Jaya」号事件(IMB海賊情報センター情報)
4月25日、インドネシア・カンピ島付(ベラワン港北部)において、航行中のインドネシア籍スピードボート「Arbey Jaya」号が、拳銃で武装した海賊にハイジャックされ、3名が人質に取られ、身代金が要求された。
(IMB海賊情報センターによれば、人質に取られたのは日本人との情報もあったが、未確認情報の模様。なお、人質は解放された可能性が高いとのこと。)
(2)「Tirta Niaga IV」号事件(IMB海賊情報センター情報)
6月25日、マラッカ海峡北部インドネシア側海域(ジャンボアエ沖)において、機関部品修理中のインドネシア籍船「Tirta Niaga IV」(マレーシア・バターワースからインド向け。パームオイル2,850トン積載)が海賊に襲撃された。海賊は、同船及び乗組員の所有物を奪った後、船長及び2等航海士を人質として誘拐し、身代金を要求した。
その後の交渉により、2等航海士は解放されたものの、船長は依然として拘束されたままの状態となっている。なお、同船は、6月27日、マレーシア・ペナン島に無事到着している。
(3)「Ocean Silver号」事件(ストレーツ・タイムス、IMB海賊情報センター情報)
8月25日頃、インドネシアからマレーシア・ルムへ石炭を輸送中のホンジュラス籍船「Ocean Silver号」(343総トン、乗組員12名、Tanoto Guan Hai(シンガポール)所有)が、マラッカ海峡北部バンダル・アチェ沖(ジャンボアエ沖との情報もあり)にて襲撃された。
乗組員12名のうち6名が人質となり、身代金が要求された。交渉の結果、全員が解放された。
2 犯人像等
犯人像について、一部マスコミは、分離独立を求めるアチェのゲリラ組織(自由アチェ運動)が先日、「マラッカ海峡を通航する船舶は、自由アチェ運動から許可を得なければならない」と発表したことを受け、これら事件との関連性を指摘していますが、情報筋によれば自由アチェ運動から犯行声明は行われていないことや、別グループによる犯行であるとの情報が寄せられているとのことで、犯人像は未だ把握されておりません。
また、これらが一連の組織的犯罪なのか偶発的なものなのかについても定かではありませんが、IMB海賊情報センター所長によれば、通常、この手の犯罪は人質が解放されればそれで良しとし、以降の煩わしい警察当局からの調査を回避するため、当局へ通報しないことが多く、故に、これまでに報告されている3件以外にも、実際にはもっと多くの類似犯があると推測されるとのことでした。
また、いずれの場合も身代金は支払われていると考えるのが妥当であり、それが新たな事件を助長させているとも考えられるとのことでした。
このような深刻な状況を受けて、IMB海賊情報センターは、マラッカ海峡における海賊事件が新たな傾向を示し始めたこと、そしてそれが相当に深刻であること等を踏まえ、インドネシア、マレーシア、シンガポール当局に対して、一層の取締り強化を要請するレターを発出したとのことです。
いずれにしても、マラッカ海峡北部インドネシア沿岸域、特に、べラワン港からジャンボアエ沖は要注意海域と言えます。
第3節 インドネシア・カリムン島の調査結果
平成13年8月13日(月)〜15日(水)の間、フィリップ・チャネルにおける海賊事件が、同島付近を根拠地として実行されている可能性が高いとされていたことから、インドネシア・カリムン島付近海域の調査を実施しました。
1 訪問先
(1)インドネシア港湾当局関係者(カリムン島タンジョン・バライ港)
(2)インドネシア海上警察関係者(カリムン島タンジョン・バツ港)
2 結果概要
(1)港湾当局関係者の主な発言
(1)海賊
先日、同島から出発し航行中の船舶を襲撃した海賊のうち6人が、その後、一般陸上警察によって逮捕拘留されている。逮捕された6人は地元の人間で、同島北東岸に居住していた。逮捕された当時、海賊は就寝していたとのこと。現在、裁判所による判決を待っているところである。
但し、カリムン島に、いわゆる海賊集落、部落はない。
カリムン近辺での海賊事件は、客船埠頭に係留されている小型高速海上タクシー(写真下)を地元の人間がハイヤーして実行している模様。
海賊は、生活苦からやむなく実行している行為である。仕事があって、ちゃんと食事をすることができればしないだろう。今の経済的困窮が海賊行為助長の一因となっていることは否定できない。
(2)ネクタイを締めた海賊?
某国のドレッジャーがインドネシアの土砂を採取し、近隣の繁栄国へ運んでいる。
身なりは良くネクタイを締めてはいるが、彼らこそ、インドネシアの国土を奪う海賊、すなわち「ネクタイを締めた海賊」である。
彼ら「ネクタイを締めた海賊達」は、企業間の商取引との姿勢で政府の関与を否定するが、この種の問題は政府間の合意事項が先ず必要であると思う。
当局権限で、これらドレッジャーを捕捉すれば、彼らはたちまち反発し、自分の家など一夜にしてなくなる。現に過去、20人の暴徒が当局関係者の家を取り囲んだことがある。
(3)港湾事情
旅客、貨物の海上交通輸送が非常に盛んで、インドネシア内はジャカルタ、メダン間に大型貨客船が就航している他、バタム、ドマイに高速旅客船が就航している。
また、国際航路として、マレーシア(ククップ島)、シンガポールとの間に高速旅客船直行便が就航している。特に、シンガポール間は1日12便の高速旅客船が就航している。
貨物船も併せると、毎月3,500〜3,600隻が入港している。
カリムン島東方沖には、沖荷役(オフショアトランスファー)のための海域「STS海域」が設定されており、毎月80隻前後の貨物船が沖荷役を実施している。
島には人口90,000人が居住する。30%が地元民で残りは移住者。また、全人口の15%が中国系。
最近、安価な物価、飲食費のため、マレーシア、シンガポールの人々から人気となっており、毎月30,000人(マレーシア10,000人、シンガポール20,000人)が訪れる。
観光客の増加に従い、生活は以前よりも良くなって来ている。タクシードライバーの悪質な客引き等は厳禁されており、観光客の誘致に努力しているところである。
カリムン島のランクも上がり、今ではバタム、ビンタンと同じランクになった。(日
本で言えば中核都市のような地域のランク付けの話)
(2)インドネシア海上警察関係者
(1)管轄区域
カリムンを管轄区域とするのは全国26管区ある海上警察のうちの1つで、規模的には5番目に大きな管区である。内陸部まで続く河川、湖も管轄区域に含まれる。
(2)役割
一般海上犯罪、木材・土砂・幼児・魚類密輸出入、密出入国、麻薬の取締り。
(3)組織
管轄区域内に9基地。
Tanjong BATU、BLK PADAN、SLT BELIA、BUTON、PANIPAHAN、SINABOI、KL.ENOK、
P.GALANG、S.GUNTUNG
更に、以下の9基地の新設計画あり。
P.BATAM、T.B.KARIMUN、T.PINANG、MORO、SENAYANG、DABO、S.PANJANG、KUALA SIAK、
NATUNA
(4)職員数
現在約200人。(定員約600人)
(5)装備
・巡視艇19隻(高速艇2隻(1996年建造)、ファイバーグラス艇3隻(1993年建造)、漁船改造木艇14隻)(写真)
・航空機1機(バタム島空港)
(5)問題点
インドネシア事情の多分に漏れず予算が少なく、燃料や装備の維持整備まで予算を回すのに苦労しているとのこと。
過去、高速巡視艇が導入された頃には、フィリップ・チャネルの巡視警戒を積極的に実施し、相当の効果を揚げたとのことであるが、現在は、高速巡視艇の稼働率も悪く十分に効果を上げる取締りができない状況である。
第4節 雑船を狙ったハイジャック事件の概要
2001年9月14日、東マレーシアのコタキナバルを出港し、インドネシアのバタム島向け航行中であったタグボート「MAYANG SARI」号、及び同タグボートに曳航されていたバージ「Daiho 88」(空船)が、2001年9月18日2345、インドネシアSUBI BESAR島沖(コタキナバルとバタム島に直線通過地点にある島)で、武装した12人の海賊にハイジャックされました。
海賊は、ハイジャック後、同船の乗組員を縛り目隠しの上拘束、同25日にバタム島のマングローブ林にて解放しました。海賊は、乗組員を解放する際に、本件を警察機関等に通報すれば、乗組員のみならずその家族まで殺すと脅迫し、脅迫を恐れた乗組員は船主、警察への通報を行わないまま、まずインドネシア、ビンタン島のタンジョン・ピナンに到着し、その後バタム島を経て、それぞれの実家に戻っています。
同船々長は実家に戻った後、事件のあらましを船主宛通報し、詳細が明らかになりました。なお、海賊は、船用金、乗組員の金品には手をつけなかったとのことで、同船または積荷の奪取が目的であったと考えられます。
IMB海賊情報センターでは、情報を入手した2001年9月27日に特別警報を発し、同船の行方を追っていたところ、翌28日午後、インドネシア当局がカリマンタンにおいて同船を発見捕捉したとの情報が寄せられました。
インドネシア当局は同船を調査していますが、発見された当時、タグボートは無人状態で、バージは消えていたとのことです。
同船の要目は以下のとおりです。
(1)タグボート
・船名 「MAYANG SARI」
・船籍 マレーシア(ポートクラン港登録)
・総トン数 289総トン
・全長 32m
(2)バージ
・船名 「Daiho 88」
・船籍 シンガポール
・総トン数 2,132総トン
・全長 82m
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