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4. IMOの動き
4.1 IMOにおける審議状況
 IMOは, MEPC(海洋環境保護委員会)を中心として, 継続的に, 10数年にわたり, バラスト水管理に関する国際条約を審議してきており, 目下2004年2月の外交会議における採択が目指されている.
 表2は, 過去の主なIMO審議結果の概要を示したものであり, [ ]内数値については未決のものである.
4.2 外交会議用バラスト水管理要件案
 表3は, 迷走してきた, 条約の核をなす船舶のバラスト水管理要件の外交会議採択のための案であり, [ ]内については未決のものである.
 条約附属書案D-1“バラスト水交換基準”案は, バラスト水交換実施船舶に対し, バラスト水量の95%以上の交換効率を要求し, [条約発効日]前に建造された船舶の各バラスト水タンク容積の3倍量pumping throughについては同等とみなすという要件である.
 規則案B-3第4.1項により, バラスト水交換は, 離岸距離[200]海里かつ水深[200]m以上の水域で実施しなければならなくなる.
 また, 同案第4.2項による協調地域内を除き, 交換実施不可能船舶は, 陸地からできるだけ離れ, [離岸距離[12][50]海里以上で][かつ, 水深200m以上で]実施することになる.
 表4については, 附属書D-2“バラスト水排出基準”案を示したものであり, [ ]内については未決のものである.
 一方, 浮遊期の植物プランクトンのよりも20〜30倍頑健なシストについては, 規則B-4“船舶の沈殿物管理”により, 船舶個々のバラスト水管理計画に従って, バラスト水沈殿物と共に除去又は処分されることになる.
 
建造時期 管理基準 バラストタンク総容積(m3)別要件
[1,500]未満 [1,500〜5,000] 5,000以上
[条約発効後3年]/
[2009年]より前の建造船
D-1又はD-2基準以上 [条約発効後3年]/
[2009年]の引渡し基準日以前から,
[発効後10年]/[2016年]の引渡し基準日まで
[条約発効後3年]/[2009年]の引渡し基準日以前から,
[発効後8年]/[2014年]の引渡し基準日まで
[条約発効後3年]/[2009年]の引渡し基準日以前から,
[発効後10年]/[2016年]の引渡し基準日まで
D-2基準以上 [発効後10年]/[2016年]の引渡し基準日以降 [発効後8年]/[2014年]の引渡し基準日以降 [発効後10年]/[2016年]の引渡し基準日以降
[条約発効後3年]/
[2009年]以降の建造船
D-2基準以上 [5,000]未満 [5,000]以上
建造以降 [条約発効後5年]/
[2011年]以降
 
表4 バラスト水排出基準(附属書規則D-2案)
対象生物 船外排出基準 備考
10〜[50][80]μm水生生物
(主として植物プランクトン)
[1][10][100]個/1ml未満 1個/1mlについては, 親潮, 黒潮等の外洋海水中に含まれるプランクトンよりも更に少ない。
[50][80]μm以上水生生物
(主として動物プランクトン)
[1][100]個/1m3未満
病毒性コレラ菌(O-1, O-139) 1cfu/100ml未満 日本の海水浴場基準と, ほぼ同等の基準
大腸菌 [250][500]cfu/1ml未満
腸球菌 [100][200]cfu/1ml未満
cfu: 群単位(寒天培地基を用いて, その平板に検水を塗布し形成される群体数)
 
4.3 バラスト水処理基準案の変遷
 2001年4月のMEPC46以降, バラスト交換により95%のバラスト水の置換が可能という調査結果から, バラスト水処理装置の処理基準についても, 全般的に95%以上のバラスト水内の生物処理という基準からスタートした基準案も, 基準が厳しくかつ複雑なものになってきている. また, 採用される基準に関わる数値によっては検出が現実的に不可能なものもある.
 表2からも垣間見ることができるが, かなりの迷走を経てきている.
 プランクトン類の処理によりバラスト水中で増加する一般的バクテリアについても考慮すると, 条約化が進展しないので, とりあえずは無視して条約化を図ることで, 半合意がなされたこともある.
 また, 処理システムの処理基準と実際の排出基準との関連性も明確になっていない.
 条約案が, 処理率でなく定量的排出基準となったのは, 処理率では, 排出バラスト水検査時に, 分母が不明のため基準応諾状況が判定できないからという理由である.
 現時点においては, 各国が処理技術開発中とはいえ, 条約で求められることになる, 環境的に許容でき, 安全かつ実行可能で, 生態学的に効果的なことに加え, 費用対効果のあるバラスト水処理システムは存在していない.
 また一方には, 生物学的には, バラスト水内水生生物を100%処理しない限り, 生物の移動を防止することにならないという国際的共通認識もある.
 かつては, まずは現在利用可能な技術をベースに水生生物処理基準を策定することで, 少しでも水生生物移動量を減少させ, 将来的に100%処理に近づけるという流れにあったが, 条約最終案の趣旨は, 基準をできる限り厳しくし, 処理システムの開発を促すということにある.
 バラスト水交換については, その生物学的効果が明確となっていないが, 各処理システムが開発途上であることもあり, 一定の期間までは残ることになり, また, D-2基準を満足することが立証されれば, バラスト水管理選択肢の1つとして将来的に残る方向にあるが, その効果については, ブラジルを中心とした南米諸国を除き否定的である.
4.4 船舶運用への影響
 条約については, 生態系への影響が排出バラスト水量に比例しないため, 原則的にバラスト水を漲排水するすべての外航船舶を対象に適用されることになる.
 受入可能非処理バラスト水のコンセプトも導入される方向にあるが, 非処理バラスト水が, 排出水域の生態系に影響しないことを証明することは極めて困難である.
また, より厳しいバラスト水管理を求める一定の水域設置についても審議されている.
 船舶においては, バラスト水管理計画及びバラスト水管理記録簿を維持し, かつ, 港内バラスト水漲水量の最少化, 赤潮発生海域, 浚渫作業付近等におけるバラスト水漲水の極力回避などの予防的措置を実施の上, 条約が定めるバラスト水処理基準以上のバラスト水管理の実施が求められることになる.
 
5. 諸外国規制の現状
 国際条約化を待たずに規制化が広がりつつあるのが現状である. 手持ち資料に基づき各国の規制状況を表5に列記したが, 現状の各国規制を網羅したものではない.
 米国においては, 全国的に, 米国水域航行船及び米国諸港寄港船に対し離岸距離200海里以遠におけるバラスト水交換を含むバラスト水管理を義務付ける方向にある. また, バラスト水交換の代替としてのバラスト水処理システム承認制度も設ける方向にある.
 
表5 各国バラスト水管理要件
バラスト水関連要件
豪州 1990年, バラスト水交換自主規制
1998年, IMO総会決議A. 868(20)と一致した管理方策導入
1999年5月1日, 管理実施記録・報告を強制化
2001年7月1日, 洋上バラスト水交換(95%)強制化, DSS導入
ニュージーランド 1992年, バラスト水交換自主規制(報告強制)
1998年4月30日, IMO総会決議A.868(20)に従ったバラスト水交換等の方策強制
米国 1993年, 五大湖及びハドソン河入域船舶に, バラスト水交換強制(離岸200海里かつ水深2,000米以上の海域)
1999年7月1日, 管理実施記録・保持強制化, バラスト水交換は任意(離岸200海里以上かつ水深2,000米以上)
2000年1月1日, カルフォルニア州, バラスト水交換強制(離岸200海里以上)
2000年9月22日, ワシントン州, 外洋バラスト水交換強制(沿岸航行船, 離岸50海里以上)
2001年12月21日, EEZ外からの米国水域入域船に, バラスト水管理報告強制
2004年7月1日, ワシントン州, バラスト水交換の代替として, 同州処理基準(動物プランクトン95%, 植物プランクトン・バクテリア99%処理)を満足する処理システム使用承認
カナダ 1998年1月1日, バンクーバー等入港船にバラスト水交換強制
2000年4月1日, 五大湖入域船舶に米国と同様の規制適用
英国 1998年, スカパフロー港, 受入施設へのバラスト水排出強制
数港が, IMO総会決議A.868(20)の適用要請
ウクライナ オデッサ入港船, 黒海入域前に分離バラスト交換強制
イスラエル
1994年8月15日, イスラエル諸港に寄航予定の船舶に, 大陸棚又は清水流影響水域から離れた外洋バラスト水交換強制
Eilat寄港船に, 実施可能な場合, 紅海外側でのバラスト水交換強制
当国地中海側諸港寄港船に, 大西洋でのバラスト水交換強制
チリ
1995年8月10日, 外国から来航する船舶に離岸12海里以上でのバラスト水交換強制
バラスト水交換の証拠が有効でない場合, 港内でのバラスト水排水24時間前に, 化学薬品のバラスト水への添加強制
エクアドル 外部からの船舶に, バラスト水交換強制
コレラ発生地域からの船舶に, バラスト水交換又は薬剤による事前処理強制
ブラジル 2000年4月28日, ブラジル港寄港船に, バラスト水漲水場所・日時及び到着時バラスト水量報告要求
多くの港が, 化学薬品によるバラスト水処理要求
アルゼンチン ヴェノスアイレス港, 1990年代から, コレラ発生地域からの寄港船に, バラスト水の塩素消毒強制(塩素は, バラストタンクの通気管を通じてバラスト水に添加)
パナマ パナマ運河内でのバラスト水排出禁止
中国 1996年, 検疫伝染病区域(主にO-157)からの船舶に薬剤殺菌強制
 
6. 洋上バラスト水交換
 洋上バラスト水交換の生物学的効果については, 一般的に外洋では生物個体数が沿岸域に比べてかなり少なく, また, 外洋生物は沿岸域に定着し難いことが根拠となっているが, 一方で, 弱った生物の代わりに新鮮な生物を取込むことになり, 逆効果の面もある.
 バラスト水交換による外洋域への沿岸漲水バラスト水の排出に関し, 1998年のMEPC42において, バヌアツが南太平洋諸島への外来種侵入危害への懸念を表明し, バハマもカリブ諸国が同様の問題に直面することになることに言及している.
 離岸距離200海里以遠の外洋での実施が望まれているが, 図4のように, 離岸距離200海里以遠の海域は思っているほど広くはない.
 
図4 離岸距離200海里概要
 
7. バラスト水処理技術の現状
7.1 現在のところ各国で, バラスト水内生物処理技術について研究開発中であるが, 処理性能, 価格, 運転コスト, 簡便性, 二次影響等の面で一長一短あり, 実用化には多くの課題克服が必要な状況下にある.
 化学薬品による処理については, 二次汚染への懸念があり, 塩素等の使用の場合は, 処理されたバラスト水排出時, 有機化合物と薬品の反応により発癌性物質を生ずる懸念も指摘されている.
7.2 各国の開発状況
 2003年7月21〜23日にロンドンのIMO本部で開催された, GloBallast等主催の“第2回国際バラスト水処理研究開発シンポジウム”で発表された, 各国におけるバラスト水処理法について, 以下に列記する.
7.2.1 米国
(1)ろ過+吸引酸素除去による循環処理
(2)イナートガスによる酸素除去循環による循環処理
(3)イナートガス+低pH化学循環による循環処理
(4)50μmろ過+電解(塩素・臭素イオン)+せん断混合による循環処理
(5)サウンディングパイプからのアクリルアルデヒド注入による漲水時処理
(6)機械的粒子除去(遠心分離/ろ過)+殺菌(UV/殺菌剤)による漲水時/後処理
(7)ろ過+UVによる処理
7.2.2 米国・カナダ
(1)次亜塩素酸ソーダによる化学処理(バラストタンク壁面への塗布を含む. )
7.2.3 米国・ニュージーランド
(1)ビタミンkを主成分とする植物抽出化学物質(Sea-Kleen)による化学処理
7.2.4 米国・イスラエル
(1)過酸化水素粒子凝集+ろ過+UVによる処理
7.2.5 豪州
(1)主機冷却水等による加熱処理(漲水時/循環/バラスト水交換時)
(2)主機冷却系による加熱処理(漲/排水時前)
(3)ろ過+超音波+UVによる処理
7.2.6 ドイツ
(1)酸化剤(過酸化水素)による化学処理
(2)ろ過+殺菌剤+UVによる処理
(3)遠心分離+ろ過(50/100μm)+殺菌剤による処理
7.2.7 日本
(1)特殊パイプによる機械的処理
(2)超電導による循環処理
7.2.8 オランダ
(1)遠心分離+UV, 熱処理+ろ過, 化学処理, バラスト水交換の机上比較及び実船調査
(2)ろ過+UV/遠心分離+UVによる処理
7.2.9 中国
(1)海水の電気分解塩素発生装置による化学処理
(2)次亜塩素酸ソーダによる化学処理
7.2.10 カナダ
(1)加熱処理(携帯式加熱機で実験中)
7.2.11 英国
(1)遠心分離+UVによる処理
7.2.12 ウクライナ
(1)ろ過+キャビテーションによる処理
7.2.13 ブラジル
(1)漲水時のサウンディングパイプからの塩素注入による処理
7.2.14 EU
(1)加熱/UV/超音波/オゾン/酸化物質/酸素除去/酸化促進による船種/船型に適した処理
 
8. 当協会で調査研究した処理法
 当協会においても, 平成3年度から, 日本財団の補助/助成事業として, 断続的にバラスト水交換法の代替肢となる, バラスト水処理技術について調査研究してきており, その実験室/陸上実験結果の概要を表6に示した.
 
表6 各処理法による効果
処理法 水生生物に対する効果
塩素:
滅菌濾過海水使用実験室実験
実際のバラスト水への投入を想定した実用有効処理濃度
有毒渦鞭毛藻類遊泳細胞:5mg/l
同シスト:100mg/l
過酸化水素:
滅菌濾過海水使用実験室実験
実際のバラスト水への投入を想定した実用有効処理濃度
有毒渦鞭毛藻類遊泳細胞:5mg/l
同シスト:50mg/l
オゾン:
自然海水使用実験室実験
植物プランクトン処理濃度:1mg/l
有殻渦鞭毛藻処理濃度:0.6mg/l
動物プランクトン処理濃度:1mg/l
細菌類処理濃度:10mg/l
シスト処理濃度:20mg/l
電気化学:
自然海水使用(通電量3V/1A程度)20トン/h
陸上実験
直径100ミクロン孔電解槽滞留時間2〜90秒で, 動・植物プランクトン・細菌シストへの50〜100%処理
目詰まり・大型化が課題
ミキサーパイプ:
自然海水使用20トン/h陸上実験
植物プランクトン:3本直列1pass直後で約50%処理
動物プランクトン:3本直列1pass直後で約60%処理
細菌/シストへの明確な効果なし
パイプ1本10循環で, シスト以外のほとんどの生物死滅
オゾン1mg/l注入で, パイプとの相乗効果でシスト処理
特殊パイプ:自然海水使用20トン/h
陸上実験
スリット板1枚内蔵パイプで,
動物プランクトン:5気圧1pass直後で約90%処理
特殊パイプ(スリット板2枚):自然海水使用
100トン/h実機陸上実験
特殊パイプ+目詰まり対策解決システム実験
植物プランクトン:5気圧1pass直後70%以上処理
動物プランクトン:5気圧1pass直後90%以上処理
バクテリア:5気圧1pass直後約30%処理
上述特殊パイプ:100トン/h実機実船搭載
実証実験
11月10日から, 北米航路コンテナ船にて実証実験開始
 
 機械的処理法として, 図5にミキサーパイプの断面図を, 図6に特殊パイプの概念図を示している.
 水生生物の多様性から当然のこととして, それぞれの処理法で, 得意とする生物が異なっている.
 条約におけるバラスト水排出基準, 船上バラスト水処理システムの型式承認基準等の行方によっては, 現在の実験中の特殊パイプ自身の性能向上, 他の処理法との組み合わせ等について調査研究が必要となる.
 バラスト水による水生生物越境問題は, ある国で有益な生物でも他の国では有害種となることで, 国際的に統一した標的種の絞込みができず, 異色の環境問題といえる.
 米国では動物, ニュージーランドでは植物プランクトン, ブラジルではコレラ菌が主な標的種となっている.
 また, バラスト水処理装置の型式承認基準(指標生物, 試験法等), 本船検査のためのサンプリング基準など, 国際的コンセンサスが得られていないのが現状である.
 
図5 ミキサーパイプ
 
 
図6 特殊パイプ概念図
 
 2004年2月の条約採択後も, これらについての国際的審議が続行されなければならない状況下にある.
 特に, バラスト水処理システムの開発においては, 型式承認ガイドラインの早期策定が望まれるところである.
 特殊パイプによる水生生物の処理原理を図7及び図8に示し, その中心部及び本船上における米国ワシントン州政府立会いの下の実験模様(米国シアトル港)を図9及び図10に示している.
 
図7 前方スリット板による処理
 
 
図8 後方スリット板による処理
 
 
図9 処理システム中心部
 
 
図10 本船上実験模様
 
(関連略語)
GloBallast(GEF/UNDP/IMO Global Ballast Water Management Programme)
GEF(Global Environment Facility: 地球環境資金制度)
UNDP(Development Programme: 国連開発計画)
IMO(International Maritime Organization: 国際海事機関)
 
(参考文献)
“Focus on IMO”IMO
“ポスター”GloBallast, GEF, UNDP, IMO
“Ballast Water News”(No.6:2001年7月〜9月)GloBallast
“Ballast Water News”(No.14:2003年7月〜9月)GloBallast
平成12年度“バラスト水関係調査研究事業報告書” (社)日本船主協会
平成4年度“バラスト水による有害プランクトン伝播対策の調査研究事業報告書”(社)日本海難防止協会
平成 9年度“船舶のバラスト水管理方策に係る調査研究報告書”(社)日本海難防止協会
平成10年度“船舶のバラスト水管理方策に係る調査研究報告書”(社)日本海難防止協会
平成11年度“船舶のバラスト水管理方策に係る調査研究報告書”(社)日本海難防止協会
平成13年度“船舶運行に伴うバラスト水による海洋生態系への影響低減に関する調査報告書”(社)日本海難防止協会
平成14年度“船舶バラスト水等処理技術調査研究報告書”(社)日本海難防止協会
 
以上







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