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船舶バラスト水による生物拡散防止装置の開発
 
城野 清治 (株)海洋開発技術研究所
田中 篤 (株)海洋開発技術研究所
吉田 勝美 (株)水圏科学コンサルタント
菊地 武晃 (社)日本海難防止協会
 
Development of Ballast Water Treatment System on board ship
KINO, Seiji Marine Technology Institute CO., LTD
TANAKA, Atsushi Marine Technology Institute CO., LTD
YOSHIDA, Katsumi Laboratory of Aquatic Science Consultant CO., LTD
KIKUCHI, Takeaki The Japan Association of Marine Safety
 
abstract
 Alien aquatic organisms which are considered to be transferred in the ballast water of the ship have been creating serious problem on the marine environment in the world. International Maritime Organization (IMO) is now working towards adoption of the convention on this issue. The effort has been made in many countries to develop effective treatment system to kill or eliminate almost all marine organisms in the ballast water. However, the practically effective way has not been found. Because, it is very difficult to meet many requirements, such as low cost, no impact on the environment , capability of treating large amount of water, and applicability to the existing ballast system.
 We found that plankton can be damaged in the turbulence around the edge of the water jet nozzle. Utilizing this phenomenon, we are developing the new instrument, which has some advantages, such as simple structure, easy application, low cost and effectiveness for various size of marine organisms. We report in this paper the mechanism of new instrument and the experimental results of treating sea water at the test-bed on the shore of the sea.
 
1. 緒言
 世界中での船舶の移動に伴い、多量のバラスト水が国、地域を越えて移動しているが、その中のプランクトンが、排出された地域で生態系へ影響を与え、経済活動へも悪影響が生じる事態となっている。バラスト水とは、船舶の安全、プロペラの効率、姿勢調整などのために船舶のタンクへ搭載する海水のことであるが、世界中で年間約120億トンの海水が移動し、日本からは年間3億トンもの海水を外国へ“輸出”しているといわれている1
 現在、IMO(国際海事機関)ではこの問題に対する国際条約づくりの準備が進行しているが、各国は条約化に向けて、バラスト水中の水生生物を殺滅する装置の技術開発を行っている。技術開発する上での困難さは、多量の水を、限られた時間で、経済的に、2次的環境問題を起こさずに、水生生物を殺滅することにあるが、これらの条件を同時に解決することはきわめて難しく、いまだ決定的な方法が見つかっていない。
 著者らは、プランクトンが水の乱れの中で損傷する現象に着目し、この現象を利用し効率的にプランクトンを死滅させるため、スリット状開口を多数有する板を配管中に設ける方法を考案した。このスリット状開口の中を海水が通過するだけで、90%以上の動物性プランクトンを死滅させ得ることを実験的に確認するとともに、キャビテーションの有効利用による効果向上の研究を行い、試作機を製作し、陸上実験を行った。その結果、実用機への実現性が高い装置を開発できたと考える。本論文はその研究結果の報告である。
2. 各国の開発状況
 各国で開発が行われているいくつかの方法を以下に紹介する。
 
(1)フィルター法
 大きな水生生物を完全に除去するが、微細な水生生物の除去は困難で、他の方法との併用が検討されている。装置が大きいという問題もある。
(2)紫外線法
 生物のサイズ、タイプよって効果が異なる。一般的には大きな生物への効果は小さいので、フィルター法との併用が考えられている。経済性、船舶への適用性などに問題がある。
(3)熱処理法
 全ての水生生物を殺滅する点では理想的な方法である。熱源の確保に費用がかかる。また、船体構造への熱影響にも問題がある。
(4)遠心分離法
 大型の水生生物に効果があるが、微細な水生生物の除去は困難で、他の方法との併用が検討されている。装置は高価である。
(5)化学的処理法
 塩素、オゾンなどの化学物質を用いる方法で、濃度によっては、全ての水生生物を殺滅できるが、2次的環境汚染、高い費用、船体構造の腐蝕などの問題がある。
(6)機械的処理法
 本論文の方法がそれであるが、水生生物のサイズに関係なく効果が期待できる。また、構造、サイズ、取扱いなどの点で、現在のバラスト装置への適用性が高い。
3. スリットノズル方式によるプランクトン殺滅法
3.1 ノズル噴流による殺滅とスリットノズルの考案
 機械的微生物殺滅法として、高速・高圧ノズルから吹き出す噴流キャビテーションによる方法や噴流を物体にたたきつける方法など、噴流を利用する方法が考案され、実用に供されている2)、3)が、船舶のバラストシステムに利用することは困難である。
 Fig.1に示すような噴流実験を行い、動物性プランクトンの損傷を調査したところ、約30%の損傷が確認され、比較的低速の噴流でも効果が期待できることが分かった。
 
Fig.1 Water jet from round shape nozzle
 
 この現象の原因に、加圧状態から急激に減圧することで、細胞にとけ込んだ気体が急激に膨張し細胞を破壊する、いわゆる潜水病の可能性が考えられた。そこで、小さな加圧タンクを作り、加圧/減圧実験を行ったが損傷しないことが分かり、この可能性は否定された。残された可能性は、キャビテーション説又は剪断説であった。キャビテーション説とは、水流がノズルの縁を回り込む際にキャビテーションが発生するが、それが自由噴流中で崩壊する際に大きな衝撃圧が発生し、そのためプランクトンが破壊されるというものである。剪断説とは、ノズルの縁で発生する大きな水の乱れによって、プランクトンが引き裂かれる現象である。原因としては両方の可能性が考えられるが、キャビテーションが崩壊する場所は広い範囲に渡っており、効果に対する貢献度は低いと考える。
 いずれの可能性にせよ、効果を向上させるには、水と接する縁の長さを増やすことである。しかし、そのために大きなエネルギーが必要であれば実用的には問題となるが、噴流速度が同じであればエネルギーは噴流口の形状に大きくは依存しないという流体工学的特性があり、これを利用すると効率的、即ち使用するエネルギーにたいして効果が大きな噴流口形状は、噴流口の面積に対して、最も縁が長いスリット状の噴流口ということになる。効率的なノズルとして考案した、“スリットノズル”の概念図をFig.2に示す。
 
Fig.2 "Slits nozzle"
 
3.2 スリットノズルによるプランクトン殺滅実験
3.2.1 実験概要
 実験は、Fig.2に示すように、50mm直径のパイプ内に流れと直角方向にスリットノズルを配置し、実際の海より採取した海水を遠心ポンプにて加圧して、このスリットノズルを通して行った。
 
Fig.3 Experiment system
 
 
Fig.4 Slit nozzle and cavitation behind nozzle
 
 自然海水を、1m3の貯水槽に水中ポンプにて汲み上げ、充分撹拌後、遠心ポンプにて送水し、スリットノズル通過直前の水(コントロール水)とスリットノズル通過後の水(処理水)の2種類のサンプル水を採取した。実験は、ポンプ流量を変化させて、流量/スリット面積で定義する噴流速度を15.2〜29.1m/秒の範囲で変化させた。
 
 1回の実験では20リットルのサンプル水を分析した。分析は、20ミクロン以上の動物性プランクトン全体を対象に、実体顕微鏡によって個体数を直接計数した。そして、次式で定義する損傷率を求めた。
 
損傷率(%)=(コントロール水中の正常個体数−処理水中の正常個体数)÷(コントロール水中の正常個体数)
 
 また、スリットノズル前後の圧力差を計測し、圧力損失も求めた。
3.2.2 実験結果
 Fig.5に全動物性プランクトンの損傷率の実験結果を、Fig.6にはスリットノズルによる圧力損失の結果を示す。
 
Fig.5 Damage ration of zooplankton
 
 
Fig.6 Pressure loss of slit nozzle
 
 Fig.7には損傷した動物性プランクトンの状態を示す。
 
Fig.7 Damaged zooplankton
 
3.2.3 キャビテーション利用による効率向上
 Fig.4を見てわかるように、スリットノズルの噴流中でキャビテーションが発生しているが、配管内の広い範囲で崩壊するため、その効果は小さいと考えられる。キャビテーションの有効利用法の1つとして、キャビテーションが発生した噴流中に物体を置き、その表面でキャビテーションを集中的に崩壊させ、物体表面に発生する大きな圧力を金属表面の改質に利用する研究が行われている4。プランクトン殺滅にも、この方法が利用できるのではないかと考え、Fig.8に示すように、スリットノズルからの噴流が板にぶつかるように、スリットノズルと同じようなスリット状開口を有する板を配置して実験を行った。
 
Fig.8 Collision plate behind slit nozzle
 
 Fig.5と6に白丸でこの実験結果をしめすが、効果は確かに上昇した。しかも圧損の上昇は微小にとどまっており、明らかに圧損に対する損傷率の比、すなわち効率は大幅に向上したと言える。
 Fig.9は、後方板によってキャビテーションが崩壊したことを示している。
 
Fig.9 Effect of collision plate (collapse of cavity)
 
3.3 試作機の製作と実験
 前節の実験結果によって、バラスト配管内にスリット状開口を有する2枚の板(以下スリット板と称す)を設ける簡単な方法で動物性プランクトンのほとんどが殺滅できることが判った。しかし、この方法ではゴミなどの大きな浮遊物の閉塞問題を解決する必要がある。また、前節の実験では動物性プランクトンのみの効果を調査したが、他の水生生物に対する効果も調査する必要がある。
 そこで閉塞問題の解決方法を発案し、配管径100mmのバラスト配管に使用できる試作機を製作して、前節と同様な実験を行い、閉塞対策装置の有効性と動物プランクトン、植物性プランクトン及び細菌の損傷率を調査した。
3.3.1 閉塞対策と試作機
 Fig.10に示すように、各スリット板を2分割のスリット板で構成し、閉塞が発生したら、一方の板を流れの方向にスライドさせて、5mm以上の隙間を設け、ゴミを通過させる。閉塞の判定は計測圧力により行い、板のスライドはモータで行うが、すべて自動制御式である。強制的にゴミを吸引させた実験によって、この装置の有効性を確認した。なお、5mm以上のゴミは、船のバラストシステムのストレーナーで除去することが出来る。
 
Fig.10 Device for blockade
 

参考文献
1)菊地武晃:船舶バラスト水問題とは、日本海難防止協会情報誌「海と安全」, No.509, pp2-9, 2001
2)阿部弘幸:キャビテーション効果を利用した水処理技術の研究(3)、滋賀県東北部工業技術センター研究報告、pp33-36, Vol 1999
3)松岡陽子 他:噴射衝撃による有害微生物除去システムの開発、日本水処理生物学会誌別巻、No.22, pp109, 2002
4)祖山 均 :キャビテーション噴流による材料試験・表面改質における支配因子、噴流工学vol. 15 No.2, pp31-37, 1998







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