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2.3.6 プロトタイプ実機の処理効果の評価
 
 以上の実験等から得られた結果の要約を以下に記す。
 次いで、2004年2月に採択された「船舶のバラスト水及び沈殿物の管制及び管理のための国際条約」における規則D-2バラスト水性能(排出)基準との適合状況について検討する。
 
 
 日本―北米間のような長期間の航海では、漲水海水中に含まれる濁り物質は、特に排水初期のバラスト水には高濃度の濁り物質が含まれていることが明らかになった。 これは、排出時までに濁り物質がバラストタンク底層に沈降したためと考えられる。 さらに、漲水時に処理した場合、濁り物質が増加することの理由として、処理時に殺滅した生物及び処理によるダメージを受け航海中に死滅した生物の割合が多くなるためと考えられた。 したがって、バラスト水洋上交換法は、濁り物質を低減させる効果があると言える。 
 
 
 処理効果は、漲水時、排水時及び漲排水の処理で認められた。 さらに、漲水時の処理で殺滅される程の効果はなくても、大きなダメージを受けた生物は、暗黒環境下で航海中に自然死滅することがわかった。 生物の死骸を食べる原生動物が増殖した場合を除けば、漲水時、排水時及び漲排水時のすべての処理において、80μm以上及び80μm未満10μm以上のサイズ区分ともに90%以上の処理効果が得られた。
 また、実験を実施した時点における「船舶のバラスト水及び沈殿物の管制及び管理のための国際条約」の規則D-2基準(日本提案)は、80μm以上の生物の排水時の濃度が100個/m3未満であること及び80μm未満10μm以上の生物の排水時の濃度が100個/ml未満であった。 この基準に対する適合状況は、80μm以上の生物に対しては基準適合率が50%〜67%、80μm未満10μm以上の生物に対しては適合率100%であった。 80μm以上の生物に対する適合率が比較的低かったのは、単位が海水1m3あたりとなっており、80μm未満10μm以上の海水1mlよりも1,000,000倍容積が多く、その分厳しい基準であるためである。
 なお、各種生物群に対する処理効果は、以下のとおりである。
(1)渦鞭毛藻に対しては、漲水時と排水時の2回処理することによって、完全に殺滅することができた。
(2)珪藻に対する処理効果は、80μm以上のサイズ区分に対しては約98%以上の高い効果が得られたが、80μm未満10μm以上のサイズ区分に対しては約80%前後の減少率しか得られない場合があり、やや低い効果となった。 また、珪藻の出現数が大勢を占める全植物プランクトン数に対する処理効果も珪藻と同様である。
(3)原生動物に関しては、特異的な変化が観察された。 この理由として、漲水時処理の効果及び航海中の自然死滅によって発生した、生物の死骸を餌として繁殖する種類が存在するためである。 これによって、漲水時処理で正常な原生動物数は減少するが、航海中のバラストタンク内で増殖し、漲水前に処理することが反対に生物数を増やす場合も観察された。
(4)世界中の海域における主要な動物プランクトンであるカイアシ類に対する処理効果は、漲水時処理及び排水時の1回処理するだけで、漲水港湾の原水に比べては100%の殺滅率を記録した。 ただし、漲水原水との比較ができない排水処理ケースの一部には、正常個体が残存しており、すべての状態で常に100%の処理効果を得るまでは至っていない。
(5)底生動物の幼生(二枚貝、ヒドデ、カニ等の浮遊期幼生)に対する処理効果は、漲水時あるいは排水時のどちらか一方の処理でほぼ100%の殺滅率を得ることができる。 ただし、カイアシ類と同様に、一部の実験では、極少量であるが正常個体の残存が確認されており、すべてのケースで完全に100%の効果を得るまでには至っていない。
(6)全動物プランクトンに対する処理効果は、サイズ区分で異なる結果であった。 カイアシ類や底生動物の幼生が主体である80μm以上のサイズ区分では、漲水時あるいは排水時の1回処理のみで、一部に正常個体が残存する場合も認められたが、多くの実験で100%の殺滅率が得られた。 一方、80μm未満10μm以上のサイズ区分では、生物の死骸を餌として増殖する原生動物の存在が処理効果に大きく影響し、90%を超える高い効果が得られる一方で、逆に漲水港の原水よりも増加する場合もあった。
(7)全実験を通じてコレラ菌は検出されなかった。 また、大腸菌及び腸球菌も極僅かの検出にとどまった。 これら検出された大腸菌と腸球菌も航海中に検出限界以下まで減少していた。 この減少要因は、処理効果よりも、元来、陸上動物起源のこれら菌類は海水中で長期間生存できないためと考えられる。
(8)基準の対象外である全菌数(全バクテリア数)と従属栄養鞭毛虫に対しては、処理による効果は明瞭ではなかった。 この理由は、バクテリアが1μm前後、従属栄養鞭毛虫が10μm未満とともに微小な生物で、今回の実験に使用したプロトタイプのスリット幅(500μm)等の物理条件では明瞭な殺滅効果を得られない。 さらに、前記、原生動物と同様に、両生物群が生物の死骸を餌としてバラストタンク内でも増殖するためであると考えられる。
 
 
 バラスト水交換法の生物数減少効果を検討したところ、効果は漲水港湾と太平洋上海水中の生物相及び数(密度)に大きく左右され、安定しないことが明らかになった。 また、バラスト水洋上交換を実施することによって、実施しない場合よりも排水時の生物数が多くなる場合もあることが明らかになった。
 プロトタイプ実機の処理効果とバラスト水洋上交換の効果を比較したところ、洋上交換によって生物数が減少した場合のみを比較しても、プロトタイプで排水時処理した方が、約80倍〜3000倍高い効果であった。
 
 
 2004年2月に採択された「船舶のバラスト水及び沈殿物の管制及び管理のための国際条約」における、規則B-3バラスト水管理要件(船舶の建造時期及びバラストタンク総容積別の管理基準)及び規則D-2バラスト水排出基準(排水されるバラスト水中の生物数)では、次のように規定している。
 
バラスト水排出基準(附属書規則 D-2)
対象生物 船外排出基準 備考
最小寸法50μm以上水生生物
(主として動物プランクトン)
10個/m3未満 外洋海水より少
最小寸法10μm以上50μm未満水生生物
(主として植物プランクトン)
10個/ml未満
病毒性コレラ菌(O-1、O-139) 1cfu/100ml未満、又は
1cfu/1g(湿重量)動物プランクトンサンプル
 
大腸菌 250cfu/100ml未満 日本の海水浴場
基準より厳格
腸球菌 100cfu/100ml未満  
cfu: 群単位(寒天培地基を用いて、その平板に検水を塗布し形成される群体数)
 
バラスト水管理要件(条約附属書規則 B-3)
 
 この基準と今回のプロトタイプ実機での実験結果との関係を表II.2.3.6-1に整理した。 なお、50μm以上及び50μ未満10μm以上のサイズ区分の生物数は、実験結果の80μm未満10μm以上の生物数を、東京都が実施している3カ年の東京湾赤潮調査結果の種類と出現数のデータを基に求めた、80μm未満50μm以上と50μm未満10μm以上の比率(3:22)を用いて分割し、算出した50μm以上の生物数と実験における80μm以上の生物数と合計して、50μm以上と50μm未満10μm以上の生物数を求めたものであり、あくまでも参考値である。
 実験における排水時の生物数は、漲水時の生物数に依存するが、50μm未満10μm以上のサイズ区分ではすべて基準に適合していた。 一方、50μm以上の区分ではすべて不適合であった。 この理由として、2003年7月に最終化された基準(日本提案)に対する基準達成率が50%〜67%にとどまったことを「(2)水生生物に対する処理効果について」において、単位容積が100万倍大きく厳しい基準であると述べた。 採択された条約の基準では、さらに、基準値が100個/m3から10個/m3及びサイズ区分が50μm以上となったことで、分布数が多い植物プランクトンの一部が加わったことも非常に大きな要因である。 例えば、50μm以上の植物プランクトンが、わずか0.001個/mlであったとしても、1m3に換算すると1000 個/m3となり基準値の100倍になってしまう厳しさである。 なお、病原菌に対して本実験ではすべて基準を達成していたが、漲水港にほとんど分布していなかったことも一因と考えられる。
 米国ワシントン州の処理技術暫定承認プログラムにおける暫定バラスト水排出基準は、次のとおりである。
 
(1)動物プランクトンの95%以上及び
(2)植物プランクトン及びバクテリアの99%以上を除去又は不活性化すること。
 
 表II.2.3.6-2には、ワシントン州の基準との関係を示した。
 植物プランクトン及び動物プランクトンに対しては、基準を達成する場合と達成しない場合が混在した状況である。 また、動物プランクトンに対しては、生物の死骸を餌として増殖する原生動物の状況で大きく結果が異なっている。 表II.2.3.6-2(2)は、これら原生動物を除いて処理効果を計算した結果であるが、この場合は漲水港湾からの減少率ではすべて基準を達成する結果である。 なお、バクテリアに関しては、対象とするバクテリアを病原菌とするのか、あるいは一般的なものとするのかで結果が大きく異なるので、今回の実験結果だけでは病原菌に対しては適合し、全菌数では不適合となる。
 
 以上、「船舶のバラスト水及び沈殿物の管制及び管理のための国際条約」におけるD-2規則バラスト水排出基準に対する適合性及び米国ワシントン州の処理技術暫定承認プログラムにおける基準との適合性について述べたが、MEPC49時点での基準(案)とワシントン州の暫定バラスト水排出基準に対しては、スリットの形状の改良や幅を多少狭める方法及びスリット部の流速を上げるなどの改良で対応できると考えられる。 しかし、2004年2月に採択された条約の基準は、前記したように非常に厳しい内容であり、特に、50μm以上の生物に対する対応と病原菌に汚染された水域で漲水する場合の対応が必要となる。
 今後は、スペシャルパイプ本体の処理性能を向上について、50μm以上のサイズ区分の生物に対する殺滅率を上げるとともに、病原菌対応として平成11年度の事業で検討して高い性能を確認しているオゾン処理等、他の処理技術との組み合わせに関しても検討するのが適切であると考える。
 
表II.2.3.6-1 バラスト水管理条約D-2バラスト水性能(排出)基準と実験結果との関係
実験航路 実験
内容
出入港日 漲水港(原水)の
生物数*
排水時の
生物数
漲水港から
排水時まで
の減少率(%)
50μm以上
(inds/m
3
50μm未満
10μm以上
(inds/ml)
50μm以上
(inds/m
3
50μm
未満
10μm
以上
50μm
以上
50μm
未満
10μm
以上

1

シアトル→東京 漲水時と排水時の2回 Dec.6.2003→Dec.15 84213 0.581 17000 0.125 79.8 78.6
漲水時処理 84213 0.581 29800 0.219 64.6 62.4
シアトル→名古屋 排水時処理 Dec.6.2003→Dec.16 84213 0.581 16560 0.121 80.3 79.1
ロサンゼルス→バンクーバー 排水時処理 Dec.1.2003→Dec.5 155300 1.069 5820 0.043 96.3 96.0
太平洋上交換→ロサンゼルス 排水時処理 Nov.25.2003→Dec.1 193853 1.360 107320 0.787 44.6 42.2

2

シアトル→名古屋 漲水時と排水時の2回 Jan.11.2004→Jan.22 177810 1.261 820 0.005 99.5 99.6
漲水時処理 177810 1.261 12410 0.088 93.0 93.0
東京→ロサンゼルス 排水時処理 Dec.28.2003→Jan.7.2004 2887360 17.169 5760 0.042 99.8 99.8
バンクーバー→東京 排水時処理 Jan.12.2004→Jan.21.2004 115540 0.809 8340 0.059 92.8 92.7
香港→神戸 排水時処理 Dec.24.2003→Dec.27.2003 1664200 10.112 311420 2.104 81.3 79.2
太平洋上交換→ロサンゼルス 排水時処理 Jan.4.2004→Jan.7.2004 301500 2.182 182040 1.326 39.6 39.2
 
表II.2.3.6-2(1)米国ワシントン州バラスト水処理装置暫定承認基準と
実験結果との関係(植物プランクトン)
実験航路 実験内容 出入港日 漲水港(原水)の
生物数*
(cells/L)
排水時の
生物数
(cells/L)
漲水時から
排水時までの
減少率
(%)

1

シアトル→東京 漲水時と排水時の2回 Dec.6.2003→Dec.15 663.4 108.3 83.7
漲水時処理 663.4 208.3 68.6
シアトル→名古屋 排水時処理 Dec.6.2003→Dec.16 663.4 137.1 79.3
ロサンゼルス→バンクーバー 排水時処理 Dec.1.2003→Dec.5 1180.0 28.5 97.6
太平洋上交換→ロサンゼルス 排水時処理 Nov.25.2003→Dec.1 1543.0 890.0 42.3

2

シアトル→名古屋 漲水時と排水時の2回 Jan.11.2004→Jan.22 1432.2 6.0 99.6
漲水時処理 1432.2 100.7 93.0
東京→ロサンゼルス 排水時処理 Dec.28.2003→Jan.7.2004 20015.5 45.5 99.8
バンクーバー→東京 排水時処理 Jan.12.2004→Jan.21.2004 922.9 66.0 92.8
香港→神戸 排水時処理 Dec.24.2003→Dec.27.2003 11776.0 2412.5 79.5
太平洋上交換→ロサンゼルス 排水時処理 Jan.4.2004→Jan.7.2004 2475.2 1500.2 39.4
注)データは、10μm以上の植物プランクトン数
注)*: 第1および第2航海の太平洋上交換→ロサンゼルスと第2航海の香港→神戸の漲水港(原水)の生物数は、排出時の処理前海水の生物数
 
表II.2.3.6-2(2)米国ワシントン州バラスト水処理装置暫定承認基準と
実験結果との関係(全動物プランクトン)-1
実験航路 実験内容 出入港日 漲水港(原水)の
生物数*
(inds/L)
排水時の
生物数
(inds/L)
漲水時から
排水時までの
減少率
(%)

1

シアトル→東京 漲水時と排水時の2回 Dec.6.2003→Dec.15 2.2 33.3 -1415.2
漲水時処理 2.2 40.0 -1718.2
シアトル→名古屋 排水時処理 Dec.6.2003→Dec.16 2.2 1.0 54.5
ロサンゼルス→バンクーバー 排水時処理 Dec.1.2003→Dec.5 44.5 20.0 55.1
太平洋上交換→ロサンゼルス 排水時処理 Nov.25.2003→Dec.1 11.3 4.3 61.8

2

シアトル→名古屋 漲水時と排水時の2回 Jan.11.2004→Jan.22 6.7 <0.1 100.0
漲水時処理 6.7 0.2 97.8
東京→ロサンゼルス 排水時処理 Dec.28.2003→Jan.7.2004 41.1 2.5 93.9
バンクーバー→東京 排水時処理 Jan.12.2004→Jan.21.2004 1.8 1.0 44.4
香港→神戸 排水時処理 Dec.24.2003→Dec.27.2003 7.7 2.6 66.2
太平洋上交換→ロサンゼルス 排水時処理 Jan.4.2004→Jan.7.2004 8.7 8.0 8.0
注)データは、10μm以上の動物プランクトン数
注)*: 第1および第2航海の太平洋上交換→ロサンゼルスと第2航海の香港→神戸の漲水港(原水)の生物数は、排出時の処理前海水の生物数
 
表II.2.3.6-2(2)米国ワシントン州バラスト水処理装置暫定承認基準と
実験結果との関係(原生動物を除く)-2
実験航路 実験内容 出入港日 漲水港(原水)の
生物数*
(inds/L)
排水時の
生物数
(inds/L)
漲水港から
排水時までの
減少率
(%)

1

シアトル→東京 漲水時と排水時の2回 Dec.6.2003→Dec.15 1.5 <1 100.0
漲水時処理 1.5 <1 100.0
シアトル→名古屋 排水時処理 Dec.6.2003→Dec.16 1.5 <1 100.0
ロサンゼルス→バンクーバー 排水時処理 Dec.1.2003→Dec.5 44.5 <1 100.0
太平洋上交換→ロサンゼルス 排水時処理 Nov.25.2003→Dec.1 <1 <1 NC

2

シアトル→名古屋 漲水時と排水時の2回 Jan.11.2004→Jan.22 6.7 <1 100.0
漲水時処理 6.7 0.2 97.8
東京→ロサンゼルス 排水時処理 Dec.28.2003→Jan.7.2004 34.1 <1 100.0
バンクーバー→東京 排水時処理 Jan.12.2004→Jan.21.2004 1.3 <1 100.0
香港→神戸 排水時処理 Dec.24.2003→Dec.27.2003 6.2 1.6 74.2
太平洋上交換→ロサンゼルス 排水時処理 Jan.4.2004→Jan.7.2004 3.7 1.0 73.0
注)データは、10μm以上の動物プランクトン数
注)*: 第1および第2航海の太平洋上交換→ロサンゼルスと第2航海の香港→神戸の漲水港(原水)の生物数は、排出時の処理前海水の生物数
注)NC: 計算不可能







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