レポート(1)
「舞台に走った感動」〜”走れメロス”への取り組み〜
富山美津江(福島県立聾学校)
I はじめに
1 聾学校中学部演劇活動の歴史
昭和60年から中学部国語科で「豊かな表現力(=生きる力)を身に付けさせる」ことを目標とし、その一方法として演劇指導を取りあげてきた。校内の学習発表会・学校祭で成果を発表し平成5年からは校外(郡山市民文化センター等)での発表をしている。
昭和60年 注文の多い料理店
昭和61年 どろぼう仙人
昭和62年 ブンナよ木からおりてこい
昭和63年 雪わらしの里
平成元年 タ鶴
平成2年 青い鳥をさがして
平成3年 ブレーメンの音楽隊
平成4年 ピーターパンの冒険
平成5年 セロ弾きのゴーシュ
平成6年 杜子春
平成7年 ごんぎつね
平成8年 オズの魔法使い
平成9年 ピノキオ
平成10年 セロ弾きのゴーシュ 中1中2
どくなし 中3
平成11年 ふしぎな森のお話 中1
笛吹富平 中2中3
平成12年 小さな友情 中1中2
わたしたちのドリーム 中3
平成13年 if my dream come true〜3つの願い〜
平成14年 走れメロス
2 中学部演劇活動の取り組みの実際について
(1)昭和60年〜平成8年
中学部3年生が国語表現として演劇を取り入れ、3月の卒業公演には平成5年より高等部と共に参加した。
(2)平成9年〜平成10年
卒業公演を「たつのこ公演」と改め学校祭(学習発表会)を校外の会場で公演した。
(3)平成11年〜平成14年
中学部3年生だけでなく学部全体の取り組みとして、全生徒、全教師で取り組んでいる。
II 平成14年度の学習発表会の演劇活動の取り組みの概要について
1 学習発表会における「演劇」の意義
(1)演劇とは何か
○「演劇」は心(思いや考え)を伝える表現活動である。そして、その表現手段
・方法は能力・特性を問わない。
○「演劇」は、一人では決して成立しない表現活動である。 |
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(2)演劇を取り入れる意義
(1)生徒一人一人が自分の思いや考えを相手に伝えようとする意欲を持つようになり又、伝わったという実感を覚えることからコミュニケーションヘの自信と喜びを持つ。
(2)クラスとして学年として学部として、一人一人がその役割を果たす中でお互いの存在の大切さを知る。
2 実際の取り組み
(1)学習発表会実行委員の組織と題材の選定について
学習発表会実行委員の教師と国語科の教師、各クラスから1名選出された学習発表会実行委員の生徒を中心に題材の選定を行った。題材は生徒の自主性、主体性を大切にし、観客と演技者、スタッフが一体になれるシナリオが必要であり、見せる喜び、見られる喜びに加えて、見てもらった人に共感してもらえる喜びがあってこそ、学習発表会の成果と考える。その為には、脚本の選択や、ストーリー展開は、教師がイニシアティブを持ってすすめて行った方がよいと考え、あらかじめ教師が考えた題材を実行委員の生徒に提示した。生徒にとっては3つの選択肢から選ぶという方法ではあったが、自分たちで選んだという意識があり、不満の声は全く聞かれなかった。
(2)オーディションの実施と配役決定について
実行委員の生徒をうまく全面に出し、オーディション形式をとった。まず、題材、配役を発表し自分がやってみたい、やりたい役を公募し、応募した生徒は、実行委員が考えたテーマに沿ってみんなの前で演技をし、教師、生徒の投票で上位者が役を得るようにした。選ばれた生徒達は役に選ばれたという自信を持って練習に取り組めたと考える。
(3)練習計画の作成について(練習日程・練習の進め方等)
物語の全体をイメージさせるために生徒に対するプレゼンテーションが、大切ではないかと考え、台本とは別に場面ごとの絵コンテを準備し生徒に流れと場面展開を提示した。そのことがその後のグループ練習や全体練習をスムーズにした。加えてワークショップ形式で体と心が開放できるような練習を取り入れたり、台本を使っての練習は週ごとに帯状に時間をとり、グループ練習、全体練習を組み合わせて行ったりした。
(4)演技、舞台美術(大道具・小道具)音響、衣装、照明等の工夫について
演技指導においては教師の、得意分野を生かしながらグループごとに生徒と教師で演技、演出を考えてもらうようにした。そしてグループ代表の教員が放課後集まり生徒の実態を考慮しながら案を出し合いながら調整を図った。全体での手話ラップのセリフに関しては生徒達から出た言葉を取り入れながら教師が作り、演出も意見を出し合いながら作り上げ生徒に流した。
大道具・小道具に関しては、概ね教師側の制作であったが、生徒達は完成品を目の前にその出来映えに驚き、尊敬的になるなど教師と生徒との信頼関係が築けた。
音響に関しては、多くは健聴者である観客と、演技をする聾学校の生徒が表現する物語の心情や精神性を共感させる媒体として、音楽を有効に活用したいと考えた。適切な音響効果やBGMが生徒の演技をより引き立たせ、ストーリーの展開や場面の変化を、見る人にわかりやすくさせたと思う。
衣装は予算、時間がなく満足するものでは無かったが、メインの役やポイントとなる場面での衣装の有効性を考え、女王や闇の場面には力をいれた。
照明は聴覚障害を持っている生徒にとっては、展開のきっかけや流れをつかむために必要不可欠である。演出の面でも大道具や小道具を作る時間が無い中、照明の使い方で場面の変化を作ることができた。たとえば、舞台美術はホリゾントの色を変えることやエフェクトマシーンをつかったことで、シンプルさで生徒の表現がより生きるようにした。
今回は市民文化センターという条件の揃っている会場でなおかつプロの照明スタッフの手伝いを得て最高のものが作れた。
(5)発表当日の様子について
リハーサルは一度のみ、それもサスやピンスポの立ち位置の確認や大道具の配置の場所、照明の色、ホリの色を確認しながらのあわただしい作業の中で行われた。これで本番を迎えるのかという教員の緊張と興奮状態の中、生徒達はものの見事、完璧にやってのけた。それも今までにない輝きで・・・。声の大きさ、息づかい、間の取り方、感情の入れ方等、誰もが練習以上のもの、わたしたちが「どきっ」とする身のこなし、アドリブ、役になりきって自分のものとして表現していた。大道具、小道具、衣装の準備に関しても完璧であった。幕がおりたとき生徒達の晴れ晴れとした自信に満ちあふれていた顔を、わたしたちは涙で曇らせながらも頭に焼き付けお互いの感動を分かち合い喜んだ。
III 成果と問題点について
1 演技の練習や様々な準備段階における生徒の心理面の変容について
場面ごとグループに分けて、その場面の様子やかかわる登場人物の心の動きについて一つ一つ丁寧に時間をかけて考えさせるようにした。「もし、こんな場面だったらどう思う?どうする?」といった投げかけを多くし、架空の世界を演じるのではなく、自分の経験等も生かして現実に沿った心の動きとして捉えることができるように配慮し、自分のものとして考えるようになっていった。また、練習中に、生徒からいろいろなアイディアが出された。結婚式の写真撮影のシーンやメロスと盗賊との戦いの場面などは、練習中に生徒とのやりとりの中から考え出されたものである。特に、盗賊との戦いを表現するために、空手を習っている生徒を中心に、簡単な空手の型パターンをみんなでくり返し、今までにない新たな経験に生徒達もとても意欲的に取り組んでいた。また、かけ声も発音しにくいので、別の言葉にしよう等、やってみて、やりにくいと感じたことを意見としてみんなの前で発表し、より良い表現方法を工夫する場面もあった。学年に関係なく、堂々と意見を発表できる雰囲気から、一人一人のステージに賭ける意気込みが感じられた。手話ラップは、テーマに沿って歌詞を考え、覚えやすいリズムにのって表現した。既にふくしま身体表現セミナーで体験している生徒、国語が得意で歌詞作りで力を発揮する生徒、リズム感の良さからリズムを担当する生徒など、生徒自身お互いの長所を生かし合った活動になった。
2 学習発表会の活動を通して成長が見られたことについて(自主性や意欲等)
演技やダンスの形の練習だけでなく、全員で気持ちを一つにする大切さや用具等の準備の必要性など意識して行った。練習当初に比べて回を重ねるごとに自分から行動する様子が見られた。
グループ練習と全体練習をうまく組み合わせたので、生徒達は他のグループの様子を気にかけながら、時には競い合い、時には良い面を認め合いながら取り組み良い影響をお互い与え合えた。
具体的な例をあげると、なかなか積極性の見られないKとHという生徒が、密かに役を狙っていて、実際主役を獲得し演じ切ったことで、自信をつけた。その後生徒会の司会や発表などでは、人前で堂々と話せるようになった。先輩の様子を見ているので「自分が3年生になったら・・・」と意欲を持っている生徒もいる。また3年生は自分たちにも立派にできたという満足感や自信を味わえた。重複学級の参加も絵コンテを見せたことによりイメージが明確になり、指示を理解し取り組めた。周りの生徒も自分一人だけができても駄目なことを理解し、周りへの気配りもできるようになった生徒もいた。
女王役の女子生徒が今回の演技で自信を持ち、普段の学校生活でもリーダーシップをとったり、責任感のある行動が様々な場面で見られるようになった。
表現とは手話だけではないこと、手の動き、表情、仕草を少しかえるだけで、意味するものがちがってくることを感じたのではないか。
今年度4月当初に行った、中学部全学年の自立活動の時間における自己紹介の発表は、グループごとに相手に伝えるべき内容を個性に合わせて表現でき、手話ラップあり、演劇仕立てあり、クイズ形式ありと、走れメロスの影響の表れだと考える。また、基礎練習でおこなったワークショップ的なゲームを教育実習生とのコミュニケーションの手段に取り入れるなど積極的な行動が見られた。
3 今後、生徒の成長に期待できることについて
見せる・見られる。伝えたい・伝わりたい。という活動を学ぶことでコミュニケーションに必要なものは何かを身に付けられるのではないか。
答えを与えられるのを待つのではなく、自分で考える力を育てる。頭の中で考えるのと、実際に体を動かして表現してみることには隔たりがあることを知り、それを解決するためには練習が必要だと知る。
個人の力ではなく、みんなで作り上げたという連帯感や協力することの大切さについて気づき仲間を思いやる気持ちが育つのではないか。
4 活動上の問題点や表現活動を進めるに当たっての課題等について。
(1)練習時間の時間確保
(2)発表会場の問題
(今年度は体育館で行うため意気込みが薄れてしまうのではないか)
(3)生徒に考えさせるヒントの与え方について、得意分野を生かしながら全員で作り上げていく教師の協力体制。
IV おわりに
1 聴覚障害児における表現活動の有効性について
舞台発表を通した学習効果は単に演技だけでなく、台本をくり返し読んで声に出すことで読解力や発音発声の方法を学ぶことができ、日常ではあまり使わないセリフを手話で表現することで言葉を豊かにすることができる。さらに練習を通じた生徒同士の人間関係において生徒自身が学んだことも大きいと思う。他人のテンポや間に合わせること、自己主張するだけでなく他人の気持ちを受けとめるために冷静になり待っことの大切さなど、個人主義的な傾向が強い生徒が多い中で全体の中の自分や、自分にとっての全体を意識する希少な機会ではないかと考える。発表会では自分が間違えることで全体の流れが止まってしまうことの緊張感。仲間の失敗を許したり、時には自分自身が叱咤激励されたり、大勢で協力して一つの物を作り上げる過程で様々な経験や出会いをするまさに「総合的な学習」であると思う。
2 今後の活動の展望について
(1)本活動の意義を考えたとき、より多くの人たちに生徒の表現にふれていただき「伝わった」という実感を生徒に感じてもらいたいと考える。それには昨年までのように発表の場を校外の施設に求めたいと考え、その方法を今後学校として工夫していくべきではないかと思う。
(2)本活動の意義を認める限り中学部における本活動の意義が高等部においても引き継がれ「聾学校」が一貫教育の場であるということをより実感できる実践となる必要があると考える。
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