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レポート(2)
「聾学校における国語表現 〜内から外へ」」
小野美花(福島県立聾学校)
 
1 はじめに
 本校高等部での国語表現の時数は、2年生2単位、3年生3単位である。新しい学習指導要領における国語表現の中心の柱は、「伝え合う力を高め、思考力を伸ばし、言語感覚を磨き、進んで表現することによって社会生活を充実させる」ことにある。
 聴覚に障害をもつ生徒にとって社会性の充実とは何かを考えるとき、彼等が彼等らしく自分であることの自信を得て生きることで、はじめて充実と言えるのではないだろうか。
 だが、書く、読むといったこととなると、聴覚障害のため音声言語が入りにくいことによる、知識や情報量の不足等の問題がある。そのため心の中に持つ思いとそれを伝えるべく語彙表現の狭さがアンバランスとなり、伝えることへの恐怖や不安材料になりがちである。彼らが持つ様々な可能性を引き出し、生き生きと表現する楽しさを実感できる学習の場としての国語表現の時間は必要であると考えるのである。
 授業での各単元ごとに生徒達の内面にある「思い」や「考え」を様々な媒体(手段)をとおして形にする。つまり、具現化すること。それは、「表現すること」であり、「相手に伝えること」。伝える行為をとおして得られる達成感と充実感は、社会生活で必要な自己表現の基礎となると言えないだろうか。
 同時に自分の内面にある表現の可能性を広げること。そして、卒業後社会へ自由に羽ばたけるよう内から外への発信をし、生徒達自身が強く自分を主張するとともに、相手を受けとめる柔軟さを持てるようこれまでの授業の中での展開と模索を紹介したいと思う。
 
2 国語科の取り組み
(1)心との対話
 相手に何かを「伝える」時、まずは、自分は何を伝えたいのかを探す。生徒との対話の中で生徒自身が気づき自ら生み出していく。そのとき必ず自分自身を見つめるときがくる。嬉しいこと楽しいこと、嫌なことや辛いことも全て。ほとんどの生徒は、めんどくさい軽く別なことで置き換えてしまいたいと思いがちである。見つめることは、自己との対話である。自己と向き合ってから他者との関わりへと展開するのである。
 
生い立ちの記
 これは、この世に生を受けてから卒業する今このときまでを綴るものである。卒業文集に必ず載せる課題であり、長く続けられている教材である。生まれたとき、当然自分の記憶にはないことも書くわけであるから、親との対話が必要になる。命名の由来や耳に障害があると知ったときの親の思いなど、取材や会話をとおして初めて自分を知る経験をするのである。そこで多くの生徒が自分の名前の由来すら知らず、今までの自分を振り返ることの経験の少ないことに気づくのである。
 自分の歴史を書き上げることで聴覚障害者としてのアイデンティティの確立の一助となるとともに、自分を含め家族を見つめるきっかけになる。
 
作文コンクール
 感想文や少年の主張、新聞記事コンクールなど様々なコンクールがある。たくさんのテーマの中で、今の自分にしか書けないものが必ずある。テーマに沿って、生徒の中にある思いを生徒と教師自身が向き合って一つ一つ積み上げていく作業が作文である。
 その過程において、自分自身の心の奥をのぞかなければならない。時には辛く目を背けたい時もあるが、本人が向き合い過去の自分を見つめて今だからわかることがある。何度も書き直し、文章となって初めて言いたかったことに気づいたり、書いたことが相手に伝わって反応があったときは、たとえようもない本人の自信となる。
 書きあげてわかる心の成長があるのである。また、できあがった作品や入賞作品については可能な限り人前での発表の機会を設けるように心がけている。
 
(2)誰かに何かを伝える
読み聞かせ
 絵本の読み聞かせ、年々試みを変えながら取り組んでいる教材である。相手にわかりやすく伝えること。他者への働きかけである。手話や身振り手振りちょっとした小道具を使いながら表現することで、様々な可能性が広がる教材である。一つの作品を用いても表し方は、人それぞれである。つまり、生徒の個性が出てくるとともに表現の豊かさを体感することができるのである。
 奈良県立聾学校の吉本先生の読み聞かせのビデオを導入として必ず使用する。手話を交えた豊かな表現。思わず引き込まれる表情と展開の切れの良さそして、わかりやすさは生徒達にとって十分な手本となるからである。以下、今までの実践例をあげる。
 
【個性豊かな読み聞かせ】
 各個人が作品を選び、作品に合わせた表現手段で発表する方法である。手順は以下のとおりである。
・一人一人が好みの絵本を選択する
・内容の理解(難しい場合は、同名で複数の本を読む)
・簡略化
・どう相手に伝えるか手段や道具を選ぶ
・作成
・一人一人発表する
例「花咲じいさん」では、小道具を使用した。灰の紙吹雪を作り、枯れ木と満開の桜の面をひっくり返すことなど視覚的効果で楽しめる発表であった。
「ジャックと豆の木」では、全身を使って一人何役もこなしながら場面を見せた。上下の位置関係を巧みに使い分けて表現していた。
 絵本の内容や生徒自身の個性に合わせた発表がなされていた。互いの発表を見ながら笑ったり、感心したりする場面が見られた。しかし、文章が長い本については、要旨をまとめる作業の時間が不足し、発表において間のびした部分が残った。
 
【一つの絵本を動作化・劇化】
 対象生徒数が三人と少ないため、一つの作品「三匹のこぶた」を動作化した。話の選択は生徒達自身に選ばせた。手順は以下のとおりである。
・絵本の選択
・場面を分ける
・台本を作る(配役決定道具作り)
・場面ごとの練習
 これは有名なお話であり、内容を省略し自分達で楽しむ傾向がみられた。そのときは、誰を相手にするのか(この時は幼稚部園児を対象)を常に問いかけ、彼等自身の表現することの楽しさをそのままにわかりやすい表し方を工夫させた。個人の特性を活かし、役割分担をし協力しながら作業を進めていた。
 具体物の使用は、斧、ブタとオオカミの被り物。残り全ては動作によって表すこととした。その際、ワラと木とレンガによる家を造る過程については、実際の物をイメージさせながら注意深く繰り返し確認させた。
 この結果、観客(見え方や対象児)を意識し、自らアイディアを出したり、意見を交換する場面がみられた。
 
【世界で一冊の本】
 既製の作品ではなく、オリジナルの絵本を作り出し、それを発表していこうとの試みが今現在進めている実践である。読み手の対象を考え、自分が書き表したい世界を展開させ、読み聞かせをとおして動作化・劇化させていく学習である。手順は以下のとおりである。
・作品紹介(過去の同年代の生徒が作った絵本の紹介)
・作品を考える(ワークシート)
・本の作成
・一人一人による読み聞かせの発表会
・作品の動作化と発表
 オリジナルの作品ということで、なかなか構想にとりかかれない生徒がいた。その場合は、自分の好きな世界(映画やマンガ等)から想像力を広げ一人一作品となった。
 「みんなの夢」、「しりとりあそび」、「冒険物語」、「日本名物紹介」や「なまはげくん」など個性豊かな作品が出てきた。パソコンを組み合わせる者もいたり、全て手書きで作る者もいる。見通しが出てくると次々とアイディアが出てきてそれぞれが楽しく取り組んでいる。
 作品が完成したら発表は手話を交えた読み聞かせを行う。友達の前で一人一人発表する形式をとる。他者に向かって語りかける時、友達の作品の世界と個性を受け止める。聞き手に向かって語りかけること、それは、コミュニケーションの始まりとなる。
 今後は、作品を幼稚部等に出張発表会を行う予定である。一つの作品を全員で理解し動作化・劇化へと移行することでさらに表現の世界が広がると思うのである。
 
3 今後の課題
 国語表現で大切にしていきたいのは、伝えたい、表現したいと思う心である。
 自分は自分と心を閉ざすのではなく、表現というコミュニケーションをとおして自分の心を見つめること(アイデンティティ)で自分を知る。そこから、相手を受け止め相手を感じる。
 それは、心の対話であり、他者との対話。
 読む、書くはもちろん、聞き、話し、全身で伝えることで心は豊かに育まれていくものと感じる。身体を動かすことによって、友達の作品のテーマや登場人物の心の動きを理解することができるのである。
 彼等は、全身で聞き、感じ、表現するのだとあらためて思うとともに、今後の国語表現の中で実践していきたいと思うのである。
 
基礎講座「授業 ザ・表現教育」より
提言
 8月2日・3日の二日間にわたり、「ろう教育の明日を考える全国討論集会」の基礎講座として、「表現教育」について考え、さらには体験する時間を持つ事ができました。
 基礎講座を開くに当たっては、はじめその責任者としてテーマを決定するにあたり、ろう教育の基礎とは何なのかを考えました。
 聾学校は、「聾児の学びの場」であることはいうまでもありません。
では、いったい何を「学ぶ」場なのか・・・
 15年間にわたる聾学校の聞こえる教師として常に考えてきた自らの課題を、本講座のテーマとしようと決めました。
 聾児の人生は高等部を卒業する18歳で終わるわけでは決してありません。その後に続く長い人生を「心豊かに」生きるために、聾学校が果たさなければならない役割は、大きく重いものがあります。
 彼らは「人間」としてはもちろん「聾者」として、かけがえのない自己の存在を社会に印して生きていかなければならない、またそうあってほしいと考えます。
 聾学校は、その自らの「存在の意味」を発見する場であり、これから自分が存在する社会を認識する場です。
 基礎力の定着といいますが、基礎力はただ教科学習の成績をいうのではなく、学校生活のあらゆる場面で身につけていく、人間としての「学びの成果」をいうのだと考えます。
 福島で本大会を開くにあたり、「福島県立聾学校で19年前から実践してきた表現教育をぜひ講座の中に」という要請が、開催事務局からも、また本部からもあった時、まさに上記の点からこの基礎講座のテーマに合うと考え決定しました。また、この教育を提唱実践してきた者として「講師」を引き受けることにもなった次第です。
 福島の表現教育は、「演劇」という「誰にでも出来」「一人ではできない」教育活動によって具現化されてきました。
 この意味で「演劇」は単なる生徒の楽しみの部活動の一つではなく、有効な教育活動として継続されてきたものです。
 一つの学校の教育活動は、教師や管理者が変わるたびにくるくると変わるものであってはならず、我々は先人の残した教育活動を大切に引き継ぎ、さらに自分たちの時代の現状や要請を生かしながら、グレードアップしていくのが使命だと考えます。
 基礎講座に集まった114名の受講者は、福島県立聾学校が実践してきた表現教育の実際にふれ、表現することの楽しさを実感する中で、このような教育活動を各地で展開することの意義を感じ、ろう教育の中における表現活動、つまり文化活動の活性化を強く望みます。
 聾者としての自らを発見するには、聾者の文化や歴史を学ばなければなりません。聾者の文化活動の芽をそだてる場としての聾学校は、今、その土壌が、必ずしも盤石とはいえません。
 具体的な一つの提案として、聾学校の全国大会を体育だけでなく、文化の面でもぜひ開催してほしいと考えます。
 演劇・美術・音楽・書道・工芸などの文化活動が、高文連による高校総合文化祭として開催されているように、全国の聾学校の総合文化祭が開催されるようになれば、各地の聾学校の文化活動はより発展充実していくのではないでしょうか。
 最後に、福島県立聾学校の正面玄関の脇にある石碑の言集を紹介して、本講座からの「提言」を終わります。
前の者は 後の者を
      後の者は 前の者に
 
2003年8月3日 基礎講座 講師 青木淑子







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