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第8分科会「聴覚障害児の学ぶ場とろう学校の改革」
討論の柱 (1)ろう学校の役割と改革
(2)聴覚障害教育の専門性とは?
(3)文部科学省「特別支援学校」の問題点
共同研究者 安藤豊喜(全日本ろうあ連盟理事長ろう教育の明日を考える連絡協議会代表世話人)
立入哉(愛媛大学)
座長
司会
矢沢国光(ろう教育の明日を考える連絡協議会事務局長)
小林靖(福島県聴覚障害者協会)
座長提案 I「『聴覚障害教育の制度改革』についての論議のために」
  矢沢国光(ろう教育の明日を考える連絡協議会)
共同研究者提案 II「文科省の特別支援教育構想と聴覚障害教育の専門性」
  立入哉(愛媛大学)
レポート (1)「今春、県内全てのろう学校に聴覚障害教職員誕生」
  佐藤久子・小柳峯子(福岡県聴覚障害教育を考える会)
(2)「東京都立ろう学校の統廃合問題とろう学校の在り方」
  前田芳弘(東京の聴覚障害教育を考える会)
(3)「ろう教育の未来への第一歩〜人権救済申立〜」
  岡本みどり(全国ろう児をもつ親の会)
(4)「水俣学に学ぶろう教育の専門性」
  板垣岳人(東京都立品川聾学校)
共同研究者提案 III「聴覚障害教育の改革の取組みについて」
  安藤豊喜(全日本ろうあ連盟理事長、ろう教育の明日を考える連絡協議会代表世話人)
【分科会のまとめ】
 一日目は、まず、座長提案Iで第8分科会の課題が提案されたあと、最近のろう学校の制度的改革の動きが報告された。レポート(1)では、聴覚障害者が関わることによってろう学校に新たな活力が生まれるようすが示された。レポート(2)では、ろう学校の統廃合に対する地域の「考える会」の取り組みがさまざまな課題を抱えていることが示された。共同研究者の提案IIは、文部科学省「特別支援教育」構想がスタートしたという既定の条件のもとで聴覚障害教育の専門性を再構築していく課題が提案された。
 二日目は、日弁連に人権救済の申し立てをした親のレポート(3)(4)をめぐって、活発な討議がなされた。共同研究者から二日間の討議全体をまとめる形で提案IIIが出された。
【成果と今後の課題】
・ろう学校の現状についての危機感を共有することができた。また、ろう学校の統廃合・専門性の危機と改革を、日本の障害児教育全体、教育の危機全体の文脈の中で捉える視点の必要性が共有された。
・ろう学校の統廃合については、集団の規模や教育の質の保障抜きにした反対論は成り立たないこと、経済的な合理性も考慮に入れるべきこと、広域のろう学校等従来の枠組みにとらわれない発想の必要性が提案された。
・ろう教育への保護者の要求については、価値観の多様性の調整と運動の進め方についての論議が今後の課題としてある。
 
 
座長提案I
「『聴覚障害教育の制度改革』についての論議のために」
矢沢国光(ろう教育の明日を考える連絡協議会)
 
◇全国で問題になっていること
1 聾学校生徒数の減少と統廃合
1-1 減少の原因と「避けられない統廃合」
1-2 不本意なインテグレーション
1-3 聾学校の存在意義と魅力を増すこと
 
2 聾学校への期待の多様化とそれに応える教育態勢の未整備
2-1 聴覚口話・人工内耳と手話バイリンガル教育
2-2 言語指導偏重と教科指導の停滞・学力格差
2-3 ろう教育へのニーズの変化と専門性の変化
2-4 教員人事政策(養成、採用・配置、研修)の破綻
 
3 経済社会情勢の変化と聴覚障害者の進路指導・職業教育態勢の遅れ
3-1 デフレ経済の長期化と若年失業・障害者失業の増大
3-2 産業構造の変化と聾学校高等部の対応
3-3 新たな進路・職業教育態勢の構築
 
◇ろう教育改革の前提としての社会教育情勢
1 学級崩壊、不登校の増大
2 文科省の21世紀の・・・および特別支援教育構想[ノーマライゼーション志向、ADHD、等の社会問題化]
3 小泉改革と教育等「特区」の推進
4 文科省教育政策の動揺―ゆとり路線/学力向上路線/中教審への新しい諮問
5 学校制度の多様化―「特区」、チャータースクール運動、フリースクール等。
 
◇聴覚障害教育の改革のためのポイント(重点課題)
1 [聾学校の少人数化対策]中高等部学区の広域化、幼小学部の(池種別障害児学校との統合ではなく)小中学校との統合。
2 [聾学校の設置主体]都道府県教委から独立した行政組織への移管や公設民営方式(チャータースクール)の導入
3 [聾学校の教員人事]都道府県教委から校長(個々の聾学校)への人事権の移管
4 [聾学校の運営主体]校内組織の活性化と外部からの評価・助言・監査組織(生徒・卒業生、聴覚障害者団体、親、地域社会等の参加する学校運営委員会など)
5 [ニーズの多様化に対して]ろう教育(手話中心)と難聴教育(聴覚音声語中心)のそれぞれの専門性の確立、学級編成への反映。
6 [統合教育と学力向上]ろう児聴覚障害児としての統合教育。聾学校カリキュラムの通常化。
7 聴覚障害教育ナショナルセンターの設立(教員・親の手話研修、教材・指導法開発など)
8 [改革の原動力]先進的実践者集団の形成促進とその全国ネットワーク化
 
共同研究者提案II
「文科省の特別支援教育構想と聴覚障害教育の専門性」
立入哉(愛媛大学)
 
◇「文科省特別支援教育構想と聾学校」
1 特別支援教育とは何か
特別支援教育構想誕生の要因と背景、様々な障害の一部としての「聴覚障害」
6%という学習困難をかかえる「大」集団の急な誕生と減少し続ける「聴覚障害」
2 特別支援学校、特別支援教室の構想
「センター構想」は聾学校が作り上げ育ててきた、いわば「伝統の技(わざ)」特別支援教室の構想を受けて、揺らぐ難聴学級、特に固定制難聴学級の今後
3 各地の聾学校統廃合と「再配置」
東京、大阪、広島で実施され、あるいは計画されている統廃合
金額ではなく、品質重視の特殊教育への再配置
4 部局間連携から期待できること
特殊教育分野における縦割行政の解消
福祉、教育、医療の密接な連携は叫ばれつつも達成されてこなかった
5 総合養護学校、総合免許状など一連の構想との関連性
京都市における総合養護学校の取り組み
総合免許状を巡る議論の行方
「障害児ひとくくり」への心配
6 究極の選択とは
改革の何を受け入れ昇華させるべきと考え、何に抵抗をすべきなのか
 
◇「聴覚障害教育の専門性の内容とその保障」
1 聾学校教員の養成課程(免許要件
愛媛大の例を参考に現在の教員養成課程のカリキュラムを紹介する
大学の養成課経で学習できる範囲には限度がある
聾学校教員の前に、学校教員でなくてはならない
2 聾学校免許状保有率の検討
聾学校免許状保有率から、都道府県別に保有率の背景を探る
3 総合免許状とは何か
今、審議されている新しい総合免許状の概要審議会メンバーは次世代の特殊学校教員に何が求められると考えているのか
4 OJT(現職教育)をどう発展させていくか
現場において計画的な現職教員の養成が考えられなくてはならない
となるなら、専門性の担保は異動と研修のあり方と直結する
5 現場の先生方が、なぜこうも疲弊しているのか教育の目標・あり方がめまぐるしく変化している
常にPLAN-DO-SEEが問われるようになった窮屈な教育環境
子ども自体が大きく変容しつつあり、対応が難しくなってきている
保護者と真に「コミュニケーシヨン」できることの難しさ
あれもこれもと幅広い専門性を求められ、応じきれないことの肩身の狭さ
教師も親も何を信じ、何を目標として進むべきかが見えなくなってきている怖さ
 
レポート(1)
「今春、県内全てのろう学校に聴覚障害教職員誕生」
佐藤久子・小柳峯子(福岡県聴覚障害教育を考える会)
 
 現在、5校のろう学校がある。統廃合以前は4校の高等部職業科に2〜3名の聴覚障害教諭がたがそれぞれ定年退職され、現在は4校の高等部が統合された福岡高等聾学校に2名の実習助手が在職するのみであった。
 しかし、昨年、聴覚障害教員(講師1名、教員補助員2名)が採用。さらに今年度、新規採用教諭1名、義務制から異動の教諭1名、講師1名、教員補助員が5名と一挙に8名の増員となった。その取り組みの経過と現状について報告する。
 
1. 福岡県聴覚障害教育を考える会の取り組み
 考える会では年1回のフォーラムの他に、学習会、ろう学校訪問、中高生フォーラム、県教育委員会交渉等の活動に取り組んでいるが、県教育委員会への要望行動はフォーラムで決議された「聴覚障害教員の採用」他や聴覚障害者協会の運動方針に従って交渉。
 
2. 聴覚障害教員の採用について
 今年度の聴覚障害教職員の大幅な増員の要因として次のことが考えられる。
(1)昨年度の講師や教員補助員の教育活動が子どもたちや保護者、教員から認知された。
(2)各学校に「考える会」役員がおり聴覚障害教職員の必要性を提起し支える体制がある。
(3)殆どがフリースクール「あおぞら」のメンバーで考える会と連携がとれている。
(4)「考える会」の活動がろう学校や保護者に認知されてきた。
(5)「フォーラム」参加者が常に300名を超え心強い後押しとなっている。等
 
3. 「みみ、同じ?!」協会機関誌の取材を通して
 教育担当理事(「考える会」事務局長)と協会職員、「考える会」事務局員がろう学校に出向き取材し、授業参観も含めて交流に努めている。
(1)子どもたちは、教育担当理事の自己紹介に「みみ、同じ?!」「聞こえない!ろう!仕事は何?」と瞳を輝かせ、矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。この反応に「やはり、ろう学校に聴覚障害教員が必要」と痛感。
(2)聴覚障害教職員について、子どもたちや職員、保護者に感想を聞き、本人とも意見交換を行い取材しながら実態把握に努めている。
 
4.聴覚障害教員の現状について
(1)新規採用のFは小学部6年生の担任。自立活動の授業を観たが、手話、指文字にあわせて、話し言葉、板書で確認しながらの授業。「聞こえない私の経験を話すと子どもたちは率直に意見を言う。手話や補聴器が恥ずかしい。髪を長くして補聴器を隠したいなど・・・。では、なぜ恥ずかしいという気持ちが起きるのか?なぜ、手話が必要か?など、障害認識が育つように進めている。中学部の生徒は―教師としてというより、同じ障害を持つ先輩として親しみ、悩みなどの相談をしてくれるのが嬉しい」
(2)義務制から念願の異動が実現したKは高等聾学校の重複障害クラスの担任と普通科の理科を担当。生徒たちは勉強がよく分かると言い、同じ障害を持つ先生に悩みなど相談。Kは「自宅から2時間の通勤時間になったけど毎日が充実している」
(3)Tは昨年度、教員補助員、今年度は別のろう学校の講師として採用、小学部の、副担任、図工、理科、社会を担当。「子どもたちの相談相手になるのはもちろんだが、授業で教えたことを生活の中で使っている児童が居て嬉しい」
(4)Tは中学部に属し社会、理科、体育、選択国語、選択保健、自立活動の授業を担当「手話で説明しわかったときの喜びは大きい。聞こえる人には分からないと思っている生徒からいろいろ相談される。先生からも教材の手話表現について相談されたりして、ろう教師の存在価値は大きいと感じた。校長も自分から手話教室に参加してくれる。生徒からはずーと学校に居てと何度も言われた。ある母親も、うちの子は家で良く先生の話をする、などと言われている。しかし、問題点は大きく、ろう児・者が望むろう学校とは格段の差があり、課題はとても重くろう教師の1〜2名では限界がある。ろう学校で育った自分は、どこでどうつまずいたのかその経験を指導に生かすことができる。ことばの見える環境を創るためにもろう教師は必要」と訴える。
(5)Nは中学部で社会、技術家庭、体育、保健、自立活動、部活動を担当。生徒たちから「先生、私が卒業するまで辞めないで」「信頼、頼りにしている、必要!」と言われ嬉しいけれど来年3月までと悩んでいる。
(6)Oは小学部に所属し図工、音楽の授業に入る他に、給食や行事の準備と清掃。教員の出張や年休時の授業補助をしている。子どもたちと校歌を手話で一緒に歌うなど子どもとの関わりが嬉しいと感じている。
(7)Mの所属は中学部だが全学部の授業に関わっている。幼稚部は運動遊び、小学部は重複障害クラスの遊び、体育、音楽、中学部の自立活動、特別活動、体育の授業の他に保護者手話講座と職員手話研修を担当している。昨年、uターンしてきた生徒は「自分はろう者ではない」と手話を否定、寡黙であったが、Mが赴任した日からしゃべりはじめ「僕も聞こえない」と手話も覚え使い始めた。しかし、教員補助員の立場なので絵本の読み聴かせなどしたいけどはっきり言えない。ぜひ、教員になり同じ障害を持つ先生が居ることで、生徒たちの未来に夢や希望が持てるようになってほしい。また、ろう者としてのアイデンティティを確立するよう支援したい。改めて、教師になるための勉強再開。(以上は面接やアンケートによる調査した内容をまとめた。)
 
5. 聴覚障害教職員交流会のとりくみ
 聴覚障害教職員の意見交換と親睦を兼ねて交流会を5月と7月の2回実施。その中でも様々な意見が出たが、子どもたちとの関わりの楽しさ、手話の必要性、ろう教師の必然性など。現在のろう学校は、手話が補助手段として位置づけされていること。情報保障の問題など課題が多いことが確認された。
 以上、多数の聴覚障害教職員の採用は、ろう児とろう青年の出会いの場である、フリースクール「あおぞら」と「考える会」、そして「聴覚障害者協会」が連携して得た成果といえる。







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