レポート(4)
「聴覚障害者の社会参加と職業教育の見直し」
野沢克哉(東京学芸大学)
聴覚障害者は、障害者の雇用の促進等に関する法律や、1981年からの国際障害者年・1991年に東京で開催された第11回世界ろう者会議等を経て、社会の理解の高まり、手話の言語としての認知、手話通訳制度の発展、普通校や高等教育機関に学ぶ者の増加、欠格条項改正等のろう運動などの要因によって、社会の多様な分野に参加するようになっている。こういう状況にろう学校を中心とした聴覚障害教育、特に職業教育は対応できていないし、機能出来なくなっていると、筆者は思っている。
*聴覚障害者の進路と高等部教育
初めに結論を言えば、高等部段階では、職業教育、特に技術教育は必要ない。普通科中心として多様な進路を目指せる進路指導と応用できる学科教育(何よりも読み書きが自由に出来る応用力のある言語能力教育)が重要ではないか。進路指導の中には、次のものが含まれると良い
・高等部教育は全国をブロック制としてブロック内に1校に集中、原則として寄宿制とする。東北では秋田、青森、山形の一本化が検討されていると聞いている。筆者は、特殊教育は国立制が良いと考えている
・教員のかなりの部分は、社会の多様な分野で活動している社会人(聴覚障害者であればなお良い、非常勤でも良い)を当てる
・日本を含め世界各地で著名人として活躍していたか活動している聴覚障害者のサクセスストリーを、週に1、2回は、教職員・生徒が聴覚障害の教員から学び、聴覚障害者としてのアイデンティティを確立させる
・教職員および生徒には、手話を十分に習熟させる。
手話指導は、地域のろう協会と協議して行う
・ワープロ、パソコン、インターネット等の利用、家庭科などの技術は職業教育としてではなく、全生徒に基本知識として教える
・応用的に使える読み書き指導を徹底して行う。そのために臨床体験の機会を多くする。また、日本手話を導入する
・社会人としてのマナー・常識を、臨床体験を多くして、身につける
*聴覚障害者の就業と職業教育
聴覚障害者の就業分野は十分な読み書き能力があれば障害者の雇用の促進等に関する法律があって広く多様であり、ろう教育がこの面で担当することは、重複障害者の職業教育以外は、高等部では必要が無いと筆者は思っている
・高等部以上をブロック内に1校に集中し、その上に専攻科を設置するなら、そこで専門学校レベルの職業教育を行えば良い。この場合、地域の社会人聴覚障害者にも、職業再訓練の機会も提供する。訓練手当ての支給も考慮すべきではないか
・職業教育は障害者職業訓練校、一般の専門学校、専門高校や筑波技術短大等も含めて対応するのが望ましいと考えている
・2002年5月に出た東京都教育委員会の「専門高校検討委員会報告書」を読んでも地場産業との結び付きが弱いろう学校の職業教育が、単独で生き残るのは困難である。ブロック制が良いようである(北海道高等ろう学校の例)
*成人聴覚障害者の生涯教育とろう学校
情報の拡大、速さ、複雑さ等は年々進んでおり、誰にとっても生涯教育は切実なものとなっている。都道府県の教育委員会は、社会教育課や生涯学習部を設けたり、保健福祉局の障害福祉部も成人障害者の社会教育に力を入れている所が多い。ろう学校の中にも成人聴覚障害者を委員に加えた「ろう学校運営連絡協議会」を設けて、学校運営を生涯教育の視点から検討し始めている所も出てきている。地域の障害者団体も、そういう動きの中に加わったり独自に行動している所も多い。
こういう状況の中で、ろう学校が成人聴覚障害者の生涯教育に主体的に対応して行くには、どういう道があるのか? 地方では生徒の減少で学校としての機能が崩壊し始めている所もあり、統廃合の検討は緊急の課題となっている所もある。都内のOろう学校のように、学校運営連絡協議会の外部委員に地域代表・学識経験者・地域の学校代表、卒業生代表、聴覚障害者代表、保護者代表・オブザーバ等を加え、それに内部委員等と幅広く構成された運営協議会で検討していく必要があり、そうしないとろう学校は社会状況め動きから取り残されると言うよりは排除されてしまうだろう。
ろう教育は、文部科学省の特別支援教育の在り方を巡って、現在大きな試練に立たされている。ろう学校教育は生き残れるのか?こういう状況の中で、表題の「聴覚障害者の社会参加と職業教育の見直し」を上記のような対応を含めて論じないと、表題の前半と後半は結びつかないし、職業教育は分解してしまうのではないか!かつては言語教育と職業教育がろう教育の主流であったが。現在は、前者はともかく、後者についてはどうであろうか?
レポート(5)
「聴覚障害教育改革の課題と展望」
野沢克哉(東京学芸大学)
*現在のろう学校はろう学校として機能しているか
ろう学校は全国で106校あるが、在校生は年々減少してきており、昭和30年代の2万人台から6000人台になっており、生徒よりは教職員の方が多い学校も珍しくはない。教員の異動も激しく、ろう教育の経験と専門知識を持った教員が減少しており、ろう学校として専門的に機能できなくなっている学校も出てきている。
善し悪しは別としてインテグレーションも恒常化してきており、今や普通校に学ぶ聴覚障害児の方が多い。しかし、インテグレーションが生徒減少の元凶とは私は思っていない。専門性と独自性の減少により、ろう学校としての魅力が無くなってきていることが、最大の原因であると見ている。
こういう中で、ろう学校としての存在性が弱くなり、生徒や親から魅力ある学校としての期待感がなくなってきているのではないか。このことを前提として聴覚障害教育改革の課題と展望を当事者として考えてみた。
*ろう学校の国立化およびブロック制と教師の専門性の重視を
最近のろう教育では教員の異動は全国どこでも異種校と、平均して3-15年程度で、行われているようである。これではろう教育の専門性と経験を身につけることは出来ない。重複障害児が増えてきているのになおさらだろう。生徒と親の為にも、専門性と経験に基づいて自信を持って教育できるような体制を、なによりも確立する必要がある。そのためには特殊教育は全て国立として、全国を全日本ろうあ連盟のように9つ位のブロックに分けて、教員の異動はブロック内のろう学校で行うようにしたらどうか。こうすれば異種校への異動は少なくなり、刺激も高まり、専門技術が身につく。それが無理なら、ろう学校以外に異動の少ないロールモデルとなり得る聴覚障害教員を大幅に増やす事が必要だろう。生徒もブロック内のろう学校を自由に選択できると良い。
この位大胆な発想が必要ではないか。県単位ではもはやろう教育は十分に機能し得ないのではないか。
*生徒と親にろう者としての誇りを
教師がろう教育への専門性と経験を持ち、さらにロールモデルとしての能力の有る聴覚障害教員が増えれば、生徒も親もろう教育に関心と魅力をもち、生徒のアイデンティティが確立してくるのではないか。アメリカのろう学校(例:リバーサイドろう学校)の中には、幼稚部の段階から聴覚障害教員によってその国のろう者の歴史やろう偉人の存在を生徒や親に教えている。ろう者としての自信と誇りを持たせ、ろう者として生きて行く目標と魅力が無い所には、必要な教育は存在し得ない。
日本のろう運動は世界的に見てもトップレベルにあり、ろう学校時代からこう言う事をキチント教え、ろう者としての自覚を与えることが、学習にも関心を持ち、学力アップにも繋がるのではないか。そのためにも、教職員はしっかりと、ろう問題と手話を習得しておく必要がある。ろう学校のコミニケーション手段は、生徒の主体性が確立されれば、自ずと決まってくるだろう。
*ろう学校の統廃合、能力別クラス制、デュアルシステムの導入および社会人の受け入れを
反対の多いことは承知しているが、生徒数が幼稚部から専攻科まで合わせても50人を切ったろう学校は統廃合を行い、学校として機能できるようにして行くことも必要だろう。生徒が少ない中では、刺激が弱く、学力も社会性も十分に身につかない。それが無理なら、ある年齢をまとめて、能力別クラス制にしていくことも必要ではないか。
高等部、専攻科にあっては、社会人聴覚障害者を受け入れて行くべきである。また、ドイツのようなデュアル(双方向)システムも考慮して良いのではないか。そのためには夜間や休日も機能出来るような体制があっても良い。
*聴覚障害児が学ぶ普通校には手話通訳、ノートテーカーの配置とろう協会との連携を
現在は、ろう学校よりは普通校や高専教育機関に学ぶ聴覚障害者の方が多い。
1校あたりの在籍者は少なく、情報保障は全く個人の努力にまかされていて十分なく、そのため、インテグレートしてもお客様的存在であったり、苛めの対象になったりして、またろう学校にUターンする者も多い。この弊害をなくすためには、聴覚障害児が普通校に転じるならば、その学校の何人かの教員でプロジェクトチームを作って、地域のろう協会等からろう者観や手話などを学んでもらい、インテグレートしてくる生徒にも手話を習得させて、手話通訳者やノートテーカーを派遣できるような体制を作ることは出来ないか。
あるいはインテグレートする場合やUターン、Iターン生徒には、ろう者観や手話をろう協会等で習得させてから学校に行かせた方がいいのではあるまいか。
*まとめ
筆者のこの提案は、現在の県単位の教育では、実現し得ないかもしれない。
しかし、文部科学省の影響力の強い日本にあっては、特殊教育は国家教育として教員の異動をブロック内で行い、レベルを全国的に高めることや、ロールモデルとなる聴覚障害者を大幅に採用することは、困難なこととは思えない。地域のろう協会の活用も考えるべきだろう。
普通校に転じた聴覚障害児への情報保障の問題も、全日本ろうあ連盟とも協力して、全国レベルで検討した方が具体化しやすいように思う。このような大胆な発想が無いと聴覚障害教育、特にろう教育の改革は期待できないだろう。
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