第5分科会「社会参加と職業教育の見直し」
討論の柱 |
(1)聴覚障害者の進路と高等部教育
(2)聴覚障害者の就業と職業教育
(3)成人聴覚障害者の生涯教育とろう学校 |
共同研究者 |
野沢克哉(東京学芸大学非常勤講師) |
座長
司会 |
坂上譲二(全日本ろうあ連盟)
吉田正勝(福島県聴覚障害者協会) |
レポート |
(1)「安全な生活を送るための指導 〜単独帰省をとおして〜」
細井トモ子(福島県立聾学校奇宿舎)
(2)「職場体験実習をとおした職業意識の形成について」
小林譲一(福島県立聾学校)
(3)「友達がほしい〜仲間の願いに寄り添って〜」
辻井靖子・渡部泰之・阪田正子(いこいの村 栗の木寮)
(4)「聴覚障害者の社会参加と職業教育の見直し」
野沢克哉(東京学芸大学)
(5)「聴覚障害教育改革の課題と展望」
野沢克哉(東京学芸大学) |
【分科会のまとめ】
この分科会のテーマである「社会参加と職業教育の見直し」を核にした討論の柱と合ないレポートが出されたが、それらを基にして討議を行なった。共同研究者のレポートではろう学校の専門性は、国語の読み書き能力を高等部までに身に付け、専攻科で職業教育を行うべきであるとのことであり、これからの社会で生き残る為には、国語の読み書き能力が何よりも求められているとのことである。 |
【結果と今後の課題】
教える側のレポートだけではなく、当事者のレポートの提出が望まれる。その上での検証が必要であろう。 |
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レポート(1)
「安全な生活を送るための指導 〜単独帰省をとおして〜」
細井トモ子(福島県立聾学校奇宿舎)
1. はじめに
福島聾学校寄宿舎の舎生は、高等部入学と同時に希望入舎する。3年間の寄宿舎生活の中で、様々な経験を通し、社会人として自立し、健康で安全な生活を送ることができる知識や力を身につけることを目標に生活指導を行っている。
平成14年度より学校週5日制となったことから、毎週末帰省が実施となった。舎生全員の帰省が自立できるように配慮した指導の実施内容を報告したい。
2. 実態調査の内容
舎生の帰省の実態を把握するため、次の項目について調査した。
(1)帰省経路
(2)所要時間
(3)利用交通機関
(4)交通費(バス料金は身体障害者手帳提示で半額料金)
3. 実態調査からの考察
(1)単独帰省が可能な舎生は、16名中14名であった。14名中9名は自宅まで完全に単独帰省をしているが、残りの5名は、最寄りの駅・バス停から自宅まで路線バスはあるが、運行回数が少なく時間に間に合わないため保護者の車で帰省している状態であった。単独帰省が困難な者は高1年男子2名で、1名は遠方で乗り継ぎの電車が不便なことと、昨年まで保護者の送迎が主体であり単独帰省の経験が少ないためと考えられる。また他の1名は重複した障害を持っており、中学の時から帰省の練習をしてきたがまだ単独帰省は困難な状態である。今後も援助の方法を工夫しながらの指導が必要である。
(2)高速バスが運行している、郡山駅〜いわき駅、郡山駅〜福島駅、郡山駅〜会津若松駅経由のバスを8名全員が利用していることがわかった。最近は高速バスの運行数が増えて大変便利になっているからと考えられる、JR利用者は水郡線(3名)磐越東線(1名)で、電車料金は通常料金となる。
(3)所要時間は、乗り継ぎなどの待ち時間を含まないで、実際に交通機関を利用する時間として割り出した。1時間以内(2名)、2時間以内(7名)、3時間以内(7名)となっている。この中で、特に配慮しなければならないのは、所要時間が約3時間かかる女子2名である。実際に家に着くまでには、4〜5時間かかると考えられるので、帰省時には少しでも早く出発する必要がある。
4. 重複した障害を持つAへの配慮
(1)帰省経路を確認するため、プリントを準備し毎週水曜日に記入させる。
繰り返しプリントに記入することにより、帰省の手順を覚え見通しを持って帰省できるようになってきたと思われる。
(2)バス料金支払い方法の工夫
4月当初は現金での支払い方法をとっていたが、現金の取り扱いに問題が生じたため、学級担任とも相談し6月からICカードに変更した。しかし、障害者手帳提示後の機械音(ピー)に上手に反応できず、バス料金が半額にならない時があった。
またICカードを見ただけでは、ICカードの残高がAも指導員も確認することができず、単独帰省の練習にならないと判断してICカードの利用を中止し、9月より回数券利用に変更して現在に至っている。今のところ問題は感じられない。Aには往復の回数券を別々の財布に準備し、所持させ実施した。
(3)学級担任との連携で下校時間の調整
Aの利用する路線バスは運行回数が少ないため、自宅到着予定時間を17:30とし、明るい時間内に行動できるよう下校時間を早めに設定し実施した。
(4)近隣バス停、郡山駅バス乗車の確認
帰省指導として指導員がこれらの確認を輪番であたり安全に配慮した。
5. まとめ
帰省の実態調査を実施し、社会の中で安全に行動できるように配慮して取り組み、指導を進めてきた。実態を把握し、個々に応じた援助の内容が具体化されたことにより、指導の効果が上がったように思う。効果の内容として帰省時間が短縮され、見通しを持った行動が取れるようになり、さらに余裕を持ち積極性も見られるようになった。また保護者との連携が密になり精神的に落ち着きが見られるようになったことなどが挙げられる。
集団生活の中で生徒が一番の楽しみにしている帰省という場面を通して、安全についての指導を行ったことは、生徒の実技と実感を通しての指導があったため、より深く浸透できたように思う。今後も継続し安全について指導を深めていきたい。
レポート(2)
「職場体験実習をとおした職業意識の形成について」
小林譲二(福島県立聾学校)
1. はじめに
高校生の離職率についてここ数年の推移を見ると、就職後1年目で25%前後、2年目で15%前後、3年目で10%前後となっており、実に高校生の2人に1人は就職後3年以内に離職しているという状況である。
本校高等部卒業生においても、過去5年間で、約30%が離職している状況である。これには、様々な要因が考えられるが、進路意識・職業に対する意識がしっかり形成されていないことが大きな原因の一つであると思われる。生徒の進路意識・職業意識が充分に形成されずに就職し早い段階で辞めてしまった事例がいくつかあった。このような現状から実際に仕事の現場で「働く」体験をすることが職業意識の形成に大きな役割を果たすと考え、職場体験実習を職業指導の大きな柱として考えるようになった。
2. 職業意識の形成と職場体験実習
高校卒業離職者の70%前後が、「仕事が自分に向いていない」という理由で離職しており、企業側でも約40%の企業が「生徒の職業意識が未熟である」と離職の理由に挙げている。
自分の将来像がなかなか描けない生徒が多く、自分のやりたい職業、自分に向いている職業を見つけられない状況である。そのため本校でも、入学時から進路意識を啓発するための計画的な指導をおこなっているが、これだけではなかなか実感として考え難いようである。学校の勉強だけでは学ぶことのできない体験として、職場体験実習が有効であり、社会人・職業人として必要なことを、実体験を通して理解し職業意識を深めることができると考え実施している。
3. 本校での職場体験実習の取り組み
本校では平成9年度より高等部の1・2年生全員に実施している。実施方法や期間等について検討を重ねてきたが、今年度より総合的な学習の中に位置づけし、3日間の職場体験実習となった。保護者の意識向上も期待し、基本的に保護者のもとより実習先に通勤し、学校側から担当者が1名つき、事前事後指導をおこなう形で実施している。
4. 職場体験実習を実施して
これまでの職場体験実習を通して生徒、保護者、企業から出された感想や意見を集約すると
(1)生徒
・働くことの厳しさと仕事に対する責任の重大さが実感できた。
・相手にきちんと伝わるあいさつや、その場に応じたあいさっが大切であった。
・コミュニケーションの大切さ、人間関係の重要性が分かった。
・仕事に対する指示を受ける方法、特に筆談の重要性を理解した。
・時間をしっかり守ることがとても大切であることを実感した。
・休まないためにも、自分の体調管理が大事である。仕事を続けるには、体力も必要である。
・大変な面もあるが、実際に働いてみると、親切な人もたくさんいた。
・仕事しているときは厳しいが、終わったあとは、何となく満足感があった。
・学校と会社の違いが分かった。
(2)保護者
・仕事がしっかり勤まるか心配であったが、思っていた以上に、しっかりとできた。
・子供のやる気と頑張りが見えた。
・将来の就職という問題について、考える機会となった。
・仕事を実際に体験でき、とてもよい機会であった。
・子供は仕事の大変さ厳しさを実感したようだ。
(3)受け入れ先事業所
・あまり聾の生徒と接する機会がなく心配であったが、実際生徒を受け入れてみてコミュニケーション等も筆談等で何とかなると思った。
・聾学校や聾の方に対する認識がなかったが、これを機会に理解が広がっていくと思った。
・仕事ぶりを見ていると、一般の高校生に全く負けていなかった。
・こちらにも遠慮があり、職場の人達とのコミュニケーションが少なかった。お互いもう少し積極的になればよかった。
・これからは、障害を持った方への理解が深まると思う。
5. 職場体験実習を実施しての効果
学校生活とは全く違う場面で、とまどうことも多くあったが、働くことを実感できたようだ。
学校という限られた場所、限られた人間関係から、社会という多くの人々と接する機会を得て、学校と社会の違いをより現実的に理解ができてきた。
働くことの厳しさや、人間関係の大事さを学ぶことができた。将来自分が働かなくてはならないし、働いている姿を考えることができるようになってきた。また仕事をするためには、状況に応じたコミュニケーション能力、責任感、社会的マナー、体力などが必要であることを実感できた。
職場体験実習をとおして、将来の仕事に対する意識の持ち方も高まってきたようである。自分の進路実現に必要な学力や資格についても、考える機会が多くなった。
健聴者の社会に入る不安や怖さを感じていた生徒も、実際に職場で働き、厳しく大変な面もあるが、自分も積極的に行動すれば何とかなると実感したようだ。
事業所でも聾学校や、聾の生徒に対する認識が新たになり、聾の方に対する考えが変わったという所が多くあった。
6. まとめ
体験実習により、生徒は様々な職業がありその仕事内容について知り、自分の進路についてより深く考えるよい機会となっている。
また学校とは違う社会での体験により、社会に通用するマナー、コミュニケーションについても考えるよいきっかけとなっている。
自分の希望する仕事内容と実際体験する内容に違いがでるときもあるが、事前の指導により職場体験実習のねらいを理解させ実施した。この体験をふまえ、生徒の進路意識・職業意識をしっかり定着させる指導もあわせて行い、進路を自分のものとして意識できるように指導している。
職業に対する意識が、少しずつではあるが高まっているように思われるが、確実な職業意識の形成には、学校だけでなく、地域社会(企業)の理解、家庭教育等も含めて考えていく必要がある。
「なぜ働くのか」ということが職業指導の大きなテーマであり、働くことによって得られる充実感、達成感を体得させるためにも、職場体験実習は重要な経験であると思われる。
レポート(3)
「友達がほしい 〜仲間の願いに寄り添って〜」
辻井靖子・渡部泰之・阪田正子(いこいの村 栗の木寮)
1. はじめに
いこいの村・栗の木寮は、聴覚言語障害関係者の粘り強い建設運動のもとに1982年に開所し、以来20年に渡ってろう重複(聴覚障害とその他の障害)障害の入所者の援助を行ってきました。現在、男性36名・女性19名が入所しています。農業班・縫製木工班・重度知的障害を併せ持つ入所者へのADL援助を取り入れた「ゆったり班」・視覚障害者への援助プログラムを取り入れた「じっくり班」という授産事業を行っています。また、生活の取り組みを通じて、お互いに通じ合えることばを作り出し、豊かにコミュニケーションを図る事ができるように援助員も日々模索を繰り返しながら取り組んでいます。
このレポートでは、2年前に入所したAさんのこれまでの生活の様子をまとめて、栗の木寮の援助のポイントを整理し、参加者の皆さんと学び合いたいと思います。
2. Aさんの生い立ち
Aさんは、20代後半の女性。感音性難聴と言語機能障害により、身体障害者手帳は1級。精神障害者手帳を取得しています。聾学校幼稚部に入学。卒業後は小・中学校の難聴学級に入られます。当時の先生が「Aさんは集団から一人離れていることが多かった。周りからお世話されてばかりいる子だった。学力も低いが、今思うと伝わらないことからくる学力低下で、本来の力ではなかったかも。」と話されていました。高校は聾学校高等部でデザイン科に入られました。Aさんは、「学生時代は、楽しくなかった。親は厳しい。私には友達がいなかった。」と当時を振り返って話されています。
卒業後、会社に就職し勤めておられましたが、人間関係のトラブルから、3年で退職。しばらくの間、在宅で生活し、その後聴覚障害者更生施設に平成7年〜12年まで通所されていました。薬などの生活面での自己管理や外出訓練を積み上げてきましたが、「家族で援助したい」という母よりの申し出により退所されました。
しかし、家庭内で、精神障害を持つ父親とのトラブルや精神の不安定な状態が続き、家族の介護も限界になり、いこいの村栗の木寮への入所を希望され、入られました。
Aさんのコミュニケーションの方法は、手話・口話は曖昧になりやすく、気持ちをはっきりと伝えるために繰り返し話することが多くあります。また、文章を書く力はあるけれど、いろいろな思いを混ぜながら書き、内容を絞って書くことが難しい様子が見られます。
3. 栗の木寮での生活から
(1)4班の作業と自治会の取り組みの中で
平成13年に栗の木寮に入所したAさんは、いろいろな作業班を体験した後、作業工程をじっくりと確認しながら、五感で体感しながら自主製品を完成させる4班を選んで、作業を頑張っています。独語が多いAさんは、作業中も何かを考え、独語し、時には机をたたいたり、大声で叫んだりする様子が見られました。また、自分より弱い他の仲間を突き飛ばしたりするなどがあり、発作的な感情の爆発を人やものに向ける行動がありました。援助員が注意すると、はっと我に返って仲間に謝ります。
自分の仕事が終わったら、手を止めて待っだけだったAさんが、繰り返しの仕事の流れの説明の中で、自分で仕事をもらってきて、自分で進めるように変わっていきました。仕事はゆっくりですが、丁寧にされており、その丁寧さは他の仲間からも評価され、Aさんの役割(よもぎのおふろパックを封する担当)が定着しています。
また、栗の木寮には仲間の自治会あゆみ会があり、その組織の中で食生活を改善したり、誕生会の企画準備を担当する「給食部」という部があります。Aさんは14年度1年間、その部員として頑張られました。
夏には給食部員で仲間に牛乳を配りました。また、誕生会の時の食事のメニュー選びやゲームを一緒に考えてきました。その中で、Aさんという人を受けとめていく仲間達の姿(Aさんは声をかけたら、役割をきちんと一緒にする人。)がありました。仲間同志の声掛けの中で、Aさんも頑張れたのではないでしょうか。
(2)ナースコールの意味
Aさんはナースコールの回数が特に多い時期がありました。部屋に行くと、「なんでもない」と言うことがほとんどです。しばらく話をしてみると、「部屋がきたない。」などの言いたいことがある時もあります。「掃除してきれいにしてね。」と自分でするようにと声掛けをしています。その後、「きれいになった?」と聞くと「まあまあ」と話してくれます。Aさんのナースコールには、「眠れない」とか「○○さんは手話わからない人?」などの体の不調や知りたいことを伝える為の時と、関わりを求める時があります。ある時には、泣き叫びながら、「友達がいない!私はいじめられていた!いつも!」と、過去を振り返る中で、苦しかった思い出にのみ込まれ、気持ちが整理できなかったAさん。「今がんばっているAさんをいじめる人はいないね」と現実を共に見つめることで落ち着くことができました。
(3)フリートークタイムという時間
栗の木寮では平成12年度からケース担当職員が月に1回1時間、自らの内面を表現するのが不得手で、ストレスを蓄積しやすい仲間と自由に話し合って、仲間の生活援助を膨らませる取り組みとして始めました。
はじめは、「薬合わない、ここの生活合わない」と訴えていたAさん。「それで、あなたはどうしたいとおもうの?」と問い返し、「分からない」「練習して、家へ帰る」などAさんなりの思いを話してもらい、「一緒に考えよう。あなたの思いを支援する」という対応を心掛けてきました。こうした取り組みの中で「髪を染めたい」「部屋の間取りを工夫したい」をいった希望を実現できるように援助してきました。結果的に実現しなかったこともありますが、Aさんが自分の希望を自分で実現していく経過の中で、少しずつ自分に自信を持つことにつなげていくことができ、「ここの生活合わない」と話すことが減ってきました。
4. 栗の木寮の援助課題
[自己決定・自分の居場所]
Aさんのケースのように、ろう教育が起因となる厳しい親子関係や、学校教育の中で人間関係を作りきれず孤独感を高める子ども達。就職したときに人間関係がうまくいかなくて、精神的に後退してしまったり、心に病を負ったりした仲間が若い世代に多いと聞きます。親子関係・友人関係の中で、自分の居場所を感じられる環境だったのでしょうか?
家にいた頃、買い物に出かけるとAさんがパニックになることが多々あり、TVの「引きこもり」特集で同様の様子を見た母親が、「うちの子は引きこもりにちがいない」と思ったと話していました。栗の木寮に入り、「服を買いたいけど、何を買ったらいいのか分からない」ということで援助員と買い物にでたAさんの様子は、選ぶのに迷って時間こそ掛かりますが、パニックにならずに一人で買い物ができました。時間をいっぱい使って、やっと買ったものは目的のものとは全く違うけれど、自分の好きなものを買ったAさん。
母親に電話でこれまでの様子を聞いてみると、「この子は選べない子。買い物に行っても、結局自分で決められず、パニックになる。」と話しておられました。職員としては、「Aさんはじっくり時間をかければ選ぶことができる。貿い物に行って早く選んでねとせかすことなく、ゆっくり自分で決めれば、買い物できる」と考えています。
言葉の獲得に向けて、聾学校で厳しく勉強し、覚えたことを忘れないようにと、学校が終わって家に帰ってからも復習をすることが奨励された時代背景。その中で、親として我が子の幸せを願うがゆえに厳しく接してきたことが逆に、Aさんの「自分で選ぶことが難しい子」という見方につながっていったのではないでしょうか。
栗の木寮にいる他の仲間にも、「子育てをしているとき、親としての気持ちの余裕がなかった。愛情を注いでいるつもりだったが、厳しく接してきた中で、本人はどれほど自分の居場所を感じていられたのか。今の栗の木寮での落ち着いて生活している様子をみて、初めて気持ちにゆとりが生まれました。家族にも目が向けられるようになってきました。」とおっしゃるご両親がいます。Aさんのご両親にも同じように愛情を注いでこられたけれども、Aさんがどれほど愛情を感じ取れたのか、居場所を感じられたのか、もう一度見つめなおす必要があるのではないかと思います。
[栗の木寮が大切と考える援助ポイント]
栗の木寮では、開所からこれまでの援助経過の中で、仲間の自己選択、自己決定、共通のことばつくり、人間関係作りに着目して援助を続けてきました。
自己の選択・決定が尊重される、評価されることで自信につなげていく。(自分の意見が尊重される、評価される。)
共通のことばでコミュニケーションする事で、人間関係作りの土台が整う。(仕事の内容を共通のことばでつくり、通じ合えるようになると、相手の書いたいことがわかる)
人と人とのつながりを援助することで、人間関係のきっかけをつくり、広がりを援助する。(自分の仕事が終わったら、次に他の仲間に渡して進めてもらう。また、自分の仕事を他の仲間からもらう。ここでも共通のことばによるやり取りがおこなわれる。)
様々な情報を交換することで、自己の世界の広がりが生まれていく。(自分の仕事の様子を他の仲間に伝える。また、他の仲間の仕事の様子を知ることで、何に気をつけるべきなのかを知ることになる。)
上記の(1)〜(4)は、作業班でも、自治の取り組みでも援助員が心して取り組んでいる援助課題です。これらの課題は、とりわけ、小集団(例:給食部の会議・作業班)の中でこそじっくりと取り組めるものと考えています。コミュニケーションの土台が整い、お互いを意識しあい、評価し合い、いろいろな話が飛び交うことは、人としての幸せを作り出すための大きな力となるのではないでしょうか?
このような人としての幸せを作る人間関係を作る「自立」は、それを支える「心の拠り所」が仲間それぞれの中にしっかりと根付いていることが必要ではないでしょうか。それは、「家族との関係」であったり、「自分の実現したい夢」であったりと様々ですが、こうした「心の拠り所」が不安定では、「自立」を目指して頑張ることが難しいのではないでしょうか。
Aさんの場合、特に「親離れ(子離れ)」が完成していない様子が見られるので、栗の木寮での人間関係を広げていくのと同時に、親子関係の再構築も大切な課題になると思います。1ヶ月1回の臨床心理士のカウンセリングで、Aさんの心の様子を把握し始めたところです。これからAさん自身が親子関係の再構築にどのように着手し、展開していくべきなのか、参加されている皆さんと意見交換をしていきたいと思います。
Aさんが自分の言いたいこと・聞きたいことをしっかりと他の人に伝え、そのやり取りを通して人の優しさを感じていけるように支えていきたいと思います。
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