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座長報告(7)
「聴覚障害者学生サポートの現状と課題」
白澤麻弓(関東聴覚障害者学生サポートセンター)
 
1. これまでの講義保障
 一般の大学で聴覚に障害のある学生が聞こえる学生とともに講義に参加するためには、音声で話される教官の話を、手話や文字などの聴覚障害学生が受信可能な手段に変えて伝える通訳者が必要である。こうした通訳等の手段を用い、聞こえない学生が講義に参加する権利を保障する取り組みを「講義保障」という。この手段には手話通訳、ノートテイク、パソコン通訳などが普及しつつあるが、こうした手段の獲得には聴覚障害学生の並々ならない努力が必要とされてきた。すなわち、一般の大学に入学した聞こえない学生は、自分が講義の内容をわからないということに気づき、自ら通訳者を集め、授業の保障を行ってもらうと同時に、大学と交渉を行い、通訳者に謝礼金を支払う等のシステムを確立して行くなど、まさにスーパーマン並みの努力を強いられる状況があった。また、たとえ大学側のサポートを得ることができても、これまでそのサポート多くが謝礼金を支払う等の部分的な支援にとどまっていたため、聞こえない学生の授業参加のための苦労はなくなることはなかったといえる。
 
図1 身分保障型サポート
白澤麻弓(2002)「大学・高校におけるサポートの事例」
(白澤麻弓・徳田克己『聴覚障害学生サポートガイドブック』日本医療企画、p106)
 
2. 転換期〜現在
 こうした聴覚障害学生のおかれた状況を改善するため、93年夏に開催された。「障害学生の高等教育」国際会議では、大学に障害学生サポートセンターを設置し、手話通訳者やノートテイカーを派遣する「サポートセンター構想」が発表された。この構想は94年に大泉によって論文として発表され、95年夏に開催された「全国聴覚障害学生の集い」や「ろう教育を考える全国討論集会」でも熱心に議論されることとなった。しかしながら、その後具体的な取り組みがなされることはなく、98年に日本福祉大学で障害学生支援センターが開設されたものの、こうした形態を全国的に展開することは困難に思われた。
 一方、同年早稲田大学において、公募した学生や社会人を対象に、学部が主体となってノートテイカーの養成講座を開講し、ノートテイクに関する基礎的な知識と技術を身につけた通訳者を授業に派遣する体制を立ち上げ、全国的な注目を浴びることとなった。ノートテイカーに謝金を出す代わりに学部としてコーディネーターを雇用し、聞こえない学生のニーズにあった通訳者を派遣するこのシステムは、予算を取ることは困難だが大学として何とか聴覚障害学生を支援したいとする私立大学を中心に広がりを見せ、手話通訳者の派遣を検討したり、私立学校振興・共済事業団の補助金を利用して通訳者への謝礼金を確保するなど、少しずつ体制を整えながら定着することとなった。そしてこの動きは、これまでのように聴覚障害学生が立ち上げるサポート体制から、大学が主体となって作り上げるサポート体制へと、これまでの聴覚障害学生サポートの歴史に大きな転換を生み出したのである。
 
図2 サポートセンター構想
大泉溥(1994)聴覚障害青年と高等教育の課題−聴覚障害学生の自立とサポート・システムの検討、障害者問題研究、21(4)、332-340.一部改(左上:学内サポートセンター、右上:地域型サポートセンター、下:サポートの全体像)
 
 
図3 コーディネート型サポート
白澤麻弓(2002)「大学・高校におけるサポートの事例」(白澤麻弓・徳田克己『聴覚障害学生サポートガイドブック』日本医療企画、p106)
 
 しかしながら、暫定的に学生を集め通訳者として派遣するこのシステムに問題がないわけでは決してない。短期間の養成を受けたとはいえ、初心者同然の通訳者が講義内容を伝えることが非常に困難であることは想像に難くないし、通訳者によって技術レベルに格差が生じてしまうのも当然の事実である。また、専門的な養成を受けていない通訳者に対して、通訳者としての倫理やマナーを要求することも困難であり、聴覚障害学生にとって快適な講義受講環境が用意されているとは言いがたい現状にある。さらに、こうした講義保障の質を握っているのが、通訳コーディネーターであるが、大学によってはコーディネーターを一般の職員が担うことが多く、2年目以降職員の異動によってコーディネーター業務が事務化してしまう問題も顕在化してきている。関連して、大学が積極的にサポート体制構築を進めるあまりに、肝心の聞こえない学生のニーズが見えなくなってしまっている例も見受けられる。
 
3. これからの聴覚障害学生サポート
 大学の主体性を尊重しつつ、聞こえない学生に対してより質の高いサポートを提供するためには、一体どのような体制を取ればよいのであろうか?この一つの答えとしてアメリカで実施されているPEP Netの取り組みが挙げられる。これは、アメリカを4つの区画に分け、それぞれに中核となる大学を設定して、新たに聞こえない学生が入学した大学やより充実した支援体制を整えようとする大学に対してサポートを行っていくもので、中核大学にいるアドバイサーが各大学に出向き、通訳者の養成や職員の啓発の手伝いをするものである。
 一方国立大学協会は、進みゆく時代の流れを受けて、各大学に将来的に障害学生支援センターとなりうるような障害学生委員会を設置するよう求める提言を発表した。同時に、各エリアの中核となる大学には障害学生支援センターを設け、将来的に国の援助で設立される基幹大学の障害学生支援センターとともに、障害学生の受け入れや入学後のサポートに関する情報を収集し、各大学に支援していくよう求めている。また、メディア教育開発センター(2001)の調べでは、このような支援委員会を設置している大学は全国で56校あり、入学時に障害学生との懇談会を設けてニーズを把握し、学生生活に必要な支援を検討したり、教官・学生を対象とした啓発活動を行っているという。
 今後構築されつつある支援体制が、聞こえない学生の望むものとして機能するために、今まさに早急な行動が求められているといえる。
 
図4 国立大学協会による障害学生支援のためのネットワーク構想
 







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