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討議
 
森井(司会) 新生児聴覚スクリーニングヘ向けての動きは各地域で始まっていると思う。他県の情報を提供してほしい。
 
金城(沖縄) 県に問い合わせたところ、めどがついていないとのこと。病院8ヶ所で機械を購入し実施している。うち1ヶ所は3ヶ月前にスタートし、181人を検査したが全員パスだったとのこと。沖縄は始まったばかりである。
 
川谷(島根) 島根では、スクリーニング検査を始めた病院もあり、大きな病院で希望者に実施している。その後の支援については十分でない。
 
長尾(徳島) 公的にはスクリーニングは始まっていないが、個人病院では機械が導入されて行われているようだ。そこから大きい病院に紹介され、ろう学校の乳幼児相談に2例きたが、継続指導を必要とするケースはまだない。教育相談にきている子の兄弟が生まれた時に希望でスクリーニングを受けるという例もあるが、聾学校としてどうかかわっていけるかの情報は入っていない。耳鼻科の医師とは個人的に研究会等でつながりをもっているので、その場で情報交換をしている。教育の立場からもかかわりを持てるとよい。
 
森井(司会) 奈良県では、まだあまり進んでいない。耳鼻科の医師との連絡を定期的に行ったり、保健士の研修会をろう学校で開いたりして、従来からの連携を強化して備えているところだ。
 
木島(東京) 豊島区と立川市で平成12年度からモデル事業として始まっているが、まだreferはないようである。どの程度機械が入っているのかはわからない。平成14年度から聾学校の乳幼児相談に新生児聴覚スクリーニングで見つかってくる子が増えている。東京の人口の割合からすると多くの難聴の子がいるはずだが、聾学校にくる割合は低い。
 
芦野(東京) 田中美郷教育研究所では、生まれて難聴が分かった子の親にホームトレーニングをし、必要な子には補聴器をつけ、また聾学校等の機関を紹介している。豊島区で発見された場合、都立の病院で検査(ABR)→田中先生の診察→ホームトレーニングと流れは決まっているが、平成15年1月から現在まで、発見された例はない。立川市は人口の多い地区で、産婦人科でAABRの機械を導入している病院がいくつかある。そこで発見されると、産科から独自のルートで耳鼻科を紹介され、早い段階で聾学校を紹介されることが多い。
 
森井(司会) それでは親御さんの立場から、発見された時の状況や問題点など、経験を踏まえてお話いただきたい。
 
橋倉(東京) 昨年11月16日の朝日新聞にも投稿したが、今高校生の息子は生まれた時、新生児聴覚スクリーニングで発見された。早期に発見することが親や子のためになるのか疑問である。今年5月にシンポジウムが開かれ、7月半ばに記録集が完成したのでぜひ読んでほしい。親の立場からの意見も盛り込んである。新生児期に障害の疑いを告げられることのショックは大きい。母子の愛着関係が阻害される可能性がある。出生時、新生児期に分かる障害は多いが、聴覚障害の場合は新生児期の告知により、親子のコミュニケーション関係を損なうことになる恐れがある。出産前の時点で聴覚障害についてしっかり分かった上で発見されるのと、聴覚障害に対しての理解なく告知されるのとでは、受ける印象が大きく違う。検査の精度を上げる等ということではなく、医療関係者の方にも聴覚障害についてもっと知ってほしい。聴覚障害について、きちんと親に教えてほしい。その土台作りが必要だと思う。
 
廣岡(神奈川・レポーター(2)) 娘が聴覚障害と分かった時のこと。ABRを受けた時点で反応がなく、機械の新古で測れるdBが違うので早く補聴器をつけなさいと言われただけで、選択肢も何もなかった。親の教育も含めて、検査後の選択肢を医師から教えてもらいたかった。
 
町田(東京・レポーター(1)) 医者の立場で告知する場合、聴覚障害についての理解、知識を深めてほしい。福島の聾学校のレポートで聴覚を活用した早期教育と言われたが、聞こえないことは悪ではない。当初、聞こえないことは不便ではあるが不幸ではないと思い、聴覚活用しようと思ったが、成人ろう者に聞くと、聞こえないことは不便でも不幸でもないと言う。医師は告知の時に、そういう価値観、見方があることを知っていてほしい。手話という選択肢もあるということを知らせてほしい。
 
高橋(東京・レポーター(3)) 親の中に、聴覚口話法を望む親がいるから聴覚口話をする。手話での教育を望む親がいるから手話を使う。手話での教育、聴覚活用教育に分かれることにより、幼児間のコミュニケーションがとりにくいという問題の解決策は、共通言語を日本手話にすることである。聴覚口話法がいいと言う親がいるのは、聴覚口話法の方が便利だという情報だけで、バイリンガル教育の成果についての情報などが正しく伝わっていないからである。子ども同士のコミュニケーションは手話で、聴覚が活用できる子は活用すればよい。現状では、聞こえの悪い子は切り捨てられている。聞こえのよい子は日本語対応手話で何となく助詞などの情報もとらえているが、聞こえの悪い子は置いてきぼりである。しかし、手話を土台にすれば100%分かるのだ。その場を子どもに与えてほしい。教育関係者の方、外国で手話での教育が成果をあげていることを勉強してほしい。手話がいいと分かるはずである。
 
高橋(埼玉) 人工内耳について意見を述べたい。AABRでの検査を受けて医療関係の方が簡単に人工内耳をすすめることに心配を感じている。。息子がろうである。親がろうで子どももろうであるから、遺伝子検査を受けるようすすめられ、ショックであった。差別であると思う。ろうは駄目だと考えて検査するのはやめてほしい。大宮ろう学校の中に、人工内耳をつけている子が3人いる。人工内耳をつけると健聴者のように話せるようになると思っている人は多い。正しい説明が必要である。
 
浅利(青森・司会) 青森県の情報センターで医療関係の問い合わせがたくさんある。新生児検査についての問い合わせも何件かある。検査をすすめる上で医療関係者の中にろうあ者とその問題を理解している人が入ることが大切だと思う。新生児スクリーニング検査をすすめる上で、遺伝について取り上げられているが、これは人権の問題だと思う。手話についても理解してもらいたい。新生児スクリーニングをする人達とろう者が一緒になってお互いに話し合える場所が必要である。ろうあ者とかけはなれたところで検査がすすんでいることが人権問題だと思う。
 
工藤(秋田) 二児の母である。上の子が健聴で下の子がろうである。上の子は3ヶ月検診の時、両親がろうなので遺伝の検査を受けるように言われた。それにとても疑問を感じた。夫がろう、自分もろうで子どももろうであるのは自然なことなのに、なぜ検査が必要なのか?検査後健聴であることが分かった。下の子の場合は、上の子が聞こえるから検査は必要ないと言われた。ろうであることが分かった時、嬉しかった。上の子は人見知りで引っ込み思案であるが、下の子は活発である。ろうはマイナスではない。ろう、健聴に関係なく、一人の人間である。医療関係者には、気にさわる言い方をされることが多くある。下の子がろうだと分かったとき、親がショックを受けると思い遠回しな言い方をされて余計に腹立たしかった。聾学校やろう集団についての説明は全くなかった。検査の必要性は感じていない。新生児聴覚スクリーニング検査は広まってきているが、義務的に実施するのはやめて欲しい。親の希望であればかまわない。ろうは悪いことではないということを理解して欲しい。
 
池田(龍の子学園・レポーター(4)) さきほどの報告の中で「検査をした結果、幸いにもパスした」との言葉があったが、「幸いにも」という言葉が気になる。なぜ幸いか?第一言語を無視している。この会にろう者の参加が少ないことも問題である。ろう者のことはろう者に聞いて欲しい。そうすれば活発ですばらしい議論ができる。聞こえる人が中心の価値観をもう一度見直して欲しい。
 
【まとめ】
南村洋子(共同研究者)
 
 新生児聴覚スクリーニング検査について勉強してきたわけだが、生まれてすぐの検査が良いのかどうかは疑問である。以前、岡本先生が「早期発見というが本当によいのか?」という話をしていた。あまり早く発見されると生まれてすぐの親子の愛着関係が育ちにくいという懸念があった。この時代は聞こえないことをマイナスにとらえる価値観があった。その上必要な情報が親に与えられていなかった。当時は聴覚活用の時代であったが、今は変わった。ろう者の方から「聞こえない子どもは聞こえない立派な大人になるのだ」と教えてもらった。最初の親御さんに対するすり込み、「あなたの子どもは聞こえる親とは違うけれども聞こえない立派な大人になる」という情報を与えることが必要である。受け皿の問題などもある。新生児聴覚スクリーニング検査をすすめていく上で、検討委員会にろう本人が入っていないのが問題だ。聞こえる人間が教育をやってきたつけがまわってきたのだと反省しなければならない。レポートの中で「ダメ」の話があった。聞こえる親は聞こえない子にいけないことをした時にすぐ「ダメ」と言いがちである。子どもとコミュニケーションできにくいという気持ちがあり、結果の「ダメ」だけを言ってしまう。ろう者は手話言語を持っており、子どもに伝わる自信があるから説明ができる。手話言語を使えばこどもときちんとコミュニケーションできるという自信になる。本当の親としての子育てができる。愛着関係もできてくる。モントリオールの大会で、イギリスではインテグレーションした子が精神的ショックを受けて戻ってくるという話があった。日本でもインテグレーションして聾学校に戻ってきた子が手話の世界にとまどう。そうしたのは誰か?聞こえないことは悪いことだと、親だけでなく子どもにもすり込みされてしまった結果である。そのことを、新生児聴覚スクリーニング検査が始まっていく中で医師などに理解してもらえるようにしていかなければならない。新生児聴覚スクリーニング検査で聴覚障害が分かったとき、人工内耳をすぐにすすめる医師がいるという話もあった。人権の問題を考えていく時に、5月18日に行われたシンポジウムの冊子に生命倫理や臨床心理など様々な立場の方からの話が載っている。新生児聴覚スクリーニング検査をして、聞こえるか聞こえないかが分かればそれで良いというものではないということを感じた。これを読んで、それぞれの地域でどうやっていくかを考えてほしい。
 
【2日間のまとめ】
田中美郷(共同研究者)
 
 2日間、手話についての話が中心になされたが、このような話ができるようになったのは最近のことである。私は聴覚活用でずっとやってきたが、手話の問題が出てきたときにもともと言語学に興味があったので、ここ数年手話言語の本を読んでいた。聾学校の教師に、選択肢の一つとして手話言語を入れて欲しいということは適切な考え方と思う。ろうの家庭を見ていると、家族関係が円満で言語力が高い人が多い。日本手話で言語力を高めることは可能だということが分かる。言語とは何か?というところで、踏み込んだ議論がしたかった。日本で行政を動かすためには研究業績、実績が必要である。龍の子学園には有能な方が多い。その業績を出してほしい。私は臨床の立場であるが、様々なニーズを持った聴覚障害児が見える。聴覚活用を求める人もいる。いろいろ選択肢を用意し、様々なニーズに的確に対応していくことが必要である。遺伝学は近年進歩が著しくなってきている。悪い遺伝子を排除しようとするナチスドイツのようにならないよう、医者も聴覚障害について勉強していく必要がある。医者の議論には手話について無知のためにかみあっていない部分が多々ある。人工内耳など、医者は聴覚活用しか考えていない。ろうの世界を知らないためであり、理解を深めていかなければならない。耳鼻科にも手話に関心をもっている人が増えてきている。バイリンガル、バイカルチャー実現のため、皆さんの考えをどんどん主張していってほしい。聾学校も、ニーズに応えられるようにがんばっていってほしい。日本手話には、日本語と深層において言語として共通した構造があると考えれる。私は、日本手話で高い言語力をつけていけば、日本語習得の助けになるはずだという仮説をもっている。そのことを科学的に実証する研究が必要である。
 
 







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