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第2分科会/討論
【レポート(1)】
「ろう学校において『日本手話』による教育を受ける選択肢を望む」
町田尚美(東京都立品川ろう学校PTA)
 
遠藤(宮城) 宮城ろう学校は以前口話教育で有名であったが、何年か前から手話を導入するようになった。しかし、教師の立場で日本手話を使える人はいるのだろうか、また日本手話を指導するにはどのような方法で進めていけばよいのか悩んでしまう。学校の現況として手話の導入は進んでいるが、日本手話の導入となると難しいと思われるのでどのように教育現場を変えて欲しいのか教えて欲しい。
 
町田(レポーター(1)) あくまで個人的な考えであるが、ネイティブサイナーとしての教員が必要であると思う。幼児教育のできる力を備えたろう教員の養成を進めて欲しい。
 ろう学校では「母親法」で指導している。母親法では、親は子どもと一緒に活動し、目にしたことや体験したことを一斉に子どもに話しかける。龍の子学園は基本的に母子分離。水族館に行った時、スタッフと違って自分の接し方は説明が足りないと気付かされたことがあった。ろう学校の教育(母親法)とは違い、短い時間ではあるがスタッフと子どもとのやりとりを見て気付かされることは多い。
 
【レポート(2)】
「手話で伝えることを選んで」
廣岡久子(神奈川県立平塚ろう学校)
 
越智(四国学院大) 口話・手話の論争があるが、「日本手話を広めたい」という考えには私も賛成である。大切なのは、口話・手話のどちらが良いかということではなく、付随する意義を考え、医者や親が決めずに子どもが自然に身に付けられる方法を選ぶことである。将来社会の中で人間として生きていくための言語を獲得させることである。子どもの様子を観察し、子どもに合ったものを選ぶことが大切であると思うが、どうであろうか。
 
森井(司会) ありのままにコミュニケーションをしていく、子どもの立場を第一に考えていくことが大切、ということだろうか。
 
廣岡(レポーター(2)) 結果的に押し付けているかもしれないが、子どもが手話で表現してきたことに私も手話で応えているだけである。ろう学校ではトータルコミュニケーションをとっているが、娘には分からないことも多い。教師が子どもの手話を読み取れないため、通じ合わなかったり誤解して受け止めたりすることがある。口話中心の教育をしている学校もあるが、この機会に親としての要望を訴えていきたいと思っている。
 
【レポート(3)】
「早期教育に望むこと」―日本手話に出会って―
高橋明子(東京都立大塚ろう学校(親))
 
森井(司会) 質問は、ないようだが・・・。レポートの中で「CL」という言葉が頻繁に出てきた。後で説明していただく。
 
■ショートレクチャー「日本手話の特徴」
池田亜紀子
 
【レポート(4)】
「バイリンガルの環境つくり〜みんな違う・みんな同じ〜」
池田亜紀子・内田園子・米内山昭枝(NPOバイリンガルろう教育 龍の子学園幼稚部)
 
浅利(司会) 龍の子学園の数はいくつあるのか。
 
内田(レポーター(4)) 龍の子学園は1つだけ。しかし九州、広島、静岡から通園する子や夏休みなどの夏期休暇中に通う子もいる。
 
小川(栃木) 1つ目の質問は、スタッフの意図したことと違う活動に展開した時、予想以上に膨らんできた時の方向性はどのようにしているか。また2つ目として活動が何日にも及ぶことがあるとき、どのように継続しているのか。
 
内田(レポーター(4)) 1つ目については、スタッフはある1つの目標を念頭において活動しているが、ほかの方向へ行った時はその発想を大切にし、うまく育ててもっていくように心がけている。2つ目についてはその日のスケジュールを予め決めておいて伝えておく。スタッフの方から「○○の時間ですよ。」ということはない。
 
森井(司会) 活動の展開や継続については、ろう学校でも同様の課題があるのではないだろうか。
 
【討議】
 
森井(司会) 龍の子学園の報告が4本続いた。「続いたのでよく分かった」という意見と「レポートが偏りすぎ」という意見があると思う。聾学校の実情から見て違和感を持った人もいると思うし、親の願いは多様であって難しいと感じている人もいるだろう。「人材豊富な東京だからできる」という思いもあるし、人材豊富な東京でも公教育にはなかなか広がりにくい状況でもあるだろう。その辺りを後半に話し合いたい。まず、発表への質問や疑問を述べて欲しい。
 初めのレポートヘの質問で、「日本手話導入をしたいけれど難しい」「親が決めるのではなく子どもの選択に任せるべき」という意見があったが、そのあたりについてはどうか。
 
半沢(宮域) 宮城ろう学校の幼稚部の話をしたい。デフ家族の母子コミュニケーション場面で、他にも多くの母子がいた。互いに手話で話していた所に皆集まってきた。自分の子に話しかけていたのに他児が集まってきてしまったのだ。他の母子はコミュニケーションが図られていなかったので集まってきたのではないか。このような現状を教師は分かっているはずなので、日本手話を使える人々の力を借りて学校も変わっていけるのではないか。
 
 
森井(司会) 外部の力を借りて日本手話への第一歩を踏み出せるのではないかという意見だった。ろう学校の教員は、どのような感想を持っただろうか。

池田(レポーター(4)) 世界ろう者会議にスタッフを派遣した。各国の報告があり、日本は先進国なのに、ろう教育においては非常に立ち遅れていることに非常に驚いたという話しがあった。ろう先進国では、成人ろう者と親が協力して成功している例が多くある。ぜひ成人ろう者と共にろう教育について考えていって欲しい。
 
森井(司会) さて、従来から「聞こえる教師や親は、日本手話の獲得は困難」と言われてきた。しかし今日発表しておられる龍の子学園の親御さんは、まだ経験年数が浅いにもかかわらず日本手話に自信と確信を持っておられる。日本手話を学ぶ工夫があるのだろうか。
 
町田(レポーター(1)) 日本手話との出会いは昨年10月でようやく1年近く。東京ではワールドパイオニア「手話寺子屋」、「ベルパーク」がある。ナチュラルアプローチという方法でネイティブサイナーが教えてくれる。初めは手話を読み取って日本語に訳そうと考えてしまい、質問に応えていないということを叱られてばかりだった。龍の子学園では日本手話でのその日1日の説明(15〜20分くらい)を読み取らなければならない。初めはよく分からなかったがそのうち意味が分かるようになった。初めは恐かったがその環境に飛び込むことが大事。読み取れなくても理解できるまでスタッフがレベルを下げて説明してくれるので少しずつ読み取れるようになってきた。子どもと十分日本手話でやりとりできるまで何年かかるか分からないが、親にしかできないことなので、何年かかってもやり遂げたい。ろう学校の教員にも歩み寄って欲しい。
 
池田(レポーター(4)) 親の支援について。70%は健聴だ。初めは筆談をしたり健聴のスタッフが入ったりしながら親の要望を知るための時間を確保している。またろう文化を知ってもらうこと、同じ日本に住んでいてもろう文化は違うことを知って欲しいと思っている。手話の学習だけでなく、ろう文化も知った上で違う新たな言語として日本手話というものを見て欲しい。レポート報告の中にあった「ダメ」の言葉の使い方として「ダメ」と言われた時の子どもの感情はどうか。気持ちを否定されたように思い、抵抗があるはずである。なぜダメなのかの説明が必要であり、我々はそのように伝えることを心がけている。まず第1言語として理解していくこと、表出は理解が進んできてできるようになるだろう。「分かり合いたい」気持ちがあればきっと上達していくはず。
 
前田(新潟) 感想になるが、私はずっと幼稚部で聴覚口話法中心のところで指導をしてきた。今は時代の変化を感じているが、聴覚口話法のところに自分のスタンスがある。子どもの聴力は50〜130dBまで様々。手話の方が良いと思われる子も昔からいた。補聴器をつけるとよく口話できる子と聴力の厳しい子が混在しているクラスでのコミュニケーションはどのようにしたらよいか。50dB位の子や補聴器をよく活用している子にとっては音声言語を保障していくことは必要だと思う。今年は聴力によってグループを分けて手話に絵カードを伴い、やはり日本語を主とした指導をしている。日本手話が母語とまでは至っていないが、東京に比べて遅れている、というのはどうだろうか。教員の移動も早く、7年もいれば長い方であり、日本手話がどうというレベルではない。日本手話の学校、聴覚口話法の学校と親や子が選択できれば良い。両親ろうの方で、「手話は家で教えられるので口話を教えて欲しい」という人もいる。退職したろう教師は「私が社会でやっていけるのは聴覚口話を訓練されたからであり、幼稚部ではもっと口話指導をすべきだ」と言う。「分かる」ということは子どもの興味を引くことになる。
 
町田(レポーター(1)) ろう学校の教員達は同感と思っているかもしれないが、新潟の学校の聴力が重い子に対してはどう指導するのか。仕方がないで終わっては困る。聴覚口話法や人工内耳、親の選択は自由だけれど、日本手話で普通の育ちを希望する親子に対してどのように教育していくのか一緒に考えて欲しい。「仕方がない」では困る。
 
森井(司会) 奈良ろう学校で幼児期から手話を導入した後、ろう教員が幼稚部に配置されて周囲の大人の行動が大きく変化した。ろう教員とコミュニケーションすること自体が手話研修になり、ひとつひとつ目で確認する習慣が広がった。幼稚部にろう教員は欠かせないと思うのだが、現実にはまだまだ採用は広がっていない。
 
廣岡(レポーター(2)) 娘が在籍しているクラスでも、子供たちの聴力はまちまちであるが共通言語として手話を使用している。補聴器を使用している子でも手話を使用している。そういった事実があることを受け止めて欲しい。口話はオプションとして行い、手話を使用していない子どもにも同じアプローチをしても良いのではないか。学校へは手話で説明してくれるよう要望しているが、先生の手話での説明が不足したために娘ができないことを批判して欲しくない。学校にろう教員採用を要望したが、親全員が望んでいるわけではないと回答された。もう少し話し合っていきたい。
 
前田(新潟) 誤解されているようであるが、何もしていないのではない。重複の子どもに対しても手話で置き換えている。手話と口話を入れている。口話が分かる子だけなら口話法、というようにその子が楽に話せる言葉で話している。手話の必要な子には難聴の子にも手話を使って話そうと約束している。番分からない子に合わせている。重複の子どもの親でも聴覚を活用して欲しいという人もいる。
 
【まとめ】南村洋子(聴覚障害児と共に歩む会トライアングル)
 
 4本のレポートを伺い、初めの人の方について「今のお母さん方は幸せだな」と30年前の我が子の子育てを思い出して感じた。昔は「聞こえない」ことが分かった後の親への情報が足りなかったと思う。「聞こえない」世界について全く理解せずに聞こえる親が聞こえない子を育ててきた時代であった。子どもの将来像を描くことが難しかった。手話という道を選び、聞こえない子の生きる言語は手話だということを知って生活できることは素晴らしいと思った。子ども達が「分かる」経験をし、それを毎日積み上げていくことは「自分」というものを確立する上で大切であると思う。しかし実際の教育現場ではまだまだ難しい問題がある。ろう教師が少なすぎること、今のところ聴者の教師にはまだ対応手話しかできない現実がある。けれどもろう児はぜひろう学校に入れて欲しい。下手な対応手話で育てられても子ども達同士が自分たちの中でコミュニケーションを図りながらクレオール化を通して日本手話につなげていける。もう1つはろう教師を増やすことである。いろいろ対策を考えてもすぐに日本手話がパーッと広まることはなかなか難しい。日本は単一民族なため、「あなたの言語を学ぶ」という姿勢が希薄である。日本手話を学ぶことで「あなたの言語を学ぶ」気持ちを育てていきたいと思う。日本手話を学ぶ場はあるが、公共機関の中で学べるように各団体が連携・協力し合って進めていきたい。人工内耳をしたからといって聞こえる人になるわけではない。現実社会の中で問題を多く抱えているのは中等度難聴の人たちである。「互いに100%分かる」という環境を作ってあげることがこの人たちにも必要であると考える。
 
 
■ショートレクチャー「新生児聴覚検査の現況」
田中美郷
 
【レポート(5)】
「福島県における新生兜聴覚スクリーニングの現況と聾学校の役割」
山内潤子(福島県立聾学校)
 
遠藤(宮城) 福島聾学校の中学部、高等部では手話を使用していると聞いたが、幼稚部、小学部では手話を使用していないのか?宮城ろう学校の場合は、幼稚部から日本語対応手話、中間手話を使用している。聴覚障害の教員は小学部や専攻科にもおり、いないのは幼稚部のみだが、福島ではどうか?
 
山内(レポーター(5)) 幼稚部では手話を使用しているが、聴覚活用もしている。将来的な選択は子どもに任せる。小学部でも手話を使用している。聴覚障害をもつ教員の必要性は感じているが、免許や採用試験の関係で難しい。専門教科(音楽、体育、美術など)では交流があり、今年度幼稚部では週に1回絵の時間を設けて聴覚障害の教員に指導してもらっている。高等部、寄宿舎に聴覚障害の職員がいる。







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