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座長報告(6)
「早期支援の課題〜これまでの論議を振り返って」
森井結美(奈良県立ろう学校)
 
 これまでこの集会で討論されてきたのは、
(1)保護者の願いや役割、早期の両親支援とそのシステムについて
(2)幼児教育への手話導入、言語獲得であった。
 
(1)について
 保護者の役割とは何か、親子のコミュニケーションや育児の課題といった家庭内の話題から、子どもをとりまくコミュニケーション環境づくり、親の会の活動や意識改革、社会に向けての発信など、「保護者の社会的役割」に視点が広がり、レポートもその具体的な活動を報告するものが目立つようになってきた。
 
(2)について
 幼児教育への手話導入は、集会の積み重ねとともにその実践が広がり、各校から導入後の様子や今後の課題が報告されてきた。当初は手話導入の是非についての論議が盛んであったが、幼児教育に手話があることを前提にした上での保育や言語指導、保護者支援等に焦点が移ってきたように思われる。
 
 このような動きの中で、幼児期からよりよい手話環境を求める保護者の願いに応えるようにして、成人ろう者によるフリースクールの活動が広がりを見せている。そして、それに伴い、子どもたちの母語として日本手話を選択する声が次第に大きくなりつつある。
 
 今回の討論では、保護者から出された3本のレポートが全て日本手話を求めるものであった。「幼児教育と手話」のテーマの中で、特に日本手話の必要性について集中的に論議する好機であるととらえている。日本手話の明確な位置づけを求める声が高まる方で、公教育であるろう学校で実際に日本手話の取り組みを広げていくことは可能か、また何が課題となっているのか、この機会に先進的なとりくみに学びながら討論したい。
 
 また、2日めは「新生児聴覚検査」を取り上げることにした。すでに一部地域でのモデル事業から全国に広がりつつある新生児聴覚検査は、新しい課題ではあるが、保護者にどのような情報提供をするか、医療・教育関係者の価値観等とも絡まって本質的な問題を孕んでいると言える。保護者の支援体制はいかにあるべきか、また、きこえない当事者たちの声を反映していくにはどのようなとりくみが必要なのか、話し合っていきたい。
 
 
共同研究者報告(7)
「新生児聴覚検査に対して何をすべきか」
田中美郷(田中美郷教育研究所)
 
1.「早期教育」の「早期」とは
1)私は2歳以下を「早期」としている。その理由は
(1)音声言語にせよ手話言語にせよ、言語の音韻や韻律の特徴を、認知・表出両面にわたって満足に身に付けるには、乳幼児期の早期から、それぞれの言語環境で育つことが必要(脳の可塑性の問題)。
(2)子どもの発達には節目があり、言語獲得が本格的に始まるのは満2歳頃。言語獲得は聴覚によらずとも視覚や体性感覚によっても可能である。しかもこの時期は、音声言語とか手話言語といった違いや文化の相違を越えて、ほぼ一定している。その理由は、言語獲得には脳の成熟といった生物学的基礎があるから。
2)新生児聴覚スタリーニング(NHS)の意義と問題点
(1)聴性脳幹反応法力検査(ABR)や耳音響放射(OAE)を用いた自動判定装置により、人間の欠点(勝手な判断を下す)を排除できる(すなわち精度が高い)(利点)。
(2)中等度難聴も検出できる(利点)。
(3)保護者に与える心理的ショックが大きい(不利な点)。
(4)出生後に生じる難聴は検出できない(限界)。
 日本人にとって新生児期は聴覚スクリーニングの最良の時期とは言えない。しかし現状ではAABRやOAEに代わり得る優れた方法がない。
 
2. 早期家庭支授について
 私は昭和43年に聴覚障害児の早期教育支援をホームトレーニング(HT)という方式で始めた。当時は聴覚活用が最も進んだ教育法と考えられた時代で、私もHTでは聴覚活用で言語指導を始めた。聴覚障害児の教育の目標は「言語教育」と「人間形成」であると考えて今でもHTを実践しているが、言語指導に関しては当初より「思考の道具としての言語」を育てることを目的にしてきた。これは今日顧みて正解であったと確信している。
 しかし徹底して聴覚活用で幼児期から教育を受けた子供達の発達経過を見ていると、高い言語力を身に付け、高等教育も受け得た人が続出してきた反面、聴覚活用の限界ないし問題点も浮き彫りになってきた(コミュニケーション障害は何一つ解決されていないなど)。かかる問題に気付いてから私は人間形成ないし人間関係を重視する立場から、コミュニケーション重視の言語指導に方向を変えてきた。すなわち子どものニーズに応じて手話を重視するという方向である。ただしこれをもって私が聴覚活用否定に走ったと受け取られては困る。
 私のように臨床には沢山の聴覚障害児が訪れてくるが、その難聴の軽度は様々であり、保護者も健聴者おれば聾者の場合もある。また聴覚障害以外に多種多様な障害を併せ持つお子さんも訪れる。このようなクライエントのニーズに応えるには、決して一つの方法では対応できないことを先ずことわっておきたい。ケースバイケースの対応を考慮すれば、聴覚活用も手話もケースに応じて重視していかねばならないというのが私の立場である。
 ところで、近年私の外来やHTへ聾者を両親に持つ聴覚障害児(聾家族)が少なからず訪れて来るようになった。私はこのような家族には、子どもに対して(子どもの難聴の有無にかかわらず)家庭では手話によるコミュニケーションを勧めている。当たり前のことと言われるかもしれないが、聴覚障害を有する今の親御さんは、例外なく聾学校などで聴覚活用で教育を受けてきた人である。それだけに中には手話に抵抗感を抱いている人もいる。一方両親が健聴の場合でも、子どもの難聴が重い場合には補聴器活用に加えて手話も勧めているが、これにより親子のコミュニケーションは円滑になり、情緒も安定して言語獲得も容易になる。ただし両親は手話を覚えねばならないといった問題がある。この点聾家族は親子共通のコミュニケーション手段(手話)を持つだけに、有利な立場にあると言えよう。
 健聴の保護者に勧めるのは日本語対応手話である。その理由は健聴の保護者の第一言語は日本語であり、年齢的にみて日本手話を身に付けることは困難であること、および言語教育においては日本語教育を欠かすことはできないからである。
 上述のような背景があって、私は図に示すような図式を基本にして、HTではケースバイケース対応してるが、問題はこのような対応のできる機関や専門家が極めて乏しい社会情勢の中で、NHSが進展しつつあるという現実である。
 
3. おわりに
1)新生児聴覚スクリーニング(NHS)は、不徹底ながら日本の社会でもすでに進行し、広がりつつある。それだけに、好むと好まざるにかかわらず、この流れは受けて立たねばならないと感じている。かかる認識に立脚すると、この動向を受けて立っ乳児期早期からの教育支援体制(家庭支援)の充実を早急に図らねばならない。
2)NHSには問題も多い。しかしAABRやOAEによる現在の方法に優る早期聴覚検診法が今のところない。それだけにNHSの問題を克服するには、これを越える優れた聴覚検診法の開発が希求される。
 
 
共同研究者報告(8)
「幼児教育への手話導入と幼児教育の改革」
南村洋子(聴覚障害児と共に歩む会トライアングル)
 
はじめに
 現在、「手話」ということばは、ろう教育の中でそれほどの違和感を抱かれずに語られるようになった。そして、手話は聴こえない子どもの言語であり、共通のコミュニケーション手段であるという事は、周知のこととなりつつある。ろう教育の中で手話をコミュニケーション手段として教育を行うことが、聴こえない子どもたちにとって自然であり、教育的効果もあがる事も当然の理として受け止められようとしている。漸く、手話が存在感をもてるようになった。しかし、一口に「手話」と言ってもその大半は日本語対応手話を意味している。日本手話は、ろう教育の分野においてまだ充分に浸透していないのが現状である。
 一方、幼児教育においての手話導入は10年をいまだ経ていない。従って、その教育的効果については、子どもたちの年齢が成人に達していないこともあって、まだ明確には示されていない。しかし、実際に手話を用いて教育や養育を行っている担当者や親たちは、それなりに大きな成果と手ごたえを得ていることも事実である。
 日本手話であろうが、対応手話であろうが、いずれにしても視覚言語である手話の幼児教育への導入とともに、聴こえる私たちにはっきり見えてきたことがある。それは聴こえない子どもは、手話という共通言語を駆使して、子どもらしい生活が保障されるべきであり、保障できるということである。聴こえる子どもと同じように集団生活の中で遊んだり・交流したり楽しく時を過ごす事が当然であり、可能であるという事である。
 しかし今、私たちは多くの未解決の課題を担っていることも事実である。今正に教育の大きな改革のうねりの中で、ろう教育に携わる現場では目の前の子供に対してどう向き合って行ったら良いのかと悩み、苦しんでいる状況がある。
 教育は一朝一夕に変革する事は困難である。可能な所から変えていくしかない。日本のあちこちで行われている教育実践を互いに披瀝し、学びあい、参考にして、一歩一歩進めていくしかない。
 
1. 学校教育現場の現状
(1)基本的な教育方針の相違
(2)ろう教師の数
(3)聴こえる教師の手話力(日本語対応手話・日本手話)
(4)聴こえる親の手話力(日本語対応手話・日本手話)
(5)聴覚活用と手話との関係
(6)聴こえる親のニーズの多様化
(7)教師自身の将来的な教育成果に対する不安
(8)書記日本語と手話との関係
(9)聴こえない子どものあそび
 
2. 聴こえない子どもをどう受け止めて認識するか
(1)聴覚スクリーニング検査の受け皿
(2)乳幼児相談
(3)ろう成人者・ろう児を育てた両親・教育者・医者といったチームワーク
(4)家庭訪問
(5)仲間つくり
(6)ピアカウンセリング
 
3. 親のニーズにどう応えて行くか
(1)聴覚を活用して欲しい
(2)音声言語を話させたい
(3)聴こえる人々が大勢を占める社会生活に適用するようにさせたい
(4)ろうの子どもとして育てたい
(5)日本手話で育てたい
(6)日本手話を学びたい
 
4. 聴こえない子供をどう育てるか
(1)どんな人間に育てたいか
(2)どんな人生を歩ませたいか
(3)それぞれの価値観の見直し
 
5. 現状を踏まえて
(1)乳幼児期は親子の望ましい関係を築く
(2)両親の子育てを援助する
(3)親御さんに選択肢を提供する
(4)子どもの集団生活を保障する
(5)ろう者の教育へのかかわりを増やす
(6)ろう者から手話やろう文化を学ぶ
(7)親や新任教師向けのろう文化やろう社会についての講習会の開催
(8)聴こえる教員とろう教員・ろう社会人との交流
(9)聴こえる教員向けの手話講習会の開催
(10)親向けの手話講習会の開催
(11)フリースクールとの交流・情報交換
(12)ろう教員の養成
(13)書記日本語の示し方







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