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わが家のメタ言語教育
 私の子どもは健聴ですが、生まれたのはアメリカです。日本の手話は私と妻しか使わないので、子どもには早く日本の手話を覚えて欲しいという気持ちがありました。それで少し工夫をしました。参考になればと思います。メタ言語力の大切さを理解いただけると思います。
 これは私が書いたのですが、見たとおり、鬼です。普通の絵カードには日本語で「おに」と書いてあります。健聴の子どもなら4、5歳、小学校に入る前くらいの子どもなら見て分かります。私は少しやり方を変えました。私の息子を知っている人たちには「(絵カードの中の子どもの絵と息子の)顔が似ているね」と言います。方法は簡単です。息子が2歳の時で、いくつかの手話を知っていたので子どもが表現したのを写真にとって、それを写して描いた絵なんです。それを切り抜いて貼って、絵カードを作りました。これをどのように使うかというと、実際にろう児の子どもがいるお宅に伺うと、冷蔵庫には「れいぞうこ」と書いてあったり、あちこちに物の名前が貼ってあります。
 私は同じ方法では意味がないと思いました。それでトイレに貼りました。2歳ですから、ひとりでトイレには行けないので、必ず一緒にトイレに行くことになります。トイレで子どもに絵を見せ、「これなあに?」と聞くと「鬼(手話)」と表現します。ここに大切なポイントがあります。絵を見て鬼の手話を表すのは、言語的に高いレベルです。日本語で言えば、「おに」という文字を見て「おに」と発音することと同じなのです。手話は音声と違ってイラストで表せるという長所があります。これが5歳くらいまで文字の代わりになります。ビデオでは映像が流れてしまうので、手話をあらためてじっくり見て考える時間はありません。絵の場合はじっくりそれを見られるという時間があります。その分、頭を働かせる時間ができるのです。
 このようなカードを毎日新しく作りました。1年間頑張って作れば、300枚以上になるわけでしょう。私はろうですから、もしも私がろう児の家庭に支援をしに行ったら、毎日1枚ずつ絵カードを渡します。一週間に1度であれば、7枚渡してトイレに貼ってもらいます。それだけでお母さんと子どもが一緒に手話を学ぶきっかけが作れます。また、いつもトイレに一緒に行く必要もないですよね。それでも子どもは用をたしている間に絵を見て頭を働かせるということになります。この紙でおしりを拭いてしまうこともないでしょうし。このように絵カードを作ってたくさんのイメージを子どもに示しました。
 でも、手話表現の難しい面としてCLがあります。この言葉もずいぶん知られるようになりましたが、別の言い方をしますと写描的表現です。ものの形や人の動きを真似して表現するのは、聞こえる人からすると本当に難しいことです。それについては、まず概念となる絵を見せます。「犬」のカードであれば絵を見ながら、耳がたれてるとか、大きいとか、おなかのところに毛が生えてるなどと、親子で身振りを交え話すきっかけがこのカードで作れます。
 
 
 次にこれは「ネコ」という表現ですね。皆さんもレベルが高いです。絵を見て真似て表現できました。この絵の矢印をよく見ると下に挙が1回下りています。「起きる」という手話ですね。次は「お風呂」です。手話の研究もしているので、持ち味を出して、似た表現を並べて出してみました。でも、一発で子どもは分かりました。絵を見てすぐに表現できました。次に、もう少し段階を上げて、絵を手の位置、手の形、手の動きの3つの記号として分けて表してみました。最初は難しかったようですが、2、3回繰り返すうちに分かるようになったようです。3つを頭の中で組み合わせて表現できるようになりました。全部を切り離してトランプのように子どもに提示してもいいのですが、そこまではやりませんでした。でも、これは幼稚部あたりでもできると思います。
 
 
 このように違う絵を2枚見せるだけで、何が違うのか、子どもが自分で分析できる。私からみるとこの分析はとてもかわいい、小さなものですが、子どもとしては大変大きな作業です。無意識のうちに分析することを積み重ねて、手話のメタ言語力が向上します。ですから2、3歳以降は手話を教えることはやめました。
 その後は、私が妻と話しているのを見て、自然に読みとって学ぶようになりました。息子はろうではありませんが、この様子を見ると、ろうの子どもが幼稚部に入る前に各家庭がこのような方法で援助できれば少しでも変わっていくのではないかと思います。
 でもやはり必要なのは親への援助です。ろうの成人からさらに援助をしていただくことも必要です。簡単そうに見えますが大きなチームワークでの作業になります。
 小さな試みをご紹介しましたが、幼稚部の子どもの場合、これはもう卒業して、すぐに文字の学習に入っていいと思います。ただその前に、メタ言語的な力を養うためには、日本語でいう音声と文字との対応同様、手話と絵の対応も意外と大切な意味をもっているということをご理解いただきたいと思います。
 もうこのようなことを説明する必要ないと思いますけれども、乳児に手話の言語環境を整えるためには、親子関係が重要です。親子のコミュニケーションが充分にでき、いい関係になるための支援として手話を取り入れる。また、親も一緒に手話を覚えられるような支援も必要です。正直言って、幼稚部、小学部に入ってからは子どもはあっという間に手話を覚えていき、親はついていけなくなります。ですから子どもがかわいいうちから一緒に手話を覚えていけることが必要になります。成人ろうあ者との交流も必要だということは言うまでもありません。
 
 
手話の言語環境を
 最後になりますが、ろう児の家族への手話の言語的環境を保障するという考え方は、これからのろう教育を考えていく上で重要になると思います。この部分に力を入れ、新しい施策や法改正などの目標に向かって頑張っていかなければと思います。他にもろう教育現場や家庭、手話研修センターでも研究実践を積み重ねていかなければなりません。更に大切なことは、社会にもっともっと手話を広めていくことです。手話に対する社会的な見方もまだまだ低いです。これを変えるためには社会福祉も含めて、ろう運動全体に力を注がなくてはなりません。そのためには、ろう者の劇や美術、文化活動も含め、ろう者も通訳者もろう教育関係者も一丸となって手話を大切に頑張っていかなくてはならないということをお話して、この講演を終わらせていただきます。ありがとうございました。







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